ダンジョン・コンサルタント~より良きダンジョン制作のススメ~ 作:ダンコン
その日、レーヴェが重い扉を開いて第三研究室へ出勤すると大抵既に何かしらの作業を夢中になって進めているマルファスが、机で書類を眺めていた。
「はよーっス」
こういう日もあるのかと納得して、特に気にせず挨拶するレーヴェにマルファスも普段の調子で応える。
「ああ、おはようレーヴェ君。ひとつ聞きたいんだけど……あー、いや……」
しかし、歯切れ悪く途中で言葉を切った。
言いづらい内容なのだろう、必死に言葉を探っている様子が伝わってきたため、レーヴェは急かすことなく次の言葉を待った。
「そうだね、まず最初にボクはレイスだから性欲がない」
「切り出し方それで合ってるんスか?」
レーヴェは部下として上司を慮って即座にツッコミを入れた。
出鼻を挫かれたマルファスは沈黙し、それが10秒ほど続いた後で頷いた。合っているらしかった。
「ボクに他意はないということを伝えるには性欲の有無から伝えるのが良いと思ったんだ」
「はぁ。よくわからないっスけどわかったス。それでどうしたんスか?」
「うん。レーヴェ君って仕事だったらエッチな話は冷静に聞けるかな?」
本当にそれで合ってるのか疑問に思いつつ、聞くだけなら特に抵抗はないレーヴェは頷いた。
「それならいいんだ。前いた子はサキュバスでそういうのも全然気にしない子だったんだけど、レーヴェ君はゴブリンだからね」
「博士は猥談がしたいんスか? 聞くだけなら別にいいっスけど、アタシには引き出しないっスよ?」
「うん。レーヴェ君の言う通り間違えてたかもしれないね」
セクハラにならないよう気にする紳士であるつもりが、猥談提案上司と勘違いされる話運びになっていたことをマルファスは反省した。
「そうじゃなくて、普段の仕事の範疇で、ちゃんとした仕事の話をしたいだけなんだ」
「はぁ。じゃあどうぞっス」
「うん。実は毎朝、第三研究室で担当したダンジョンの前日の実績を管理課で貰ってきてまとめてるんだけど、ちょっと気になることがあってね。今日はこれから監査に行こうと思って。経験としてまたレーヴェ君にもついてきてもらいたいんだけど……」
「はい、らじゃっス」
「ただ、その気になってるダンジョンっていうのが、その……エロトラップダンジョンなんだよね」
「エロトラップダンジョン」
《hr》
──エロトラップダンジョン。
68のダンジョンの中に常に1つか2つは存在する、冒険者に恥辱を与えることに重点を置いたダンジョンの俗称である。
なお直接命を奪う罠の数は少ないが存在しているし、罠自体が命を奪うことはなくとも衰弱や弱ったところを魔物に襲われ、死亡することも難易度の高いダンジョンであれば多い。
ダンジョンマスターはサキュバスかインキュバスが務めていることがほとんどだが、時折それ以外の魔物がマスターを担当することもある。
レーヴェが配属される以前にマルファスがコンサルを担当したダンジョンがその例外であり、『天然』のアンデッドがダンジョンマスターに代替わりしたことで改装してエロトラップダンジョンへと生まれ変わった。
前任のサキュバスの最後の仕事であり、試走した際に彼女は自身が発案した触手罠に引っかかり、そのままおめでたになって産休に入った。
実際のところは嘘ではないが、エロトラップを考える内にサキュバスの本能が刺激され、ダンジョン勤めに戻るための彼女の実益を兼ねた方便であった。
ともあれ、そんないわくのあるダンジョンのここ最近の実績について、マルファスは気にかかることがあったため、監査に乗り出すことに決め、レーヴェに間違えた切り出し方をしたという流れだ。
「博士は何が気になってるんスか?」
エロトラップダンジョンの概要と、前任についての話を特に顔色も変えることなく、いつものぼけーっとした表情で聞き終えたレーヴェは本題に入るように質問した。
「ここしばらく冒険者の数と踏破回数に比べて、ダンジョンに蓄積される経験値の数値が少ない気がするんだ」
実績として毎晩0時に自動的に管理課に報告されるのは、細かなデータを除けば主に、その日ダンジョンに侵入した冒険者パーティーの数と構成人数。ダンジョン内で死亡した冒険者の数と死因。ダンジョンが獲得した経験値、
もしもダンジョンマスターが倒され、踏破された場合、ダンジョンは一時的に機能を停止して閉鎖。
内部の冒険者たちはダンジョンの外へと強制的に排出され、その時点までのデータが報告される仕組みだ。
踏破されたかどうかに関係なく、ダンジョンから出ていった冒険者の数についてはカウントされていない。
ダンジョン・コンサルタントとして、自分が関わったダンジョンが関わる前後でどれだけ数値が変化したか、マルファスはきっちりとチェックしていた。
「先月までの週間データと今月の週間データを比べたのがこれね」
マルファスが差し出した紙を眺めてみると、確かに侵入した冒険者の数と踏破回数は大して変わっていないのに、ダンジョンの経験値は下降傾向にある。
しかし、大して数字に強くないレーヴェでも浮かぶ、当然の疑問があった。
「死んでる冒険者の数が減ってますし、普通に考えたらそのせいじゃないんスか? 博士たちが改装してから昨日までの三ヵ月間は簡単な改装も一切行ってない状態みたいっスし」
ダンジョンの改装から時間が経ち、踏破者の数が増えれば増えるほどにダンジョンの傾向や攻略法が冒険者の間で広まり、必然さらに踏破者数が増え、踏破できないまでも逃げ帰ることに成功する冒険者の数も増える。
だからこそダンジョンは定期的な改装が必要であり、ダンジョン・コンサルタントの仕事も途切れない。
勿論、全ての改装にコンサルタントが関わるわけではなく、ダンジョン毎の予算の都合などからダンジョンマスター自身が改装を行うことも多々あるが。
「うん。その考えは正しい。ちゃんと『より良きダンジョン制作のススメ』を読んでくれているんだね」
ダンジョンでは完全にモブエネミーに徹しており、ダンジョン運営に関わったことのないダンジョン素人だったレーヴェが基礎的な知識をしっかりと身に着けてくれていることにマルファスは嬉しそうに微笑んだ。
「ただ気になるのはそこもなんだ。今日までの踏破したパーティーの数は5組。仮にその5組が隅から隅まで完璧なマッピングを済ませた完全踏破パーティーだとしても、ここまで侵入者に対して死亡者が減るとは思えない」
凛とした声色で断言したマルファスだったが、直後に脱力して申し訳なさそうに頭を下げた。
「経験から来る勘と担当コンサルタントとしてのプライド混じりの主観だから、これっていう具体的な理由は教えてあげられないんだけどね……それに担当って言っても僕はサポートで、メインは産休中のキャルル君だったし」
「いやぁ、アタシにはまだ数字云々よりそっちの方が分かりやすくていいっスよ」
どんどん自信がなくなっていくマルファスをフォローするようにレーヴェが言うが、その言葉に偽りはない。
以前の職場ではその日の気分と勘でレーヴェは待機する場所を決め、大抵はその場所で冒険者と遭遇してやられていた。
──勝てずとも、遭遇することには成功していた。
レーヴェの勘は当たることが多かったし、自身も含めてレーヴェは勘というものを結構な確度で信頼していた。
「レーヴェ君……ありがとう」
「それで監査ってなにするんスか? ダンジョンマスターを拷問したりとか?」
「いやいや。確かに何か不正をしているんじゃないかと疑ってはいるけれど、暴力的なことはしないよ。まだ攻略法が普及してしまっていたり、冒険者の方に何かが起きてそれが数字に表れている可能性だって勿論あるんだから」
「けど、もし疚しいことをしてるんなら、博士が普段の調子で話を聞くだけじゃ正直に白状するとは思えないっスけど」
「そうだねぇ。でもまずはとにかく話を聞いてみるところからだよ。レーヴェ君なら心配ないと思うけど、高圧的な態度を取ったりしないようにね」
「アタシがそんな態度を取っても効果ないっスけどね。でもわかったっス」
──こうして、突発的ではあるが54番ダンジョンの緊急監査の実施が決定され、エロトラップダンジョンへ向かうため、ふたりは地下5階のポートエリアへと向かった。
《hr》
転移門が設置されていない一部の番外ダンジョンを除けば、各地のダンジョンへは魔王城から瞬時に転移することが可能だ。
だからこそ、視界が魔王城の石作りから一瞬でピンク色の肉壁に様変わりしたことで、レーヴェは目に痛みを覚えて瞬きを繰り返した。
「なんか誰かの
「鋭いね。雰囲気のコンセプトはまさにその通りだよ。触手罠が多く配置されているから、そのカモフラージュの意味もあるんだ」
ただ悪趣味なだけではなく、理に適っているデザインなのだと説明し、現役のエロトラップダンジョンが少なく語って聞かせる機会もあまりないため、マルファスは饒舌になって続けた。
「けれどエロトラップダンジョンにも色々あるよ? たとえば幻覚を見せる香をダンジョン全体に焚いて、それを破壊して幻から抜けた時に夢から覚めるイメージになるようにダンジョン自体は廃墟風にしたり、逆に人間の風俗街みたいなダンジョンらしからぬ雰囲気で幻覚を疑わせるけど、幻じゃなく本当に街を作って魔物も全員人間に化けて誘って、もし攻撃されたら死んだふりをして精神攻撃したりとかね」
その口調は楽し気で、やはり今朝は話の切り出し方を間違えていたな、とレーヴェは思う。
性欲があったとしても、今のマルファスの様子から下心やセクハラを疑う気にはならなかっただろう。
仮にあったとしても猥談だけで済ませるならレーヴェは特に気にしないが。
流暢に過去にあったエロトラップダンジョンについて語っていたマルファスだが、やがて目的を忘れかけてしまったことに気づき、首を左右に振って話を途中で打ち切った。
「ダンジョンマスターは……ちょうどボス部屋で戦闘中みたいだね」
転移門が設置されているダンジョンの管理部屋には、ダンジョン全体を監視できるモニターも必ず存在する。
その中からボス部屋で3人組のパーティーと戦闘しているダンジョンマスターの姿をマルファスが見つけ、指さす。
「マスターはスケルトンウォーリアーなんスね」
「ランクとしては下から二番目のブロンズだからね。もう一ランク上だとスケルトンジェネラルがマスターをしているダンジョンもあるよ」
配下のスケルトンと共に剣と盾を構えて女冒険者に襲い掛かる姿が映し出され、レーヴェはそれをじっと観察した後で口を開く。
「スケルトンって性欲あるんスか?
「……エロトラップダンジョンっていう俗称のせいで脅威が伝わり難いけれど、肉体と精神の両方を甚振るダンジョンだからね。性欲に関係なく冒険者の恥辱を見るのが好きな魔物もいるよ。彼もそうだと言っていた」
女の子がそんなことを言うものじゃないよ、と窘めようとも思ったが、エロトラップダンジョンに連れてきたのは自分だし、純粋な疑問を口にしただけなようだったのでマルファスは触れることなく返答した。
「あー、分かるかもしれないっス。裸を見られたりするのが死ぬより苦痛みたいなタイプもいるっスしね。そういう奴が辱められる姿は見てて楽しそうっス」
マルファスの解説に合点がいったレーヴェがうんうんと頷く。
レベル1でもゴブリンで魔物。人間が苦しむ姿は好物だ。
「ところで負けてくれれば楽とは言わないっスけど、今の内にガサ入れするのはどうっスか?」
「うーん、それもひとつの手ではあるけど今回は使えないね。すぐに終わるから」
マルファスの目から見て、冒険者とスケルトンたちの実力差は明らかだった。
恐らくボス部屋に辿り着くまでに罠に掛かったのだろう、女冒険者の鎧はかなり防御力が低下している有様で、振るう剣も精彩を欠いている。
マルファスの言葉通り、一分と経たずに決着となった。
ひとりはダンジョンマスターであるスケルトンウォーリアーの剣で首を落とされ、残るふたりは群がるスケルトンを処理しきれず、物量に呑まれてボロ雑巾のようになって転がり、やがて人間の町の教会へと転送されていった。
「転移門が作動したことはダンジョンマスターは瞬時に伝わる。無事勝利を収めたし、すぐに此処に戻ってくるよ」
「昔強かっただけあって、ダンジョンのことだけじゃなく冒険者の強さなんかも分かるんスね。そっちの方が分かりやすくて尊敬できるっス」
「無理に敬ってとは言わないけど、ダンジョンのことで尊敬してほしかったなぁ……」
肩を落とすマルファスにそういうものかと申し訳なく思いながら、レーヴェは謝罪の言葉を口にしてダンジョンマスターの帰還を待った。