ヒシミラクル、1勝クラスに昇格!
といったところで、何かが変わるわけでもなく……。
「うん? なにやってるんだヒシミラクル」
「あ、トレーナーさん。なにって、見て分かりません?」
はい。目の前には教科書とノート。
「『レース』と『単位』、どっちも獲らなきゃいけないってのが競走ウマ娘の辛いところってワケですよ~」
「パパッと片付けた方が気が楽だぞ」
「そーなんですよね。やる気なくても少しやればスイッチ入るっていいますもんね、って!」
なんでサボってる前提なんですか!
一応これでも、進学希望のバリバリ受験勢なんですけど??
……まあ、
「さすがにサボりませんよぉ。今日みたいな休養日じゃないと勉強進みませんし」
「
「いや~~~まあ? 寮だとなんというか、進みが悪くて……」
やっぱり誘惑が多すぎるっていうかね。
休養日なんだから休めばいいじゃんの悪魔がささやきそうでして。
「ほら、言うじゃないですか。図書室とかの方が勉強に集中できる、みたいなヤツ」
「もちろん。
「あそうだ! トレーナーさん、なんか勉強のコツとかしりません? やる気がうわーっと出るような!」
「勉強に目的意識を持つとか?」
「いやそういうのじゃなくて。もっとこう、具体的なプランをお願いしますよぉ」
あともっとこう、素早く効くヤツないですかね?
だって期末テストそろそろだし、小テストの範囲は相変わらずえげつないし。
「ていうかトレーナーさん、ちょい教えて欲しいところあるんですけれど」
「うん?」
「この図形問題なんですけれどー……」
「あーすまん。今日はブーケいないからすぐ監督戻らないとないんだよ」
あれ。そうなの?
「今日はCMの撮影日だからな、ほら」
そう言いながらトレーナーさんがコンコンと叩いたのは予定表。
出席簿みたいな感じにチーム全員の名前が書いてあって、自分の名前の隣に「トレーニング」とか「遠征」とか書き込むヤツ……ブーケさんの名前の横には「CM撮影@3スタ」の文字。
「毎度思うんですけれど、トレーナーさんて字下手ですよね」
「筆記体の英文で書いてやろうか」
「うわ学歴マウントだ」
「ははは」
そう笑いながらトレーナーさんは部屋から出てしまってしまう。
トレーナーさん、雑談の流れから勉強を聞くと応じてくれることが多いので教えてもらおうと思っていたのだけれど……今日の見込みはどうやらハズレ。
「そうして私の前には、動かぬ鉛筆と動く点Pが残されたのでした、っと」
ちゃんちゃん♪
……や。分かってますよ?
やらなきゃいけないことくらい。
あーでもダメ。ぜっんぜん気持ちが乗らない。やっぱ一度気持ちが離れると簡単には戻ってくれないんだよねぇ。
なんか気分転換のいいわk……キッカケとかないかな~?
「うん? こんな都合良くメッセージが?」
| (もし捗っていたのなら)勉強中に申し訳ない。 ブーケがタオル忘れたみたいで、俺の机の上に置きっぱなしになってるらしいから持って行ってくれないか? |
「む。
ふとトレーナーさんの机を見れば、確かにそれらしいふわふわハンドタオルが置かれている。
「んー、じゃあ『勉強あとで教えてくれるならいいですよ』っと」
トレーナーさんは他のチームメンバーの監督しなきゃいけないからね。
ここはまあ、1勝クラスの競走ウマ娘・ヒシミラクルがひと肌脱ごうじゃありませんか!
「というわけで、タオル持ってきましたよ~」
「まあ。ありがとうございます」
いやいや、そんな深々とお辞儀しないでくださいよ。
こっちもちょうど息抜きっていうか、気分転換になるっていうか。
「ですけれど……今日は休養日でしたのに」
「いやいや。どうせチーム室でダラダラしてただけですし。代わりにトレーナーさんには勉強教えてもらうんで」
それにブーケさんの勝負服、生で見られてラッキー的な?
そう水を向けた私に、ブーケさんは少し恥ずかしそうに微笑む。
「ありがとうございます」
そう言いながら視線を落として、そっとスカートのフレアを撫でるブーケさん。
彼女が本当に大切にしているんだってことが伝わってきて、私も特別なモノを見せて貰っている気分になる。
「そういえば、撮影ってその格好でやるんですか?」
「はい。勝負服は、ドリームトロフィーで走るウマ娘のそのものですから」
あーそっか。ドリームトロフィーでは予選レースから全出走者が勝負服着用で走るんだっけ? ぶっちゃけあんまり真面目に観ていないので、細かいことは知らないのだけれど。
あ、もちろん去年の冬のはちゃんと観ましたよ? チームリーダーのレースを応援しないほど私は薄情者じゃありませんって。
……ブーケさんは予選で負けちゃってたけれど。
「それにしても、
やっぱトレセンって、トレセンなんだなぁと思う私。
いやね? 学園のウマ娘がよく雑誌とかに載ってるのは知ってるけれどさ。
やっぱ本当にそういうことする場所に踏み込んでみると、あ、アレって本当にあったんだ~みたいな?
動き回るスタッフさん達、高めの天井からたくさん吊されたライト。巨大な緑色の幕……巨大な緑色の幕? あれなにに使うんだろう?
「あれは
「へ~合成ですか。ところであなた誰です?」
「私はP」
うげッ! 動く点P!?
「いえ。
そう言いながらPさんが名刺を差し出してくる。
うわ。読白エンゲージメントって、あの読白?
「ブーケさんっておっきな会社と仕事してるんですね……」
「ええ、まあ……ドリームトロフィーはスポンサーがつきますから」
へー。そうなんだ。
スポンサーってユニフォームに書いてある会社名とかだよね。チームが勝てば自分の会社名が新聞の一面に載ったりして宣伝になるってヤツ。
……ウマ娘の勝負服に会社名を書くスペースはないけれど、大丈夫なのかな?
「ですのでこうして、CMの撮影に協力したりもするんです」
そう言いながら私にチラシを渡してくるブーケさん。
グッドスプリング・ベーカリーとかいうパン屋さん? の宣伝らしいけれど……。
「会長はいられまーす」
「えっ会長?」
なんで生徒会長が……と思って入り口をみてみれば、そこから入って来たのは車椅子に乗ったおじいちゃん。
「えっ会長?」
「まあ、お元気そうでなによりです♪」
呆気にとられた私に変わって、恭しくスカートの裾を摘まんでお辞儀するブーケさん。
すご……めちゃくちゃ御令嬢オーラが流れてる……。
「おお、これはこれはカレンブーケドールさん。今日はウチの撮影に付き合ってくれてありがとう!」
「会長こそ、わざわざご足労頂きありがとうございます」
「うんうん。労する足はないがな! ははは!」
いや、それなんてブラックジョーク?
車椅子だからそりゃ足は使ってないでしょうけれど。
「うん? こちらのお嬢さんは?」
おっと、急にこっちみないでよ会長さん!
もしかして失礼なこと考えてるのバレたかな?
「えーと。ブーケさんと同じチーム〈クエーサー〉に所属してる、ヒシミラクルって言います」
「となると現役の競走ウマ娘さんか!
「あー……クラシックの1勝クラスです」
「おお1勝! 素晴らしい!」
「あっ、ありがとうございます……」
う、うわ。うわー恥ずかし。
しらんヒトに褒められるのメッチャ恥ずかしい。
いやでも1勝クラスだよ? 言っちゃ悪いけれど1勝しかしてないよ私?
……ま、まあ? イヤな気はしないけれどさぁ~……。
「ちなみに路線を聞いてもいいかな?」
きょ、興味津々ですねぇ。
まあ分かるよ? クラシック期って競走ウマ娘がいちばん注目される時期だもんね?
それで路線と言われたら……近代レースの王道クラシック三冠路線、華やかなマイル・中距離のトリプル・ティアラ。そして裏街道とも呼ばれるマイル・短距離……。
「えーと。三冠路線ですかね。トレーナーさんが言うには私、長距離が得意らしいんで」
「なるほどなるほど、きみはライスシャワーさんのような
「ええ、まあ……そんな感じですかねぇ」
三冠路線(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)に出る気はないですけど。
だって三冠路線にはギムレットちゃんとかクリスエスちゃんが待ち構えてるんでしょ?
ていうかそれ以前に、1勝するのに半年以上かかってるからね。クラシック期のうちにオープン上がれれば御の字ってもんですよ。
……あとまあ、ライスシャワー選手みたいに勝ったらブーイングとかもありそうだし……G1というか、目立つところにはあんまり行きたくないというか、なんか違うよなーっていうのが、今の気持ちです。はい。
「うむうむ。いい、大変よろしい」
しかしこのおじいちゃん、私の内心など知らずに頷いている。
それからスッと手を上げると、横に控えていたおじさんがぬっと前に出てきた。
「えっ」
「私は趣味でレースを応援している者だ。なにかあったら気軽に頼ってくれたまえ」
「は、はぁ……」
そして私の手には、おじいちゃんの名刺が。
もらっても困るんだけれど。
でも多分このヒト、ブーケさんのスポンサーだよね?
あんまり変なこと言って怒らせたら大変だし、ここは素直に受け取っておくしかないかぁ……。
「……――――てことがあったんですけれど」
「あー、それはスマン」
私の話を聞いたトレーナーさんはバツが悪そうに頭をかいた。
「あいや別に、謝って欲しいわけじゃなくてですね。これどうしたら?」
「うーん。まあ、無視でいいよ無視で。ヒシミラクルはヒシミラクルの目標があるだろう?」
私の目標。それはオープンウマ娘になること。
その実績を使って競走ウマ娘枠で受験して、帝都農工大学に入ること。
そうなんだよね。
別にクラシックで大活躍するぞーとか、そういうのじゃないんだよね。
でも、ちょっとだけ気になったりはするんですよ。私も。
「あの。こっからクラシック期G1に間に合わせることって出来るんです?」
「2月中に2勝目を挙げて、皐月賞の優先出走権を狙いで弥生賞」
「道はある感じなのか~……」
むむむとなる私に、トレーナーさんは軽く手を振った。
「あの爺さんは逆張り大好きマンだから。気にしなくていいよ」
「逆張りて。それじゃまるで私が勝てないみたいじゃないですか~!」
まあ、口ではそう言ってみたものの。
もちろん勝てるビジョンなんてないわけで。
そんな調子で、春のG1シーズンが刻一刻と近づいてくる今日この頃なのでありました。