「せんせい」
ぱちりと目を開けば、鼻がくっつきそうなぐらい間近に、目を真っ赤に泣き腫らしたミユがいた。パニックの一歩手前で、震えて、時々えずいている。
「どうしたの?」
「こわいゆめをみました……」
「そっか、おいで」
毛布をつまんで上げて、隣のスペースをとんとん叩くと、ミユは入ってきた。躊躇なく、私の胸に顔を埋めて、呼吸を整えようとする。がたがた震えながら必死に、まとわりついてくる悪夢を追い払おうとしているらしかった。
「……せんせい、いまは、いまは、げんじつですよね?」
「うん。私はここにいるよ」
「せんせいはいきてますよね、みんなみたいになりませんよね」
「ならないさ。ずっと傍にいるよ」
「みんなも、そういってました……ずっといる、って」
「……そっか」
ミユのヘイローは割れかけている。しかし、こうして二人で身を寄せ合っている時だけ、ほんの少し、ヘイローの傷がくっついて塞がるのだ。それはきっと悪い反応ではない、と私は願っている。
「……よしよし」
「こわい、こわい、こわいよ……」
翌朝、二人で向かい合って朝食をとっていると、目に隈をつくったミユから、大事な頼み事をされた。
「……私は今は、シャーレの生徒ですよね」
「うん」
「私はもう、SRTには戻れないと思います。例え学園が復活したって……」
「それは、ミユの気持ち?」
「……はい」
「なにも、未来のことに急いで答えを出さなくていいんだよ。私は、何がどう転んだって助けるからね」
「えへへ、でも……きっと、だめなんです」
ミユは悲しそうに、胸につけたサッドバニーのバッジを指差した。
「先生。近頃の私は、みんなのことをよく思い出します。日が経つにつれて、どんどんみんなとの思い出が、きれいになっていって……それを守れなかった私を、苛んでくるんです。ここまでは、いつか私は壊れてしまうと思います。だから先生に、やってもらいたいことがあるんです」
「……」
ミユは立って、私の隣に来た。
そして私の右手を胸のバッジに、左手を頭のうさ耳に触れさせると、悲しく笑った。
「私を、SRTのRabbit4から、シャーレの霞沢ミユに変えてください。私から、みんなの痕跡を消してください」
ミユの日頃の制服は、すべて当時のままだった。服装も、もう通話する相手のいないうさ耳通信機も、隊員の象徴であるサッドバニーのマークも。
それら全部を、脱がせてほしいと言っている。
「……ミユは本当に、それでいいの?気の持ちようの問題とはいえ、重大なことだと私は思うな」
「私は、先生の役に立ちたいです。先生の武器として、仕事の補佐として、もっとちゃんとしたいんです。これをすれば、きっと、苦しむ頻度は減りますから」
「ミユは武器じゃないよ。シャーレの、生徒。それは忘れないでね?」
「…………大事に思ってくださって、ありがとうございます。私にそう言ってくださるのは、もう先生だけですね」
「あぁ、ミユ……」
ずい、と顔を近づけてくる。
「私をシャーレのものにしてください」
「じゃあ、脱がせるよ」
「はい」
場所を改めて、更衣室で私達は向かい合っていた。ミユの今の衣服を仕舞うための、大きな衣装ケースを傍らに置いていた。既に、Rabbit4にとってかけがえのない、[[rb:サッドバニーの水筒 > 愛用品]]が仕舞われている。
「……耳、取るよ」
「お願いします」
ミユは健気に笑っている。
小隊のトレードマークである、うさ耳。みんなお揃いだった、Rabbit小隊にとって必須のパーツ。それを私は、ミユから引き剥がすのだ。
頭を撫でてやると、ミユは目を瞑って口角を上げた。
「……ごめんねミユ。こんな決断をさせて」
「いいんです。私は、生まれ変わるんです。そしてシャーレの生徒になります。……とても、幸せです」
「……ごめんね」
竦む腕に力を入れて。
私は彼女から、耳を外した。
「えへへ……お風呂の時とか以外はずっとつけてましたから、これじゃもう誰だかわかりませんね。先生。私の名前、ちゃんと言えますか?」
「霞沢ミユ。君は、霞沢ミユだよ。私が保証してあげるからね」
次は、バッジだ。
……結構、針の留め具が硬い。
「ふふふ、何時間かかったって大丈夫ですからね」
ミユの笑いに、私もつられた。酷く乾いた笑いがこぼれた。
やがて、バッジも外れた。頭に包帯を巻いて泣いているウサギの顔は、普段以上に悲しそうに見えた。
「そのマークは、本当にお気に入りでした。……でもウサギだと辛いので、よかったら、なにか新しいトレードマークを一緒に作ってほしいです」
「そうだね、作ろう」
「……私の存在を、先生が上書き、してるみたいですね」
「……ううん。君は、ずっとミユだよ」
「では先生、制服を脱いで、シャーレのものに着替えますから、少し向こうを向いていてもらえますか」
「うん……それか、外で待ってようか?」
「傍にいてくださらないと、私、なんにもできなくなりそうです」
「しょうがないなぁ」
「えへへ」
後ろを向くと、ミユの衣服の布が擦れる音が始まった。
「先生。私のことを見捨てないでくれて、ありがとうございます」
着替えながら、話しかけてくる。
「うん。これからも見捨てないよ」
「先生……だ、大好きです。私はきっと、キヴォトスの誰よりも、先生が大好きです」
「はは、想いの強さは、比べるものじゃないよ」
「……だとしても、その点だけは、もう誰にも負けたくありません」
「照れるから、あんまり言わないでほしいな……」
「先生、声が悲しそうですよ?」
「……そんなことは、ないよ……」
「着替え、終わりました」
振り返ると、すっかり印象の変わった少女がいた。
連邦生徒会のそれに近い、スカートスタイルの制服。ラインの色がちょっぴり淡いのが相違点だ。なんだか、育ちのよいお嬢さま、みたいな雰囲気を漂わせている。華やかな服を纏ったお人形みたいにも思えた。
割れかけのヘイローを浮かばせた少女は、くるりと一つ回って、笑った。
「どうですか?この私は、好きですか?」
「……うん、綺麗だよ」
「ふふ、先生が泣いてしまうほど綺麗、なんですね」
ミユは履き慣れないスカートでぱたぱた近付いて来て、ハンカチを差し出してくれた。
「あぁごめん、ありがとう……ミユ、本当に似合ってるよ」
「……私、今日から、気持ちを新たに頑張ります。きっとお役に立ってみせますから」
「……ミユは、強い子だね」
「……先生。辛いことを頼んで、すみませんでした」
「いいよ。もう、家族みたいなものなんだからね」
ミユは私に抱きついて、下から私の肩を寄せてきた。
小さな子供が、精一杯甘えるように。
「ずーっと、おそばにおいてくださいね、先生」
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シャーレに来たシグレが多忙で〜