とてもかわいい
ロード→カルバノグの兎編 3章 20話
プレイ時間 56:27
辺りの何もかもが燃える中、ミユはいた。
膝をついて、大笑いしながら泣いている。大粒の涙を零している。
駆け寄って、ミユの肩を強く揺すった。
「ミユ!ミユ!しっかり…返事をして」
「は、は、はっはっ………先生!先生。教えてください」
ミユは目を大きく見開き、私を見た。
「これは、夢ですよね?」
「……」
「目が覚めたら、ここはいつもの子ウサギ公園で、ミヤコちゃんもサキちゃんもモエちゃんも、ぴょんこも、近所の皆さんも、全員、元気でいるんですよね?これは悪い夢なんです。そうですよね」
ミユは震える。呼吸が乱れ、胸が激しく上下する。
今のミユにかけてあげられる言葉を、私は持っていない。
もう、励ますとか、そんな段階ではなかった。
少しでも安心させるために、抱きしめることしかできない。
「……ミユ。落ち着いて。ここは危ない。離れないと」
「私、一人で?みんなを置いて、ですか?」
「……小隊のみんなは、私が」
見つけるから。言いかけて、口をつぐむ。
見つけてどうするんだ?
見つけて、ミユの何が救われる?
みんなはもういない。取り返しはつかない。
希望はないのに、何が変わるんだ?
「……先生。私は、私」
「ミユ、ごめんよ」
「……」
「ごめん」
思わず、ミユを抱く力が強くなる。
「……先生。私は、いなければよかったんです」
「そんなこと、ないよ。そんなこと、言わないでほしい」
「私がもっと強かったら、しっかりしていたら」
私の眼前のヘイローの雨雲から、みしり、と嫌な音がした。
「みんなみたいに強かったら……」
スカイグレーが黒へ近づく。雲が割れる。
「みんな、みんなわたしのせいです。わたしは」
「ミユ!駄目、駄目だ。気をしっかり持たないと……」
アビドスでのことが脳裏によぎる。
このままではミユを、二度と助けられなくなるだろう。
今の彼女に残されたものを、私は一つだけ知っている。
でも……。
……私はおそらく最低のやり方で、ミユをこちら側に繋ぎ止めようとしている。
でも、他に選択肢はない。
絶対に、ミユがそちらに行ってはいけない。
ゆっくりと、伝える。
「まだ、私がいるよ」
「……」
ミユの瞳が、ぐわりと大きくなる。
「まだミユには、私がいる。だから」
「……先生。あ、あ、……ふ、ふふふふふふふ」
ミユは笑った。けらけらと、よほどおかしなものでも見たかのように。
「ミユ?」
「ああ、おかしい……アハハハハ、先生、おかしいです。あはは、あは、は」
「そんな、ミユ……」
「先、生、ひひ、先生…あぁ、昔のことが浮かんできました。みんなで、先生を拒絶していた頃のこと。あんな事をしたのに。今は、今は、ハハハハハハ」
「ミユ!しっかりして!」
「……」
突然、ミユは一時停止したかのように静かになった。
そのまましばらく、じっと虚空を見ていた。
不意に、ミユの瞳に光が戻った。
「……もう大丈夫です。先生、逃げ道を教えてください」
「……ミユ?……本当に大丈夫なの?」
まるでスイッチを切り替えたかのように、ミユはいつも通りになった。しかし、頭上の粉々に割れかけたヘイローは、その心の状態を強く主張していた。
ミユは、小さな笑顔で言う。
「はい。これよりRabbit4は先生を護衛しつつ、シャーレに帰投します」
「……」
ミユは、すくっと立ち上がり、私に歩くよう、身振りで促した。
ミユは、シャーレの生徒になった。
「……先生。先生」
ミユに起こされる。
デスクで居眠りしてしまっていたみたいだ。
全部夢だったらな、と思いながらまぶたを開く。この一ヶ月、起床する度にこうだった。
ヘイローが傷付いたミユが、エプロンを着てにっこりしている。今日は随分調子がいいみたいだ。午後もこうだといいのだが。
「先生。お昼ができてますよ。お味噌汁、今までで一番上手くできました!」
「ありがとう……」
ミユと私は快方に向かっていた。
反転をどうにか避け、正式にシャーレの生徒となったミユ。本当に生徒を編入させる日が来るとは思っておらず、なんの準備もできていなかった上、事情が事情だったので、最初のうちは結構大変だった。私達二人とも、問題だらけだった。
時に寝ているミユが泣きながら飛び起きた。時に私は強迫的な働き過ぎで倒れた。時にミユは無気力になり、丸一日動けなくなった。時に私は浴槽の中で、急に力が抜けて溺れ、死にかけた。あの日以来、私たち二人とも心が摩耗し、精神的な疾患もいくつか出ていた。しかし、しっかりカウンセリングに通って、毎日ほぼ常に二人で一緒にいるようにしていたのが功を奏した。今では、ミユは一人でお風呂に入れるし、私も多少は夜眠れるようになった。大体の問題が改善され始めた。
やがて、二人一緒の新生活のドタバタを楽しむ余裕が出てきた。
味噌汁を啜る。
「美味しい。本当に美味しいよミユ」
「えへへ」
「ミユは料理の才能があるね。このだし巻き卵、毎日でも食べたいな」
「練習した甲斐がありました」
私とミユの間には、無言の取り決めがあった。
お互いなるべく、生活を楽しもうとすること。そのために、常に色々行動して、何かを考えすぎないようにすること。
それだけだ。
このそれだけが、難しくもあった。でも、できない時はもう一人が支えられるようにしていた。
二人揃って眠れない夜だった。
目を瞑って寝転がるのにも飽きて、寝室にモニターを持ち込み、二人で映画を観ることにした。部屋を暗くして、ちょっとした映画館が出来上がった。
個性の強すぎる五人組が、だんだんと家族になっていくハートフルな映画だった。
物語が佳境に入ってきたところで、ミユが私に寄りかかってくる。眠くなってきたみたいだ。
「……先生。もう一カ月ですね。この生活」
寝惚けた声のミユは言う。
「そうだね」
「私、幸せです。幸せ過ぎて、怖いです」
「……うん」
ミユの顔は、笑っていた。
心から笑ってくれているのだろうか。
いけないいけない。考えすぎだ。
「先生も、楽しいですか」
「もちろんさ」
「……えへへ」
ミユは私にもっと寄りかかり、抱きついてきたと思うと、もう寝ていた。
「……よしよし」
頭を撫でて、ベッドに寝かせてやる。
「ミユは強い子だね、本当に」
私はまだ、眠れそうになかった。
当然のことながら、仕事もある。
今日はゲヘナで風紀委員のお手伝いだ。
とても珍しいことに、今日はヒナが出払っている。抑止力の無くなった生徒たちが、普段以上に大暴れするわけだ。
「先生、カスミさんを捕捉しました」
「撃っていいよ」
「はい」
しかし、シャーレ直属の生徒が一人いることが、ここまで助かることだとは思いもしなかった。
なにせいろいろな問題を気にせず、超法規的機関としての生徒に直接指示できる。一人だけでも、そこはミユだ。あとは少しほかの生徒の手を借りられれば、容易く全て片付いた。小規模な作戦であれば、ミユ一人であっさり終わることも多かった。
ゲヘナの帰りに、私たち二人はファミレスに寄った。ミユがメニュー表の大きなパフェを指差して言った。
「先生、私、このパフェが食べたいです!」
「あっ私も!けどこれ、多くない?」
「一つを一緒に食べれば、ちょうどよさそうですよ」
「そうしよっか」
ボタンを押して、店員さんを呼ぶ。…私とミユが見えないのか、テーブルの近くでしばらく困っていたが、話しかけると気づいてくれた。
オーダーが済んで、料理を待っている間、ミユはずっと無言の無表情で、私を見ていた。
何か言いたいことがありそうにも見えたけど、急かさないことした。言いたくなったら言うのが一番だ。
パフェを二人で食べていると、ミユが切り出してきた。
「先生。私、最近変なんです」
「どうしたの突然」
「……先生から見たら多分、変わらないとは思うんですが。私、日増しに存在感が薄まっているんです。…その、前以上に」
「そうなの?」
「はい。人とぶつかっても、ぶつかったこと自体に気付かれないんです。前はこんなことなかったのに」
「…」
ミユは元来、人に気付かれにくい。そういう不思議な体質なのだ。安定して気付けるのは私だけ。
……言われてみれば、確かにそうだ。例えば混雑の中を歩くときはミユと常に手を繋ぐか、酷いときは抱き上げないと、人の波にミユがさらわれてしまうのだ。以前はここまでじゃなかったはず。
「それに、なんだか最近、どんどん私、強くなっているような気がして。気のせいじゃないんです。射撃訓練の成績が伸びているんです」
「……いいことじゃない?」
「そうなんですけど。その……せ、……」
「せ?」
ミユは顔を赤らめた。
「先生の存在が、私の中で大きくなると、……目立ちにくくなったり、強くなったりしてるような、気が、します」
途切れ途切れに、伝えられる。
「……そっか。なんか照れるなあ」
「えへへ」
他愛もない話だった。ミユはかわいいなあ、健気だなあ、程度にしか思っていなかった。
そう、思いたかった。
「……はっ」
またデスクで居眠りしていた。夜の七時。
「……あれ、ミユ?ミユ!?……ああ、シャワーの時間か」
伸びをして、天井を仰ぐ。
事務の仕事を続けようかと思ったが、ちょっと全身がこっていて痛い。体を動かしたい気分だ。
……そういえば、食材を切らしてたな。今晩はどうしよう。
たまにはエンジェル24で弁当でも買おうかな。私とミユの。売れ残ってれば、焼肉弁当も……いや、小隊ではよく廃棄弁当を食べていたんだった。フラッシュバックが起きかねない。
パン類がいいだろうか。
「……行くか」
すごすごと私は立ち上がった。
「……メロンパン、焼きそばパン……おやつの分も買っておこうかな」
棚からあれこれたくさん選んで、かごに入れていく。最近はミユの食欲が結構戻ってきたので、沢山食べてもらおうと思い、食べ物を買いすぎる習慣がついていた。嬉しい悩みだ。
「よし」
レジに行く。ソラちゃんは仕事で疲れているのか、中々私に気付かない。入店したときもぼうっとしていた。
「ソラちゃん」
「……」
返事はない。
「ソラちゃん?お会計をお願いしたいんだけど……」
「……暇だなぁ」
…無視されてる?
いや、そんなまさか。
「ソラちゃーん?おーい」
業を煮やし、手のひらをソラちゃんの顔の前で振った。
しかしなんの反応も示さない。
「……?」
ミユと一緒に居すぎて、体質がうつったのかな、などと呑気な考えがよぎる。
「その……ソラちゃん?」
「……最近、先生来ないなあ」
どうやら彼女の冗談ではないらしい。
胸騒ぎがする。
「……来てるよ、目の前に。ねえ、ソラちゃん」
「……Rabbit小隊の皆さんも来なくなっちゃって、寂しいなぁ」
「……」
私はなぜだか、物凄く嫌な予感がした。
ミユのことがとても心配になった。
すぐさま電話をかけた。
七回ほどコール音が鳴り、ようやくミユは出てくれた。
「……先生」
「ミユ!ちゃんとシャーレにいる?いるよね?…なぜか急に、凄く嫌な感じがしたんだ。ミユが、その」
「先生」
「ずっと大好きですよ」
電話は切られた。
必死に街を駆け回ってミユを探した。
私の嫌な予感は、おぞましいほどに当たっていた。
私は誰からも気づかれなくなっていた。
電話をしても誰も出ない。生徒の誰一人。
……シッテムの箱の二人すらも、例外ではなかった。
「ミユ!ミユ、返事をして!どこに居るの!ミユ!」
叫びながら、ほとんど直感的に、子ウサギ公園へと向かっていた。
もう小隊のテントはない。住む人のいない拠点は、かなり前に撤去された。
その跡地には、たくさんの献花がされていた。近隣の人や、ヴァルキューレの生徒からのものだ。
必死に叫ぶ。
「ミユ!ミユ……」
最悪の想像がいくつもいくつも湧いてくる。
激しく咳き込む。
立てなくなり、膝をつく。
体が崩れる。涙が出る。
「ミユ……」
絶望感に襲われる。体が震える。激しくえずく。
……小さな体に、抱きしめられた。
ミユだった。安心して、力が抜ける。
「……ああ、無事だったんだ。よかった、よかった、本当に……」
ミユは私の肩に顎を乗せてきていた。
「……先生。私を追ってきてしまったんですね」
「追うさ。当然。ミユに万一の事があったらと思うと、生きた心地がしなかったよ?あんまりびっくりさせないでほしいな。私はね、ミユが大事なんだ」
彼女の目が潤んでいる。
「……先生。酷なお願いがあるんです」
「酷な、お願い?」
「私を拒絶してください。私は、いなくならないといけません」
「どうして?無理だよ、そんなこと」
「だって……力が、もう、抑えられないんです。ほら、周りを見てみてください」
……ミユの言葉に応えるように、辺りに奇妙な霞が満ちてくる。とても濃くて、厚い白が垂れ込める。
「……先生のことを想えば想うほどに、わたしの本質が、溢れてくるんです。先生がぜったい、決して傷つかないように、先生の存在を隠そうとするんです。この世の、全部から」
「……」
傷ついた少女は、涙をボロボロとこぼした。
「先生。わたしを突き放して、……わたしをわすれてください。おねがい。このままじゃ、わたしも、せんせいも、もう、ほんとうに、にどとだれからもきづかれなくなっちゃうから。まだ、わたしがきえれば、もどれるから」
ミユの顔は、もうぐずぐずだった。
「ミユは、どうするの」
「……ひとりで、いきていきます」
「……だめだよ、そんなの」
ミユは嗚咽して、私の胸に顔を埋めた。
しばらく私たちは沈黙した。
こうしている間にも、霞はどんどん濃くなっていく。
もう遠くは見えない。
「……大丈夫だよ。ミユ」
「……」
ミユを抱きしめ返す。
固く、固く。
「例え、二度と誰からも気づかれないとしても。どんなに時間がかかっても、きっと私はミユを救うからね」
「……わたしの、すくいは、せんせいです。せんせいがいることがすくいです」
「それなら私がずっと、ミユの救いでいるから。きっと方法はある。私たち二人とも、一緒に元に戻れる」
「……せんせいがくるしむのは、いやです」
「ミユの苦しみは、私の苦しみだよ」
「……」
霞は完全に私とミユを覆った。もう一寸先も見えない。
見えるのは、間近のミユだけだった。
「……先生」
「なに?」
「……酷いこと、言ってもいいですか。聞いても、怒りませんか」
「うん」
ミユはにへら、と力なく笑う。
「私、今が人生で一番、幸せです」
「……うん」
「先生。……先生が、とてもよく見えます」
私の首筋にひとつ、キスを落とされる。
そして耳元で彼女は囁いた。
「二度と、離れないでくださいね?」
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