富・名声・力、この世の全てを手に入れた男“海賊王”ゴールド・ロジャー。
彼の死に際に放った一言は人々を海へ駆り立てた。
『おれの財宝か?欲しけりゃくれてやる、探せ、この世の全てをそこに置いてきた』
男達はグランドラインを目指し夢を追い続ける。
世はまさに大海賊時代ーー
光が有れば影も存在する。太陽のように燦然と輝く“
この
ノースブルーの冬は、まるで災害か巨大な怪物のようだ。人が花を手折るよりも軽く、容易く命を刈り取る。
その国にはスラムがあった。というよりは国のほぼ全てがスラムと言ってしまえるほどに貧しかったのだ。大海賊時代が始まったせいで大量に増加した海賊による度重なる掠奪と、居着いたギャングの支配によって国全体が貧困に喘いでいた。
ゆえに、そこは雪より先に“飢え”が降る場所だった。
雪で白く染まったそのスラムに生きる少女が一人。名前を“グラトナ”という。家はなく、家族もいない。誰がその名をくれたのかすら覚えていない。
彼女が覚えているのはただひとつだけ。『食べないと死ぬ』。それだけだった。
まだ幼く未発達な体。年齢は数えていないが十歳にも届いていない。
足は裸足。服の代わりなのだろう、薄汚れたボロ布を体に巻き付けていた。髪は白に近い薄灰。瞳の色は赤黒く、生きるための警戒しか知らないからか、光はなかった。
今日も少女は夜明け前の路地裏で、凍りついたゴミ箱に腕ごと手を突っ込んでいた。指が切れ、血が滲む。けれど痛みは問題ではない。
――食えるものがあるかどうか。その一点だけが、少女の世界のすべてだった。
スラムに生きる大人は恐ろしい。だが、それ以上に子どもはもっと恐ろしい。追い詰められたネズミは猫にも噛み付くという。人も同じだ。
弱い者は奪われる、弱い者は死ぬ。それが少女……グラトナが唯一知る世界のルールだった。
グラトナも日々誰かから食料を盗み、同時に奪われないように必死に逃げては必死に毎日を生き延びていた。
ある日、グラトナは同じくスラムに生きる年長の少年からパンを盗んだ。カビが生え、とても新しいとは言えないが、幼い彼女なら節約すれば三日は食いつなげる大きさがあった。
彼女は逃げ続けた果てに、少年に袋小路へ追い詰められる。
「それ、返せよ。飢えてんのはお前だけじゃねェ!」
「……いや。このパンはもうわたしのもの……」
グラトナは返さない。返したら死ぬからだ。スラムで何よりも大切な食料。奪われる方がマヌケ。それがこのスラムの常識だった。
少年が殴りかかる。グラトナは反撃した。両腕は盗んだパンを抱えることに使っていたから、噛みついて――。腕に、脚に、肩に、首元に――
まるで、飢えた動物のように。
「いっ……!! クソっ……!! 覚えてろっ……」
少年が悲鳴を上げ、捨て台詞とを残して逃げていく。
グラトナは血のついた口で呟いた。
「……たべもの、じゃない」
まだ“人を食べる”という発想はなかった。ただ、本能で噛みついた。
けれどその行為が、後の彼女を形づくる最初の一歩だった。
日によっては、昨日話した相手が一昨日見かけた相手が死んでいる。凍死。病死。海賊の乱暴。ギャングの縄張り争い。攫われ売られて行方不明。
死体は珍しくない。誰も泣かない。“死”は、世界の背景に常にあった。グラトナにとっても例外ではない。明日目覚めないしれない。明後日海賊に攫われるかもしれない。“死”は誰にでも平等に牙を剥いた。
ただ今日を生き延びる。ただそのそのために、彼女の赤黒い瞳はいつも、“食べられるもの”を探していた。
ある冬。その冬は特に寒かった。食べ物は、本当に、どこにもなくなった。
グラトナは三日何も食べていなかった。手足ははかじかみ、視界が揺れる。既に爪は齧り尽くしてしまっていて残っていない。ゴミ箱を漁っても収穫は無かった。
「……おなか……いたい……」
空腹のあまりキリキリと痛む腹を抱え。ふらふらとグラトナは歩いていた。
と、雪の路地裏で、ひとりの背の高い男が倒れているのを見つけた。さっきはいなかったからあまり時間はたってい身なりからしてギャングのようだ。彼は頭と胸から血を流し死んでいた。
彼のポケットに食べ物が残ってないか――グラトナはふらつきながら近づいた。手が震える。空腹のあまり腹が痛む。頭がぼうっとする。
――このままだと死ぬ。それが本能で理解出来た。
そのとき。そんなものが居るとすればだが…神の悪戯か、路地裏に風が吹いた。
血の匂いがふわりと鼻先にまとわりつく。
次の瞬間。
グラトナは男の腕に噛みついていた。
音がした。肉が裂ける音。水滴が地面に落ちる音。雪より白い彼女の髪に、赤い滴が落ちた。
知らない味がした。熱くて、鉄の匂いがして、今まで食べたなによりも強烈で、そして――
“美味しい”と、そう思った。
その瞬間。世界が反転した。
「……たべ……られる……ひとも……たべもの……?」
彼女の中で“世界のルール”が書き変わった。
『世界にあるものは、全部他のナニカのエサ』
「なら、わたしも……エサじゃなくて、たべるほうになりたい」
その日初めて、グラトナは満腹を知った。が、同時に彼女はもう満腹を知る前のままではいられない。ただ、新しく知った“世界のルール”に沿って生きていく。
誰も見ていない雪の路地裏で、ひとりの少女が静かに歩き出した。世界の誰もがまだ知らない、恐るべき始まりだった。