クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第12話 離間工作

 食堂で突発的に始まった辻本と大賀の口論は、まさに一触即発の雰囲気が醸し出されていた。

 

 睨みあう二人。

 自然と辻本の後方には下級勇者が固まり、大賀の後方には上級勇者が集まる。

 

 例外は千司の近くに居る猫屋敷と友人の二階堂、斎藤。

 そして少し離れた所でせつなと共に経過を見守る文香だけ。

 

「……っ、ぶっ殺すぞ大賀ァ!!」

 

 普段温厚な辻本から発せられたとは思えない言葉に、彼と親交のある下級勇者たちが僅かにざわついた。

 

 しかしそんなことお構いなしとばかりに対面の大賀は額に青筋を浮かべる。

 

「ぶっ殺すだァ!? やれるもんならやってみろよ雑魚!! お荷物の下級勇者の分際でイきってんじゃねぇ!! テメェも、奈倉の野郎も——いや、もっと銀級(シルバー)だの銅級(ブロンズ)だの数合わせの雑魚連中が上級勇者様に逆らってんじゃねぇよカス!!」

「んだと……っ!」

 

 それは明らかに一線を越えた発言だった。

 まず普通の思考回路をしていたら口にはしないし、どんな馬鹿でもこの状況で行っていい言葉ではないことは理解できる。大賀とて、いつもの精神状態なら流石に言わなかっただろう。

 

(朝から煽っといたのが効いたか~?)

 

 早朝、訓練場に向かうまでの道すがら千司はライカに魔法学園でのあらましを説明していた。その際、躓いたように見せかけ扉を叩いた部屋こそ、大賀の部屋である。

 

 千司はそのまま目が覚めた彼に聞こえるよう、ライカに大賀の愚痴をこぼしたのだ。

 

(もうちょっと煽らないと動かないと思っていたが……この辺りは想像以上に短気だったな)

 

 その結果、苛立ちを募らせていた大賀が何かの拍子で辻本と口論。

 以前辻本にも大賀の悪口を言ってヘイトを集めておいたので、彼も応戦したのが現状なのだろう。

 

 千司が状況を分析していると、怒りに任せて辻本が大賀の胸ぐらを掴む。

 

「離せよ雑魚が!! 自分の立場ぐらいわきまえろや!!」

「はぁ!?」

「いい加減自覚しろよ! 足手まといなんだよ! テメェらが弱いせいでこちとら下らねぇ訓練訓練訓練の毎日!! 勇者だってのにいつまでたっても騎士連中に守られて、こちとら箱の中のお姫さまじゃねえんだよ!! それもこれもテメェらと一緒くたにまとめられて管理されてるからだ! 雑魚は雑魚らしく出しゃばらずに部屋に引きこもってろ!!」

「ふざけ——」

「……あぁでも、その点じゃあお前のキモオタ仲間には感謝してるぜ?」

「あ?」

 

 意味が分からないと眉を顰める辻本に、大賀は口に弧を描いて吐き捨てた。

 

「何しろ、無能の下級勇者がちゃーんと無能であることを立派に証明してくれたんだからなぁ!? これで上も理解するだろうよォ!!」

 

 その言葉に、流石に食堂に居た全員が大賀に敵意を向けた。

 ただ一人、千司を除いて。

 

 千司は感謝した。

 何でこうもクラス分裂に協力してくれるのかと。

 

 離間工作に加えて大賀の神経を逆なでするように日々行動しているとはいえ、こうも上手く動いてくれることには拍手喝采を送りたい。ライザならこうはいかないだろう。

 

(てか流石にそろそろライザちゃんが出てきそうだよなぁ……なんか先生みたい。というか本物の先生の新色ちゃんはどこに?)

 

 千司は先程から姿が見えない陰キャ教師を探す……が見つからない。

 おそらくまた大図書館で勉強でもしているのだろう。

 とか何とか考えていると、辻本の低い声が暗く響く。

 

「ふざけんなよ、人殺しが……」

「……あ?」

「お前が原因だろうが」

「何言って——」

「寝ぼけてんじゃねえよゴミ!! 何が二人に感謝だ……っ、お前が殺したんだよ! お前が、学園でありもしない噂を流さなきゃ二人はあの日も教室に居て、今もこの場に居たはずなんだよ!! 全部お前の意味不明で馬鹿な行動が原因なんだよカス!!」

 

 その言葉に大賀は一瞬怯むも、直ぐに目を鋭くして吠える。

 

「あれはあいつらの自業自得だろうが!! 俺はあの糞性犯罪者共から人を助けただけだ!! 全部あの二人がレイプ上等の糞野郎だったのが悪いんだよ!! その責任を押し付けんな!!」

「だったらその被害者連れて来いよ!!」

「……っ!」

 

 辻本の剣幕に大賀が渋面を浮かべる。

 

「なぁ、どこに居るんだよ! 学園か!? 何組に所属していた何て名前の女子だよ! 俺はずっと調べた! あの二人の噂をどうにかするためにずっと調べて調べて調べて……何処のどいつだよ!! ほんとにいるなら王女様にでもお願いして連れて来てくれよ!!」

 

 大賀は堪らずした唇を噛み締める。

 それもそうだろう。

 

 何しろあの栗色の髪の少女が何者なのか、大賀も知らないのだから。

 

 彼がそれに気づいたのは魔法学園襲撃が終わった後。

 彼女を探して、生き残った学園の生徒に聞き込みをして、名簿と亡くなった生徒を照合して、それでも見つからなかった『知らない子』。

 

 だが、この場で知らないと首を振る選択肢は大賀にはなく、逡巡した後に彼が目を向けたのは千司——ではなく、その隣で事の成り行きを心配そうに見つめていた猫屋敷。

 

「……ね、猫屋敷!! テメェは見ただろ!? あの二組の教室で人質になってた女子だよ!! 栗色の髪の、気の弱そうな小柄の——」

 

 いきなり話を振られ、その場の全員の視線を一気に受けた猫屋敷は僅かに怯える。

 彼女はすぐそばにいた千司の服の裾を掴みつつ、震えた声で答えた。

 

「た、確かに、見た」

「ほら——!」

「……けど、誰かは知らない。って言うか、学園で見たことない子だったし、今からあの状況を思い出して考えれば……わ、私は敵の攪乱じゃなかったのかな、って……」

 

 猫屋敷の推測に千司は内心舌を巻いた。

 前々から優秀だと思ってはいたが、凄惨な過去を振り返って疑問点を抽出し、それに対して自分なりの推理をしていたという事実に驚愕である。

 

 だが、大賀にとっては青天の霹靂だったようで。

 

「……はぁ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる大賀。

 必然、猫屋敷に集まっていた視線が今度は大賀に向けられる。

 

「だ、そうだが?」

 

 冷酷な視線を大賀に向ける辻本。

 大賀は味方を探そうと視線を周囲に振り——そのタイミングで、千司は彼にだけ見えるように一瞬だけ嘲笑を向けた。

 

「……っ、イキがってんじゃねぇぞクソが!! 信じねぇなら好きにしろ!! どっちにしろ、あいつらが雑魚だから死んだってことには変わりねぇんだからなぁ!!」

「この……いい加減にしろよ大賀ァ!!」

 

 千司の挑発に乗った大賀に、辻本が拳を振り抜く。

 しかし大賀は軽く頭を傾けて回避し、返す手で辻本の腹に拳を叩き込もうとして——。

 

(そろそろだな)

 

 千司が飛び出すのと同時に、同じように篠宮も飛び出してきた。

 

「いい加減にするんだ大賀」

「辻本も落ち着け」

 

 怒りを爆発させる二人をそれぞれ千司と篠宮が抑える。

 

「邪魔すんな篠宮!!」

「いいや、邪魔する。キミがやり返したらもう取り返しがつかないからね。こんな状況だ、ストレスが溜まっていたのは分かるし、一度思いっきり腹の内側をさらけ出すのも一つの手だと静観していたが、それはあくまでも口喧嘩に限る。手を出すのは許容できない」

「先に手を出したのは向こうだろうが!」

「それでもだ。辻本も、落ち着いてくれないかな」

「……ざけ——」

 

 篠宮にすら当たろうとするほどに視野狭窄となった辻本。

 千司は彼の肩に手を置いて動きを止め、冷静に告げた。

 

「辻本、気持ちは分かるが落ち着け」

「……奈倉、殿」

 

 少しだけ落ち着きを取り戻した辻本を見て、他の勇者も安堵の息を吐く。

 先ほどまで一触即発で、乱闘になりそうだった緊迫した空気が弛緩し、解決へと向かうのをその場にいた全員が感じただろう。

 

 千司としては乱闘に持ち込み数人死んでくれれば万々歳と言ったところだったが、王宮である以上、人死にが出る前に王女に止められるのは必定。

 

 その後のことを考えると、今は離間工作が更に進行したという現実でひとまず納得しておくのが得策だろうと考えた。

 

 だが、もちろん火種を消し去るつもりなど毛頭なく。

 千司は一瞬だけ大賀に視線をやり、目が合った瞬間に冷めた目で溜息を吐いてから、篠宮に視線を移した。

 

「篠宮。さっき大賀が言っていたように上級勇者や下級勇者で色々とあるとは思うが、俺としてはこれからも足並み揃えて協力したいと考えている」

「もちろん、俺も同じ気持ちだよ」

「よかった、これからも頑張ろう」

 

 それはあくまでも大賀を挑発するために口にした言葉だった。

 

 先ほどまで話の渦中にいたというのに、見下していた相手(千司)に無視され、あとから出て来た篠宮に全てを奪われる。蚊帳の外。お前は無能で興味がないと言外に伝える行為。

 

 歪に肥大化したくだらないプライドの塊である大賀には効果覿面(こうかてきめん)

 そう考えて、千司は篠宮に手を差し出し——。

 

「そうだね、早く強くなって魔王を討伐しよう」

 

 その言葉に違和感を覚えた。

 

「……焦るな。現状の敵は魔王だけじゃないし、勇者もまだ育ち切っていない。じっくりと安全マージンを取って行動すべきだ」

「確かに安全は大切だ。でも、少しでも早く強くならなきゃいけないことには変わりない。その為には多少の無茶も必要経費だと俺は考えている」

「……多少の無茶、とは?」

「そうだね……強いて言うなら実践かな。当然実戦形式の訓練という意味じゃない。以前ダンジョン遠征に行った時ように、本物の実践だ」

「……本気で言っているのか?」

「もちろん」

 

 頷く篠宮に、千司の違和感は強くなる。

 

(やはりおかしい)

 

 少なくとも、日本に居た時の彼ならそんな考えはしなかっただろう。むしろ千司が演じている様な仲間を大切にするリーダー。それこそが本来の篠宮蓮の性格である。

 

 違和感はそれだけじゃない。

 

 『早く強くなって魔王を討伐しよう』

 

 という言葉もおかしい。

 

 彼なら魔王討伐より先に『誘拐された不破と渡辺を助け出そう』と考えると千司は推測していた。

 

(……思考パターンが変わった? そりゃ日本に居た時と環境は違うし、すでに何度か死線も潜り抜けている。多少非情になっても仕方ないかもしれないが……いや、やはり不和と渡辺の救出に動かないのは違和感だ。……こりゃあ、何かされてるな?)

 

 暗示か、洗脳か。

 

 千司は大図書館で得た知識をフルに利用して思考を巡らせる。

 が、しかし魔法にもそして『ロベルタの遺産』にも他人を洗脳するモノ(・・・・・・・・・)には心当たりがない。

 

(いや、あの王女のことだ。仮にそんな方法があれば勇者の目の付くところに用意しないか。もちろん言葉と薬物による暗示の可能性もあるが……思い起こせば召喚されて直ぐに篠宮は魔王討伐に乗り気だったな。……やはり後で調べておかないと)

 

 新たな疑問を手にしつつ、しかし千司はこの機会を逃すまいと歪みそうになる口元を偽装しながら離間工作のために篠宮に詰め寄った。

 

「実践は反対だ。もっとステータスが安定してから——少なくとも、下級勇者のステータスが騎士レベルになるまでは訓練に徹するべきだ」

「わかってる。それも大切だ。けど、今の俺たちには経験が圧倒的に足りない」

「……それは、下級勇者は置いて行くってことか?」

「いや、そんな極端な話じゃなくて——」

 

 と言葉を濁す篠宮。

 先ほどまでの大賀VS辻本の構図から、気付けば篠宮VS奈倉——つまりは上級勇者VS下級勇者の構図になっていた。

 

 どうにか言い繕おうとする篠宮に対し、千司は更に対立を煽ろうとして——その前に一人の少女が話に割り込んできた。

 

「篠宮さん、別に言い繕う必要はないのでは?」

 

 淡々と言い放ったのは黒髪の少女。

 

 背は百六十センチほどで、スタイルは悪くも無いが良くもない。鋭い目つきをしている物の容姿は悪くなく、右目の泣きボクロが特徴的な彼女は篠宮、田中に次ぐ三人目の白金級勇者——倉敷(くらしき)千鶴(ちづる)

 

 そんな倉敷を千司は睨み付ける。

 

「どういう意味だ」

「奈倉さん……。別に難しい意味はありません。正直に言って大賀さんに賛同するのは不本意極まりますが、私としてもステータスの離れた方々と訓練することにこれ以上意味を見出せないと思っているだけです。下級勇者は置いて、力のある者でさらに高め合うのが魔王討伐には効率的です」

「本気か?」

「えぇ。もちろん皆さんが力をつけるのはどうぞご勝手にしてくださって結構です。ですが、いざ魔王と戦うことになった時、主戦力となるのは我々上級勇者。こんなこと少し考えればわかるはずです。特に奈倉さん」

 

 下級勇者たちを睥睨した後、千司に視線を止める倉敷。

 

「あなたは馬鹿じゃない。私の言っていることが正しいと理解できるでしょう?」

 

 もちろん理解している。

 理解しているからこそ、上級勇者の成長を少しでも止めるためにこうして足を引っ張っているのだ。

 

 しかしそんな千司の想いも無視して倉敷は続ける。

 

「それに、あなたは下級勇者でありながら現状特出したステータスを有しており、金級に近い実力があります。私個人としては、あなたを含めた上級勇者で強くなりたいと考えているのですが、いかがでしょう?」

「……馬鹿にしてんのか?」

「そんなつもりはありません。ですが——私と同じような意見を持つ人は案外多いのではないかと思っております」

 

 そう言ってちらりと上級勇者たちを見やる倉敷。

 

 すると彼らは気まずそうに視線を逸らす物の、声を上げて否定するものは誰も現れなかった。

 

 当然だろう。何しろ下級勇者と行動して成長が遅れているのは事実。

 

 加えて魔法学園で一度『実力別』に組を分けられたのが効いている。

 千司が黙っていると、倉敷は瞑目しため息を吐いた。

 

「……はぁ。もちろん、安全を優先する気持ちもわかりますが、引きこもっていても結局は井の中の蛙。篠宮さんの言う通り、多少の無茶をして大海を知る必要もあると私は考えますね」

「……篠宮も、そうなのか?」

「……」

 

 彼は否定も肯定もしない。

 それこそが、肯定の証であった。

 千司は迷う。どちらが正解なのか、と。

 

 このまま共に訓練を続けて上級勇者の足を引っ張るべきなのか、それとも倉敷の言葉通りに決別して、勇者間にこれ以上ない溝を刻み付けるべきなのか。

 

(が、結局決めるのはライザなわけだし……なら、今確実に勇者間の関係を悪化させておくのが得策か)

 

「わかった。どうやらお前たちとは分かり合えないらしい」

「そのようですね。因みに、下級勇者でも私たちの考えに賛同してくれる方なら受け入れたいと思うのですが、どうでしょう?」

 

 その呼びかけに下級勇者たちはざわつき、数秒の後に三人の男子が前に出て来た。そして、千司の隣を通り過ぎる際に、ぼそりと呟く。

 

「正直、奈倉の気持ちはありがたい。でも……俺たちは倉敷の言うことも一理あると思うから……悪い」

「……それがお前たちの決めたことなら仕方ない。気を付けろよ」

「……ほんとすまん」

 

 そう言って、三人は上級勇者たちに合流。

 

「勇気ある行動に感謝します。それでは私はこれで……」

 

 倉敷は軽く頭を下げて、上級勇者たちの元へと戻り、そのまま食堂を後にする。

 

 他の上級勇者は僅かに困惑しつつも、篠宮をちらり。

 倉敷の考えは分かるが、あくまで篠宮の判断を仰ぐらしい。

 

「ごめん、こんなつもりじゃなかったのに」

「もういいよ、篠宮」

「ほんとに、ごめん」

 

 僅かに肩を落とす篠宮。

 それを見れば洗脳されているようには見えない。

 

(てことはやっぱ思考パターンだけいじられてるのか? でも、そんな高度な真似——)

 

 と思考を巡らせていると、大賀が鼻を鳴らす。

 

「はんっ、臆病な雑魚どもはこれ以上足引っ張らないように精々大人しくしてるんだな!」

「……」

「チッ」

 

 舌打ちを零し、篠宮と共に食堂を後にしようとする大賀。

 そんな彼らに続くように上級勇者も動き始め、そんな中、一部動かない女子グループがあった。

 

「……松原? 行くよ?」

 

 女子グループの一人が金髪の少女の手を取って引っ張っていた。

 だが当の本人——松原七瀬はただジッと千司を見つめて言外に問う。

 

『七瀬はどうすればいい?』と。

 

 次第に異変を感じ取った他の勇者たちが視線を向けてくる中、千司は逡巡してから口を開いた。

 

「来い」

「っ! わかったぁ♡」

 

 元気に返事をした松原は女子の手を振りほどき、満面の笑みで千司の下へ。

 

「な、え、……はぁ?」

 

 状況を飲み込めていない上級勇者たちに、千司は告げる。

 

「別に、危険を冒すならそうしろ。止める権利はないし、その方が強くなるというのなら頑張ってくれ。だが、それとは別に俺は俺で守りたいものを全力で守る」

 

 その言葉に上級勇者たちはざわつき、松原の友人の女子たちは意味が分からないと困惑の表情を浮かべる。そして何故か大賀も不快そうに顔を歪め、いつもの罵詈雑言を吐き捨てようとして——。

 

「そうだね。お互い頑張ろう」

 

 篠宮のその言葉に勢いを無くし、彼らは食堂を後にした。

 残されたのは下級勇者と文香や猫屋敷たち、そして松原という一部の上級勇者のみ。

 

「悪いな、松原」

「んーん、七瀬的には千ちゃ……奈倉くんの考えの方が正しいと思ってたから」

 

 気を使って言葉を取り繕い、あくまでも仲のいい友人を演じる松原。

 千司は逡巡した後に苦笑を浮かべ、彼女の頭を撫でた。

 

「もう気は使わなくていい」

「! ほ、ほんと? ……千ちゃん」

「あぁ」

「……え、えへへ、うん! わかったぁ♡」

 

 にぱーっ、と笑みを浮かべる松原に周囲の勇者たちは困惑の様相を見せるも、既に千司がせつなと文香で二股している現状から、彼女の存在も何となく察したのだろう。

 

 最終的には呆れた様子でそれぞれ部屋へと戻っていく。

 

「……ふんっ」

 

 その時、べしっと猫屋敷から蹴りが飛んできたが仕方がない。

 蹴られたふくらはぎを擦っていると、暗い顔をした辻本が話しかけてきた。

 

「奈倉殿……その、すまない。このようなことになって」

「なってしまったものは仕方ないし、ステータスに開きがある以上いつか起こり得たことだ。むしろ予測して対策を練っていなかった俺の責任で……こちらこそすまない」

「そんな……いえ、これは皆の責任です」

「……だな」

 

 辻本に慰めの言葉を貰っていると、ふと一人の少女が逃げるように食堂から走り去っていく。それは見覚えのある綺麗な黒髪で——。

 

「せつな」

「……奈倉殿、本物のハーレムくそ野郎にだけはならないようにしてください」

「分かってる」

 

 首肯を返し、せつなの後を追うのだった。

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