ダンジョン・コンサルタント~より良きダンジョン制作のススメ~   作:ダンコン

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番外ダンジョンの母

 

 強力な魔物が犇めき、人類の不倶戴天の敵、魔王が座する魔王城。

 人類にとって踏破すべき最後のダンジョンとしてラストダンジョンとも呼ばれており、魔王軍においては1番のナンバリングを持つ、人魔共に特別な意味を持つダンジョンである。

 

 68のダンジョンの中で最も難易度の高いダンジョンではあるが、その実、それを超える難易度の隠しダンジョン、番外ダンジョンと呼ばれるダンジョンが世界にはいくつか存在している。

 

 そんな隠しダンジョンのひとつが、地上5階、地下6階建ての魔王城の地下最深部にある人類未踏の地、『原始の迷宮』だ。

 

 魔王城の5階の魔王の玉座の下にある隠し階段を延々と降りていくのが設定されて正規ルートであるが、裏口として地下6階からも続く階段が配置されている。

 

 道筋の案内もヒントも何もない玉座下ルートと異なり、きちんと案内板が設置されている、魔物専用の従業員通路である。

 

 そんな地下深くまで続く階段をマルファスとレーヴェが降り始めて早10分、レーヴェが音を上げてマルファスにおぶられ始めてから3分。

 永遠に続くかに思えた螺旋状の階段の終わりが見えた。

 

「ようやく到着っスか……昇降機とか転送罠つける予定ないんスか……?」

 

「提案したことはあるんだけどね、ダンジョンマスターが一度楽を覚えたら絶対に二度と階段を使わなくなって不健康だからって」

 

「そんな真面目な人なら大丈夫そうっスけど……」

 

 隠しダンジョンであってもダンジョンと名が付くものは全てダンジョン管理課の管轄だ。

 しかし、今回の仕事は通常のダンジョンの改装とは少し違う。

 

 年に一度訪れる、魔物の回生期。その前に行われるダンジョン内環境の保守点検である。

 

「それにしても、一応此処がアタシの故郷になるんスね。実感は湧かないっスけど」

 

「ゴブリンなら二週間ぐらいは暮らしてたと思うけど、生まれた魔物はみんな物心がつく前に地上に飛ばされるからねぇ」

 

 蘇生されないダンジョン外で死亡した魔物の魂はこのダンジョンの主に取り込まれ、一定期間を経てまた新しい魔物として『回生』する。

 前世の記憶が残ることはなく、その魂が以前は誰であったのかを知る者は誰もいない。

 人類がまだ知らない魔物の秘密のひとつだ。

 

 そんな人類未踏の隠しダンジョンに、マルファスは背中から下ろしたレーヴェを伴い、気負うことなく入っていく。

 

 入り口である洞窟を抜けると、そこに広がっているのは地上と遜色のない広大な大地、そして空。

 地下でありながら、この隠しダンジョンの裏にはもう一つの地上と呼ぶべき空間が存在していた。

 そんな神秘の空間を前にしてレーヴェは思う。

 

「……これ、まだ歩かなきゃいけないんスか?」

 

「ティアマトさんが迎えに来てくれるはずだから大丈夫」

 

 レベル1のゴブリンであるレーヴェにとって他者とは強大なもので、世界とは想像もつかないほど広いものだ。

 だからこそ、どれだけ規格外のことでも、すごいの一言で受け入れられる。そういう懐の深さがレーヴェにはあった。

 何にでも反応が薄く、驚かせ甲斐がないのでマルファスは時々ちょっと寂しい気持ちになることがあった。

 

「マルファスちゃん、いらっしゃーい」

 

「うわ」

 

 突如、地面に黒い泥が湧き始めたかと思うと、その泥の中から黒髪の女が浮上し、レーヴェたちの前に姿を現した。

 レーヴェは短く声を上げるだけで、それを見たマルファスは物怖じしないところがレーヴェの良いところだが、やっぱり反応が寂しいと感じていた。

 なおレーヴェは女の尋常ならざる登場に恐怖は感じていないが、不意打ちの登場に心臓はバクバクと激しく脈打っていた。

 物怖じしなくともジャンプスケアにはビックリする。それが傍目からは分からないだけである。

 

「ご無沙汰してます、ティアマトさん。こちら、ボクの新しい部下のレーヴェ君です」

 

「よろしくねぇ、レーヴェちゃん」

 

「どもっス。えっと、お母様とか呼んだ方がいいっスか?」

 

「あら嬉しい。好きに呼んでくれていいわよー」

 

「じゃあ、ティアマト様で」

 

 初対面ではあるが、自身を『回生』させた母であるティアマトを母と呼ぶべきかと伺いを立て、許可を得たレーヴェであるが、迷わず上司としての呼び方を取った。

 

 どう呼ぼうと、ティアマトは呼び方ひとつで心を動かすような存在ではない。

 彼女が母という実感を持てないレーヴェ同様、シュブもレーヴェを子であるという実感を持っていないのだと何となく感じ取れたからだ。

 

「ふぅー、よかったぁ。子どもと会う時は毎回緊張するのよー。認知してって言われたらどうしようって」

 

「へー、大変なんスね」

 

 事実、ティアマトにとって『回生』させた魔物は子に当たるが、そこに親子の情はない。

 愛しい子ではあっても、人間の親子愛のような、特別に区別される愛情をティアマトは持っていなかった。

『回生』で産んだ自身の子であろうと『天然』として生まれた子であろうと、魔物も人間も、彼女にとっては生命全てが親愛の対象だった。

 

「早速ですけどダンジョンの調子はどうですか」

 

「泉の方がちょっと綺麗になりすぎちゃってるわねぇ。それと今回は火山をもっと元気にするのと、海の方は落ち着かせてくれるとありがたいわぁ」

 

 今回の第三研究室の仕事は、『始原の迷宮』でどんな魔物が『回生』しようと生存できる環境が維持されているかどうか確認し、不備があれば不器用なダンジョンマスター、ティアマトの代行として改善すること。

 

 それが年に一度発生する『始原の迷宮』の環境整備業務である。

 

「成程ですね。それじゃあ順番にやっていくので転移をお願いします」

 

 ティアマトの泥から『回生』した魔物は種族によって期間に差はあるが、ある程度成長するまでをこの隠しダンジョン『始原の迷宮』の裏にある空間で過ごし、物心がつく前に過ごした場所と似た環境の地上へと一方通行の転移で送られる。

 そこから本能に従い、魔力に満ちたダンジョンを目指して地上を彷徨う。

 

 地上を彷徨い歩きながらダンジョンへと辿り着く頃には物心がつき、自我が形成され、魔王軍の魔物であるという知識と自覚が芽生える。

 

 それは『天然』の魔物も変わりはなく、魔物として生まれた者は全て魔王軍の一員であるという自覚を持つようになっている。

 

 そしてダンジョンに辿り着くとそこに配属という形になり、ダンジョン勤めの魔物となる。

 そこから別のダンジョンや部署に異動を願い出たり命令されたり、理由は様々だがダンジョンを抜け、地上を徘徊する『はぐれ』の魔物として生きる魔物もいる──それが魔物の生態だ。

 

「ああ、それと今回はレーヴェ君がいるので彼女にも見てもらおうかと」

 

「それはいいわねぇ。本人たちにしか分からないこともあるものね」

 

「まあ、ゴブリンなんてよっぽど寒かったり暑かったりしなければ何処でも生きていけるっスから、あんまり参考にならないと思うっスけど」

 

 レベル1で進化もしていないただのゴブリンであるレーヴェは魔力を扱うことができず、ダンジョンマスターの許可があってもダンジョンマスター代行としての仕事は果たせない。

 だが、一ゴブリンとして環境が適切であるかの意見役という一応の仕事が与えられていた。

 

「ダンジョン管理課は普通のダンジョン勤めよりも地上に出る機会が少なくなるからね。地下とはいえ空も地面も地上と遜色ないから、年に一度の貴重な機会だし、地上気分を味わうと思って気楽にやってくれればいいよ」

 

「あー、確かに地上で死んだら生き返れないっスから、滅多に外には出てなかったスし、新鮮でいいかもしれないっス」

 

 特に地上に憧れは持っていなかったが、身の危険のない散歩というのは新鮮で楽しめそうだとレーヴェが頷いたのを合図に、ティアマトの足元から黒い泥が広がり、三人が泥の中へと沈んでいった。

 

 

 


 

 

 

 ティアマトの泥を通じての、何とも言えない感覚のする転移を駆使し、ティアマトが気になる部分の環境を点検し、必要に応じてマルファスが代行で魔力を流し込み、改修を加えていった。

 

 通常のダンジョンの改装は壁を作ったり通路を広げたり、天井や床を上げ下げして高低差を作ったりと、いくら広くて複雑でもあくまで屋内環境内でのことだ。

 

 それに対し、この空間は地上と遜色がないため、改修作業では山を作り、海を割り、火山を噴火させたりといった、まるで神話のようなスケール感があり、レーヴェは内心でおお、と関心を寄せていた。

 マルファスはこれでも驚かないか、と内心で残念がっていた。

 

「これで全部ですか?」

 

「ええ、いつもありがとねぇ」

 

「いえいえ。それじゃあ次はレーヴェ君に働いてもらうよ。この辺りがレーヴェ君のいた、66番ダンジョンに近い環境だから、歩きながら気になるところがあったら言ってみて」

 

「らじゃっス」

 

 じめじめした森の中、その向こうには山肌と洞穴が見える。

 確かに記憶にある景色とそっくりだと少し懐かしい気持ちになったレーヴェを先頭に、三人は森の中を進んでいく。

 

 だが少し歩いただけでレーヴェはわかってしまった。

 特に言うことがない。

 先に言ったようにゴブリンは大抵どんな場所でも生きていけるし、レーヴェ自身、生活環境に不満を抱いたことはなかった。

 

 しかし、気を遣って仕事を振ってくれたマルファスに対し、何もないと言うのも憚られた。

 

「そういえば『回生』ってどんな感じで魔物が生まれるんスか?」

 

 とりあえず時間稼ぎとしてティアマトに質問を投げかけると、彼女はニコニコと笑みを絶やさずに答える。

 

「転移で現れる時と同じ感じよぉ? 泥の中からズズズーって色んな子が湧いてくるの」

 

「ティアマトさんの泥の中は特別な空間になっていてね、そこに魂が吸収されて、泥で肉体を形作られた後、また泥から出てくるんだよ」

 

「私もお腹を痛めて産んでみたら母性に目覚めるのかしらねぇ」

 

 場繋ぎの質問で自身が泥から生まれたという結構な衝撃事実が語られたが、やはりというべきかレーヴェにそれほど動揺はない。

 しいて言えば泥を通じた転移の時に感じた何とも言えない感覚は、色んな魔物がぎゅうぎゅう詰めにされた中を通ったからなのかもしれない、という納得があったぐらいだ。

 

 そんな中、ティアマトがはっと何かに気づいたように声を上げた。

 

「マルファスちゃん……今のって上位存在の驕りみたいなのが出ちゃってたかしら……!?」

 

「出しちゃっていいんじゃないですかね。実際ボクたちとは存在の格が違うんですし」

 

「でも、そういうの出しちゃうとたまに上に行ったときにみんなに怖がられて遠巻きにされちゃうのよぉ……もっとみんなとフレンドリーに話したいのにぃ」

 

「ああ、だから上に出てきた時は無口なんですか?」

 

「そうなのよぉ。これって驕り出ちゃってるかも? って考えると何を喋ったらいいかわからなくて」

 

「いやー、今でもティアマトさん、存在感ありすぎて下等生物とは口を聞かない上位存在みたいな感じで見られてますよ?」

 

「ショックぅ……! 聞きたくなかったわ、そんな話……それにせっかくここまでレーヴェちゃんとは怖がられずにお話できたと思ったのに……」

 

「え、アタシっスか?」

 

 やべー人にもやべー人なりの悩みがあるんだなー、と呑気に聞いていたレーヴェが急に名指しされ、首を傾げた。

 

「そうよー。レーヴェちゃんは他の子と違って、全然緊張してる感じしないし、それって私が上手く普通の子のフリが出来てたからでしょう?」

 

「いや普通に最初からやべー人だと思ってるっスけど」

 

 登場の仕方からしてそうであるし、そもそも『回生』で生まれる全ての魔物の母という前情報の時点で圧倒的にやばい奴認定待ったなしだった。

 

「ええー……それなのに全然怖がったりしないのねぇ?」

 

「そこがレーヴェ君のすごいところなんですよ」

 

 蟻にとっては人間の子どもだろうと魔物の巨大ゴーレムだろうと、それこそ魔王であっても自分より遥かに巨大で強い存在に違いはない。

 彼らを比べた時の強さや大きさの違いなど蟻には分かるはずもない。

 レーヴェにとっては駆け出しの冒険者も熟練の冒険者も自分より強い奴で一括りだ。

 

 だからティアマトがどれだけ格の違う上位存在であっても、括りとしてはそれらと変わらない。

 だから必要以上に恐れないし、ある程度の強さを越えたら完全に今の自分では逆立ちしても敵わないもの判定をしておしまいだ。

 

 初対面の時のエリーゼのように、物理的圧力を発せられたり、明確な敵意を向けられれば無駄だと知っても警戒するし、戦ったり逃げたりする方法を考える必要があるが、そうでなければ態度はどんな強者であっても変わらない。

 

「怖いといえば怖いっスけど、それでアタシが強くなるわけでもないっスし」

 

「レーヴェちゃん、変わってるのねぇ。それじゃあレーヴェちゃん……私とお友達になってくれる?」

 

「アタシで良ければいいっスよ?」

 

「やったぁ! お友達としてこれからよろしくねぇ!」

 

「うぃっス」

 

 差し出された握り返したレーヴェの手に震えはなく、本当にティアマトを怖がっているわけではないというのが伝わってきた。

 思いもを寄らずにできた友人にティアマトは満面の笑みを浮かべ……一応尋ねてみた。

 

「ちなみに私はレーヴェちゃんとお友達になれてすっごく新鮮で嬉しい気持ちでいっぱいなんだけど、レーヴェちゃんはどんな気持ちなのぉ?」

 

「なんかよくわからないぐらい強い人とのコネができたなーって感じっスね」

 

「わーん正直!」

 

 両手で顔を覆って悲しみを表現した後、ティアマトは彼女には珍しい苦笑いを浮かべた。

 

「でもそれぐらい図太くて思ってること言ってくれる子だから、お友達になれたのよねぇ」

 

 これまで友人と呼べる存在がおらず、欲しいとも特に思わなかったレーヴェだったが、苦笑するティアマトを見て、フォローを入れた方がいいのかな、と思った。

 レーヴェの思いやりのステータスが上昇した瞬間だった。

 

「えっと、よくわからないっスけど……こんな感じのアタシで良ければ、そのうちご飯でも一緒に食べにいきましょうか?」

 

「行くー!!」

 

 抱きしめられ、豊満なバストに平坦なバストが押し潰された。

 レーヴェはちょっとだけイラっとした。

 

「新しい友人が出来たところで……ちょうど森を抜けたけど、ここまでで何か気になることはあったかな?」

 

「…………あー、この辺、もうちょっと落石とかあった方がそれっぽいかもしれないっス」

 

「なるほどね。確かに綺麗すぎるかもしれない。貴重な意見ありがとう、レーヴェ君」

 

 そんな感じで、レーヴェの記憶にある地上の景色よりもちょっぴりだけ今年の『始原の迷宮』は過酷な感じになり、レーヴェに友人がひとりできた。

 

 レーヴェが先日感じた退屈さが、また少し薄れた気がした。そんな今日の仕事だった。

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