小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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第10R やる気はフツーにあります!

 

 

「動くなッ! ヒシミラクル!!」

 

 えっ?

 

「じっとしてろ、すぐ行くからな! ブーケ、担架!」

「はい!」

 

 や、やだなぁ……。

 ちょっと転んだだけじゃないですか、ちょっと。

 

 ちょっと脚が絡まって、つんのめって、コースに顔面から突っ込んで。

 情けないくらいによくある転倒だっていうのに。

 

 駆け寄ってきたトレーナーさんは、まあもう見たことないほど真剣。

 いうて私、全力で走ってないと思うんだけど……。

 

 あれ?

 思ったよりこれ、あし、いたい?

 

「ヒシミラクル、数学の点数は?」

「な、なに急に聞くんですか? デリカシーなさすぎです」

「よーし意識はハッキリしてるな。初期対応入るから身体に触るぞ」

 

 そう言いながら初期治療(ファーストエイド)キットを取り出すトレーナーさん。

 や、やだな。そんな大事みたいな顔しないでくださいよ。

 そうこうしているうちにブーケさんが担架を抱えてやってくる。

 

「トレーナーさん、担架です」

「よし。医務室に運ぶぞ、ブーケ」

「はいっ」

「「さんにーいちっ!」」

 

 

 

 

 

 

「軽いねんざですね」

 

 軽いねんざでよかったね~。

 

 

 

 ――――いや! 本当によかったよ!!!

 

「もぉ~、びっくりさせないでくださいよぉ!」

「いや。すまんすまん。流石に全員がどんな走りをしているかまでは常に見れてないから」

「この名義貸しトレーナーめ」

 

 どうやらトレーナーさん。私が全力で走っている状態で転倒した可能性を考慮しての救急対応だったらしい。

 ていうか医務室の先生も真顔で「軽いねんざですね」ってなに!? パッと見たら分かるもんじゃないの?

 ……いや、分かんないか。ふつーにまだ痛いし。

 

「なんにせよ。今日はもうトレーニング中止。少なくとも明日までは安静に」

「はいはい。わかってますよー」

 

 そう言われて寮に戻る。そろりそろりと、痛めた足を庇うように。

 ジュニア期の秋に差し掛かる頃、私は少しのお休みを頂くことになったのでした。

 

 

 


 

 

 

 

 朝起きて、ご飯を食べて、部屋でまったり。

 

 ああ、朝ってこんなに時間があったんだなぁ。

 ていうか授業が始まるまでメッチャ時間あるじゃん!

 

「ミラ子先輩~? 足の調子どうですか?」

 

 ひょこりと顔を出すダンツちゃん。ちょっと湯気がのぼってるから、朝練終えてシャワーを浴びてきた感じかな?

 

「ん~、まあ悪い感じはしないけどねぇ……今日は安静にしろって言われてるからねぇ……」

「なら、今日の授業はオンラインですかね?」

「あーそっか。トゥインクル現役だとこういうときオンライン授業いけるんだっけ!」

 

 もしかしてそれってつまり……最強(サボれる)ってコト?!

 


 トレーナーさん

 

〈Q月 IX日〉

 

既読7:46
トレーナーさん。おはようございます(^^)v

昨日のねんざですが、いまは大丈夫そうな雰囲気です。

けれど万全を期したいので、今日の授業はオンラインでいけますか<(_ _)>

 

了解です。

担当教師にはこちらから連絡しておきます。

 

既読07:52
ありがとうございます(^O^)

 


 

 

「よっしゃ! 今日は完全フリー!!!」

 

パーパパパーパパー♪

 

「うん? また通知?」

 

 


 

これは定型文として伝えておきますが。

リモートとはいえ授業はキチンと視聴するように。

 


 

 

「わー……まあ、みんな考えることは一緒だよねぇ……」

 

 そして、これなんて返せばいいのかな。

 んー、既読無視ってのは感じワルいだろうし……。

 

「『心配無用、我絶対集中!』っと……」

 

 よーし、LANEを閉じてリモート授業のページに入室。

 そしてぇ……こんな時のためのウマチューブプレミアム!

 

「うわ。おすすめ欄レースばっかになってるよ」

 

 そーいや夏合宿でレース動画とか見たもんね。

 あなたへのおすすめ、と表示された動画のサムネイルをつらつら見れば、出てくる出てくるレース関連動画。

 

 コースの遠心力はこう克服する、走って奈良まで行ってみた、速筋と遅筋の違いとは、セントウルSの穴ウマ……。

 

「秋のG1シーズン近いから、予想系の動画もたくさんあるなぁ……うわ、このチャンネル『生涯収支ぷらす11億円』って、イタすぎ~」

 

 とはいえ今日はトレーニングお休みなんで、他の動画を……。

 

「…………あれ? 他の動画ってなに見てたっけ?」

 

 検索履歴もレースばっかり。

 視聴履歴をざぁーっと見てもピンとこない動画ばっかり。

 

「まあいいや、ダウンロード済みの音楽聴きながら漫画でも読もうっと」

 

 なにせ最近、ずうっとレースばっかだったもんなぁ……。

 

「とりあえず『ブルー・□ック』でも読み返そうかな? そういや『ジャイアン○・キリング』って完結したんだっけ?」

 

 なんか、デビュー前はなくなるなんて考えられないって思ってた漫画も、ドラマも。

 いざ離れてみると、なんていうか……なんとかなっちゃうもんだね。

 

 パラパラとお気に入りの漫画を読み返していく。カッコイイFW(ストライカー)、魅力的なMF(ボランチ)……あーいいなぁ、みんな頑張れって感じ。

 

「そしてシュート……ゴール! いえいっ」

 

 創作の世界のアスリート達は、みんなギラギラ。

 たった1点。ボールを蹴って、ゴールネットに入れるため。そのためだけに。

 

 死んじゃうんじゃないかってくらい、けんめいに走る。

 

「……なんか、レースに似てるなぁ」

 

 って!

 いやいや、今日はレースのことは忘れるの!

 

 

[配信は終了しました]

 

 

 おっと、授業が終わったみたい。

 私はスマホの前に置いてた学生証(顔写真がカメラの前にくるようにしてある)をのけて、スマホの電源を落とす。

 

 なんだかんだで持ち込んだ漫画ほとんど読み返しちゃったな……あとで本屋さんに行って新刊とか買おうっと……ってのはダメなのか。安静安静……とりあえずポチっちゃお。

 ……ていうか、なんか本当に久しぶりじゃない? この感じ。

 

「うへぇ、ヤバいね。私、半年前までは本当にどこにでもいるウマ娘だったのに」

 

 デビューして。

 トレセン学園の「普通」になって。

 

「やーでも。今日は特別!」

 

 

 クーは普通のクーに戻るのです!

 

 

 


 

 

 

 休養2日目……も終わって、今日は3日目。

 

「ミラ子先輩、まだ調子悪いんですか?」

「うーん。まだ違和感がねぇ……まあ、さすがにそろそろって感じだけれど」

「そうですか。くれぐれも無理しないでくださいね!」

 

 焦っちゃダメですよって顔に書いてあるダンツちゃん。

 いや別に、焦っている訳では全然ないけれど……。

 

 うん?

 これってもしかして焦るべきなのかな?

 

「1日分のトレーニングを取り返すのに2、3日はかかるとか聞いたことあるしなぁ」

 

 ていうか、トレセン学園生の「普通」なら焦るんだろうね。

 トウカイテイオー選手のドラマでも、怪我からのリハビリエピソードで焦りを誤魔化すためにチームのみんなが雑用を押しつけるみたいなシーンあったし……。

 

「いやはや。普通って大変だ……」

 

 まー、きっと明日には復帰してるんだろうなぁ。

 みんなも待ってるだろうし。

 

 ……。

 

 みんな、私がサボってるんじゃないかって思ってるかなぁ……思ってるよねぇ……。

 

「あ~もう、だめだめ、私。こんなこと考えない!」

 

 おでかけしよう!

 次のレースに向けて追い込んでるハートちゃんやロンは誘えないけれど……菊花賞に向けてトレーニング頑張ってるダンツちゃんも誘えないけれど…………。

 

 まあうん。ひとりなら、あそこに行こうかな!

 

「議長! おこづかい臨時予算の可決を求めます!」

 

 許可します!

 わずかに月3000円のお小遣い、お年玉とこれまでのなけなしの貯金……!

 

 こうして耐え忍んでこそ、今日の岩盤浴がある!

 

「岩盤浴セット料金1100円(平日・学割)にむけて、しゅっぱ~つ!」

 

 

 

 

 かぽーん。

 

 や、そんな音しませんけれどね。普通のスーパー銭湯ですし。

 

 いやーにしても、体重かけても足首が痛まないのは嬉しいね。

 これが普通なのは分かっているんだけれど、やっぱり痛みにビクビクしながらゴロゴロしていた時期があるからこそのありがたみといいますか。

 

「にしても、岩盤浴エリアがメンテとか、ことごとくついてなぁ私……」

 

 岩盤浴なしプランは安いけれど、これってキャベツの入ってないお好み焼きみたいなものじゃないかな?

 あの身体をじわり温める感覚、他では味わえないのに……。

 

「……サウナとか、入ってみる?」

 

 単にお湯に浸かってるだけじゃ寮の大浴場と一緒だものね。

 ということでさっそくサウナへ。空いているといいんだけれど……。

 

「お、意外と空いてる。ラッキー」

「ええ。今日のあなたはラッキーよ」

 

 え?

 

「や、やめなよクラウン……」

 

 ややっ、その声は我が友……あー、えーっと、そうだ! シュヴァルグランではないか!

 

「ひっさしぶりシュヴァルグランちゃん。メイクデビューぶり?」

「えっあっ……ソウデスネ」

 

 で、そのシュヴァルグランちゃんの隣にいるのが……

 

「私は()()()クラウンよ!」

「違いますよね?」

 

 というか私でも知ってるよ?

 だって新興グループのサトノ一族の御令嬢さんじゃん。サトノって言ったらVR機器のドリームウマレーターとかで、いますごーく学園の設備をアプグレしてる所じゃん。

 

「ふふっ、そうとも言うわ。だけれど今は世を忍ぶ仮の姿……サウナの妖精、サウナクラウンなの!」

「そ、そうですか……」

 

 それにしても隠す気のない仮の姿だね?

 ……にしても、すんごい身体だこと。

 

 サトノクラウンちゃんはもちろん、シュヴァルグランちゃんも。

 なんというか、物凄く引き締まった身体をしている。

 そう。まさにアスリートって感じ!

 

「一方の私は……ぷにぷに……」

「どうしたの?」

「いえ。レベルの差を体感しているっていうか? そんなところですハイ」

 

 うぅ、ちょっと隠したくなってくるよ……のんびりまったりなこの身体。

 サウナだから隠れる場所なんてないけれどさ。

 

 うらやましがっても仕方がないので、私はよっこいせと2人の隣に座る。

 

 

「「「……」」」

 

 

 無言の時間。サウナ部屋の真ん中に置かれたアツアツの岩の上に落ちる水滴。

 じゅわっと音がひろがって、上の方から熱気が降りてくる。

 

 

 ちらり。

 

 

 やっぱスゴいなぁ。

 (トモ)だけじゃない。腹筋はもちろん背筋も、走行時には重心制御(バラスト)の役目を果たす腕にもぎっしり筋肉で覆われているのがよく分かる。

 それでいて、多分そこまで重たくない。効率よい筋肉の付きかた。

 

 そりゃそうだよね……サトノクラウンちゃんは一族専属のトレーナーがついてるって話だったし、シュヴァルグランちゃんはプロスポーツのアスリート一家の生まれ。

 

 ――――食生活や筋トレ、普段から積み上げている基礎が違う。

 

 ……。

 

 あー……ていうか、ちょっと分かっちゃったな。

 

 

『私の課題ってなんですか?』

『レースにおける主体性のなさ』

 

 

 トレーナーさん。甘いよ、甘々だよ。

 レースにおける、なんて枕詞つけちゃってさ。

 

 私の課題は、主体性のなさ。

 周りに流されて、ゆるーりやってしまうところ。

 

 ……ま、私ってば普通なんで。

 きっとトレーナーさんから言われたらヘコむんだろうけれどさ。

 

 でもさ。私はやっぱり、期待してるんだ。

 私に、ヒシミラクルに。

 

 だったら、そうねぇ……。

 ちょいとばかし敵情視察してやりますかね。

 

 

「ちなみにおふたりさん。普段のトレーニングはどのくらいやってるんです?」

「え? そうね……――――」

 

 

 

 

 

 

「おはよーございまーす」

 

 ガララと扉を開けば、今日もチームはいつも通り。

 ハートちゃんとロンが待ってたよ~と言ってくれて。

 アイちゃんが挽回トレーニングに付き合うわよと言ってくれて。

 ブーケさんは、いつも通り部屋の片隅でみんなを見守っていて。

 

 それでホワイトボード前でレース談義に興じるクロノちゃんと、トレーナーさんに声をかける。

 

「トレーナーさん。ヒシミラクル、戻りました」

「おう。もう万全か?」

 

 ええそりゃ、もちろん!

 

「休養期間中に、新しいトレーニングプランも考えてきちゃったりして?」

 

 私はもう、走り出したから。

 やるって決めたら、やらなきゃいけないことくらい分かっているから。

 

 

 だったらやっぱり、名義は賢く借りないとね?

 

 

「それじゃ、よろしくお願いしまーす」

「ちなみに今週は駈歩(かけあし)禁止な?」

 

 え。

 

「『痛くない』のと『完治』は違うから。今日は体幹とか上半身筋トレに専念するように」

「ええ……私のやる気……」

「無理はダメですよミラクルさん。治りかけで負荷をかけて悪化させたら元も子もありません!」

「クロノちゃん正論だねえ」

「あ、でもプールトレーニングなら負荷もかかりませんね」

「え!? いやいや、いやいやいや……!」

 

 

 もうちょっと、フツーに休んでもよかったかな?

 

 

 

 

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