泥中に咲く   作:菊池 徳野

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説明回にしてはまぁまぁうまく書けた気がする。


家畜の神

 生まれの不幸とは何だろうか。貧困や飢えに喘ぐことだろうか。親の庇護なく社会の冷笑を一身に浴びることだろうか。四肢や五感の何某かを欠けた状態で生を受けることだろうか。

 

――否。

 

 小さなボロ小屋に住む日々を過ごした者は、大きなボロ小屋に住むことを夢に見る。そこに知らぬ世界へのやっかみなどは存在しない。これはあくまで風刺的で大げさな表現かもしれないが、私が言いたいのは、人は『持っているものを奪われる事』を不幸と呼び、富める者にこそ生まれの不幸は訪れるのである。

 

 つまり、

 

「おかえりなさいアポロ様、夕食のご用意ができておりますよ」

「…あぁ」

 

 このクソみたいな組織で生まれた試験管ベイビー(アポロ)命を飼われた奴隷(わたし)にとって不幸というのは案外遠くにあるものなのかもしれないという、

 

「…他の奴らは遊んで帰ってくるらしいから、敬語じゃなくていい」

「うん、おかえり。アポロくん」

「ただいま、マヤ」

 

 本当の幸せを知らない私たちが願う、日常へのせめてもの救いを求めた誤魔化しなのかもしれない。

 

 

――話は二年前に遡る――

 

 私が目を覚ましたのは、病院着を着て独房のような部屋に押し込められた時。自分の最後の記憶がチューハイ片手にコンビニ弁当をつついていたという、()()()()()()()()()()()()だと気づいたときである。

 初めは混乱、続いて疑問、絶望。体の不調すら感じるようになる頃には凡そ2時間が経過していた。

 

 身体の持っていた記憶から理解した事は、私に未来が無いという厳しい現実だった。私の所属している組織にとって、私はもはや利用価値のない生体部品であるらしい。

 

 この身体の境遇を語る前にこの世界や組織について語った方がいいだろう。

 この世界には魔力や霊力やプラーナ*1なんかに該当するファンタジーな力が存在しているらしい。それはこの世界において、戦争を国を社会を動かし得るほどの暴力的な存在であり、才能が物を言うもので、誰しもが持つようなものではなく、持っている存在自体が珍しく、更に一定量以上の保有者かつ自由に活用できる人間は更に稀少なのだという。

 

――私はその珍しいだけで稀少ではない人間だった。

 

 『バッテリー』と呼ばれる私のような存在は、探せば代わりのいる使い潰せる生体部品なのだという。その烙印を押されたのが私が目覚める直前のことらしかった。

 

 ふざけた話である。クソみたいな話である。そして悲しいほどに生体部品という呼称が私に()()()()()()()()()()()()()

 

 厳しい世界設定のゲームはやったことなくても設定くらいは聞いたことがあった。それは敵国のマシンに載せられた生体CPUという名の脳缶*2であり、意思を脳を剝奪された機械の生きたエンジンであり*3、意思を無視した大量破壊兵器のパイロットという名のラジコン*4である。

 それがありありと想像できる程度には、この身体の記憶が私の恐怖を裏打ちしていた。

 

 心臓が早鐘を打つ。視界が回っているような錯覚を覚える。立っていられない。だがそんな状況にあってもこの身体は誰かに助けを求める事をしようとしない。ドアを開けることも、声をあげて泣くことも許されていないからだ。研究者の冷たい目が、私と同じ『バッテリー』達の死んだ目が、構成員の差別的な目が、この身体から声を発する自由を奪っていた。

 

 どうしようもない事実を理解して、私は漸く落ち着くことができた。いや、それは専ら心の平静ではなく諦めから来るソレであったのだが。

 

――家畜に神などいない*5

 

 まさかそのセリフを私が向けられる側になるとは思いもしなかった。最低限用意されただけのベッドに腰掛けながら裸足のつま先をすり合わせるようにして状況を噛み締める作業を再開する。

 私が今いる悪の秘密結社のようなヤバい組織は、感じたままのヤバさの通り、絵に描いたような悪の組織である。孤児を集めて投薬実験や生命の冒涜の限りを尽くすような組織が正義の味方なわけない、もとい正義の味方であっていいわけないのである。

 

 あぁ、そういえばこの身体は孤児であるらしい。もはやその程度のことで驚かなくなっている自分に苦笑が漏れるが、悲しいことによりインパクトのある問題が山積みなのだ。

 組織が私達を『バッテリー』かどうか判断する基準は、1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。らしいとは言ったがほば確定情報である。というのもそれを教えてくれた推定『バッテリー』のお姉さん――彼女が10歳の誕生日を迎えて以降、一度も会うことができなくなったからである。それまで毎日のように顔を合わせていたというのに、だ。

 組織の下っ端らしき構成員は「出荷された」のだと言っていたが、それを聞いて生きていると考えるのは楽観視が過ぎるだろう。死んだ目をした『バッテリー』達の中で生を諦めない輝くような青い瞳をした少女だった。

 

 10歳の誕生日を迎えた次の日から彼女と会えなくなった事を考えると、私に残された時間はもはや無いに等しいのだろう。もしかすると次の瞬間には出荷のために人が来るのかもしれない。

 息を吐くだけで喉が震える。カチカチと音を立てるだけで歯の根が合わない。屠殺を待つ家畜というのはこんな気持ちなのだろうか。

 

 益体の無いことばかりが思考を埋めていく。突然すぎる出来事に脳が追い付いていないのだろうか。これが夢であればどんなに良いか。だが、夢にしてはリアルすぎると五感が訴えてくる。夢であれば体調不良の時点で目が覚めて然るべきだろうと。

 

「~♪」

 

 放っておけば暗くなるだけの気持ちを切り替えるために絞り出すように小さく歌う。咄嗟に出てくる歌がハッピーバースデーなのはとんだ皮肉だろうか。しかし、そんな不謹慎なバースデーソングの対象が自分なのであればこんなにも今の私に適した歌も無いだろう。

 

 一分ほどの短い祝福を歌い終わるとほぼ同時、小さな独房のドアが開いた。

 

 死の間際に立って尚、怒られるのではないかとこわばる身体は、しかし現れた大人の「来い」という何の感情も含まれない一言に抗うことなくリノリウムの床を踏みしめるように動き出した。病院着を掴み、こぶしをぎゅっと握りしめながら、前を歩く大人に遅れないよう忙しなく脚を動かして、ペタペタというマヌケな私の足音がいやに耳に張り付いていた。

 

 ”この部屋で大人しくしていろ”

 

 そんな一言で何をするでもなく罪人のように沙汰を待つ私の姿は、見ようによってはよく躾けられた犬の様であったかもしれない。

 カチカチという時計の鳴る音がやけに大きく響く応接室のようなその部屋で、15分ほど経過して漸くその人は現れた。

 

「君も座るといい」

 

 部屋に入るなり、高そうなソファに座ってそう言うその人に従い、その人の正面に見える範囲に移動して、()()()()()()()()()()()()()

 

「ふふ、君はよく躾けられているようだ」

 

 その言葉に何と返していいのか分からず、口を何度か開いたり閉じたりして、結局沈黙以外を返せずにいた私の何が良かったのか、その人は愉快げに目を細めて話を切り出した。

 

「君にやって欲しい仕事ができた」

「!」

 

 声を上げずに、しかし餌に飛びつく犬のように私はその人の顔をじっと見る。値踏みをするような粘ついた視線とかち合う様にして。出荷までの時間が少しでも伸びることを期待して。

 

「いい子だ()()、君にはこれからとある少年のサポートをしてもらう。身の回りの世話は勿論だが、彼の忠誠を組織の絶対のものとするように導くんだ。拒絶されようと暴力を振るわれようと、たとえそれで君が死んでしまうとしても」

 

”できるね?”

 

「は、い。できます。()()はできます」

 

 家畜の神は気まぐれと興味でもって、私の命を救って(私の人生を弄んで)くださった。

 

――私はその日からマヤになった。

*1
所謂不思議エネルギー

*2
フ○ントミッション

*3
該当多数

*4
ガン○ムAGE

*5
FFTの名言。一章のラストに言われるセリフであり、当時の子どもたちの心に闇を生んだ一言




取り合えずアポロとの関係序盤の所まで進むまでは書きたい。

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