ダンジョン・コンサルタント~より良きダンジョン制作のススメ~ 作:ダンコン
「これはこれはマルファスさん、ようこそいらっしゃいました」
「久しぶり、ギラン君。様子を見に来させてもらったけれど、見事な戦いぶりだったね」
「いえいえ。先週でついに5組目の踏破パーティーが出てきてしまい、情けない限りです」
冒険者3人を殺して管理部屋へと戻ってきたダンジョンマスター、ギランとの対面はにこやかな挨拶から始まっていた。
マルファスのそばに控えるレーヴェには最初に一度、空洞の眼窩を向けただけで、その後は視界に入っていないかのような振る舞いだったが、第三研究室に配属になってから今日までが例外だっただけで、こういった扱いをされることはレーヴェにとって想定の範疇で、気にすることはなかった。
「3ヶ月で5組なんだ。ブロンズランクの中では上から数えた方が早い好成績だよ。今の戦いも危なげがなかった。キャルル君渾身の罠たちはしっかりと機能しているようだ」
「ええ、それはもう。要望以上のものを作り上げてくれて感謝していますよ」
「ギランの熱意の賜物だよ。単に拘りが強いだけじゃなく、イメージに具体性があって、それを叶えようとするあの時のキャルル君は鬼気迫るものがあったんだ」
よどみのないふたりの会話が他意のない世間話から入るジャブなのか、それとも上辺だけで腹の探り合いはもう始まっているのか、それを判断できるほどレーヴェは洞察力に優れてはいない。
無視された時点で会話から不正の糸口を掴む役目はマルファスに任せ、早々にふたりから視線を外してモニターを眺めている。
どのモニターを見渡してもピンク、ピンク、ピンク。
最初の印象通り、何者かの体内に呑み込まれたような錯覚に陥りそうなほど、このダンジョンには壁も床も文字通りの肉感に包まれていた。
徘徊するスケルトンたちも、生身の肉体が消化されて骨だけが残って動いているかのように見える。
此処に来る前、マルファスからこのダンジョンの報告データの違和感から、冒険者を殺さずに制圧し、監禁している可能性について聞かされた。
殺して経験値に変えるのではなく、魔力を吸い出して魔力タンクとして運用したり、単なる悪趣味として飼育したり。そういった違法行為を行う魔物は少数ながら存在する。
他にも
だが当然ながらモニターに映る範囲に監禁された冒険者の姿は見えない。
3組合計8人ほどの冒険者がダンジョンを進む様子が確認できる程度だ。
仮に隠し部屋があるとしても、直接足で探さないと発見は難しそうだとレーヴェが考えていたところでマルファスが動いた。
「そういえば最近は少し獲得経験値が落ちているみたいだけど、何かあったのかな?」
「以前、マルファスさんも仰っていたエロトラップダンジョンの宿命ですよ。序盤で罠に掛かるような冒険者が逃げ帰ることが増えました。ここの噂が広がったことで酒場の賭けで負けた冒険者や、度胸試しで来る冒険者が増え、攻略を諦める者も増えたせいですね」
エロトラップダンジョンの特徴のひとつとして、攻略ではなく挑戦を目的とした冒険者の数が他よりも圧倒的に多いことがある。
エロトラップの餌食になるのは男も女も変わらないが、一般的にエロトラップダンジョンは女を対象としている、それが人間側の認識だ。
そのため、酒場などで賭けに負けた罰ゲームとして挑戦させられたり、売り言葉に買い言葉、自分の実力を疑わない女冒険者が乗せられて挑戦することが多い。
ダンジョンの入り口付近の攻略難度をあえて下げ、そういった冒険者をダンジョンの奥まで進ませたところで、本命となるエロトラップに掛け、逃げ出さないように仕留める。
それがマルファスの考えるエロトラップダンジョンの基本戦術であり、このダンジョンにもそれが反映されている。
しかし、噂が広まりすぎたせいか、序盤すらも越えられない下級冒険者が挑戦し、あっさりと逃げ帰るせいで生還者が増加しているのが侵入者の数に対して経験値が減少している原因だとギランは語った。
「覚悟はしていましたが冷やかしで来られる数が多くて参ります。そういう連中を仕留められるようにするのがダンジョンマスターの仕事だとは承知してますが」
「よくわかっているね。もうすっかり一端のダンジョンマスターの風格じゃないか」
「ダンジョンで働き始めてからずっとマスターを目指してましたから。心構えだけはずっとしてきたつもりですよ」
「感心だ。ボクたちとしても担当したダンジョンには末永く在ってほしいからね。今後も新しい依頼でもアフターフォローでも協力は惜しまないから頼ってほしい。そこで早速の提案なんだけれど、この3ヵ月の傾向を分析して、ダンジョンの改善をしてはどうだろう? 冷やかしを今の調子で帰らせ続けるのは勿体ないからね」
「それは願ってもない申し出だ。是非お願いしたい」
「ありがとう。それじゃあ冒険者たちがいなくなったら見て回らせてもらうよ」
「今日見るつもりですか? 奴らがいつまでいるか分かりませんよ? 後日の方がいいのでは?」
「心配ない。見た感じだとあと10分も掛からずに全滅するよ。一番手前は次にスケルトンとの戦闘で全滅。真ん中は次の罠に掛かってひとり欠けて撤退を選ぶ。一番奥まで進んでるパーティーはふたつ先の罠に引っかかって全滅か、あるいはひとり残って撤退中に狩られて終わるはずだ」
「……そこまで正確に分かるのですか?」
「立場上、色んなダンジョンを回って色んな冒険者を見てきたからね。ギラン君も経験を積んでいけばできるようになるよ」
なんてことのないように語るマルファスの背後のモニターで、言った通りにスケルトンと接敵した冒険者たちが順番に狩られていき、ジリ貧になっていった。
「流石ですね……そういうことであれば構いません。全滅次第、新しい冒険者が入って来なければダンジョンを封鎖しましょう」
「お願いね」
そして8分後、マルファスの予想通りに冒険者たちは全滅し、新たな侵入者が現れることもなく、ダンジョンから冒険者の姿が消えた。
「それじゃあ行こうか」
《hr》
ダンジョンの中をレイスとスケルトンとゴブリンの3人組が進んでいく。
ダンジョンメイクに関わったマルファスによる構造や罠の配置についての解説を交えながら、表面上は和やかな道中だった。
途中、レーヴェはさりげなくギランの顔を窺ったが、瞳も何もない骸骨の内心は、レイスであるマルファスと同じでまるで読めなかった。
「なるほど、大したものだね」
ダンジョンの中ほどまで進んだ時、マルファスが歩み──足はないが──を止めて呟く。
その部屋には罠はなく、宝箱と入り口の左右の死角に砕けた人骨のフリをした二体のスケルトンが配置されているだけのよくある作りの部屋で、特別感心するようなものは何もない。
「……この部屋に何か気になることでも?」
「奥の壁は他と違って肉を模した壁じゃなく、本物の肉。触手を擬態させた壁だね。ほら、ボクがすり抜けられない。無機物じゃなく生物である証拠だ」
マルファスが自身の見えない腕を壁に押し当てて実践してみせるが、傍目には肉壁の前でローブが浮いているようにしか見えなかった。
「この仕組み自体は触手を隠すなら肉の中、という基本に忠実な設計だ」
ゆっくりと部屋の隅に転がっていたふたり分の人骨がくっつき、スケルトンとしての正体を現し、静かにギランが腰の剣に手を添えた。
「ボクたちを素直に通してくれたから、てっきり隠蔽にそれだけ自信があるのかと思っていたけれど……まさかこれだけでダンジョンコンサルタントの目を欺けると考えていたなら、それは甘い」
「……だったら何に感心してやがる」
隠し立ては不可能と悟ったギランが口調を崩した。
空気が張り詰める中、マルファスは普段の調子を崩さない。
「執念だよ、ギラン君。君には人間だった頃の記憶が残っているね? にも関わらずアンデッドとしてこのダンジョンに辿り着いて、ダンジョンマスターに成り上がった。その忍耐は見事だと思う」
マルファスの言葉に、レーヴェは僅かに眉尻を動かし驚愕した。
確かに『天然』のスケルトンは人間の死体から発生する魔物だが、人間としての記憶を残したスケルトンなど聞いたことがなかった。
「──なんでわかった? まさかテメェも……」
「いいや。レイスになる前の記憶はしっかりしているけれど、僕は元から魔物だよ。ただ前例を知ってはいる。何百年かにひとりぐらいの頻度で現れるからね」
「ははっ、それで? その前例とやらはどうなった?」
「大半は自身が魔物に成り果てたことに気づけず、街へ向かって狩られるんだ。けれど君はスケルトンとしての自分を受け入れ、人間としての自我を持ちながらダンジョンを訪れ、元同族と殺し合いながらついにダンジョンマスターにまで上り詰めてみせた」
「同族なら人間だった頃から殺してきた。魔物になろうがなるまいが関係ねえ。オレが骨の身体になって変わったのは女を見ても犯してやろうと思えなくなったことだけだ」
マルファスの前の壁がうぞうぞと蠢き、擬態を解いた触手が奥へと消えていく。
そうして広がった部屋の奥には、4人の冒険者たちが様々な形で触手に囚われていた。
「……死にかけてないっスか?」
「
全裸の冒険者たちの身体には触手が這いまわり、女の部分を耐えず刺激していた。
しかし、誰一人として嬌声を上げる者はいない。全員が虫の息だった。
「どうしてわかったかと尋ねたね。この部屋の中身が答えだ。魔力を吸収しているわけでもなく、ただ飼い殺しているだけの部屋。こういう部屋を作れるのはね、悪魔か人間だけなんだ」
この部屋には普通の魔物が求める生産性も効率性も何もない。
娯楽のために命を懸けられる生物はこの世界には悪魔と人間の二種類だけだとマルファスが語る。
「このダンジョンで行われている不正行為の裏には壮大な野望も何も隠れてはいない。これは人間だった頃の郷愁に浸るための自慰行為のようなものだ」
酷い侮蔑的な言葉選びだが、マルファスの言葉には悪意も嘲りも含まれてはいなかった。
それを理解しているからこそ、ギランは未だに剣を抜かずにいた。
マルファスはギランの同類ではなかった。
けれど、魔物に囲まれた十数年を過ごす中で初めて遭遇した、スケルトンしかいないこのダンジョンに訪れた初めての理解者であるかもしれない。
その期待がギランの剣を抜く意思を押し留めていた。
「……初めは魔物に囲まれて生きた心地がしなかった。下位種族のこいつらはオレと違って口も利けねえ。会話できるまで進化した奴らはさっさと他所に上がっていく。冒険者をぶっ殺し続けてトップに立って、ようやく息ができるようになった気分だった」
「前例を知らない君にとっては、他の魔物に人間の記憶を持っていることを知られたらどうなるか、気が気じゃなかっただろうね」
「ダンジョンマスターになって、此処は俺の城に変わった。面白味もなんもねえダンジョンを好き放題に改造して、人間だった頃には出来ねえ愉しみ方が出来ると心が躍ったぜ」
やがてギランは剣に添えた手を下ろし、マルファスを通り越して冒険者たちの前に歩み出た。
「だがな、いくら女が嬲られる姿を見ても、どれだけ女がイイ声で喘いでも、何も感じねえ。ダンジョンを手に入れて、魔物どもを手下として扱って、人間のケチな犯罪者だった頃のオレにはできねえことがやっと出来るようになったはずなのに──」
死に体の冒険者たちを見下ろすギランの眼窩には何の光も宿っていない。
人間だった頃と変わらず、女の裸体が見えているのに、何も湧き上がるものがない。
「オレは……いまだに生きた心地がしねえ」