「……とかなんとか言ってたけれど、結局入っちゃったなぁ」
いやうん。これには理由があるんですよ?
いやいやいや騙されるなよ私!
「最初の月は無料」ってU-MAXTじゃん! ABEUMAじゃん! NETKEIXじゃん!
動画サブスク解約できないヤツじゃん! そういやウマチューブプレミアムも解約してないじゃん私!!
「よし、まずウマチューブプレミアムを解約しよう。うん」
スマホを取り出す。ロックを解除してアプリを立ち上げる。
そして、プロフィールから解約画面へ。
「……いやでも、解約したらオフラインで音楽聞けなくなるし……」
Wi-Fiないところで音楽聞けなくなるとか生きていけなくなるのでは?
「うーん、うーん……」
「そんなときこそ統計ですよ! ミラクルさん!」
「うわひゃああ?!」
メッチャビビった! ちょっとやめてよと飛び退く私。
彼女は私と同じ芦毛のウマ娘。左耳には綺麗な装飾、後ろ髪の一部は編まれて赤いリボンが添えられている――――クロノジェネシスちゃんは、そんな私に構わず人差し指を立ててぴとっと頬に当てた。
なんか肘に片手を添えてしれっとポージングしてるのがムカつく……。
「統計にこそ答えがあるのです。[設定]から[スクリーンタイム]を選択して下さい」
「えっ、えっと……?」
言われるままに画面を操作。すると見たことのない画面が現れる。
「うわ、なにこれハイテク」
「その画面で各種アプリの稼働時間を確認することが出来るんです。そしてミラクルさんのウマチューブ利用時間は……」
「……うわー、思ってたより多い…………」
ちょっと現代の若者動画漬けすぎないかぁ~?
いや私のことなんだけど。
「おっと、もうこんな時間ですね」
「あ、うん。そろそろトレーニングの……」
時間だね、と言おうした私。
なのにどうしたことか、クロノジェネシスちゃんは教科書サイズの端末を取り出した。
「ええっパッド持ってるの? すご~!」
「4K対応ですからね」
「あーよんけー、よんけーね。それってすごいの?」
「ええ凄いですよ。ぜひ今度4K画質でライブシアターを観てみて下さい」
ライブシアター? という顔をする私に知らないんですかとクロノジェネシスちゃん。その指がスペシャルウィーク選手の顔写真が貼られたアプリアイコンへと伸びるけれど、すぐに引っ込んだ。
「あっもう出走時間。さきにこっちを……」
そうして開かれるのは配信アプリ。再生ボタンを押せば画面に現れるのはレース場。
『豊原13レース。2勝クラスダート1600。個人協賛「帝都造営活動12周年記念」です』
「個人協賛?」
「はい。地方レースではお金を払えばレース名の命名権を買えるのです」
「ふーん。このテイトゾウエイ? って誰?」
「さあ……寡聞にして存じ上げません」
私たちの掛け合いを無視して実況は言葉を並べていく。
『帝都造営先生。活動12周年、おめでとうございます。ちなみに作品は完結させましたか? 読者のみなさまが待っていますよ』
「結構ディスるじゃん」
「お知り合いの方が個人協賛金を出しているのでしょうから、いわゆる『身内ネタ』というものでしょうね」
それでは出走ですと実況が告げて、何事もなかったのかのようにレースが始まる。
すると私たちの前の扉がガラガラと開いた。
「あー、クロノジェネシス学生?」
出てきたのはトレーナーさん。
そう、あの悪名高き名義貸しチーム〈クエーサー〉のトレーナーさん。
「なんですかトレーナーさん。いまいいところ……」
「うんうん。外聞が悪いから中で見ような」
「よし! いいところでムチ入った!」
「良い調子! そのまま、そのまま!!」
「あ”っ!? 止まる! 止まるな!!」
「沈むッッ! いや沈むな!!」
「…………」
『ゴールインッ! 1着はヨイハルスプラウト、2着にどうやらワンダリングシスカ……』
あーうん。これは外聞悪いっすわ~。
というかもしかしてこれが素なのかな? そんなことないよね??
「えーと。クロノジェネシス、ちゃん……?」
私はガクッと肩を落としたクロノジェネシスちゃんに声をかける。
いやだって、流石にこの流れで「さーてトレーニングするか~」は無理でしょ?!
「…………」
「えっと、あの。クロノジェネシスちゃん?」
ガタリ。
いやちょっと無言で立ち上がるのやめてもらっていいですかね? フツーに怖いんですけれど。
「トレーナー……」
そしてクロノジェネシスちゃんは懐に手を入れて、
隠し持った「ナニカ」を……トレーナーさんへと、突きつける!
「今日の分です」
「お金!?!?」
「確かに受領した」
「受領した!?!?」
えっ、えっ、え!?
「いやいやいや! これゼッタイダメなヤツですよね!?」
子供が大人にお金渡すとかダメでしょ!
「ヒシミラクルさん! 安心して下さい。私コレでも、
「あ、そうなの?」
そっかぁよかった~……。
「……ってなるか!!! もっとダメだよ大人からお金もらったら!!!」
それってあれじゃん!
エンコーとかじゃん!
「大丈夫です! ちゃんと合法です! ……トレーナーさんが買う分には」
「買う『分』には!?」
「地方レースは管轄省庁が違うからね。実際合法だよ」
いや、いやいやいや……。ダメでしょ。
勝ちウマ投票権の購入は20歳になってから!
「俺は20歳になってるから」
「代理購入もダメですよぉ~!」
「いやいや。俺は俺の意思で買ってるから」
「じゃあ今のお金は! お月謝なら封筒で渡しますよね!?」
「よし、トレーニングはじめるか」
「あっ逃げた」
んも~っ。と私がなっていると、扉がガラガラと開く音。
「おじゃましま~す」
「あっミラ子真っ赤じゃん。どうしたの?」
「お、2人も来てくれたんだな。ようこそチーム〈クエーサー〉の情弱ホイホイ1ヶ月サブスク無料キャンペーンへ」
まさかのハートちゃんとロンが登場。
昨日が昨日だったから来ないと思ってたのに……。
「いやまあ。私らも一応危機感はもってるし?」
「教官の指導とどんな感じに違うかも気になるしねぇ」
……あー、まあ。
そうだよね。
私たちは「勝てない私たち」から普通の競走ウマ娘、レースで勝ち負け出来るウマ娘になるためにこのチームの門を叩いたんだ。
そう考えれば、地方レースの勝ちウマ投票券購入にあーだこーだ言っているヒマはないわけで。
……いや、本当にそうかな?
「よし。じゃあ練習行くから3人は俺についてこい。クロノジェネシスは、今日も資料室にいくか?」
「はい。そうさせていただきます。トレーナーさん」
「おし、じゃあこれ」
そう言ってトレーナーさんはポーンと革製キーホルダーを投げる。
クロノジェネシスちゃんはそれをキャッチ。
「なにそれ?」
「資料室の鍵です。閉架書庫はチームに所属しているウマ娘でないと入室できなくて……それで、こうして契約を結ばせて頂いているのです」
「え、そんな理由で契約料払ってるの?」
「あー。クロノジェネシスはトレーニング・レース出走を一切しないことを条件に仮入部させてるんだよ」
トレーナーさんからの補足が入る。じゃあクロノジェネシスちゃんは実質無料なんだ……。
およ? これは使えるな? 私はポンと手を叩く。
「あ~、じゃあさっきのお金はワイロってこと? おぬしも悪よのぉ~?」
「なっ……! ワイロなんてとんでもない!」
うりうり~としてやると、クロノジェネシスちゃんは真っ白な顔を真っ赤にした。
「あれは綺麗なお金だしれっきとした勝ちウマ投票券購入代金です!!!」
「――――はい、ビンゴぉっ!」
このウマ、尻尾を出しましたよ警部!
「やっぱり買ってた! はい有罪! 有罪でーす!」
「無罪無罪! 競走無罪! レースに罪はありません!!!」
「レースじゃなくてあなたの罪の話をしてるんですぅ~~~!」
「おーい。バカやってないでトレーニングいくぞ~」
「いやバカて。トレーナーさんも指導してくださいよぉ~」
「なんかミラ子楽しそうだねぇ」
「順応してるねー」
「いやいや、いやいやいやいや……」
「ふう。ウォーミングアップはこんなもんかな。って、うわぁ……」
私は思わずため息。なにせ目の前には沈んでいく太陽。
柔軟体操にミニハードル。そこら辺の機材を使って脚を温め終わったつもりが、もうトレーニング時間が終わってしまう。
「ヒシミラクル。ちょっといいか?」
と、案の定トレーナーさんがこっちにやってきた。しまったぁ、いつもは教官による集団トレーニングだから時間管理されているけれど、今日からは全部自分でやらないといけないんだったぁ……。
「あのぅ、トレーナーさん」
「なんだ?」
こうなったら……お父さん直伝のあの技を発動するしかない!
――――秘技! ゴマすり!!
「私って、今日がチーム練習初めてじゃないですか?」
「そうだな」
「だからこう、ちょっといいこととかあってもいいかなって。思うんですよねぇ」
「ふむ。で?」
「トレーニング時間の延長とか、そういう初回入会特典とかは……」
「いいぞ」
「やっぱりダメですよねぇ……ってあれ?」
いいの?
「いいぞ。なにせきみ、まだウォーミングアップしかしてないだろ」
「えっ、本当にいいんですか? 日が暮れちゃいますよというか日が暮れてますよ?」
「いやだから、今からナイター申請出してくるけれど、それでいいよな?」
あれー? いいんだ。
呆気にとられた私を無視して、トレーナーさんは後ろを向く。
「よーし、ハートリーレターとビロンギングスは初日だからいい加減にして上がれよー」
「はーい」
「わかりましたぁ」
「じゃ、俺は申請出して野外ライト灯けてくるから。気にせず続けてくれ」
「えっ。あ、はい」
「ブーケ、俺が外してる間コイツのこと見といてやってくれ」
「はぁ~い」
そうしてトレーナーさんは立ち去る。あとに残されたのはお淑やかな雰囲気に包まれたウマ娘。左耳には花束のメンコ、カレンブーケドールちゃん。
あー、ブーケドールさんの方がいいのかな?
一応彼女、このチームのリーダーらしいし。なによりドリームトロフィー走ってる大先輩だし。
そんな彼女が近寄ってくると、こちらの顔をまじまじと見つめた。
「えっと、なんでしょう?」
「……意外そうなお顔ね」
「へっ? そうですかねぇ?」
「『名義貸し』なんだから、もっと放任されると思ってた?」
「あー、まあ……それはそうかな……そうかも……」
というか、ぶっちゃけもっと適当だと思ってた。
だって名義貸しって無理矢理デビューするためのものだし。トレーニングとかちゃんと見て貰えるとは思ってなかったし。
「監督責任があるの。だから、教官のトレーニングだとナイター練習は出来ないでしょう?」
「あ~」
そういうことだったんだ。
教官たちは学園の職員だから、17時で帰ってしまう。
だから集団トレーニングも17時まで。もちろん練習コースは閉鎖かチームへ貸し出されて使えなくなる。
「そう考えると、名義貸しってのも大変なんだなぁ……」
あ、だから
なんだか今さら過ぎる事実に気付いてしまう私。
そうだよね、教官と違って、トレーナーさんはナイター練習まで見てくれるから、月謝がかかるんだよね。
……と、そこで疑問がひとつ。
「カレンブーケドールさん。ここのトレーナーさんって、スカウトとかしないんです?」
トレーナーは競走ウマ娘と契約して、レースに勝たせるのがお仕事。
そして、レースの賞金の一部(といっても1割くらいらしいけれど)はトレーナーのもので、その賞金を使ってトレーニング機材を買ったり遠征したりすると聞いている。
そういう意味では、私らみたいな「スカウトされない=実力のないウマ娘」ばっかり抱え込んでたら、いくら月謝をもらっていても成り立たないような……。
「そう、そうなのですミラクルさん!」
「うわ急に近いですねっ!?」
ぐいっと寄ってきたカレンブーケドールさん。お手々を両手で包まれる。
「あのヒトったら、月謝の額を低く設定してるせいで毎月赤字なの!」
そして明かされる衝撃の事実。
えっ……契約書(初月無料)に書いてあった金額、結構高かったと思うんだけれど。
あれで低いの?
マジ???
「チーム部屋の賃貸料、学園への施設使用料の支払い、他にも保険の支払いとか、いっぱいい~っぱい、あるのに!」
「えっあっ。それはその、大変ですね……」
いやというか圧が。
圧が、圧がすごい。
気圧された私の相づちを同意と受け取ったらしいカレンブーケドールさんはまだ続ける。
「それでね。私はいつも私がレースで獲得した賞金を使って下さいって言ってるんだけれど、あのヒトったら頑として受け取ってくれなくて……」
「え? いや……それはまあ、そういうものじゃないです? ヒトとして……」
学生から現金を受け取る大人とか絵面がヤバすぎる。さっき見たから、なおさら。
……やっぱりこのチーム、ヤバいのでは?
「心配しないで。ヒシミラクルさん」
心を読まないで!?
「あなたはこのチームを利用しに来たの。だから契約した、そうでしょう?」
「それは……」
それは、その通り。
チーム所属ウマ娘に与えられるトレーニング施設の優先使用権、今日みたいなナイター練習、夜間・早朝外出(ロードワーク)の許認可。そしてなにより――――
――――トゥインクル・シリーズへの、出走権。
それが欲しいから、私はここへ来た。
この名義貸しチームと契約した。
「たっぷり私たちを利用してくださいね。出来れば来月も……」
このままだと3人分の追加保険料で破産ですし。
は、破産……?
いまゼッタイ聞いちゃいけないタイプの言葉を聞いたのですが。
「……えっとぉ。聞かなかったことにしても?」
「なにも言ってないけれど?」
「へ?」
「 な に も 、 言ってないけれど?」
「…………」
すぅ――――――、はぁ――――。
あ~、そういう。
そーいう感じですか。
「んぅ~。善処しますねぇ……」
どうしよ。本当にやめようかな……。
クロノ「ちなみに、お月謝の問題を一発で解決する方法があります」
ミラ子「……いちおう、聞くだけは聞くけれど」
クロノ「今日はダービ「お疲れさまぁ」聞いてください! 今日はユーイチです!」
ミラ子「いや力強?! てかユーイチて誰ぇ?!」
クロノ「ユーイチはユーイチです!!!」
ミラ子「いや知らんて! 勝ちウマ投票券は20歳になってから! 約束だよ!?」
クロノ「そのための名義貸しです!」
ミラ子「ダメだからねぇッ?!」