クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第15話 状況は動き始める。

 執務室を後にした千司は自室に戻ると、ベッドで眠るせつなを起こさないように気を付けながら備え付けの椅子に腰かけて大きく息を吐いた。

 

(……ふぅ。ほんとライザちゃんの相手は嫌になるな。疲れるし勝てる気がせん)

 

 窓の外に浮かぶ蒼い月を睥睨しながら思い出すのは先ほどの話し合い。

 千司は凝り固まった肩をもみほぐしながら思考を加速させる。

 

 正直、先ほどの話し合いの最中でライザが何を仕掛けていたのかについて、千司は正確に把握できていなかった。

 

 ただ状況と彼女の語り口、そして今までに感じたことがない程の焦りを自覚したことで、何かしら仕掛けられていると推測し、用心したに過ぎない。

 

 新色の消息が不明であり、『裏切り者』のステータスに関する話題から、現状考えうる最悪のパターンを回避するために、千司はステータスに仕掛けた『偽装』の解除を取りやめた。

 

(ボロは出してないと思うが……それより気になるのは『裏切り者』のスキルに関して)

 

 ——『裏切り者』はステータスの補正が行われない代わりに、二種類のスキルを保有している。

 

 千司を動揺させるブラフの可能性もあるが、真実の可能性も当然存在する。

 

 仮にどちらだとしても千司の現状が変わるわけではないが……問題なのは今後「『裏切り者』はスキルを二つ所有している」という前提で千司が動かなければならなくなったことだ。

 

 真偽は不明だが真偽を疑っている時点でライザからすれば『裏切り者』確定。ぼろを出すのを虎視眈々と狙い待つつもりなのか。

 

(ほんとめんどくさいなあの王女)

 

 眉間に寄った皴をもみほぐして息を吐く。

 

 ぼろを出さないようにするには単純に時間を掛けて物事を進めればいい。

 

 しかし問題なのはその時間がないという事。

 

 上級勇者が育ち切ればそのまま魔王討伐へと赴くだろう。そうなれば時間切れ。準備の途中なら何もできずに指を咥えて見ているしかない。

 

(あのくそ王女……もっと油断してくれぇ~!)

 

 話し合いで少し受け身に回っただけでこのざまである。

 

 千司は静かに今後の動きを考え始め——ふとせつなが寝返りを打った。

 

「んむ、千司ぃ?」

「悪い、起こしたか?」

「んーん、それよりそこで何してるの?」

 

 ジトっとした視線を向けてくることから、千司が部屋を出ていたことを知っている可能性もある。ここは変に誤魔化すより素直に話した方がいい。

 

「食堂での一件でライザ王女のところにちょっとな」

「……浮気?」

「俺が好きなのはせつなだよ」

「……じゃあ、寝よ?」

「そうだな」

 

 淡々と返事を口にしてベッドに横になると、せつながキュッと甘えるように抱き着いてくる。

 

 まるで小動物のような彼女を抱き寄せて千司もゆっくりと目を瞑り——一人淡々と思考を続けた。

 

 考えることはたくさんある。

 今後の予定、動き、そしてどうすれば一番面白いことになるか。

 

(やっぱ勇者だけじゃなくて、もっといっぱい殺した方が面白いよなぁ~。ロベルタとの約束もあるし……できればこの世界の人間を——)

 

 とか何とか考え、眠りに就いたのは約一時間後のことだった。

 

 

  §

 

 

 翌朝、扉をノックする音で千司は目を覚ます。

 時刻を確認するといつもと同じ早朝訓練の時間である。

 

 せつなを起こさないようにしながらベッドから這い出て扉を開けると、そこにはくすんだ紺色の髪を揺らす愛しの執事、ライカの姿があった。

 

「おはようございます、奈倉様」

「あぁ、おはよ」

 

 挨拶を返すとライカは部屋の中をちらり。

 そしてかすかに聞こえる小さな寝息を耳にしてため息一つ。

 

「はぁ……昨夜もお楽しみだったようで」

「ま、それ以上に色々あって疲れたがな」

「では本日の訓練はお休みになさいますか?」

「いや、行く」

「では着替えを——」

「あー、今日はいい。流石にこの状況で着替えさせてもらうのもアレだしな。代わりにせつなが起きたら部屋まで送り届けてやってくれるか?」

「……畏まりました」

 

 本当はせつなの横でライカにセクハラしたい欲があふれて止まない千司であるが、流石に昨日の今日で浮気がバレれるのはよろしくない。

 

 せつなにはまだ自分のことを愛していてもらわねばならないのだから。

 

 極力音を立てないように気を付けて手早く着替えを済ませると、千司はライカに見送られながら訓練所へと赴いた。

 

 

  §

 

 

 朝の空気を味わいながら見慣れた廊下を進んで訓練場に到着すると、見慣れた銀髪が千司を待ち構えていた。

 

 その光景は何処か懐かしさすら覚える。

 

 何しろ最後に彼女と早朝訓練を行ったのはもう随分と前の話。

 

 魔法学園が襲撃されてからというもの、リニュとはぎくしゃくとした関係が続いていた。

 

 当然その間の早朝訓練は中止しており、関係修復した昨日も夜通し身体を交わらせていた結果リニュは爆睡。一人での訓練と相成った。

 

「来たか、センジ」

「当たり前だろ」

 

 千司を見つけるなり喜色に顔を染めて、かと思えばじっと見つめて鼻をスンスン。不機嫌そうに頬を膨らませた。

 

「別に分かってはいたことだが……いざこうやって他の女と交わった後に会うと、不快だな」

「そりゃ悪かった。拗ねるなよ」

「拗ねてない、ただ自分の物に他人が触れるのが嫌なだけだ。……この浮気者」

「気の多さは俺も反省している」

「くそっ、開き直りよってからに……! 生意気だぞ!」

「その方がリニュも嬉しいんだろ?」

 

 へらへら笑って見せると、リニュは明らかに高揚した様子で剣を握る。

 

「ふん! 分かってるじゃないか……っ!」

「好きな女のことだ。当たり前だろ?」

「……っ」

 

 告げた瞬間、リニュは明らかに動揺して頬を染めた。

 

 しかし、千司が反応を見てニヤついているのに気が付くと、唇を噛みしめ剣を強く握り直して——肉迫。

 

「お、おま……お前はほんとに……ッ! 絶対に調教してやるッ!」

「いやん、変態なんだから」

 

 適当に煽ると、本日の早朝訓練が開始された。

 

 

  §

 

 

「そう言えば、昨日は色々と大変だったみたいだな」

 

 早朝訓練を終えて汗を流していると、隣で先に水浴びを終えて髪を拭っていたリニュが真剣な表情で口を開いた。

 

「まぁな。だが、これまで見ないようにして来たつけが回って来ただけだ。仕方ない」

「そう、なのか……センジは気付いていたのか。……すまない。アタシは何も気付かず、それどころか昨日も仕事で……仲裁にも行けなかった」

「気にするな。おそらくあの話し合いが始まった時点で、誰が来ようと結末は変わらなかった」

 

 千司がどれだけ上級勇者を呼び止めていようと篠宮が何か(・・)されている以上、この結末は変わらなかっただろう。

 

 千司としては溝が深まるのはウェルカムだったが、上級勇者が外で育つのは避けたかった。

 

 両立するのは難しいが、篠宮の性格を考慮すれば可能だと思っていたのだが……ライザの息がかかっていたのだとすれば、初めから雲をつかむ様な話だったのだろう。

 

「今朝、王女から聞いた話では今日一日で準備を整え、明日にでも王宮を出発……外に活動拠点を移すつもりらしい」

「……えらい急だな」

 

 魔法学園から帰ってきてまだ数日と経っていない。

 

(……というかライザちゃん寝てないの? 俺が来るより前にリニュと話してたってことだろ? もう怖いよあのお姫様……)

 

「アタシも急だとは思うのだが……それだけ外での実践を積みたいのだろう。……分からない話でもない」

「というと?」

「基礎訓練を終え、実戦を経験。レベルとステータスの上昇。……家事や料理と違い、戦闘能力は成長が分かりやすい。そして、自身の成長は強大な自己肯定感を与えてくれる。故に——取り付かれやすい(・・・・・・・・)

「なるほどな」

 

 それはステータスなんて概念があるこの世界特有の感覚。

 ゲームのように分かりやすいからこそ、ゲームのようハマりやすい。

 

 命の掛かった現実であることを忘れて。

 

「……当然自信を付けるのはいいことだが、自信ばかりが先行して慢心となった時が怖い。……まぁ、アレ(・・)が護衛に着くなら大丈夫だとは思うが」

「そう言えばオーウェンさんが護衛に着く、ってライザ王女が言ってたな」

 

 千司の言葉にリニュは首肯。

 

「あぁ。オーウェンは選民思想が強いしプライドの塊だが……強い(・・)。肉体的にも精神的にも。集団を統率するのも、他者を育てるのも得意だし、性格こそ多少ひん曲がっているが王家への忠誠は確かな物だ。これ以上なく適任だろう」

 

 それは千司の思う評価と似たようなものだった。

 

「そこまで褒めるなんて意外だな。以前はあまり好きじゃないと言っていたと思うが」

「能力を認めるのと好き嫌いは別だ。アタシの目はそこまで曇っていない」

「ちょっとオーウェンさんに嫉妬しそうだな」

「ふーん、へぇ……センジも嫉妬するのかぁ~」

 

 にやにやと口元を歪めて顔を近付けてくるリニュ。

 

「なんだ悪いか?」

「いや、別に? ただ、少しばかり気分がいいだけだ。来い、髪を拭いてやる」

「ご苦労。褒めてやる」

「……生意気なっ!」

 

 わしゃわしゃと水浴びで濡れた髪をタオルで拭き始めるリニュ。

 少し痛いが気持ちいい。

 マッサージに近い感覚である。

 

「まぁ、そんなわけでオーウェンが着いて行くから上級勇者(あいつら)は問題ないだろう。何しろ王女とアタシを除けば間違いなく王国最強格の騎士だ。白金級も居る事を考えればむしろ過剰戦力と言えるな」

「なら、一応は安心できるのか」

「あぁ。そして、空いたオーウェンの代わりに次から千司たちの訓練はアタシが見る事になった。今日はシノミヤたちの準備があるから日中訓練はお休みだが……明日からはみっちり、特にセンジは手取り足取り教えてやる」

「お手柔らかに頼むよ」

「断る。たっぷり苛め抜いてやるから覚悟するんだな」

 

 苦笑を溢す千司に対し、にこにことサディスティックな笑みを浮かべた剣聖は、髪を拭っていた手を止めて顔を近付けると、軽くキスしてくる。

 

「ふふん、アタシは好きな奴には意地悪したくなる(たち)なんだ」

「知ってる」

 

 その後、リニュとしばらくイチャイチャしてから千司は朝食へと向かうのだった。

 

 

  §

 

 

 食堂に赴くと、待機していた騎士に改めて本日の訓練が休みであることを伝えられた。

 

 朝食を受け取り食堂をぐるりと見やると、いつもの席にせつなと文香の姿を発見。別段席は決められていないが、時間が立てば各々定位置が決まってくる。

 

 千司の場合、席一つ開けて横並びに座るせつなと文香の間が定位置となっていた。

 

「やっと来た」

「おはよ、千司くん」

「おはよう、文香」

「……私には?」

「せつなもおはよう」

「ん、おはよ」

 

 淡々と返すせつなであるが、その表情はどこか憑き物が落ちたように安心している。ここ最近彼女を悩ませていた千司の浮気関係の話が一区切りついたからだろう。

 

 少なくとも彼女の中では。

 

「……よかった」

「え?」

 

 そんなせつなを見て文香も安心したように息を吐いた。

 

「文香も心配してくれていたんだよ」

「……」

 

 千司が補足すると意外そうに目を丸くして文香を見つめるせつな。

 

「別に心配なんて……私は、雪代さんが嫌いだけど……ただ、傷つく気持ちもわかるし、それに……二人の仲が悪くなるのも……何か、嫌だったから。それだけ」

 

 顔を背けて言い訳を並べる文香。

 

「そう、だったんだ。……その、ありがと」

「別に、感謝されるようなことじゃないよ。でも……やっぱりこっちの方が落ち着く」

 

 そう言って儚げに笑みを浮かべる文香を見て、せつなは思わずきゅっと唇を噛み締めて視線を逸らした。

 

 嫌いな相手……それも出し抜いたと思った相手から向けられた優しさに、罪悪感を覚えているのだろう。

 

 せつなは言っていた。

 日本に帰ったら文香とも別れて自分と結婚して欲しい、と。

 それまでの間は文香との関係も認める、と。

 

 それはつまり、文香の迎える未来が必ず不幸な物になるということ。

 

 憎き恋敵ならそれも構わないのかもしれないが、こうして優しさを見せられて尚、罪悪感も抱かずにいられるほど、雪代せつなという少女は非情な性格をしていなかった。

 

「……っ」

 

 テーブルの下、せつなはきゅっと拳を握る。

 何が正解なのか。

 何を選べば自分たちは幸せに辿り着けるのか、と。

 

 そんな苦しむせつなを横目に、千司はモーニング珈琲を一口。

 

(あぁ……朝からなんて素晴らしい表情を見せてくれるんだ)

 

「そうだ、文香にも松原のことを説明しないとだな」

「……別に良いって、言ったのに」

「そんな訳にはいかない。せつなだけじゃなく文香も俺にとって大切な人なんだから」

「ん、もう……わかったよ。千司くん」

「……」

 

 千司は苦しむせつなに気付かないふりをして、文香に松原との関係を説明する。もちろん、せつなと松原の両方と将来的に結婚すると約束していることは伏せながら。

 

 

  §

 

 

 朝食を終えた千司は、突発的に与えられた休日をどう過ごすか考えながら王宮内を歩いていた。

 

 と言っても、朝食時にせつなと文香からお誘いがあったので、二人と過ごすことになるのだろうが。

 

 二人は早朝訓練を終えたばかりの千司に気を使い、少し時間をおいてから部屋に来るとのこと。

 

 そこで千司は腹ごなしに軽く散歩にしゃれ込んでいるという訳だった。

 

 王宮内をふらふら歩いていると、曲がり角の先から言い争う声が耳朶を打つ。どこか聞き覚えのある声に誰じゃらほいと顔をのぞかせると、一人の女子が二人の男子に囲まれていた。

 

「なぁ猫屋敷。なんであっち側なんだよ」

「関係ないでしょ」

 

 絡まれていたのは見慣れたスレンダー美女、猫屋敷景。

 そして絡んでいたのは金級勇者『抹消者』の五十嵐と——もう一人。

 

「お前も、二階堂や斎藤も上級勇者なんだからさ、僕たちと来た方がいいって」

「お前って言わないで」

「……っ」

 

 猫屋敷の鋭い視線にたじろぐのは金級勇者の内田という小太りの男子生徒であった。彼は困ったように五十嵐へと視線を送る。

 

 会話の内容から察するに、猫屋敷やその友人である二階堂凛、斎藤夏木を篠宮派閥に引き入れようとしているのだろう。

 

 しかし上手くいっていない様子。

 

(まぁ、あれだけ猫屋敷の胸やら足に視線送ってたら誰だって行きたくはないわな)

 

 五十嵐と内田は顔こそ上を向いているが、その視線は露骨に下へ。

 猫屋敷の肢体を舐め回すように見つめていた。

 

 そして当然猫屋敷本人は気付いており、ゆえに額に青筋を浮かべているのだろう。

 

 だが五十嵐は気付かずに言葉を続ける。

 

「上級勇者なら危険は少ない。それに猫屋敷たちは天音みたいな非戦闘職でもないだろ?」

「下級勇者の奴らも、おま……猫屋敷たちが居ると複雑なんじゃないかと僕も思うんだ」

「だから? 嫌なものは嫌、ただそれだけ」

 

 まるで表情を変えない猫屋敷に五十嵐も苛立ちを見せ始める。

 

「っ、なんでだよ!」

「わかんない? 上級勇者だとか下級勇者だとか言って差別意識丸出しのアンタたちの仲間になんてなりたくないの」

「だが事実だ。王国の人間だって使ってる」

「他人が使ってるから自分たちも使うの? 別に心の中でどう思おうがどうでもいいけど、表に出しちゃダメでしょ。……少なくとも、そっちよりは奈倉くんたちといる方が私は気が楽なのよ」

「……っ、また、奈倉……っ」

 

 ぎりっ、と歯噛みして過敏に反応するのは五十嵐。

 

 日本に居た時から気に食わないとばかりに、ボッチの千司を嘲っていた彼であるが、異世界に来てからという物その思いは増すばかりである。

 

(ん~、面白そうだしもうちょっと煽るか)

 

「猫屋敷、どうかしたのか?」

「……白々しい、どうせ聞いてたんでしょ?」

「何のことだか」

 

 三人の間に割って入ると冷たい目を向けてくる猫屋敷。

 

 最近の彼女はもっぱらこの調子。

 『彼氏がいる事実を隠して辻本を慰めてあげて~』と頼んでからというもの、彼女からの好感度はゼロに等しい。

 

 それでも信頼はしてくれるのか、先ほどまで張りつめていた緊張の糸を、彼女は僅かに弛緩させた。

 

 対して千司の登場で勢いを失った内田が五十嵐に声をかける。

 

「おい、五十嵐もう行こうぜ?」

「……おい奈倉」

「なんだ?」

 

 内田の言葉を無視する五十嵐に、千司は尊大な態度で応答。

 少しでも彼の神経を逆なでするように。

 

 彼は苛立ちを必死に抑えながら、口元を歪めて吐き捨てる。

 

「一つ忠告してやる」

「忠告?」

「あぁ、これ以上お友達を殺されないように、ってな」

「……あ?」

「お前と行動する奴はすぐに死ぬからな。もしかしたら自分が無能であることを自覚していないかもしれないから、親切に教えてやったんだよ」

 

 その言葉に真っ先にかみついたのは猫屋敷。

 

「五十嵐、いい加減に——」

「いや、いい。……忠告ありがとう。俺は自分に出来ることをできるだけ精いっぱいやるよ。だから、そっちも気を付けろよ」

「はぁ? お前みたいな下級勇者と違って——」

「五十嵐のことじゃない。そっちに行った銀級三人のことだ。お前らは大丈夫かもしれないが、アイツらは特別強いスキルを持っている訳じゃない。……だから、気を付けてくれよ」

 

 真剣な表情で告げる千司に、五十嵐は鼻を鳴らす。

 

「はっ、行くぞ内田」

「いや、とどまったのは五十嵐の方だろうが……って、ちょっと待てよ。じゃ、じゃあな二人とも」

 

 五十嵐の後を追いかける内田。

 そうして残されたのは千司と猫屋敷のみ。

 

「ほんとにあっちに行かなくてよかったのか?」

「やっぱ聞いてたんだ。……いいよ、てか行きたくないし。だってどっからどう見ても身体目当てだったじゃん」

「ああいう視線って結構わかりやすいよな」

「隠すのがうまい人も居るけどね。……五十嵐とは高一の時に少しつるんでたんだ」

「意外だな。猫屋敷はもっと大人な奴と仲良くしてると思ってた」

 

 特に五十嵐は野球部で、猫屋敷はモデル。

 接点など皆無に思える。

 

「ほら、入学してすぐに適当な人とつるむ時期ってあるでしょ? 当時仲良くしてた女子の友達があいつ。結局その女子と一時期付き合ってたらしいけど、私がモデルを始めたって聞いてから露骨に視線を感じるようになったから距離取って疎遠」

「血気盛んな思春期だしなぁ」

「流石、ハーレム糞う野郎は言うことが違う」

「ひでぇ」

「事実でしょ。……仲直りはした?」

「あぁ」

「ならいい。……それじゃ私はもう行くから。助けてくれてありがとね」

「友達だからな」

 

 その言葉に猫屋敷は僅かに口端を持ち上げ、すたすたと歩いて行ってしまった。

 

 

  §

 

 

 猫屋敷と別れ、そろそろ部屋に戻ろうかと考えながら歩いていると、前方から見知らぬ少女が歩いてきた。

 

 漆黒に白のラインが入った修道服に身を包み、その隙間からこぼれる透き通るような白髪を揺らす彼女は、千司が素で見惚れてしまうほどに美しかった。

 

 少女はにこにこと慈愛すら感じる笑みを浮かべながら陽の光を浴び、装飾の行き届いた王宮の廊下を観察しながら歩いている。

 

 やがて千司に気が付くと軽く会釈。

 同じく会釈を返すと、特に語ることもなく彼女は廊下の先へと歩いて行った。

 

(見たことない顔だな)

 

 王宮という場所柄、部外者が立ち入ることはそうそうない。

 故に王宮内ですれ違うのはほとんどが見たことのある顔なのだが……先ほどの修道服の少女は違う。

 

(あの服……確かへリスト教の……)

 

 セレンが狂信的に信仰している、王国の国教。

 

 彼女の立場は不明であるが、監視もなく王宮内を散策できることから、その地位が高いのは間違いないだろう。

 

 ……どうでもいい相手なら構わない。

 使えそうな駒なら構いたい。

 

 そして邪魔になるのなら……。

 

(まぁ、仮に敵対しようと——向かった先を察するに面倒な相手なのは間違いないだろうな)

 

 修道女の向かった先。

 そこにあるのは昨日千司も訪れたばかりの一室。

 

 ライザ・アシュートの執務室である。

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