ダンジョン・コンサルタント~より良きダンジョン制作のススメ~ 作:ダンコン
人類の不倶戴天の敵、魔王。
その居城である魔王城──の地下6階、魔王軍ダンジョン管理課。
世界に60以上存在するダンジョン、その全てがダンジョン管理課によって管理されている。
勇者たちと戦う、魔王軍の花形とも言えるダンジョン内勤務とは真逆の裏方部署に、本日ひとりの魔物が人事異動で配属された。
「6階のダンジョン管理課横の第三研究室……ここっスか」
緑色の肌に小柄な体格、灰色の髪の間から申し訳程度に生えた二本の角。
この世界に魔族と魔物が生まれて以来、スライムと並んで最弱の魔物の座に君臨し続ける魔物、ゴブリンの少女である。
「こんちはー、今日から配属されることになったゴブリンのレーヴェっスー」
トレードマークのとんがり帽子の位置を調整し、ノック。
鋼鉄製の扉が耳障りな音を立てて来客を知らせるが、返事はない。
「お邪魔しまっスー……ふんぐぐぐぐ……っ!」
仕方なしにかなりの重量がある両開きの扉をどうにか押し開け、入室することにした。
レーヴェはこれから上司となる第三研究室の主が相当な変わり者だと聞いていた。出迎えがない程度は想像の範疇だった。
「ふぃー……どーもっスー、レーヴェっスー」
扉を開け切ったところで息を整え、汗を拭って再度挨拶。
通勤で毎日この扉を開けなければいけないのかと考えると先が思いやられたが、文句を言っても始まらない。
レーヴェは前向きなゴブリンだった。
「博士ー? マルファス博士ー? プロフェッサー・マルファスー? いらっしゃらないんスかー?」
魔王軍において、ゴブリンのヒエラルキーは最下層。下級種族として、自分の職場であっても上司の許可なく入室するのは良くないとレーヴェは部屋には入らずに再度声を掛ける。
扉を開けた時点で入室したも同然だが、彼女的にはセーフなので問題ない。
しかし、室内の照明はついておらず、薄暗い中の様子はほとんど窺えず、やはり返事もない。
これはもう仕方ないだろう、とレーヴェは溜息と共に室内に一歩足を踏み入れた。それと同時。
「うわ、な、なんスかいきなり」
ガン! という金属がぶつかり合う、頭に響く嫌な音が頭上から聞こえ、レーヴェは思わず耳を塞いで姿勢を低くした。
恐る恐る音の出所を探り、目線を上げる。
そこには自身が開いた鋼鉄製の扉、その上に天井から落ちてきたギロチンの刃が突っかかり、止まっていた。
出勤0秒で新人の首を物理的に切ろうとするとか頭おかしいよこの職場。
「ひぇ……」
自分が命の危機に晒されていたことを知って、緑色の肌を青褪めさせるレーヴェ。
そこに能天気な声が部屋の奥から掛けられた。
「やあやあ、いらっしゃい。レーヴェ君だね。話は聞いてるよ、第三研究室へようこそ! どうだろう、歓迎の新作トラップは気に入ってもらえ──あちゃあ」
奥から姿を現したのは、浮遊するボロ布のローブ。顔の部分には青い炎が目のように二つ灯った、レイスと呼ばれる魔物だ。
「ごめんごめん、ボクひとりでセッティングしたんだけど位置が扉と被っちゃってたみたいだ。手足の一本も落としてあげられなくてごめんね……」
「お構いなく……」
脅しとかじゃなくガチで獲りにきてた。それを悟ったレーヴェは遠い目をした。
「なんスか? この開幕即死トラップ。初対面のアタシに恨みでもあるんスか?」
「ひぇ……!? そ、そんなことないよ? ボクは新しい仲間を歓迎したかっただけで……」
「どこの世界に首を落とす歓迎があるんスか? 出オチってのは首のことじゃねぇんスよ」
「そ、それはわかってるさ。でも君が『ダンジョンに新しいトラップが入ると自分でかかって確かめずにはいられないマゾゴブリン』だって聞いたから喜んでもらえるかなって……」
「あの野郎のせいか!!」
外聞どころか命すら脅かす元上司による風評被害にレーヴェはキレた。
腰に吊るしたゴブリン初期装備のこんぼうを抜いて吠えるレーヴェに、部屋の主であるレイスはあわあわと瞳の炎を散らしながら慌てていた。
「落ち着いたかい?」
「はいっス……ごめーわくをお掛けしましたっス」
こんぼう片手に前の職場に殴り込もうとしたレーヴェは新しい上司に宥めすかされ、どうにか怒りを収めて研究室の隅にあるソファに落ち着いていた。
「それじゃあ改めて、ボクがこの第三研究室を預かっているプロフェッサー・マルファスです。よろしくね」
「66番ダンジョンからここに異動になったゴブリンのレーヴェっス。よろしくお願いするっス」
レーヴェが異動の内示書を対面のソファに座るマルファスに手渡し、マルファスが手元の書類と内容を照らし合わせて、気まずそうに透明な腕で頬に当たる部分をかいた。
「えっと、君の元上司君から聞いていた話が間違っていたようだから確認させてほしいんだけど……君のダンジョン内での死亡回数999回(内事故死18回)っていうのは……」
「……それは本当っス」
以前の職場で残した自身の汚点にレーヴェは目を逸らした。
勇者たちにやられてはじめての経験値になることの多いゴブリンだが、レーヴェほど殺されまくったゴブリンはいない。
大抵のゴブリンは敗北数が3桁に届く前にはダンジョンから逃げ出し、はぐれ魔物となるか、生き残って経験値を積み重ねて進化するからだ。
レーヴェのようにはぐれとなってダンジョン外で狩られて命を散らすこともなく、レベル1のままダンジョンで働き続けるゴブリンは珍しく、彼女にとってはコンプレックスでもある。
そのため気まずそうに視線を逸らすレーヴェだが、マルファスは安心したように胸をなでおろした。
「あ、よかったよかった。ガッツのある子が欲しかったから助かるよ」
「ガッツって、裏方の仕事っスよね?」
「ボクのところはダンジョンメイクの提案から試走まで含めたパックでやってるからね。それとは別にトラップとかギミックの独自開発もしてるし、安全に配慮はしてても死に慣れてる子じゃないと大変なんだよ」
「……マジっスか」
「うん。三ヵ月前に前任の子がおめでたで辞めちゃって、それからいい子がいないかなーって探してもらってたところに君のことを聞いて、君しかいないと思って人事にお願いしたんだ」
「……光栄デス」
汚点である死にっぷりを評価されて引き抜かれたという事実にレーヴェは何とも言えない気持ちになるが、裏方部署とはいえ魔王城勤務は栄転と言える。
「それじゃあ、とりあえず仕事の説明がてらランチでも行こうか。本当は仕事終わりの方が良いと思うんだけど、女の子をいきなりディナーに誘うのもどうかと思うからね」
「はぁ……じゃあゴチになるっス」
いずれダンジョン勤務に返り咲くことを目指し、レーヴェの新しい日々が始まった。