ダンジョン・コンサルタント~より良きダンジョン制作のススメ~   作:ダンコン

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四天王エリーゼ

 

 ダンジョン管理課第三研究室──レーヴェの勤務七日目。

 一昨日の新作罠の納品を終えてからは別のダンジョンに赴く機会もなく、レーヴェの仕事は罠の開発と改善に勤しむマルファスの助手として雑用係に終始していた。

 

 ダンジョンに攻めてくる冒険者を迎え撃つために牙を研ぐでもなく、ただただ備品を運んだり、掃除をしたりしながら、暇な時間にマルファスが作った『より良きダンジョン制作のススメ』なる資料を読んでダンジョンに対する理解を深める日々。

 

「改めて裏方の仕事って感じっスねー」

 

 初日の罠の実験は楽しかったが、それ以降は面白みに欠けていた。

 マルファスという上司は嫌味を言ったり、嫌がらせをしてきたり来ない分、かなり良い上司だとは思う。

 

 しかし、贅沢な悩みだと思ってはいるが、血を見ない日のなかったダンジョン勤務と比べると刺激が足りないとレーヴェは感じていた。

 

 ちなみに、レーヴェが自由に出入りを許されている倉庫には高レベルの魔物でものたうち回って死に至る毒であったり、精神が崩壊して永遠に幻覚に囚われる薬といった劇薬が手に届くところに置いてあり、普通の者からしたらかなり刺激的な場所となっている。

 

 無論、レーヴェもよく分からないが本当に危険な薬であるということは説明を受けて認識しているが、急に襲って来ないのであれば大して怖くもないという理由で刺激とは捉えていない。

 

 999回死んでも死を忌避することも冒険者に恐怖を覚えることもない、レーヴェは強さの割にバーサーカーのメンタルをしていた。

 

「薬品棚の三段目、透き通った青色の瓶……これっスね」

 

 マルファスに指定された薬品を見つけ出し、脇に積み上げられた20本入りポーションケースの中から同じものを運び出す。

 

 今日の第三研究室の仕事は、高難易度ダンジョンに設置する猛毒沼の水質改造だった。

 なんでも毒沼が性癖のダンジョンマスターからレアアイテムを最短距離ギリギリでなら渡り切れるエリアに配置したいという要望を受け、ダンジョンの広さの都合があるため、毒沼を広げるのではなく毒の質を上げることをマルファスが提案したそうだ。

 

 レーヴェのいたダンジョンにも極一部に毒沼があり、一度そこで事故死した時はかなり苦しかったことを思い出し、話を聞いたレーヴェは苦い顔をしていた。

 

 だが仕事は仕事。それに自分が働くわけでもないダンジョンのことで、そこで冒険者が苦しんで死ぬ姿は想像すると中々愉快だった。

 

 ガチャガチャと音を立てながら薬瓶を運び、第三研究室の前に戻ったレーヴェだが、扉の前で立ち止まって首を傾げた。

 

 開けたままにしていたはずの鋼鉄の扉が閉じている。

 倉庫と往復する程度であれば、初日に開けるのに苦労した重苦しい扉をレーヴェは基本的に開けっ放しにしていた。

 マルファスもそれを咎めることはせず、開けっ放しの扉をマルファスが中から閉じるようなことはしていなかった。

 

 建付けでも悪くなって、勝手に閉じるようになったりしていたら面倒だな、と思いながらレーヴェは仕方なくケースを床に下ろして両手で扉を開き──室内から発せられた圧力で後方に吹き飛んだ。

 

「大丈夫かい、レーヴェ君?」

 

 そのまま壁に勢いよく叩きつけられる寸前でマルファスが間に入り、レーヴェの身体を受け止める。

 

 半実体の不思議な感触に包まれつつ、レーヴェは何が起きたのか分からずにしぱしぱと瞬きを繰り返した。

 

「う、うぃっス……一体中で何してたんスか……?」

 

「ボクは何もしてないんだけどね……ちょっとお客さんが来てるんだ」

 

 困った声色のマルファスに床へ下ろされ、怪我がないかを再度確かめられた後、改めてレーヴェは開かれた扉の向こうに視線をやった。

 

 そして、そこに立つ圧倒的な存在感を放つ女騎士を目撃する。

 

 燃えるような紅い髪と黒金の騎士鎧。腰に携えた双剣。

 魔王城城内広報誌で絶賛3ヶ月連続特集を組まれている魔王軍最高幹部、四天王の一角──暗黒騎士エリーゼが不機嫌そうに腕を組み、レーヴェ越しにマルファスを睨みつけていた。

 

「エリーゼ君、少し殺気を抑えてくれないかな? レーヴェ君もそうだけど上と違って此処は高レベルの子ばかりじゃないんだから」

 

「レーヴェ……新しい部下が入ったとは聞いていたが、そのゴブリンか」

 

 レーヴェに視線を送った後、ようやく扉を開いてから周囲を威圧し続けていた圧力が弱まり、レーヴェは詰まっていた息をふっと吐き出した。

 

「もう大丈夫かな? 中に入ろうかレーヴェ君。秘薬もありがとね」

 

 扉の傍らに放置されていたケースを見えない腕で抱えたマルファスに促され、気後れしつつもレーヴェは研究室へと足を踏み入れた。

 

「あ……えっと、ども……レーヴェっス」

 

「ああ。四天王のエリーゼだ。驚かせてすまなかった」

 

 レーヴェの会釈に小さく頷き、エリーゼは自身の非を認めて詫びた。

 四天王は意外と礼儀正しかった。

 

「人事でマルファスが新入りのことを褒めていたと聞いていたから、てっきり武力の話だと思っていたんだ」

 

「うちは裏方なんだから戦闘力で採ってないよ……とりあえず座って、お茶淹れるからさ。レーヴェ君の分も淹れるから座って待っててね」

 

「待て。レーヴェ、貴様が淹れろ」

 

「あ、はいっス!」

 

 第三研究室に異動してからはマルファスが研究室内で飲食をしないため、お茶汲みの仕事はしていなかったが、以前は一番の下っ端であるレーヴェがパシリとしてよくやっていた。

 

 今日まで使いはしなかったが片隅に簡易的な炊事スペースがあり、その棚に来客用と書かれたお茶やコーヒー類が保管されていることも把握している。

 レーヴェが染みついた下っ端の性に従い、マルファスを追い越して炊事スペースに向かう。

 

「すまないな。こいつの茶は壊滅的に不味いんだ」

 

 否もなくお茶汲みに向かったレーヴェの背中に、苦々しい実感の籠った言葉が聞こえてきて、本当に意外と礼儀正しいな、と思うと同時に、マルファスとエリーゼがどんな関係性なのかと首を傾げた。

 

 

 


 

 

 

「エリーゼ様と博士ってどんなご関係なんスか?」

 

 3人分のお茶を淹れ、ソファでマルファスと共にエリーゼの対面に座ったレーヴェは素直に疑問を尋ねることにした。

 

 息の詰まる圧力が収まったとはいえ、力も地位も圧倒的格上な四天王相手に物怖じしない呑気さはレーヴェのバーサーカーメンタル故である。

 

「レーヴェ君と同じでただの同僚だよ?」

 

「…………」

 

 信用できないマルファスの言葉を無視してエリーゼの言葉を待つが、エリーゼは押し黙った。

 

「あ……すみません、出過ぎた質問だったっス」

 

 その沈黙を話すつもりがないと受け取ったレーヴェは謝罪するが、エリーゼはマルファスをじっと見つめた後、首を振った。

 

「いや、こいつはとぼけたふりをして暗に喋るなと言っているのか、それとも本気で言ってるのかどっちなのかと思ってな。こいつが隠そうとしているなら私の口から語っていいものか……」

 

「隠してるならそれ言った時点でダメじゃないっスかね」

 

「別に隠すようなことはないけど……?」

 

 3人が3人とも何も考えていない、脊髄反射の会話だった。

 

「今のお前は昔以上に何を考えてるか分かりづらい。だが隠す必要がないならいいか。そうだな、一言で言えば私はこいつの……」

 

 分かりやすく言い表す言葉を探して、一つ頷いた後でエリーゼが続ける。

 

「顔ファンだな」

 

「顔なくないっスか」

 

「うーん、特別な努力をしたわけでもない生まれ持った顔だからねぇ、そこが好きって言われてもあんまり嬉しくはないかなぁ」

 

「それイケメンにしか許されない台詞っスよ」

 

 上司ふたりのふざけた発言に躊躇うことなくレーヴェはツッコミを入れた。

 

「この子いいな、会話が弾むぞマルファス」

 

「だよね」

 

 以前までレーヴェが身を置いていた力こそ全てな世界だったら正しかろうと上司の言葉を否定するようなことを言えば暴力で以て修正されたが、この場にいる上司は気を悪くした様子もなく、むしろ上機嫌だった。

 

 意識したわけでもなんでもない、素の発言だったがふたりにとってはパーフェクトコミュニケーションだったらしい。

 レーヴェは四天王エリーゼからの覚えがめでたくなった。

 

「もう少し詳しく言うと、私の一族は自分より強い者としか(つがい)にならないのだが、私が四天王になる前、魔王城で働き始めた時点では周りに自分より強い奴しかいなくてな。(つがい)が選びたい放題だったのだ。マルファスはその中で一番顔が好みだった。だから顔ファンだ」

 

「蛮族とお姫様が合体失敗したみたいな考え方っスね……」

 

 遠慮の欠片もないツッコミを入れつつ、横目でマルファスの顔を窺う。

 相変わらずフードの下には暗闇と瞳の代わりに灯ったふたつの炎しか見えない。

 

「レーヴェ君、エリーゼ君の言っている顔っていうのはボクの肉体の顔のことだよ」

 

「肉体?」

 

「その通りだ。今のこいつに顔なんてないだろう」

 

「言ってなかったっけ? ボクって純天然の生霊(レイス)だから、ちゃんと生身の肉体があるんだよ」

 

 魔物には交配や自然発生によって偶発的に生まれる『天然』の魔物と、死んだ魔物の魂が帰り、ひとりの()から生まれ直す『回生』の魔物が存在する。

 レーヴェは『回生』タイプの魔物だった。

 二者には差異も見極める方法はなく、魔物同士でその区別を気にすることもないため、知人がどちらであるかも知らないのが普通だ。

 

『回生』の魔物であっても交配して『天然』の魔物を生むことはできるし、『回生』の魔物から『天然』のレイスに変わることもある。

 

 つまり純天然だというマルファスは()からレイスとして生まれたわけでも、生まれた後にレイスとなったわけでもない、純粋に別の生命として生まれ、何らかの理由で魂だけが分離して生まれた魔物ということになる。

 

「へぇー、じゃあ博士って昔は結構強かったんスね」

 

「その通りだ。今は見る影もないがな」

 

「なんかそんな風に言われると昔はワルだった自慢みたいで恥ずかしいね……エリーゼ君、今まで隠す気はなかったけど今後はあんまり言わないようにしてくれる?」

 

「本当は来月の城内誌のインタビューで今したような話をしたんだが、イメージ的に良くないとNGが出た。広まることはないから安心しろ」

 

 誰一人として真実を隠す気はない会話だったが、ここでひとつレーヴェに勘違いが生まれた。

 エリーゼは四天王になる前から突出した強さを誇っていたわけではなく、魔王城で冒険者と鎬を削りながら成長して四天王の座に就いた努力の人である、という前提知識をレーヴェは先月までの城内誌で得ている。

 

 そのため、マルファスがどの時期までのエリーゼより強かったのか、という部分を深く聞こうとはせず、最初期の頃の話だろうと自然と納得していた。

 

「それで博士はレイスになってフラれちゃったんスか?」

 

「いやいや、当時だって丁重にお断りしたよ。エリーゼ君はボクには勿体ないぐらい良い子だし、その時からダンジョンの研究がしたくて、異動するために色々動いてたしね」

 

「何度か迫ったがその度に断られてな。だが、それから私も強くなって一族のトップになったから、掟に従って無理に(つがい)を作る必要もないと気づいて落ち着いたんだ」

 

「エリーゼ君は活動的だし、若いうちから無理に結婚なんてしないで独身を楽しむべきだと思っていたから思い直してくれて安心したよ」

 

「へぇー」

 

 ふたりの関係性と、昔のマルファスが案外強かったこと、想像以上にマルファスが古株だったこと。レーヴェにとって今日は上司の意外な事実を知る日となった。

 

 

 

 

 

「そういえばエリーゼ様は博士に何の用だったんっスか?」

 

「ああ、一族の者から魔獣の肉が届いたからお裾分けにな。昔の好で一番デカい頭を持ってきてやったぞ」

 

「おお、これは立派だね」

 

「蛮族感が強くなったっスね……」

 

 

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