濃密なトレーニングにスカウトやらなんやら、色んなことがあった夏合宿も最終日。
お世話になった私学校の皆さんにお礼を言って。
空港のお土産コーナーで色々買い物、限定品やらに舌鼓を打って。
そうしてあとは飛行機に乗れば、夏合宿が終わる。
夏合宿が終われば――――そう、夏休みが終わる!
「イヤ~! 終わらないで夏休み!!」
「そうですね。私も、もう少し調整したかったのですが……」
あっ、クロノちゃん。マジレスやめてね?
今のは夏休みが終わるときの定型文だから。
「うん? 調整?」
「はい。メイクデビュー、9月の第1土曜日に決まったので」
ほーん。9月の第1土曜日……ってもうすぐじゃん!?
確かに夏合宿終わったらすぐとは言ってたけれど、こうやって聞くとメチャクチャ早いね。
「じゃあ帰り便の航空券配るぞ~」
そうしてトレーナーさんがポンポンとチケットを配っていく。
流れるように私にもチケットが渡されて、隣のアイちゃんはスルー。
「あれ。アイちゃんは?」
「私はコッチよ」
ピシッ! と人差し指と中指で挟んだ国際線チケットを見せびらかすアイちゃん。
そういえばアイちゃんは愛英ブリティッシュ・チャンピオンズシリーズに挑戦中だったね。
で、次のG1レース〈ヨークシャーオークス〉に向けて愛英に戻ると。
「頑張ってね」
「もちろん」
当然でしょと言わんばかりのアイちゃんとバチッと視線を合わせる。
まあ合わせるだけなら誰でも出来ますからね~。やっぱ応援されて嬉しくないってことはないだろうし。
うん?
「えっなんの音?」
「あの足音、聞き覚えがあります」
「クロノちゃん?」
真剣な表情で人混みの向こうへと視線を注ぐクロノちゃん。
というか足音の聞き覚えってなに? 聞き覚えがあるのは声の方だよね?
「でも、
「え~そうかなぁ~?」
「ほら、きますよ」
「いやいや、んなキリッとした顔つきで言われても」
「とおっ!」
「おうわあっ!?」
いきなり目の前に降り立ったのはウマ娘!!
よろめく私、支えてくれるクロノちゃん。
なぜか「10」と書かれた札を掲げるブーケさん。
「おはマイルー!」
なんて???
「……おはマイルー、です。ほら、ミラクルさんも」
「えっえっ? おはマイルてなに?」
ちょこっと恥ずかしそうに返すクロノちゃんに促される。
え、多分挨拶……なのかな? じゃあとりあえず返しとこうかな。
「おはマイルー」
「~~~! ありがとうございますッ!」
なんか感激されちゃったよ。何この子?
ウマ耳の先からつま先まで元気いっぱいって感じだね。うん。
「あっ、そういえばミラクルさんは初めてでしたね」
紹介しますねとクロノちゃん。快活ウマ娘の彼女の横に丁寧な所作で立つ。
……こうやって比べると、やっぱりクロノちゃんは理知的で清楚なウマ娘として学園では通っているんだな~と私はしみじみ。
「こちら、グランアレグリアさん。先日デビューしまして、私の同期にあたる方です」
「ですです!」
おお~同期か~いいねぇ~。
「私はヒシミラクル。よろしくね」
それにしても空港で他の学園生に会うなんて珍しいね。
あ、でも夏休みが終わるんだし帰りが被ることは全然あるか。
「じゃあ、グランアレグリアちゃんもこれから学園に帰る感じだ」
「いえ! なんだかアイ先輩がいる気がしたので来ました!」
「うん?」
来ました?
「えっ来たの? いま?」
「はい!」
うわーお。
しかもこの子いま「アイ先輩」って言ったよね。
つまりはこの子、アイちゃんに会うためにやってきた訳だ。わざわざ東京のトレセン学園から遠く離れた、ここ新千歳空港まで。
「アイちゃん、すごい人気だねぇ」
「いいえ。彼女は――――」
アイちゃんが注ぐ視線は、真剣そのもの。
グランアレグリアちゃんの口角が、ちょびっと持ち上がる。
「先輩、大活躍ですね」
「ありがとう。あなたのお話も聞いているわよ? メイクデビューのレコード更新おめでとう」
は? レコード更新?
「はい! まずは1勝です!」
「なッ――――! いいえ、私はまだ負けていないわ!!」
えっ、いやいやいや……。
アイちゃんがいつもの負けず嫌いを発動しているけれど、そういうのじゃないよね?
「クロノちゃんクロノちゃん。もしかしてこの子、とんでもない逸材?」
「はい。グランさんはアイさんと同じ私学校のご出身で、私学校時代から互いをライバル視しあっていたそうです」
「お、おお……」
「ちなみに雑巾がけS(板・反復・20m×80)の勝敗は2勝差以上の差がついたことがないとか」
「その情報はなに?」
まあでも、そういう競走に晒される環境がアイちゃんを強くしたのかな。
そんなことを考えつつ2人の煽り合いを眺めていると、グランちゃんがマイルと咳払い……マイルって
「今日、私はアイ先輩を応援するためにきました」
「あら、そうなの? ありがとう、素直にうけとっておくわ」
「勝ってくださいね」
「もちろん。そして――――」
「「
バチバチッ! と音がしそうな位の圧力!
これがライバル――――ホンモノの、ライバル!
「よしっ、じゃあ私はこれで!」
「ええ。次に会うときは、ターフの上よ!」
そしてくるっと踵を返すグランちゃん。
えっ帰るの? せっかく千歳空港まで来たのに?
「問題ありません、だってマイルが貯まりますから!」
「あーマイルね。貯まるよね飛行機乗ると……」
「それでは~!」
「あうん、じゃあねぇ~」
え?
「そんな理由で?」
口に出すけれど、すでにグランちゃんは人混みの中に消えていた。
え、あれ? これ私がおかしいのかな?
「クロノちゃん、頑張って!」
私は携帯の小さな画面に表示されるレースの配信画面に声をかける。
まあ届くわけないんだけれども。こういうのは応援してるのが大事なワケで(そもそも現地に行ったところで声届かないしね)。
あ、ちなみにここは学生寮の部屋です。
流石にねぇ、小倉レース場はねぇ……遠いよね。レース出走者で公欠が使えるクロノちゃんと違って、私は夏休みの宿題を出さないとだから北海道からいったん東京に戻らないといけないから……。
「あれ? クロノちゃんは北九州に直行した訳だから……夏休みの宿題あとから出せばいいのかぁ~ズルいなぁ」
「夏休みの宿題が終わってないって騒ぐのはミラ子先輩くらいだと思いますよ?」
ダンツちゃん、その言葉は深く私の胸に刺さりましたよ。
「ぐさー、うへぇ~」
お陰で今日の私はもう英文法の勉強をするつもりにもなりません。
『1番人気クロノジェネシス収まります。つづいて4番、6番……』
そんな私を置いて、レース実況はつらつらと続けていく。あっという間に全員が収まって、ゲートが開く。
「デビュー戦から1番人気なんて、すごいよねぇ」
……そういえば、アイちゃんも1番人気だったっけ。
それはつまり、それだけのヒトが、そのウマ娘が勝つと信じているってことで。
クラスの人気者とかそういうのではなく、本当の人気。
そりゃあね。
ウマチューバーとかもみんな本気で予想して、収支がどうの回収率がどうのって話してるもんね。
それで、まだ走ったこともないメイクデビューで、1番人気を掴む…………。
「うん? ありゃ?」
「どうしたんですか? ミラ子先輩」
「えっ、あー……1番人気ってなにで決まるのかなって」
「?」
それは投票で決まるんじゃ? とダンツちゃん。
えーと、これは私の質問がよくないかな。
「ほら、メイクデビューって前走の結果とかないじゃん? それで予想するのって難しくないかなって」
「言われてみれば……でもなんで急に?」
「え急に?」
いやそりゃレースなんだから人気は気になるよね……?
……や、ちょい待った。人気って別に競走ウマ娘には関係ないよね。
だって投票も払い戻しもラチの向こう側、ターフとスタンドを隔てる壁で明確に隔離されている訳で。
別にどんな人気のウマ娘が勝っても同じ。賞金もトロフィーも変わらない。
「あーいや、ごめん。私の気にしすぎかも」
「大丈夫ですか?」
「あんまり大丈夫じゃ、ないかなぁ……」
人気は走りに関係ない。
そんなこと、分かってるハズなんだけれどな。
この間1番人気になったときもしんどかったし。
今も、こうして気にしてる。
「……スカウト、されたんだよね」
「え?」
突拍子のない私の言葉に、ちょっと困ったダンツちゃん。
私はそのまま言葉を流していく。
心の中の重しを、落とすように。
「嬉しかったんだ、本当だよ」
――――勝てると思わなかったら、スカウトしないわ。
「ああうん。でも、なんかさ。違うんだよ」
あのモヤモヤ。なんか合わないな~って感じ。
それがなんなのか、アレからずっと考えてた。
「勝てるとしか、言ってくれないんだ」
「……先輩」
「でも私ってば、勝てるって思えないんだ」
「先輩!」
ちょっと強いダンツちゃんの声に、ぴくっと尻尾がはねる。
視線の向こうには、ぎゅっと拳を握った競走ウマ娘。
ダンツフレーム。
主な勝ち鞍、宝塚記念。
「先輩。私から言えることはありません!」
「えっ……うん」
「だから私は、先輩がいつもしてくれたことだけします!」
「ええ?」
それからダンツちゃんは、にじり、にじり……えちょ、目がコワいんですけれど?
ぶつかりそうな位に近い距離、一瞬の硬直。
「えいっ!」
「ぎょむっ!?」
途端に伸びてきたダンツちゃんの手が、がっちり私の顔をホールド!?
「ふゅにぅ?!
「ぐりぐりぐりぐり~~~どうですかッ!?」
「ぷふぁ! どうですかって言われても!?」
「元気出ましたか!?」
いや出るかいッ!
…………あ、でもこれって。
「そうです。ミラ子先輩、私が落ち込んでたらいつもこうしてくれました!」
「……こ、こんなに強かったかなぁ?」
あくまでほっぺプニプニくらいの感じでしかやってないんだけれど。
「強かったです! いつも、いっつも!」
「もしかして恨んでる……?」
「そんなことないですよ。せんぱい?」
「恨んでるじゃん! その言い方は絶対恨んでるじゃん!?」
じっと視線を合わせて、それからどうしようもなく笑って。
「そうそう、先輩は笑ってるのが1番ですっ」
あーもう、それも私の受け売りじゃん!
確かにそんなこと言った覚えあるけれどさぁ……こんな風に返されるとは思わないじゃん。
ベッドに熱くなりそうな顔を埋めると、もっと熱い。
そっと、添えるような手の重み。
「大丈夫です」
先輩は、だいじょうぶ。
たぶんそれが、私がいま欲しかった言葉。
「……ねぇ、ダンツちゃん」
私が菊花賞とったら、びっくりする?
「びっくりしません。だって先輩は――――」
――――強いウマ娘ですから。
「おっ、おだててくれるな~! こいつぅ~~~!」
「きゃー!」
わちゃわちゃする私たち同室組。
忘れ去られた端末の画面。まだ繋がった中継。
そのカメラに映るのは、勝利者インタビューを受けるクロノちゃん。
私はきっと。
勝てる子と勝てない子の、まんなかにいる。