てなわけで、やってまいりました小倉レース場。
新幹線からモノレールに乗り換えて、車窓から見えてきたレース場の大きいこと!
「でっか……」
「小倉レース場の
「そうなんだ。ちなみにクロノちゃんはなんでここにいるの?」
私の質問に首を傾げるクロノちゃん。
「それはもちろん、ミラクルさんを応援するためです」
「ふーん。本音は?」
「ほんとうに応援するためですよぉ! レターさんやロンさんのレースにも応援にいってます!」
「え、そうなの?」
「はい、だって控え室には関係者じゃないと入れないじゃないですか」
「それが目当てか~……」
ていうかそんな理由でよく遠征に帯同しようと思ったね。お小遣いもたない……ってことはないか、クロノちゃんだし。
そんな会話が一段落したところで、トレーナーさんが口を開いた。
「ヒシミラクル。この後の流れを確認するぞ」
「あ、はーい」
「前にも言ったとおり、この後はURAの宿泊施設にチェックインしてレース当日を迎えることになる」
うん。それは聞いたとおり。
まあ普通に宿泊費は高いけれど、これはルールなので仕方がない。
レース当日に
「俺とクロノジェネシス学生も同じところには泊まるが、エリアは別だから確認しておきたいことがあれば今のうちに言ってくれ」
「んー。特にないですね」
小倉レース場についてはひとしきり予習はしているし、そもそもトレーナーさんからは名義を借りているだけなので作戦会議的なこともしていない。
「よし。それじゃあ明日、控え室で会おう」
そして辿り着いた小倉レース場。今日は土曜日なので現在進行形でレースが進行中。
「トレーナーさん。私、先にいきますねっ」
「気をつけてな」
そして楽しそうに入場口から入って行っちゃうクロノちゃん。係員さんにQRコード入場券を見せて、そのままレース新聞売り場へ。
「トレーナーさん。止めなくていいんですか?」
「なぜ止める必要が? クロノジェネシス学生がレース新聞を買うのは自由だし、レースの予想をすること自体に問題があるわけではない」
いや、それはそうでしょうけれども。
「……でも、買うんですよね?」
「ヒシミラクル学生。URA関係者がURA主催のレースにおいて投票券を買ったら違法だぞ?」
「え、あれ? ……あ、そういえば普段買ってるのって地方レースでしたっけ」
え、じゃあクロノちゃんはいったいなんのために……?
困惑の視線を入場口の向こうへ注ぐ私に、トレーナーさんは言葉を紡ぐ。
「クロノジェネシスは、常にレースを見つめているウマ娘だ。ひたむきに、レースにへと熱い眼差しを注ぎ続ける。そんなウマ娘だ」
「……」
確かに、クロノちゃんはレースのことが大好きだ。
過去の有名なレースだけじゃない、今日までに行われてきたあらゆるレースの情報を集めて、統計から定石を見出して……明日行われる私の未勝利戦にも、クロノちゃんの
時々思い知らされるけれど。
やっぱりトレーナーさん、私たちのことをよく見ているんだなぁ……。
「あの。前から聞きたかったんですけれど」
「なにかな?」
「……投票券を買おうって言い出したの、どっちなんです?」
「ヒシミラクル学生、ひとつ教訓だ」
レースに真摯に向き合えないものに、最終直線での粘りは出ない。
「……え、それとこれに何の関係が」
「ほらチェックインしろ、気をつけてなー」
「いやいやいや、質問に答えてくださいよぉ!」
小倉芝2000メートル。
4コーナー終わりにあるスタート用のポケット。
「間もなく発走でーす」
ゲートの向こうには、かなーり長い直線。
ゴール板前までは平坦な直線で、そこから先は上り坂。そんなコース設定もあいまって、さながら直線は空まで続いていく滑走路のよう。
「ほー、ふー……さーて」
やりますか。
小さく呟いて、息を吸う。
胸いっぱいに。肺をぜんぶ満たすように。
競走成績――――3戦0勝。
未勝利戦線にしては見劣りする経験。
重賞戦線に名乗りを上げるには多すぎる挑戦数。
前のカウントが3から4になることは決まっているけれど。
後ろのカウントは、果たして0のままか1となるか。
まー、いけるいける。私は言い聞かせる。
だってトレーナーさんは2000メートル以上なら勝負になるって言ってくれたし。
クロノちゃんに手伝って貰って作戦も用意したし。
「奇数番ゲートイーン」
間延びした号令。収まっていく奇数番の子たち。
「偶数番ゲートイーン」
間延びした号令。この子たちが収まれば、レースが始まる。
「ヒシミラクル選手?」
「あっ、ごめんなさい」
って! なんで他人事なのさ!
ゲートインゲートイン……うぅ、となりの目線がチクチク……。
「!」
始まった。目の前に広がる冬の
脚を使わないようゆっくり加速。
呼吸の範囲で、ゆっくりゆっくりギアを上げていくイメージ。
ゆっくりー、ゆっくりー……。
『
『
クロノちゃんの
『例えばほら、4番の子は7戦のうち5戦がダートです。このタイミングで芝に切り替えた理由について考えてみましょう』
『えっと……ダートで成績が残せなかった?』
成績が振るわず路線変更はよく聞く話。けれどクロノちゃんは首を振る。
『
『芝に戻ってきたのには他の理由がある、ってこと?』
4番のゼッケン、ぐいぐいと前に進んでいく様子。ハナを奪った彼女に誰も競りかける様子がないから、今日のペースメーカーは彼女で決定。
『分かりやすい可能性は抽選漏れ、距離適正です』
『だよねぇ』
『ですが時期的に考えると、
『自分の適性がダートだと分かってるなら、むしろ格上挑戦もありってことかー』
ゴール板の前を通過、ここから坂。
先頭の4番はスピードを落とさず、勢いそのままにカーブ。
ひゃー、すごいや。あんな速度で突っ込んだら膨らんじゃうよ。
……って思いっきし膨らんでるし。いわんこっちゃない。
『一見、不可解なレース選択。そこで陣営の
『えーと……なんでもいいから未勝利に出たい、とか?』
『そう。4番から見えてくるのは「焦り」です』
『うーん。でも、なんで焦ってるのかなぁ?』
2コーナーを通過。全体のペースがあがっていく。
ここで「ペースがあがっている」ことに気付いているのは、たぶん私だけ。
だって私は――――4番が
『例えば……
向こう正面。上がっていくペースに付き合わない私はずるずると後退。
……やば、ちょっと下がりすぎてるかな? もうちょっと周りにあわせた方がいいかな?
いや、ここはクロノちゃんの意見を信じよう!
こらえてこらえて~~~~3コーナー通過、いま!
「ぬぉおお……ッ!」
加速、加速、加速!
とにかく脚をぐるぐる回して加速しまくる!!
「む、無理ィ……!」
「む~りぃ~!」
おわ、クロノちゃんの予言通りドンドンみんな垂れてくる。
ペースが速くなりすぎるって、本当だったんだ……。
「って?!」
前からウマ娘が!!!!
「おうゎっ!? わあっっ!!」
ぐりんと無理矢理回避。4番ゼッケンのウマ娘を躱す。
あ、あばばば、こけるこける! コケたらタダじゃすまないよ!
あーもう、私のバカバカ! なーんで前から注意をそらしちゃうのさぁ!
ていうか今ので相当ロスしたよね。やばいやばい、早く前にいかないと!!
「……って、あれ?」
なーんで目の前に坂が……1コーナーが?
「あ……終わったの? レース?」
あれ。じゃあ間に合ったのかな。掲示板を見るために私はゴール板あたりまで戻ってくる。
そして掲示板には――――私の番号。
「あ。やった」
やったんだ。
しかも見間違いじゃないなら、私の番号がいちばんてっぺん。
そして、パッと点くのは赤い「確定」の2文字。
「よしっ!」
ガッツポーズ。
人混みと言えなくもないくらいのまばらな人垣のなかから、芦毛のクロノちゃんが手を振っていた。
「ナイスですっ、ミラクルさん!」
そして帰りの新幹線。
初勝利祝いということで、トレーナーさんが博多名物のお菓子を買ってくれた。
「佐賀牛とかでもいいんですよ~?」
「月謝を倍払ってくれたら考えてやるよ」
「ちぇー。ん、おいひ~」
あまーい白あんとやわらかーな生地のハーモニー。
うまうま。
「それにしても、今日はよくハイペースなことに気がついたな」
「あー……あれはクロノちゃんのおかげって言うか……」
「いえ! 紛れもないミラクルさんの実力ですよ!」
まー。それはそうなのかもしれないけれど。
「ん? 電話だ、すまん2人とも。ちょい外すぞ」
「「はーい」」
トレーナーさんが足早にキャビンへ向かっていく。
3列シートに残されたのは、私とクロノちゃんだけ。
「ね、クロノちゃん。ありがとね」
それと、ごめんね。
「いえ。私はレースが
ミラクルさんは、よかったんですか?
「うん。だって私、マグレ勝ちを拾うために名義貸しチームの門を叩いたんだよ?」
それに、4番の子は掲示板に残ってなかった。
審議を取られた訳でもなく、単純に暴走して、沈んで。負けた。
だから、考えても仕方ないんだよ。きっと。
「それより、これでクロノちゃんに借りひとつだね」
「ミラクルさん……」
それからクロノちゃんは、困ったように微笑んで。
「はい。貸しひとつ、です」
そうして、私は1勝クラスに昇格したのです。