画面の向こうからこちらへ走ってくるのはウマ娘。
桜色の勝負服に身を包んで、鹿毛のポニーテールをなびかせて。
『カードマンさーん! お待ちください!』
『おおっとぉ!? サクラバクシンオー!』
大げさに驚くカードマンに、えぇえぇ! 皆さんの学級委員長がやって参りましたよ! と胸を張るのはサクラバクシンオー選手。
『カードでオシャレ、花まるです! しかしッ! カードはおひとり様1枚限定なのではありませんかっ!?』
『いいえッ! 楽チンカードはなんと!』
『なんと!』
『お買い物とお仕事用に2枚持ててチョー便利! しかもッ! お申し込みから最短5分で使えるんですっ!』
『早いッ! 早すぎますッ! 携帯に入れればその場で使えてしまいますねッ!』
ドリームトロフィー。
トゥインクルを引退した競走ウマ娘が所属する、スポンサーありのレース興業。
「サクラバクシンオーさん! 頑張ってー!」
目指せ全距離全制覇! とトメハネがめちゃくちゃ強調された楷書体で書かれた横断幕を掲げるトレセン学園生。
「だが、サクラバクシンオーは厳しいぞ。なにせ予選にして相手が悪い」
「どうした急に」
そして唐突に語り始める眼鏡の男性とパーカーの男性。
「なにせ今日の相手はノースフライト。今までバクシンオーのマイル挑戦を全てはね除けてきたマイルの女王だ」
「いえ、過去の対戦成績だけで決めつけるのは早計です!」
そこに絡んでいく
「これはドリームトロフィーにおける中京レース場での本命と対抗のレース中順位をまとめたものです。中京は3角から4角にかけての下り勾配により加速が付きやすい、いわゆる『桶狭間ポイント』と呼ばれる難関があり、ご覧の通り順位が大きく変動しがちです」
「つまり逃げ戦術も使えるバクシンオーに対して、先行集団から中段に構えるしかないノースフライトは4角から直線のバ群のうねりに揉まれる可能性があると言うことだな。なるほど!」
「いや待ってくれ。しかし中京の難関はその後、短くも大きな登り勾配を備えた直線区間ではないのか? 長く続いた下り勾配からの急激な勾配変化がウマ娘のピッチ調整に支障をきたし、スパートへの体勢が大きく狂いかねない」
クロノちゃんの説明に即座に応じる眼鏡の男性と反論を用意するパーカーの男性。
えーと、一行で説明してもらってもいいですかね……。
「中京の難しさはスピードとスタミナのバランスを維持すること。
「……そうですね、最終直線までサクラバクシンオーさんのスタミナが持つかどうかは大きな課題です。まして中京芝1600はスポットからの出走になる都合ペース感覚が狂いやすい。緩やかなカーブからの向こう正面、下り勾配の3角4角で加速しすぎる可能性も……」
厳しい現実を突きつけるパーカー姿の男性に、否定はしきれないと腕を組むクロノちゃん
そんなレース談義に、横断幕を持った学園生は力を込めて叫ぶ。
「それでも、バクシンオーさんは勝つもんっ!」
「「「ご、ごめん!」」」
……ていうかさ。
「クロノちゃんは同じチームのブーケさんを応援しようよ」
一応今日の
「ミラクルさん、日本で担当賭けするのは違法*1ですよ?」
「違うよね? 単純にチームメイトを応援しようって話だよね??」
ちなみに、チーム〈クエーサー〉でドリームランカーなのはカレンブーケドールさんだけ。前回の
「ヒシミラクル学生。悪いんだがブーケに伝言を頼んでもいいか?」
と、横から話しかけてくるトレーナーさん。
「いや自分で行ってくださいよ。トレーナーでしょ?」
「そうなんだが、クロノジェネシス学生をみてやらないといけなくてな」
あー……まあ投票券騒動あったばかりだもんね。
トレーナーさんとしても、クロノちゃんが失言しないか気にしてるんだ?
「まだ『買い目』を決めてないらしいんだよ」
「は?」
いやいやいや……関係者の投票券購入はマズいんじゃ。
「何を言ってるんだ? ブーケは企業と契約してドリームトロフィーに出るんだぞ?」
「契約関係でなければ無関係だと???」
「そりゃそうだろ」
あとドリームトロフィーは所轄官庁が違うからトゥインクル関係者が買っても問題ないぞとトレーナーさん。
いや、でも体裁とかあるじゃん。いくらなんでも……。
「その通り。LANEとかで足が付いたら面倒だから、直接聞かないとな」
「あーあーあー聞きたくない聞きたくない~~!」
せめて
「ほらこれで好きなモノ買ってきていいから」
「む、金さえあればなんでも出来ると思ったら大間違いですからね?」
「2勝クラス昇格のお祝いだよ、お祝い」
「んも~!」
1勝目の時はお菓子、2勝目は有名なお医者さんの書いてある紙きれって、私の勝利って安すぎません!?
私はぷんすか自動販売機に行って、全員分の飲み物を購入。
おつりは……まあ手間賃ですかね、手間賃。
それからレース場においては最強の身分証明であるトレセン学園の学生服で関係者エリアに入って……目的の部屋の扉をノック。
「あれ? 返事がない。ブーケさーん?」
もう一度ノックするけれど、やっぱり返事がない。
「ブーケさん、トレーナーさんから伝言ですよー」
しょうがないので扉を開けて控え室に入ると、控え室の真ん中に座ったブーケさんは細長ーく息を吐いてからうっすら目を開ける。精神統一してたのかな?
「あ、ごめんなさい。邪魔しちゃいました?」
「いえ。少し考えごとをしていただけですから」
もちろんブーケさんは勝負服姿。
ここからメイクアップを経て、おめかししたらパドックへと向かう――――普通のトゥインクル・シリーズと同じハズなのに、こんなにも雰囲気が違う。
「どうかされましたか? ヒシミラクルさん」
「あっ、いやーなんていうか。エグいオーラ漂ってるな~みたいな?」
我ながら謎なコメントに当然首を傾げるブーケさん。
ちゃうんよ、私が言いたいのはそういうことじゃなくて。
「えーと、さすがドリームランカー、っていうか? プロすご! みたいな?」
「プロだなんて……そんな大げさなものではありませんよ」
「いやいやいや、そんなことないですって」
チームリーダーとして、トレーナー補として。
文字通り〈クエーサー〉を支えるウマ娘、それがカレンブーケドールさん。
「私だって、皆さんと同じ競走ウマ娘ですから」
「またまたぁ~」
「プレッシャーだって感じていますよ?」
「え、そうなの?」
レースというのは、プレッシャーの塊だ。
チームメイトやトレーナーからの期待、応援記事を書いた記者や横断幕を作ってくれるファンからの期待。
レースが始まってしまえば、そこにコース取りで物理的なプレッシャーをかけてくる対戦相手や存在感だけでプレッシャーを放つ鬼ヤバ競走ウマ娘と対峙することになる。
……いつも穏やかなブーケさんは、そんなこと気にしないと思っていたけれど。
「だって私が負けたら、スポンサーが離れてチームが破産してトレーナーさん路頭に迷っちゃいますし」
「あそういう?」
でも私知ってるよ。そういう時に手を差し伸べてブーケさんはトレーナーにヒモをつけちゃうんでしょ? うふふじゃないよ否定しようよブーケさん。
「でも」
でも、と。ブーケさんは控え室の鏡を見やる。
「でもしばらくは、私が勝てなくても破産はしなさそうですね」
「……」
ブーケさんが何の話をしているかというと、アイちゃんの話。
ブリティッシュ・チャンピオン・シリーズのフィリーズ&メアズを走り続けているアイちゃんは、このまま宣言通り対象レースの全部に出て、全部勝つつもりらしい。
もちろん、今のところは連戦連勝。てかしれっと愛英オークス勝ってるのヤバくない???
それでまあ、そうなってくるとチームにもたんまり賞金が分配されるわけで……。
「ですから、私はトレーナーさんとの約束を守って走るだけです」
「約束?」
オウム返しになった私に、ブーケさんは微笑む。
「ええ、トゥインクル時代からの大切な約束――――」
そう言って、胸に手を当てるブーケさん。
トゥインクル・シリーズ時代ってことは、トレーナーさんとブーケさんが
きっとそれは、大切な約束。私たち外野には秘密の約束。
「――――無事に、レースから帰ってくること」
あ、言っちゃう感じなんだ。
こういうのってこう、もったいぶるものでは?
「だって、この約束は〈クエーサー〉の方針と変わらないでしょう?」
「チームの方針と?」
「ええ。みんなが怪我なく、レースを走れること」
「あ、言われてみれば……」
私が転けた時も、クロノちゃんが大逃げするって言ったときも。
トレーナーさんは、常に競走ウマ娘が怪我しないかを心配している。
「心配性なんです。あのヒト」
でもそれって、トレーナーの姿勢として正しいのかなぁ。
だってトレーナーって、競走ウマ娘を勝たせるためのものだよね?
……いやまあ、うちはあくまで名義貸しチームなのかもだけれどさ。
でも正直、名義貸しってもっとこう、悪いイメージがあったから。
それに。
模擬レースの報酬としてトレーナーさんにトレーニングとレース指導をつけてもらって、分かったことがある。
「トレーナーさんって、めちゃくちゃ優秀ですよね?」
だって、あんなに1勝目を苦労した私に、一発で2勝目を挙げさせちゃう。
短期間で最大効率の、そしてレース当日にピークを持っていく完璧な鍛え方。
「名義なんて貸さなくても――――」
「誰かが名義を貸さなきゃいけないんです」
だって学園に所属するウマ娘より、トレーナー資格者の数の方が少ないですからとブーケさん。
もちろん、そんなこと分かってる。
そんなつらーい現実を思い出してしまった私は、彼女の視線がほんの少し外されていることに気付けない。
「
そういう選択肢。
それは、未出走か未勝利、どちらを選ぶかって選択肢。
勝った私には、もう当てはまらない選択肢。
「チーム部屋においてあるお花があるでしょう?」
うん? あ~ありますね。
トレーナーさんの机の上にちょこんと置かれてるアレね。
「あのお花、私が選んでるんです」
うん。他に誰が選んでるんだよって話だよね。
「本当は、どんなお花も美しいのに。けんめいに咲いているのに」
私はその中から、選ぶんです。
カレンブーケドールさんは言う。
「チームは花瓶。どんな花を生けるかで、見た目も、匂いも変わります」
トゥインクル・シリーズで有名になる競走ウマ娘のほとんどがチームに所属している。
そして有名なチームには選抜レースや、一風変わったスカウト方針がある。
そこで才能を示して、トレーナーの目に留まったウマ娘だけが、競走ウマ娘になれる。
「そんな中で、トレーナーさんは選ばないというスカウト方針を取りました」
「
首を傾げる私に、ブーケさんは微笑む。
「トレーナーさんは、スカウト行為を一切しません」
するとヒシミラクルさんのように、このチームを探して、見つけたウマ娘だけがやってきます。
「そのウマ娘を受け入れる。それがトレーナーさんのスカウト方針です」
「……な、るほど?」
それってスカウトっていうのかな?
チームの存在を見つけること自体がテストだったりして?
「誰も目にかけないようなお花を、それでも咲きたいと願うお花を」
そんなウマ娘の受け皿となる。
それがチーム〈クエーサー〉の方針なのですと言うブーケさん。
うーん。いい話っぽいけれど……。
「でも、基本的には破産しそうなんですよね? やっぱりそれって、方針としては失敗しているんじゃ……」
「そうなんですよヒシミラクルさん。チームの収支を考えるとね?」
お月謝、あと2割くらいは吹っかけてもいいと思うの。
「い、いや。それはやめて欲しいっていうかぁ~……未勝利ウマ娘にとっては辛いと思うんですよ?」
「って、あのヒトも言うんですよ。こんなに安いのに!」
…………こ、このヒトも大概、お金にうるさいんだよなぁ。
いやね、分かるよ?
お金がなきゃチームは運営できない。
遠征費に登録料。施設利用費に保険料、そりゃ~たくさんあるんでしょうよ。
いやあでもさぁ。
トゥインクル・シリーズって。
ドリーム・トロフィーって。
もっとこう、こう…………さぁ?
「ですけれど。私は
「んー、そうなんですけれどねぇ~……」
そうして、チーム〈クエーサー〉所属のカレンブーケドール選手はサマードリームトロフィーの2回戦を突破。
1着を逃したとはいえ怪我なく