魔槍を継ぐ者   作:ゴリリッチ

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始まり

 恵まれた才能が有った。優れた師に恵まれた。

 

 手足の骨が折れた事は、既に三桁を越えた。それでも止めなかったのは、偏にその才覚による伸び続ける己の力量を知れたから。

 

 ただ只管に、強く。その一心で進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――始めまして、川神鉄心殿。不肖、黒木一郎。師よりの手紙を預かっております」

「うむ、確かに。それはそうと、そう固くならずとも好いぞ。儂は気にせんからのう」

「そう、ですか?では、失礼いたします」

 

 深々と三つ指ついて頭を下げていた黒髪の少年が顔を上げる。

 灰色の瞳が印象的な、柔和な顔立ちの少年だ。

 

 そんな少年から封筒を受け取り、川神鉄心はその中身へと視線を落とした。

 

「…………うむ、あい分かった。確かに、彼の手紙のようじゃな。元々、前もって話は通して貰っておったが、まさか弟子を取っていたとは思わなんだ」

「あはは……師匠も、元々は弟子を取る気は無かったようですよ。自分もまだまだ青いってよく言ってますから」

「ほっほっほ、そうかそうか。求道者としては、相変わらずのようじゃのう。それはそうと、一郎君。君はこれから、寮へ入るのかのう?」

「はい、そうなります。幸い、空いている男子用の部屋がありましたからそこに入寮する事になりました」

「そうかそうか。いや、もしも宿が決まっていなかったのなら川神院に住み込みでも良いと思ってな」

「有り難いお話ですが……僕もまだまだ修行中の身。なるべく自分の事は自分でしなければならない環境に身を置かないと堕落してしまいそうですから…………」

「その考えがある内は大丈夫だと思うんじゃが……いや、今言っても詮無き事か」

 

 好々爺のように笑う鉄心につられて、一郎もまた曖昧な笑みを浮かべた。

 一服。出されていた茶を啜り、鹿威しが鳴る。

 

「ん?」

「む……」

 

 その静寂を叩き壊す様に慌ただしい足音が二人の居る部屋へと近付いてくる。

 足音の主は、部屋に通じる縁側の方からやって来ると、一声を掛ける事無く勢いよく障子を開け放った。

 

「ジジイ!暇だから、相手しろ!」

「これ、モモ!今は来客中じゃ!後にせい!」

「ん?客?」

 

 そこで、初めて気づいたのか黒髪の少女は部屋に居るもう一人へと視線を向けた。

 視線を受けて、一郎は頭を下げる。

 

「こんにちは。僕は、黒木一郎といいます。今年度から川神学園に入学するので、ここにはご挨拶に来ました」

「ふーん?つまり、私の後輩になるって事か」

 

 じろじろと、彼女は一郎を見やる。

 何が気になるのか、鉄心が諫めようとする前にビシリとその指先を突きつけてきた。

 

「よし!お前!私と一戦やろうじゃないか!」

「モモ!」

「良いだろ?ジジイ。別に大怪我させる訳じゃないって」

「そう言う話ではないわ!そもそも、一郎君はあいさつに来ただけじゃと言うておろうが!」

「あんまり叫ぶと、血管きれるぞ?」

「モモ!!」

 

 気炎を上げる鉄心に、しかし彼女は動じない。

 流石に叫ぶ老人を不憫に思ったのか、一郎が手を上げた。

 

「あの、鉄心殿。僕は構いませんよ」

「本当か!?」

「はい。彼女……ええっと?「川神百代だ!」あ、はい。川神さんとの手合わせでしたら問題ないのでは?」

「ぬぅ、しかしのぅ…………」

「良し、行くぞイチロー!早速始めるぞ!!」

 

 肩を組むようにして、上機嫌に百代は一郎を引き連れて道場へと向かってしまう。

 ため息を吐き、鉄心は立ち上がると二人の後を追って縁側へと足を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界には“気”と呼ばれる力がある。そして、その力を身に付け、極めた者達を武術化と呼んだ。

 彼らは、壁と呼ばれる一定のラインを超えると精鋭一個師団が相手であろうとも単騎で勝利する事が出来るほどの戦闘能力を有するようになる。

 同時に、そんな存在がぶつかり合えば周囲への被害もまた甚大。

 

「ありがとうございます、鉄心殿。道着を貸していただいて」

「構わんよ。流石に、あの格好では動きにくかろうし」

 

 白い道着に黒い帯を締めた一郎。その姿は中々に様になっていた。

 相対するは、こちらも道着に着替えた川神百代。

 

「ふふん、私の様な美少女が着れば道着も立派なおしゃれ着だろう?」

「ええ、とてもよくお似合いですよ」

「ッ!そ、そうだろう?!そうだろう!?」

 

 鼻高々に胸を張れば、何の裏も無い言葉が帰って来て面食らう。

 自画自賛できるほどに、百代は整った顔立ちをしておりその肢体は出る所は出て引っ込む所は引っ込むナイスバディ。異性どころか同性だって釘付けに出来る。

 しかし、向かい合う一郎の目にはそう言う邪な感情は読み取れなかったのだ。胸を張った勢いで揺れた豊かなお胸にも目もくれない。

 

 そして、始まりの時。

 

「では、良いか?コレはあくまでも手合わせである事を忘れぬように」

「はい」

「ジジイ、早くしろ!」

 

 鉄心の合図を待つ前に、両者は構えを取る。

 百代は拳を握ったオーソドックスな構え。対して、一郎は重心を後ろに置いた猫足立ち。拳は握らず手刀構え。

 

「始めィ!!」

「先手必勝!川神流無双正拳突き!!」

 

 仕掛けたのは、百代。正拳突きの嵐は、しかし常人には一発を目に映らせるだけでも一苦労。

 無数に迫る拳を前に、一郎は僅かに目を細めた。

 

「――――ふっ」

 

 小さな呼気と共に、最初に一発が前に伸ばされた右手刀により切り落とされる。

 二発、三発と迫る正拳は、しかし直撃する事は無い。

 

 物体の直線運動というのは、横合いからの力に弱い。理論上、弾丸なども横から叩く事が出来るのならそれだけで逸らす事が出来るのだから。

 

 一郎は、一撃目を逸らした所で百代と自分の腕力の差を理解した。

 真正面から受け止めれば、防御ごと押し込まれる事になる。故に、側面から拳の固い部分ではなく手首などを狙ってその軌道を逸らす事にした。

 最後の一発が逸らされ、返しの左拳をバックステップで躱した百代は笑みを浮かべた。

 

「やるな!私の拳を此処まで正確に捌く相手は初めてだぞ!」

「ふぅーーー……直撃すれば、流石に痛そうですからね。今度は、こちらから行きますよ!」

 

 一郎が、前に出る。

 放つのは、右の手刀――――否、貫手。

 空の壁を突き抜けるソレは、先程の百代の拳の連撃と違い単発。だが、空の壁を突き破り名が迫るその威力はただ見るだけで明らかだった。

 

(アレは、ヤバい!)

 

 本能的に、百代は回避を選択。沈み込むようにして貫手の軌道から逸れつつカウンター気味に左のボディストレートを狙った。

 そして、当然一郎もこれには気付いている。

 百代クラスの相手に、どれ程の威力があろうともテレホンパンチが当たるとは思っていないからだ。

 故に、その貫手は、止まる。止まり、捻られ手刀へと転ずる。

 

「ッ!」

 

 突如振り下ろされた右手刀に対して、百代は慌てて後ろへと飛び下がった。

 そしてこの動きを、一郎は読んでいた。

 下がった彼女に追従するようにして、一郎は左正拳突きを突き出したのだ。

 

「ぐっ……!」

 

 両腕を交差してコレを受け止める百代。だが、腕越しに骨が軋むよな衝撃が襲う。

 

(フム、純粋な技量という点に限れば一郎君に軍配が上がるか)

 

 顎髭を撫でつつ、鉄心はそう評する。

 川神百代は、“武神”の肩書を持つ武道四天王の一人だ。その実力は、例え成熟した格闘家ですら一蹴してしまう程。彼女の相手になる者など、鉄心やとある吸血鬼殺し執事位ではなかろうか。

 その結果、どうにも百代の戦い方は雑なのだ。それでも並大抵の武術家より強いのだから始末に負えない。

 

 互いの蹴りと拳が何度となく交差し、ぶつかり合う。

 

「凄いぞ、イチロー!ここまで私に何もさせようとしない武術家は居なかった!」

「貴方に暴れられると、流石に止めきれませんからね!」

 

 加速する。既に両者の手足は残像と打撃音を残すばかりで小規模な嵐の様相を呈している。

 

 そして、

 

「――――むぅ」

 

 大きな弾ける音と共に、二人の位置が離れた。

 何処か釈然としない表情の百代と、構えを解いた一郎。

 

「何故打ち込んでこないんだ?打ち込める隙はあっただろう?」

「はい。ですが、これはあくでも手合わせです。勝負ではありませんから。川神さんも、それで了承してくれましたよね?」

「それは!……そうだが」

 

 不完全燃焼。百代は頬を膨らませる。

 だが、構えを解いてしまった一郎に殴りかかろうとは流石にしない。この場には鉄心が居る事だから、確実に止められるだろう。

 彼女の不満を無視して、一郎はこの場に結界を張ってくれた鉄心の元へと向かった。

 

「ありがとうございました、鉄心殿。態々結界まで張っていただき」

「いやいや、気にする事は無いぞ一郎君。何より、儂としても育った若い使い手が見られるのは実に良い。特に、あの貫手はあ奴を彷彿とさせた。“魔槍”は受け継がれておるのう」

「まそう?」

 

 近付いてきた百代が首を傾げた。

 そんな彼女に、一郎が僅かな笑みを浮かべて補足を説明する。

 

「僕の流派にある……まあ、物凄い貫手みたいなものですよ」

「それって、私が最初の方でヤバいと思った右手の貫手か?」

「そうですね」

「んー?確かにすごいけど、アレ当たるか?そりゃあ、私も避けなきゃヤバイとは思ったけど」

「少し違います。確かに、魔槍は流派の代名詞のようになってますが、僕らにとっては数ある選択肢の一つでしかありません。現に、川神さんは僕の貫手の危険度を察知して回避しましたよね」

「うん」

「その上で、僕は貫手を手刀に切り替えました。それも避けられる事を前提として、本命は左の正拳突きでしたから」

「成程……」

 

 どんな大技も、当たらなければ意味がない。だが、相手に対して回避や防御の選択肢を強いる事が出来る。

 そもそも前提として、“魔槍”は一郎の師匠である男の代名詞だ。そして、彼にとってはどれほど協力でも採れる選択肢の一つでしかなく、その考えは一郎にも受け継がれている。

 

 何やら考え込む百代。

 この間に、一郎は鉄心に挨拶をしてから川神院を後にしていた。寮で荷解きをしなければならなかったからだ。

 彼が帰ってから、程なくして百代は再起動を果たす。

 

「なあ、ジジイ」

「なんじゃ?」

「私とイチローだと、どっちが強かった?」

「気の量や腕力といった面なら、モモの方が上じゃろう。じゃが、技量の点では上を行かれておるな」

「そうか……」

 

 タイプが違う。それが、鉄心から見た二人の違い。

 百代は、圧倒的な気の量と才能によって力による圧殺を主な手段とするタイプ。

 一方で一郎は、気の量も多い方だがそれ以上に一手一手の動きが静かで精密機械のような印象。

 

 心技体の完成度。百代は心が欠けており、一郎はほぼ真円でこの三つを果たしている。

 

 鉄心は、彼の師匠である男の弟子育成能力の高さを知り、内心で感心していた。

 

(武人として完成形に近いながらも、まだまだ底を見せない成長性。本人の気質も穏やか。あの男が、ここまでの弟子を育て上げるとは……)

 

 黒く巌のような男を思い浮かべて、鉄心は髭を撫でた。

 

 そして、少年は台風の目となる。














主人公の実力は、武道四天王クラス。気の扱いは、身体強化に限定されている代わりに密度が高いイメージ
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