小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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第25R 何かやっちゃいました?

 

 

 ――――貴女の走りをみさせてくれないかなっ!?

 

 

 

「ん~、どうしよう?」

 

 

 夏合宿中のチーム〈クエーサー〉。割り当てられた宿舎の談話ブースにて。

 

 小さなテーブルの上に置かれているのはレース場でもらった名刺。

 そこには私に声をかけてくれたトレーナーの名前と、チーム名に免許番号――――そして連絡先が書かれている。

 

 この連絡先にメールか、電話をすれば。

 私はスカウトに、応じたことになる。少なくとも応じる意思を見せたことになる。

 

「……え、なんか。ヤバ」

 

 どうしよ。本当にヤバい。

 

「う、うっ……――――」

 

 

 ああ、これって。

 これって!

 

 

 

「――――うふ、うふふ」

 

 うふふふふふふ!

 うひゃひゃひゃ!

 

「よっしゃあ!」

 

 思わず声が出てしまう。

 あ~やば! スカウトされるってこんな気持ちなんだ!

 

 なんていうか、晴れやかで、全部が吹き飛ぶみたいな爽快さで。

 こうなんていうか、なんていうか!

 言葉にならないけれど、この言葉を全身で表現したいっていうか!

 

「ふんふんふん~♪ 喜びの舞い~~~」

「あら。もしかして新しいトレーニング法かしら」

「やだなぁアイちゃん。そんな私がいつでもトレーニングしてると思ったら大間違いで、す……よ…………」

 

 おっと。

 

「……みてた?」

「ええ」

 

 そっかぁ。

 

「いやぁなんというか。スカウトされたみたいな? で喜んじゃったていうか~」

 

 私が理由を説明(言い訳)すると、アイちゃんはよく分からない表情をする。

 

「あれ。スカウトされたら嬉しいよね?」

「いいえ。だって契約しなければ意味ないわよね?」

「え? いやまあ、それはそうだけれど……」

「それに、スカウトなんて良い走りを見せたらくるものでしょ?」

 

 いやいやいや、良い走りて言いますけれどね。

 そんなホイホイスカウトが来るわけ……。

 

「来たわよ?」

「来たんだ?」

「あら? 言ってなかったかしら?」

「えっ、と……どうだったかな……?」

 

 言われてみれば、そんなこと言ってたような……あれ?

 

「スカウトされてるなら、どうして名義貸しチーム(こんなところ)に?」

「ここなら世界に挑戦できるでしょ?」

「そうなの?」

 

 あれ。でも言われてみれば確かにアイちゃんは愛英に渡ってブリティッシュ・チャンピオンズシリーズに出場できている訳で……。

 

「スカウトしてくれたトレーナーたちにも海外遠征の話はしたわ。けれど、クラシック期から遠征することを前提にしたトレーニングプランを示してくれたトレーナーはいなかったの」

「まあ、そりゃ……いないよねぇ……」

 

 だって海外で通用するかも分かんないし。

 それなら、まずは国内クラシックレースを走らせてみて、いけそうなら海外挑戦っていうのが普通の流れだよね。

 

「だから〈クエーサー〉にしたの。だってここのトレーナー、トリニティ・カレッジの出身でしょ?」

「でしょ? と言われましても……」

 

 えー検索検索。ほーん、あホントにあるんだトリニティ。

 

「トリニティ・ユニバーシティカレッジ――――TCD(ダブリン大学)は愛英でもケンブリッジやオックスフォードにならぶ古豪の大学よ。それで、愛英がレース先進国で貴族社会なのは知ってるでしょ?」

「あ~、それで伝手を持ってるから、海外遠征もしやすくなるって寸法かぁ」

 

 そういえば、ファインちゃんと横田に行ったときもトレーナーさんと知り合いな愛英貴族のヒトいたっけか。

 

「…………てことは、アイちゃん全部知ってて選んだの?」

「ミラクルもそうよね?」

「え? 違うけど???」

「???」

 

 いやそんな顔しないでよ。

 

「私の場合は、スカウトなしで入れるチームが他になくて」

 

 それでまあ? 他に選択肢がなかったっていうか?

 

 あーあ。自分で言ってて情けないよね。

 片やスカウトを自分の目的に合致しないから断ってきたウマ娘。片やスカウトされないのでやむを得ず名義貸しチームに入ったウマ娘。

 

 やっぱりさ。

 ライバル名乗れるほどじゃないんだよ。私ってば。

 

「それは違うわ、ミラクル」

 

 いい、よく聞きなさいとアイちゃん。

 

「あなたは努力できる。それは紛れもない才能よ!」

「そうかなぁ~」

 

 でも私ってば効率悪いよ? まわりの皆よりエンジンかかるの遅いって言うか……周りがやってるから、やっとかなきゃみたいな?

 

「でも、あなたは最後までやり抜くじゃない」

「そりゃまあね?」

 

 だって「なにもしてないのにレースに勝てません!」は無理あるじゃん。

 それはもう、何もしてないからレースに勝てないわけで。

 

 やることやったうえで、それで上手くいかないから困ってるんだ。

 私だけじゃない。ハートちゃんや、ロンも、困ってる。

 

「ごめんね、アイちゃん」

「? どうして謝るの?」

「んー。なんていうか。今からするのは、愚痴っていうか」

 

 一応の前置きをしてから、私は言葉を探す。

 

「……努力できるのって、たぶんスタートラインなんだよ」

 

 少なくとも、学園(トレセン)ではそこがスタートライン。

 生まれ持った素質は当たり前。お母さんやお祖母ちゃんが重賞ウマ娘なのは当たり前。親がお金持ちなのも、地元で負けナシなのも、有名なウマ娘育成学校を卒業しているのも――――

 

 

「――――全部が必要って訳じゃないけれど、みんな()()()()()()()()

 

 

 そして。

 それはスタートラインに立ったことには()()()()

 

「私さ。ずっと不思議に思ってたんだ。なんで選抜レースで勝たなきゃスカウトが来ないんだろうって」

 

 学園に所属する多くのウマ娘は、選抜レースで走りを見せてスカウトされる。

 だから、選抜レースに出られないからスカウトされていないウマ娘がいたり……逆に選抜レースに()()()ことでスカウトを避けているウマ娘がいる。

 

「でも『ルール』だから。しょうがないやって模擬レースで勝って選抜レースに出ようとしてさ。でも模擬レースでも全然勝てなくてさ」

 

 スカウトもされずに学園卒業しちゃうのかなぁって考えたとき、思ったんよ。

 なんのためにトレセン学園入ったの? って。

 

「でさ。それで今さら学園卒業の肩書きをどう活かすかなんて考えてるの。おっそいよね、ホント」

 

 だけれどさ。それでも。

 私はスカウトされたんだよ。ようやく。

 

「私がスカウトされなかった理由、よーやく分かったよ」

 

 走ってなかったから。

 走らず、模擬レースで連敗して、コースのすみっこで練習だけして。

 

 

「正しい努力をしていたかどうかは、走ってみなくちゃ分からない」

 

 

 それで、走ってみたから。

 私にもようやくスカウトが来た。

 

「……ミラクル」

 

 アイちゃんは私のことをジッと見ている。

 眩しいくらいの星を湛えた瞳で、じいっと見てくる。

 

「あなたって、もしかして自分に自信がないの?」

「ナイナイ。あるわけない」

 

 こないだのレースで1番人気になったのだってメチャメチャきつかったし。

 なんで1番人気なんかにしてくれるのさぁ! って感じだったし。

 

「でもさ。それでも思っちゃったんだよ。私はどこまでいけるかなって」

 

 まあダメだったら引き返せばいいし、そのくらいの気持ちでいこうって思ってるけれどさ。思ってたけれどさ。

 

「でもなんか、スカウトされたらさ。やっぱ私ってば、スカウトされたかったんだなって」

 

 

 そう、思ったんだよね。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「えーども。ヒシミラクルっていいます。あーと、2勝クラスで、今はチーム〈クエーサー〉所属です」

 

 えっと……あとはよろしくって言えばいい感じかな?

 そうやって頭を下げると、パチパチパチと一応の拍手。まあ、このチームはトレーナー含めて3人しかいないから、小所帯って感じだね。

 

「ウヒョ~! スポットとはいえ我らがチームに来てくれて感謝感激雨あられなのです! 私はアグネスデジタル、お気軽にデジたんとお呼びくださいませっ!!」

 

 モーレツな早口言葉を繰り出してくるのはデジたんさん。ちなみに芝とダートの中央G1を両方制覇したことのある超実力者。

 

「ほんっっっと! 来てくれてありがとうねヒシミラクルさん! デジタルは休養中でウオッカはデビュー前だから、あなたのことを全力で指導することを約束するわ!」

 

 そしてフンスと息巻くのは私のことをスカウトしてくれたトレーナー。

 

 結局私は、考えた末にスカウトを受けてみることにした。

 お月謝の都合とかもあるので、いったんは〈クエーサー〉に籍を残したままスポット指導としてお世話になることに。

 

 上手くいけば正式に籍を移して……私も、普通の競走ウマ娘になれるかも。

 

 

「それで、スポットである以上は早速次のレースについて話をしたいのだけれど……その前に」

 

 そう言いながらトレーナーはパッと紙を広げる。机の上に広げられるのはでっかいA3用紙。そこにはスゴロクみたいな感じでカラフルなマス目が並んでいる。

 

「貴女のレースプランを作ってみたの!」

「ほぉ~レースプラン。なんかプロっぽいですねぇ!」

 

 えーなになに、まずは9月の神戸新聞杯に格上挑戦……格上挑戦!?

 

「えっ、いやいやいや……なんで格上挑戦なんですかぁ!?」

 

 それって不利じゃん!

 まだ3勝クラスにもなってないのに、いきなりオープン戦、それも重賞!?

 

「なんでって。神戸新聞杯まで2ヶ月と少ししかないのよ? ここで素早く調整しないと菊花賞に間に合わないでしょ?」

「え? え? 菊花賞?」

 

 なんで菊花賞なんです???

 

「あれ? ヒシミラクルさんってクラシック路線よね?」

「いやまあ、それはそうですけれど……」

 

 あれは単純に長距離の方が得意そうだから、秋華賞(2000m)よりは菊花賞(3000m)の方がいいかなってだけの話で…………。

 

「あの、あのあのトレーナーさん。えっとですね? 私はそもそもクラシック登録していなくて……別にオープンまで上がれればいいかなって感じで……」

「大丈夫! 神戸新聞杯で優先出走枠を勝ち取れば確実に菊花賞に出られるし、登録はそこからしても間に合うから!」

 

 いやうん。それは〈クエーサー〉で一通り聞いてるのでいいのですが……。

 てかしれっとクラシック登録料と賞金の話をとばしたね。そういうもんなのかな?

 

「いえでも、せめてもう少し小さなハードルというか、まずは3勝クラスになってからでもいいんじゃないですかね……?」

「うーん。貴女がそう言うならそうするけれど。私としては神戸新聞杯に向けて腰を据えて取り組むのがいいと思うの」

 

 今は夏合宿でしょとトレーナー。

 まあ確かに、夏合宿期間中もレースに出るって考えようによっては損なのかもだけれど……いやでも、ローテ(そこ)はちゃんとハッキリさせとかないと。

 

「あの。トレーナーさんは私が菊花賞で勝てると思うんです?」

「勝てる」

 

 そう思わなかったら、スカウトしないわ。

 トレーナーは、ハッキリとそう言い切った。

 

「……そ、そうすか……」

 

 クリスエスちゃんや、ギムレットちゃんが相手でも?

 ――――聞いたところで「勝てる」って言われて終わりだよねぇ……。

 

 あ~、この感じはなんというか。噛み合ってなさそう。

 アイちゃんの言ってたスカウトされても、っていうのはこういうことなのかなぁ。

 

 でもでも。

 菊花賞で勝てるって、期待してくれてるし……。

 なにより、私をはじめてスカウトしてくれたヒトだし……。

 

「……大事なのは、神戸新聞杯への調整を済ませることなんですね?」

「その通り。どうしたの?」

「なら。8月初旬に3勝クラスに上がって、そこから調整じゃダメですか?」

 

 正直、抽選とかも厳しいと思うんですと言えば、トレーナーは複雑な表情。

 ……うん。ちょっとトレーナーには悪いけれど、聞いちゃおう。

 

 

「2、3週間じゃ。調整が間に合いませんか?」

 

 

 私の、チーム〈クエーサー〉の名義貸しトレーナーはそれをやってのけた。

 だから……このくらいは、私からも試させてください。

 

「分かったわ。じゃあ、ヒシミラクルさんには悪いけれど……詰め込み式でいくわよ」

「はい。そうしてください」

 

 精一杯の頑張るって気持ちを詰め込んで、答える。

 生意気な競走ウマ娘でごめんなさい。けれど私だって、真剣にオープンウマ娘になりたい。

 無理して神戸新聞杯に出るより、目の前の3勝クラス昇格が欲しいんです。

 

 そしてトレーナーは、分かったわと受け入れてくれた。

 

「じゃあ早速、貴女の普段やっているトレーニングを教えてくれる?」

「はい。ええと……――――」

 

 

 それから私の普段のメニューを話していくと、みるみるうちに顔を青くしていくトレーナーとウオッカさん。

 ちなみにデジたんさんは顔色レインボー、それはどういう原理で光ってるの???

 

 

「……とまあ、こんな感じです」

「…………そ、そう。ありがとうヒシミラクルさん」

 

 え? え?

 なんでそんな表情してるの? 私なんか変なこと言っちゃった?

 

 どうやら変なことは言っていたみたいで、真っ青になっていたウオッカさんがハッと目をしばたいてから私を指差した。

 

「え、えええエッグ! こんなメニュー毎日こなしてるんですか先輩ィ!?」

「いやいや、このくらい。どこのチームもやってますよね?」

「やってねえよッ!!!」

 

 えそうなん?

 

 あれ? あれれ?

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「…………てなわけで、戻ってきちゃいました」

「随分早かったな。まだ一週間も経ってないだろ?」

 

 なにかトラブルでもあったのかとトレーナーさん。

 

「いやその、なんていうか……ちょっと相性が悪いかなと思って」

「そうか」

 

 それだけ言って、トレーナーさんはパソコン画面に視線を戻す。

 うん、まあ。こんなもんだよね……名義貸しって。

 

 

「(けれど、練習しすぎ……かぁ……)」

 

 

 やっぱり練習の効率が悪いのかな。

 私がもし本当に練習しすぎなら、練習しすぎのクセに未だに2勝クラスってことで……つまりは、努力の仕方が間違っているってことになるわけで。

 

 けれど、スカウトしてくれたトレーナーには悪いけれど。あんなトレーニングメニューで勝てる気がしないんだよね。やっぱり。

 それになにより、G1を勝って当たり前みたいな感じが、やっぱり肌に合わないっていうか……ちょっとイヤだった。だから断っちゃった。

 

 

 ……もったいないこと、しちゃったかな。

 ハートちゃんやロンがこのこと知ったら、なんて思うんだろ。

 

 

「スカウトされれば、それで全部解決ってワケじゃないんだね」

 

 

 アイちゃん。私すこしだけ、あなたに近づけた気がするよ。

 そんな、何も進まない夏のある日のことでした。

 

 

 

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