小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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第26R レベルが違うねぇ!

 

 

 

 夏合宿はとにかく続く。

 

 太陽が昇るのと一緒に目を覚まして、もうすでにウンザリするくらいに暑い空気の中でストレッチ体操。朝のラジオ体操全欠席の記録を持つ私にとってはもう大変。

 

 朝食を済ませたら、食休み……ではなく自習時間。

 目覚めて2時間という頭のゴールデンタイムにトレーナーさんが叩き込んでくるのは数学! アイちゃんからは英語がシューーーット(Shooooooot)

 

 そして消化が進んで眠気が出てきたら……トレーニングっ!

 

「とれせぇーん! ふぁい!」

「「「おー!!!」」」

「ふぁい!」

「「「おー!!!」」」

 

『第3区間通過。マイル・短距離組は加速しろー! 第4区間は30秒で通過! 中長距離組は40秒!』

 

 そしてトレーナーさん、施設が整ってるのをいいことに指示がメチャクチャ細かい!

 なんでこんな指示が出来るかといったらスマートウオッチでペースとか心拍数が全部把握されてるんだとか、なにそれハイテクすぎない?!

 

「ていうかアイちゃん……っ! この学校の生徒さんたちっていつもこんな環境で練習してるわけ!?」

「そうよっ! 私たちは世界に通用するウマ娘になるんだからッ!」

 

 単に走るだけでも走るだけじゃない。積み上げられた知見と豪華な設備がもたらすハイレベルな練習環境。

 そりゃ、この学校の生徒ばかりがトゥインクル・シリーズで活躍するのも納得だよ。

 

「ていうか、さすがにこれはズルじゃありません?」

「それは違うぞ。ヒシミラクル学生」

 

 息を整える中で吐き出した私の愚痴に、トレーナーさんは涼しげな顔――――さっきまで冷房の効いた部屋に居たんだから涼しいでしょうね!!!

 

「確かに、この私学校の卒業生たちは周りよりも一段階上の基礎を持ってトレセン学園に入学するかもしれない」

 

 しかし実際のところ、本格化前のトレーニングはそこまで大きな差をつけるものにはならないんだ。

 

「えぇー本当かなぁ……?」

「じゃあ聞くが、きみ小学校の算数は得意だったか?」

「算数です? 得意というか、小学校の問題は簡単に解けますよね?」

「なら数学は? 四則演算(+-×÷)とかの基本は算数と同じだな?」

「いやいやそれとこれは話が……あー……」

 

 そういうことすか。私は納得。

 つまり同じ勉強であっても、求められるモノが違うと。

 

「算数は数学の『前提』だ。だから算数ができないなら数学はできない」

 

 しかし算数ができるから、数学もできるとは限らない。

 トレセン入学は算数ができること、トゥインクルでの活躍は数学ができること……。

 

 

 それはきっと、トレセン学園の「普通」が普通じゃないって話だ。

 

 

「……ていうか、なんでもかんでも数学に例えないでもらっていいですかね?」

「ならヒシミラクル学生。アルファベット26文字は書けるな?」

「ちゃうちゃう! 勉強の話に例えないでって言ってるんです!!」

 

 あたまパンクしちゃうよ~!

 

「大学受験を狙ってる学生に勉強の話をして問題が?」

「うわマジレスやめてくださーい」

 

 いやまあ、だから学科試験の勉強も真面目にしてるんですけれども。

 

「トレーナーさん。私の目標って『オープン昇格』じゃないですか」

「そうだな」

「それで、オープン昇格で成し遂げる目的が『競走ウマ娘枠を利用した大学受験』じゃないですか」

「志望校の受験資格がオープンウマ娘であることだったなら、そうだな」

「ええはい。だからオープン昇格したら、なくなっちゃうんですよね」

 

 走る理由が。

 

「いいんじゃないか? オープン昇格したら、そこで走るのをやめても」

「うえっ?」

 

 いやそこまでの極論じゃないというか……。

 

「もったいなくないです?」

「きみがそう思うなら、引き続き走ればいい」

「……」

 

 うわ出た。出たよトレーナーさん。

 こういうとき、このヒト徹底的に明言を避けるんだよなぁ……。

 

「じゃあ『一般的な』トレーナーなら、どうするんです?」

「そりゃあ、オープンに昇格したら重賞挑戦だ」

 

 それ以外は選択肢としてあり得ないとトレーナーさん。

 ……だったら、そう言ってくれてもいいじゃん。

 

「ヒシミラクル学生。きみが欲しいのは『答え』じゃないんだろう?」

 

 私の不満を諭すように、トレーナーさんが言う。

 

「スカウトされて、体験指導(スポット)を受けて、それで相性が悪かったときみは言った」

 

 ならそれは、ヒシミラクル学生とそのトレーナーの間に、契約に至れないような『溝』があったんだろう。

 そこを深掘りすれば、なにか見えるかもしれないぞとトレーナーさん。

 

「……分かったようなことを言いますね?」

「オトナというのはな、分かったフリをするのが得意なヤツらなんだ」

「いや分かってないのバレバレですけれど」

「あと、個別の進路指導って結構しんどい」

「それ言っちゃいます!?」

 

 でも、それでも夏合宿は。夏合宿は「特別」だから。

 去年と同じように少しだけ時間を割いてくれるんだよね。

 

 支払ったお金相応の、軽い指導だけかもしれないけれど。

 それでもトレーナーさんが、真剣に私のことを考えてくれる。

 

 だからその機会(チャンス)を賢く使うために、考えとかないとなぁ……。

 

 

 私がどこまで走るのか。

 どこまで走っていけるのかを。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 そうして日が暮れて、一日のメニューが全部終わって。

 

 お風呂を上がったあとが僅かな自由時間。就寝直前は英文法書を見ることで眠気を誘う予定なので、携帯とかを弄れるのはこのタイミングだけ。

 

 部屋に敷かれた布団にぽふんと寝っ転がって~。枕を支えに携帯を横向きにして~。

 それでいつも通りのアイコンをタッチ、アプリを起動!

 

 

『……このチャンネルでは軸ウマ娘を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも予想かと思う諸君が多いかもしれん』

 

 そしてまあ、惰性のようにオススメされたチャンネルの最新投稿を視聴。

 ていうかこのチャンネル、この前口上いつもやるんだよなぁ……。

 

『フツフツと沸く対抗、ユラユラと立ち昇る紐、記者予想の中を這いめぐるオッズの繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……』

 

「いや長いて」

 

『諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。吾輩が教えるのは、本命を瓶詰めにし、穴ウマ娘を醸造し、単勝1.1倍にさえ蓋をする方法である』

 

「ミラ子ーなに見てんの?」

「あ、ハートちゃん。これ変だけどタメになるんだよ~」

 

『ただし、吾輩がこれまでにボックスで買ったトリガミたちより諸君がまだマシであればの話だが…………』

 

 前口上が終わると、画面内の未確認生物(UMA)の被り物を被った投稿主が本題であるG2札幌記念の展開予想について話し始める。

 

「なにこれ」

「レース予想チャンネルってヤツ」

 

 ウマチューブに転がるたくさんの投稿者のひとつである「生涯収支ぷらす11億円」さんが私の見ている動画。急に穴ウマに傾倒するところがなければ、普通にレース展開とかの話は聞いててタメになるんだよね。

 

「……なんか、公私ともにレースって感じね」

「ええ~? こんなのサボってるだけだよぉ。どうせ札幌記念(この動画の予想)も外すだろうし」

「ハズレる予想みてどうするの?」

「いやまあ、展開予想は当てになるし……メン限の平場予想は結構あたるらしいよ?」

 

 コミュニティに入るお小遣いなんてないので知らんけど。

 

「ふーん……」

 

 ハートちゃんの微妙な相づち。

 あんまり興味がないのか、そのまま引っ込んでいってしまう。

 

 そういや、最近はハートちゃんとレースの話してないな。

 ていうか、元々レースの話なんてしてないっけ。

 

「…………み、ミラクルさん?」

 

 と、私の耳に届くのは聞き慣れた声。

 振り返ればそこには芦毛のウマ娘。

 

「ん? どったのクロノちゃん」

「え、あ。いえ、その動画って」

「うん? 生涯収支ぷらす11億円さんの札幌記念予想だけど。クロノちゃんも見る?」

「……ええ。そうですね、この方の動画はタメになりますから……」

「だよね~! 穴ウマさえ狙わなきゃもっと当たると思うんだけれど」

「それじゃ面白くないですッ!」

「え?」

「あいえ、動画にはエンタメ性が大事ですから! ですよね?!」

「そうかな……そうかも……」

 

 エンタメ、エンタメねぇ……。レース場で差せ差せ言ってるウマチューバーの動画とかも再生数まあまあ伸びてたっけ。あれって楽しいのかな?

 

「あら? 2人ともなにを見ているの?」

「次の札幌記念の予想動画だよー」

 

 とそこにお風呂あがりのアイちゃんもやってくる。私が布団から起き上がってスマホを見せると、こんなのもあるのねと興味津々のご様子。

 

「札幌記念? G1だったかしら?」

「いえ。札幌記念はG2ですが、界隈ではスーパーG2と呼ばれる比較的有力な選手が集まることで有名なレースですね。URA加盟レース場としては珍しい洋芝を導入していることで海外選手も参戦することが多いんです。ちなみに、昔の札幌レース場にはダートコースしかなくて、札幌記念は夏のダート王者決定戦としてかなり存在感のある重賞だったんですよ!」

 

 相変わらずクロノちゃん楽しそうだねぇ。

 

「そういえばさ、クロノちゃんって9月デビューだよね?」

 

 動画を見つつ私の隣に寝っ転がったクロノちゃんに話しかければ、なんか顔の赤いクロノちゃんはコクリと頷く。

 

「夏合宿が終わったら、すぐの予定です」

「そっかぁ、いよいよだね」

 

 まあ、クロノちゃんならあっという間に未勝利脱出するんだろうけれど。

 

「そういや、クロノちゃんは目標とかあるの?」

 

 なんか確か、歴史に名を残す的な感じのこと言ってたよね。

 

「そうですね……まずは1勝、それから先は、適正をみつつという感じでしょうか。ただ……」

「ただ?」

 

 ちょっと言葉を濁したクロノちゃんは、両手を広げる。

 

「?」

「その、本格化を迎えても……バ体がちょっと貧相なんですよね」

 

 んん? ()体が貧相?

 ていうか身体のことバ体っていうの、なんかレース予想系ウマチューバーみたいだね。

 

「そうかしら?」

 

 首を傾げるアイちゃん。まあ確かに、クロノちゃんはちょっと小さい方な感じはするけれど、別に貧相ってほどじゃないと思うんだけれどなぁ……。

 

「いいえ。骨格に筋肉がついてくるという大前提がある以上、体格の貧相さはそのまま競走能力に響いてくると思うんです。確かに、体格の充実度合いに関しては生来のものですし、そのハンデキャップを埋めるためにクラシック・ティアラの路線が分離されてきたという歴史もあります。けれども……――――」

 

 うんぬんかんぬんと話を続けていくクロノちゃん。

 体格の違いを表現する度にぶんぶん腕を振るから生地の薄い夏用パジャマがふわふわ跳ねる。

 そしてアイちゃんは相づちを打ちつつ真剣に聞く。

 大きな胸の前で組まれた腕。左手親指と人差し指はアゴに添えて、考えるヒトのポーズ。

 

 

 ……そして私は、ゆるーいお腹周りをそっとひとつまみ。

 

 

「私の課題って、やっぱり筋肉かなぁ……」

 

 いや言い訳はさせて?

 ちゃんと鍛えてはいるんよ??

 

 ただまあ、こうなんていうか。

 世の中上手くいかなくてですねぇ……。

 

 

 

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