人類が理外の力を扱える様になって半世紀ほど。
再生可能エネルギー研究の副産物として生まれたソレは、初め不透明な膜のようなものを生成する力としてラットに宿ったという。ケージの中で他のラットを押し退けるように力を行使する、群体生物としてはかなり異質な生き物を観測し、人類はその歩みを進めることとなった。
発見者であり、命名者でもある三重木博士はラットが見せた暴力性は飽くまで個のものであるとし、その摩訶不思議な力を『
人智を超える摩訶不思議な力に魅了された人々はこぞって研究を開始し、0から1が見出される期間よりも圧倒的なスピードで研究は進められて行った。
その過程において、エーテルを持ったラットのクローンや血を分けた子孫の中にエーテルを発露した個体が生まれた事により、エーテルは遺伝子工学の分野に落とし込まれる事になる。
そうして新しい玩具を手に入れた人類が倫理の道を踏み外すまで、否。倫理が法として形成されるまでの時間で何とか走り抜けようとする者達が居たことで人類は進歩を無理矢理果たすことになる。
人の身にエーテルを宿した『ラットマン』。その第1号が誕生したのはエーテルが発見されてからおよそ2年後のことであった。
──以上が構成員として席を得た私が知った世界についての全容である。
全容と言ったが、この『ラットマン計画』についてや生命倫理を無視した実験の詳細などは、機密やら何やらで詳細なところは分かっていない。
それに手に入っている情報自体、若干違和感のある部分や整合性の取れてない点があり、恐らくだがその辺のより詳しい話は私のような替えの利く構成員程度の存在が知るには問題があるのだろう。
私は命が惜しいので、その程度の好奇心に命を賭けるつもりは無い。だからこの話が私の知るこの世界の全容である。
文字通り命拾いした日から、私は仕事の合間に現在居る施設の把握に努めた。それも仕事で携わる範囲のみだけれど。
初めに私達『バッテリー』が居た地下の研究施設。出荷を免れた『バッテリー』に定期的な恐怖と忠誠心を植え付ける為か、
次にアポロ達『ラットマン』と共用となっている生活空間の大部分を占める、地上の居住スペース。組織の尖兵として活躍する彼らの利己心を満たすためか、私達『バッテリー』は明確に奴隷的な存在として扱われているので共用と言っていいのかは不明だが。
管理者曰く「消耗が激しいから1人ずつ『バッテリー』を世話係として付けている」との事である。
……消耗が激しいというのはまぁ、そういう事である。私もゴミ出しの際に2回ほど妙に重たいゴミを捨てた記憶がある。
そも、私が生きのびている理由もたまたま世話係の席が空いた日が私の誕生日だったというだけである。これ程まで胸糞悪い誕生日プレゼントは後にも先にもこれっきりにして貰いたいと思った記憶はまだ新しいが、そんな事を考えている余裕があった事実の方が今では嘘のようである。
そんなあまりにも救いがない職場とはいえ、組織の『ラットマン』達はその力の都合、その殆どが10歳前後の子供なので私達の使い方は限られている。そこは不幸中の幸いだろう。まぁ、中には無邪気に虫を殺すくらいの感覚で消耗する奴もいるが。
話を戻そう。
居住スペースの他に私達が行けるのがラボである。一定の水準を満たした私達『バッテリー』の仕事場であり、アポロ達『ラットマン』の調整所でもある。
主な研究は日々のデータ分析と投薬実験などなど、地味で情報が漏れても大した問題のない研究がされている。
主要な研究やクローンなどはもっと奥の方で行われているらしいが、偶に呼び出される私のような木っ端には真偽の程は分からない。
そして最後に、施設の外周。私が陽の光を浴びれる唯一の場所である。それも鉄柵に囲まれた外という情報以上の何も無い空間ではあるのだが。
掃除の際のゴミ出しや洗濯物を干す作業の際に外に行く訳だが、これがどうして魅力的なのだ。
身体がビタミンDを欲しがっているのか、脳が鮮烈な青色を求めているのか、はたまた精神的な問題なのか。私達『バッテリー』は機会があれば空を見つめてしまう。示し合わせた訳でも無く誰からとも無く。
洗濯当番だけは時間を掛けてこなしてしまうのは最早暗黙の了解である。
「『マヤ』、廃材が出たから捨ててきてくれ」
「はい、ドクター」
「それが終わったら通常業務に戻って貰って構わん。問題があれば後で報告書をあげておくように」
簡単な書類の数値確認を無心でしている私に声が飛ぶ。咄嗟のことにも動じることなく言葉を口から絞り出し、身体は疑問を抱えることなく近くの台車を取りに動き出す。
洗脳や教育というものは、ざっくり言えば飴と鞭の積み重ねである。叱責、暴力、時間搾取。鞭に該当する項目を列挙すればその方向性は理解してもらえるだろう。
人を壊す行為。拷問とも言えるそれらは飽くまで壊すことに重きを置かれた行為である。そのため洗脳や教育に応用するには手間がかかる。
「では、行ってまいります」
人を縛るには罪悪感や恩義、思考停止など様々な方法で相手の心を奪う必要がある。その中でこの組織が採用したのが『隷属意識』と『罪悪感』を植え付けることだった。
嫌に重たいゴミを運びながら、廃材から漂ってくる消毒液の匂いに混じる饐えた匂いを我慢する。両の手で足りない程繰り返した作業を無心で行う。
20kg程度のソレは、私と同じ頃にしては軽くしかしどろりと纏わりつく様な暗い重力を纏っており、意識しなければ足取りを重くさせる。
中身が見えない状態にされている事だけが救いだろうか。最初の頃は苦しくて、手足が震えて作業を終えるまで2時間以上掛かっていたのに、今では片道15分もかからなくなっていた。
「ごめんなさい」
ダストシュートの様な廃材置き場にゴミを落とし、台車を元の場所に返しに戻る。臭いが移っている様なら洗ってから返す事になっているが、中身の状態が良かったのか鮮度がいいのか、液漏れやらは特になかったようだ。
台車を押している間、私達『バッテリー』は一時的な安全を得る。何故なら、周囲からも見てわかる大人から与えられた仕事というのは『ラットマン』達であっても子供達が妨害してはならないからだ。
それでも洗濯と違って掃除が不人気な理由は精神的に耐えられない子が多いからだろう。
「よお、バッテリーのゴミ」
どこかで聞いた覚えのある呼びかけに動きを止める。
残念ながら今は台車を返した帰り道なので、私にはニヤニヤと笑う『ラットマン』達を止める手段はない。
「『カナ』さんなら洗濯か、休憩室に詰めていると思いますよ」
「なんだお前、知らないのか」
『ラットマン』には世話係として『バッテリー』が1人付くことになっている。理外の力を振るう『ラットマン』達を人より丈夫な『バッテリー』が面倒を見る。なるほど合理的だろう。
だが、
「あれなら、さっきお前が運んでたろうが」
……あぁ、成程。確かにそれなら綺麗だった筈である。今朝は確かに言葉を交わしたのだ。昼までに仕事が終わるよう、分担を決めたのを覚えている。
仕事が遅れると昼の時間が消える。食べ盛りの身体には昼食抜きはキツい。
「……でしたら、お洗濯もしなくてはいけませんね」
『バッテリー』は身を守るすべを持たない。徹底的に己が下であると躾られた私達は目の前の暴力から逃れられない。
だから理不尽に絡まれない様に、ただ自らの運を信じて日々を生きるしかない。運が悪ければ諦める以外の選択肢を教えられていないから。
「俺達、最近訓練で調子悪くてさ。お前の飼い主にどうにも勝てねぇの」
この組織は実力主義である。使えない奴らは鉄砲玉になる。目の前のこいつらも所詮、無能の烙印という死の恐怖に焦りを覚えた有象無象に過ぎない。
「お前、的になれよ」
しかしそんな、半年後には居ないだろう輩であっても私にとっては死神と何ら変わりない。
主人公が裏方なので世界観の描写できるか分からないですが、とりあえず異能系のロボもののつもりで書いていこうと思います。