先生がミサキにとても酷いことをする小説です。×晴れる曇らせ◯晴れてる曇らせ
廃墟のソファに一緒に座って、映画を観ていた。
たまたま、今回の住まいには予備電源とビデオデッキがあった。私と先生の趣味の兼ね合いで、ホラー映画を一緒に見るのが最近の感じだった。今日はスラッシャー映画だ。
ホラー映画によくある、導入開始からしばらく経って、かつ、本番に入ってはいない、その狭間ぐらいの時間。
こういう頃によく、意味のない雑談をするのだ。
……私が話を振ることで、それは始まる。
そして……実に珍しいことに、今日の私は話題を持ってきていた。
これを話すことは急務だった。本当に、本当に。
意を決して、私は切り出す。
「先生。距離が近い」
「あっ、ごめんよ……」
先生は、ちょっと傷ついた感じになり、私の隣からそっと離れた。
「先生。それやめて」
「えっ?……帰ったほうがいいかい?」
「違う。こう……はぁ。はっきり言ってあげる。先生。どうせ誰にでもそうなんでしょう。距離感が」
「……そうでもないよ」
「わかるから。やめて、それ。先生のために言っているの」
「え」
「先生、私のことどう見える?」
「かわいいと思う」
「はい、それダメ」
「なんでさ!?さっきから全然わからないよ!……なんか怒らせることしちゃった?」
「罪悪感を持たせにくるな!天然だろうけど!」
「ええ……?」
私は息を整える。……頭痛くなってきた。
どうすればいいんだ、この人。
「つまりね……。先生、お願いだから人との関わり方を考え直して。いつか刺されるよ、その感じでいると」
「…………なんで?」
「あのね。報酬系が壊れるの。あなたと過ごしていると」
「報酬系って、脳の?」
「そう。あなた、ろくな家族がいなかったんじゃないの?例えば、常にご機嫌をとらないといけないような親とか」
「……ノーコメント」
「モテた?」
「……普通」
「交際は長く続かないタイプでしょう?」
「ノーコメント……」
「はいはい。そして、人助けをするのが心から好きなタイプでしょう?」
「それは、うん」
「はいダメ。完璧にアウト。いい?死にたくなければね、二度と人に『かわいい』って言わないこと。わかった?」
「……なぜ?」
「あなたは、言葉をかけることに関する責任能力がないの。人間は、他人から褒められると、嬉しい。これは誰でも、先生もそうでしょう?そして、人間は幸せになるとバカになる。……不幸でもなるけど。つまり、視野が狭まるわけ」
「ふむ……?」
「あなたは褒める。実際は大したことをしていない人に対しても、褒める。褒めて褒めて脳をエンドルフィンで染めていく」
「そこまでは」
「してる!してるから……!黙って聞いて。……そして、あなたに褒められた人は見てしまう。あなたが実際はどの生徒のことも褒めちぎっているところを。それが犯罪者のお尋ね者だとしても」
「え……」
「ねえ、わかる?それを見てしまった人がどう感じるか。あなたはただいつも通りに接しただけなのに、その子は裏切られたように感じるの。あなたなしではいられないのに、あなたは別にその子に依存したりはしない。一方通行の地獄が出来上がるわけ」
「ミサキ?」
「だから、だから…………」
「ミサキ」
「…………」
少し、吐き気がする。
涙腺が、痛い。
自分を抑えられない。
「……先生が、怖いよ、私……。……ねえ。嫌だ。わからない。……先生。怒ってよ。一回でいいから怒ってよ……」
「そんなことはしないよ」
「どうすればいいの。怖いよ。リードはあげるって言ってるでしょ。少しはムカついてよ。不機嫌になってよ。私のこと、欠片にでもいいからぞんざいに扱ってみてよ」
「私が生徒に怒るときはね、誰かにひどいことをした時か、自分自身を大事にしなかった時だけだよ」
「私は私を大事になんかしない!」
「ううん。だんだんとできるようになってる」
もう私の傷はめっきり増えなくなっていた。
それが嫌だ。鏡を見る度に傷が増えていないことが、ひどく不安で不気味で気持ち悪かった。
「怖いよ……世界が怖い。やだ。やだ、私、大人になんかなれない。成長なんかできない。前なんか向きたくない。食べ物がおいしいのも、だんだん夜眠れるようになるのも、姉さんと会えないのも、月のものが規則通り来るのも、全部怖い。こんなの知らない。あなたも怖い。優しい大人なんて私の世界にいちゃいけないの……そんな存在はあり得ないの」
「君が私から離れていっても、私は止めないよ」
「どうせ何かあったら飛んでくるんでしょ」
「うん。君の先生だからね」
「『君の』なんて言わないで!誰にでも……う、うえ」
私は床にしゃがみ込む。
慣れない感情の蠢きに酔って、世界がぐらついて、私は吐いた。
先生は背中を擦ってくる。
「大丈夫、大丈夫だよミサキ」
先生のズボンに吐瀉物が跳ねた。大人は少しも私から離れない。
食べたものが全部出ていく。
「……うぅ」
「口の中、酸で気持ち悪いでしょ。うがいしよう」
「……………いい」
「気持ち悪くないの?」
「…………あなたがいる時は、これぐらいが丁度いい」
「そう」
「……ねえ、少しは傷付かないの?こんな事言われて」
「幸せは怖いものだって感覚は、私もなんとなくわかるから」
「あなたは、実在してるの?」
「してると思うよ」
ぼんやりする頭をなんとか働かせる。
先生の瞳には、泣く私が映っていた。
涙で私の視界がぼやぼやすると、ちゃんと先生の像も不確かになる。
幻覚なら、ずっと鮮明なのだ。
「ねえ。私、生きてるよね……?」
「生きてるよ」
「いやな夢見たの。私、どこかのバスタブで独りで死んでて……誰にも見つからないの。先生は来てくれない。姉さんも来てくれない。ねえ。夢だよね。私はとっくの昔に死んでて、良い夢を見てるわけじゃないよね。あなたはちゃんと、実在してるよね」
「うん。君も私もちゃんとここにいる」
「なんで私をこんなにしたの」
「私の生徒だから幸せになってほしいんだよ」
「死ぬ夢を、昔から何度も見てきた。ただ無感情に目が覚めるだけなんだ。でも、今朝の私はひどく泣き喚いて目を覚ましたの……。死ぬのが怖い。でも生きるのも怖い。誰かに引っ張ってもらわないと生きることなんてできないよ、私……」
「怖いよね。それが自由だよ」
「ならなんでみんな平気なの!こんなの……毒だよ」
「平気じゃないから、進んで責任を負うのさ。君があの二人の姉でいて、サオリの帰る場所を守ってるのと同じくね」
「…………たすけて、先生。もういやだ、怖いのいやだ」
「……私はね。君の口からずっとそれを聞きたかった」
「悪魔」
「ふふ」
「くず」
「いくら言ってもいいよ」
「……アリウスにもこんな酷い大人はいなかった。……最低な人。異常者。サディスト」
「……よしよし」
頭を撫でられる。
肯定される。
承認される。
落ち着く。
心が暖かくなる。
また、命が吹き込まれる。
「……せんせい」
「なーに?」
「もう殺して……」
「やだよ。これは私が君たちに課す終身刑だ。今は怖くても、どうにかして幸せに慣れてもらうよ。その過程でどんなに苦しむとしてもね」
死刑執行人もこんなに残酷なことは言わないだろう。
もう、悲しむ気力もなくなってしまった。日を改めたら、戻ってくるのだろうか。
「……あぁ。泣いたら空になっちゃった、私」
「いやな空っぽかい?」
「いやじゃない空っぽだから、困る」
「うん」
「……姉さんもこんなに怖い人じゃなかった」
「訓練の時は怖かったんだっけ?」
「うん。でも……あなたはずっと、いつでも怖い。袖を切る時、前はみんなの姿を振り払えばよかった。それで刃物を使えた。でも……先生の悲しむ顔が加わって。この間、とうとう刃物を捨てた」
「まるで呪いだね」
「呪い。そう、呪い。あなたが私に呪いをかけた」
「君も同じように、誰かに呪いをかけることができるんだよ?」
「想像もできない」
「いいや、できるはず。だって既にやってるもの。ヒヨリにもアツコにもアズサにもサオリにも、そして少なくとも、あともう一人に」
「誰に」
「私に」
「…………本っ当に信じられない」
「ははは。……今はそれでいいんだよ」
「……はぁ。……疲れた。私、お腹すいた」
「だよね。食べに行こうよ。何がいい?」
「何でも良い」
「そう。ほら立って。うがいして外に出よう」
「……リードはあげる」
「はいはい。……ミサキ」
「何」
「もう諦めたほうがいいよ。私からは絶対逃げられないからね?」
「……知ってる」
先生はにっこり笑って、私の手を握った。
あったかい手だった。
悪魔の手とは思えないほどに。
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