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「妾との約束を忘れてしまったのかえ?先生」
「ごめん、キサキ……」
そう言いながらも、キサキは膝枕しながら優しく頬を撫でてくれる。ひとつ撫でられるごとに、不安や恐れや疲労がどんどん追い払われていく。
「くふふ、構わぬ。先生と、一緒にいろんなものを見に行く約束……そう。一緒に、な。お互いに万全でなければどの道、楽しめぬ。それでは何にもならん」
「はは……キサキは本当に優しいな」
「其方には負ける」
「そうかな」
「そうじゃ」
「ふふ、じゃあ強さは?」
「……その有り様で何を強がっておる。大人しく、そのまま楽にするとよい」
「キサキはいつも、ブレないね」
「肝は据わっておる方じゃ」
「全くだね……私のほうが、大人なのに。これじゃ形無しだ」
キサキはいつも以上にゆっくりと話してくれる。
とても、とても安心する。
「よい。先生は、成すべきことを精一杯成した結果、いまこうして横になっておるからの。妾は其方のそういうところを信じておるのじゃ。だから構わぬ……と言いたいところじゃが」
キサキはため息をついた。
「今、たった一つだけ、受け入れられぬ事ができてしもうた」
「……」
私の足と胴体には、いくつもの穴が空いていた。
大きな血管をやられてしまったらしく、血が容赦なく出ていく。もう助からないのは誰が見てもわかるだろう。
……目の前が白くなってきている。
「今其方の考えていることではない。それは、よいのじゃ。妾より先生の方がずっと辛いはずじゃ」
キサキは私に見られないよう、天を仰いでいる。
「……キサキも、泣」「泣いておらん」
遮られた。
「其方の前でだけは、泣きたくない。ほれ、もう抑え込んだ。見るのじゃ」
「……はは、ごめん。どのみちもう、見えないや……」
「……先生。妾が受け入れられぬ事と言うのはな、先生がいなくなることではない。悲しみのあまり妾が折れたら、其方もまた悲しむ。だから、折れん。妾が死ぬまで、もう決して折れんと決めた」
「……キサ、キ」
「山海經ではの。命尽きたものは、生前に積んだ徳に応じた、別の命に生まれ変わっていくのだと信じられておる」
「……」
「いつだって力を尽くすのが大事だと、先生が教えてくれたからの。だから、妾は其方と、『今生では』ここで別れたのだと思うことにする。いや、思うのではない。そうなのじゃ」
……温かい。キサキは、とても温かい。
自分の世界がどんどん狭まっていくのを感じるのに、怖くなかった。
むしろ、胸がぽかぽかしてきて、心地よい。
「……また、あいにきて、くれるの?」
「話が早いのは其方の美徳じゃの。そうじゃ。しかし今の妾ではとても、其方のいる来世に行けそうにない。先生と並んだところに妾が居るとは、とても思えん。第一、すぐにそなたを追ったりはできない。玄龍門を、山海經を見捨てるなど、有り得ぬ」
「……」
とうとう、声も出せなくなった。
でも、やっぱり怖くない。
キサキは全部、受け入れてくれるから。
「妾は、これからも玄龍門の門主じゃ。もう誰にも、この志は折れぬじゃろう。先生の想いが、ずっと妾と共にいてくれるのだから。先生がこの世にいなくとも、これからは一人で色んな世界を見て回る。もっと門主として、人として、大きくなる。そして卒業しても、妾は長生きする。今世でできることをすべてやり尽くして、精一杯生きて、そうすれば、其方にやっと並べるかもしれぬからの」
自分の鼓動が、弱まってくる。
でも、怖くない。
今までの人生で一番、満たされた心地だ。
「だから、先生。先に行っていてくれ。そして……妾が其方に追い付くまでは、決して。…………誰も、娶らずにいてくれ」
「玄龍門の名において、約束じゃ。破ったら、承知せぬぞ?くふふ」
「……あぁ、よしよし。本当に疲れたのじゃな」
「……これぐらいの前借りは、構わぬよな」
唇に温かい、とても温かい感触がある。
それが、私の最期。
幸せに満ちた、この世とのさいごの感触。
「……くふふ。必ず、追い付くからの?先生。その時こそ、妾のそばに其方を置くことができようぞ。永劫に。……とても、楽しみな未来じゃ」
「うっわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
ベッドから跳ね起きる。
いつものシャーレ。いつもの休憩室。いつもの天井。いつもの窓からのいつもの景色。
いつもの私の身体。
私は死んでいない。撃たれていない。
生きている。全身脂汗まみれで、元気に生きている。
「………………夢…………あぁ、本当によかった……これまでで二番目に最悪の夢だ……」
頭が夢から現実へと切り替わる。
今日はキサキが当番だ。
キサキが。
……胡蝶の夢の話をしてくれた、キサキが。
「…………胡蝶の、夢」
現実と夢との、区別がつかなくなる夢。自分が蝶だったか人間だったか分からなくなる話。……でも。
蝶でいる間は心地よいのだと、キサキは言っていた。
「……私は今、蝶じゃない、よね?今は人間の側で……さっきまでのが蝶。そうだ。そのはず……」
わからない。
考えてみれば、ここが現実なんて、誰が保証してくれるのか。
気付けば、キサキに電話をかけていた。
『先生?今はシャーレに向かって歩いておった。何かあったか?』
いつも通りの、キサキ。
「ごめんよ、キサキの声がどうしても聞きたくてね」
『くふふ、待ち切れなかったか?いや、その声の荒れ具合からして……悪夢を見たのかの?』
なんでわかるんだ。
「……ううん」
『嘘じゃな。して、どんな夢だったのじゃ?』
「……い、言えない……」
『ほう。さては、妾が出てくる悪夢だったのかえ?』
……なんでそこまでわかるんだ。
「……まあ、その。これまでの人生で二番目に酷い夢だったよ……あ、夢のキサキの部分は、癒しだったからね!?私がキサキに苦しめられるとか、そんな感じじゃなかったから」
『わかっておる。そうでなければ妾に電話してこないはずじゃ……まあ言いたくないなら聞かんでおく。代わりに、一番の悪夢について話すのじゃ。気になる分を埋め合わせよ』
「ええ…………い、いいけど……すっごい、怖いかもよ?私はその夢を見て起きた時、ベッドから転げ落ちて暴れてたもの」
『構わぬ。先生のことはなんでも知りたいからの』
「そっか。じゃあ覚悟して聞いてね?」
「…………私がキヴォトスに来て、シャーレの先生になって、みんなのために働くこの生活が……ぜーんぶ夢でした、っていう夢なんだ」
『……』
長いことキサキは黙った。
『……先生。妾は、肝は据わっている方だと自負している』
デジャヴを感じた。
「うん」
『その妾が今、心の底から、こわくて震えた』
「そんなに?」
『そんなに、じゃ。その夢のことはもう、妾以外に話すでない。というか、話すな。他の学園の重役が聞いたりすれば、失神しかねん』
「心得たよ」
「うむ」
声は電話口からでなく、部屋の入り口から聞こえた。
「来たぞ。酷い寝癖だの。妾をそんな姿で迎えようとは。もしここにミナがいたら大事じゃ」
「ごめんよ」
キサキは歩み寄ってくる。
「面白いからいい……くふふ。先生。こうしてシャーレで一緒にいるのも、夢かの?」
「そうであってほしくないな。これが夢よりは、現実のほうが嬉しいよ」
「……そうだの。ただ、妾はどの道、嬉しい」
キサキは良い笑顔を見せる。
「……と言うと?」
「先生は、妾のいる夢を見たのじゃろう?つまり、夢の中だろうと現実だろうと、先生と妾は共に居ることになるからの。良い心地じゃ」
「……これは一本取られたな」
顔が赤くなってくる。
「くふふ……ほれ、着替えを手伝ってやろうか?」
「え、遠慮するね……身支度するから、ちょっと待っててね」
「よいぞ。……あぁ、楽しみじゃ。今日はどんなものを一緒に見られるかの?」
寝ている先生がキサキによしよしされる話 完
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二年生コユキは諦めない
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シャーレに来たシグレが多忙で〜