『セブンティンマップ沈んだ! ヌスンダバイク伸びないッ!』
――――みえたっ!
減速した17番、彼女がよれた後の、そのコース!
踏み込むのは、いまっ!
『ヒシミラクルだっ! 1番人気ヒシミラクル進出!』
「はぁあああぁぁぁぁぁ――――ッ!」
『ヒシミラクル1着ッ! 2着はどうやら……』
「トレーナーさん」
「3勝目おめでとう。あと1勝で
そして。待っていてくれたトレーナーさんに。
私はあの言葉を――――私の、決意を。
「次走は、神戸新聞杯でお願いします」
「わかった」
「……」
「……」
「いやおわり?!」
思わずつっこんだ私に、トレーナーさんは首を傾げる。
「神戸新聞杯に登録するんだろう? なにか問題が?」
「あいや、問題はないんですけれども……」
えっえっ、結構おおきな決断だったんですけれど?
いろいろ覚悟っていうか、うぉーやるか的な感じなんですけれど??
でもまあ、名義貸しだしなぁこのトレーナー。
でもなあ……何も言われないと、それはそれでというか。
「とっとにかく、神戸新聞杯ってことでよろしくお願いしますね!」
……というわけで。
私の次走は神戸新聞杯に決定!
「なんですけれど……えーと?」
これなんです?
首を傾げると、トレーナーさんは見ての通りだぞと言う。
「やることリスト?」
「そうだ。神戸新聞杯はG2、いわゆる重賞だからな」
いろいろあるんだぞとトレーナー。
確かにこのリストには色々書いてありますねぇ……。
「重賞ってなんか大変そう……」
「大変
端末を机の上に置くトレーナーさん。
そこに映るのは「重賞競走」と書かれたURAの用語解説ページ。
「えーとなになに……? 『賞金や歴史と伝統・競走内容等により格付けされている』と。なるほど?」
賞金は分かりやすいからいいとして、歴史と伝統、それに競走内容かぁ……。
あ、そういえば。この間クロノちゃんが札幌記念について語ってたよね。なんか昔はダート王者決定戦だったとかうんぬん。
「ヒシミラクルがこれから挑むことになる神戸新聞杯は、さかのぼれば半世紀以上の歴史を持つ重賞競走。つまり歴史の重みそのもの」
「クロノちゃんみたいなこと言いますね……」
「クロノジェネシス学生が好んでいるのは、レースのそういう所だからな」
で、そういう歴史あるレースだからこそ色々準備が必要と。
はいはい。理解しましたよ。
「それじゃあ、上から目を通していってくれ」
「はーい」
さっそく私はプリントをペラリとめくる。
えーと、なになに。
(1)レース前
・パドックでスマホをいじる。
・パドックでお客さんと会話する。
・パドックから飛び出す。
うん???
思わず顔を上げると、トレーナーさんは面倒くさそうな顔。
「どうした。早く読んじゃってくれ」
「いやいや、この内容なんです?」
「見ての通り、レースでやったらいけないことリストだよ」
「えどういうことです??」
ていうかしませんし、こんなこと普通はしないよね?
「うーん。ヒシミラクル。うちは名義貸しチームだろ?」
「そうですね」
「だから、いろんなウマ娘が集まってくるんだよ」
「……」
「もちろん。俺だって生徒の自主性は尊重したいし好きにやってほしい。あとこんな研修じみたことやるのは面倒くさい」
「…………」
「しかしな。重賞競走となると話は別だ、歴史の重みとウマ娘文化にかかわる」
「あ~~~……」
だからわざわざ私だけ個室に呼び出したってワケですか。
急に面談室に来いっていうから何かと思ったけれどさぁ。
「はぁー、まあいいですケド」
とりあえず最後まで目を通しちゃいましょ。
「んんん?」
~~~
(2)本バ場入場から出走まで
・ゲート入りを渋る。(係員さんに迷惑!)
・急に叫び出す。
・急に落ち着く。
・ゲート内で暴れる。
・ゲート下をくぐってみる。
・ゲート内で飛び上がる。
・ゲート内で決めポーズをする。
・ゲート内で……――――
ゲート内での禁止リスト多過ぎ!?
「ちょちょちょ、トレーナーさんこれなんですか???」
「見ての通り、レースでやったらいけないことリストだよ」
「いやこんなことやりませんよね普通!?」
思わず身を乗り出す私に、トレーナーさんは遠い目。
「いいか、ヒシミラクル学生」
現実というのはな、常識を越えるんだ。
「え、えぇ……?」
つ、つまりですよ?
これをやった人がいるってこと?
「ほら、早く最後まで読んじゃって」
促されて次へ次へと目を通す。
レース中の禁止リストは、まあ普通。
ていうかここら辺はルールに書いてあるよね。
それで、レースが終わった後は…………。
・勝者アピールは時間厳守!
(次のレースのウマ娘が困ります!)
・バ場内で膝をつく形のおじぎをしない。
(バ場内での膝つき行為は違反勝負服の隠蔽となる!)
(おじぎは腰を90度折り曲げる(「最敬礼」といいます)で十分です!)
・机を持ち上げない。
(意味不明!)
「な、なんか妙に具体的で怖いんですけれど……」
「怖いだろう? 勉強になったな?」
いやニコニコせんといてぇ!?
ホンマに怖いヤツじゃん!!!
「あそうだ、追加し忘れていたけれどトレーナーに過剰なスキンシップを取るのも禁止な」
つ、追加?
つまり最近、問題になるような事例があったと???
「…………ちなみに、過剰なスキンシップって?」
「ハグは許されることが多い」
……じゃあハグ以上、尻尾ハグとかキスって感じかぁ。
まあそりゃ、そんなことやってたらヤバいよねぇ~。
「
「や、やだなぁやりませんて。ていうかセクハラですよそーゆうの!」
「おーコンプラ違反かぁ。コンプラ違反は通報窓口までしっかり報告しろよ?」
この場合、報告されるのはトレーナーさんなんですけど、それでいいんですかね……。
まあ大人としては正しいのかな? 知らんけど。
……で、一番最後に書いてあるのは。
「ここにサインすればいいんですか?」
「そうだぞ」
「『やらないことを誓います!』じゃないんだ……」
「あんまりウマ娘の行動を制約したくないんだよ」
「はい?」
こういうことをするのは止めないの?
えじゃあなんのためのサイン???
「そんなの決まってるだろ――――責任逃れのため!」
「…………」
あ、悪魔だ……。
全部教え子のせいにする悪魔がいる……!
「悪魔で結構」
トレーナーさんが開き直る。
開き直らないでもらえます?
「名義を貸して違反されて、それでチームが活動停止にでもなったら大変だ」
「まあ確かに……他のメンバーがレースに出られないのは問題ですよね~」
「いやそこは救済措置があるから大丈夫。単純にチームの収入がなくなって破産する」
「ぬおーこの名義貸し!!!」
ほんっっっんまにカネの話しかしませんねぇ!!?
「てか他の競走は!? 普段からそういうリスクは背負ってますよね名義貸しって!」
「ああそれは大丈夫。重賞以外は表彰式ないから問題起きにくいし、そもそも注目されないから」
「うわー現実的な理由!」
「名義貸しは『そういうもの』って認識もあるから
「現実的すぎる理由でイヤになるぅ!」
もうこの話聞きたくないんでさっさとサイン! 提出!!!
「ほいお疲れさん」
「それで! これで終わりですかっ!」
「いいや。まだあるぞ」
「ウソん!」
オーバーリアクションする私にトレーナーさんが1枚のプリントを差し出す。
そこに書かれているのは、身体測定の数値やら模擬レースのラップタイム。
「……これって」
分析データに短評。今後の課題などが少しだけ。
そこに書かれた競走名は――――ヒシミラクル。
「重賞にくるウマ娘は、専属トレーナーやサブトレーナーを抱えるチームに徹底的な指導を受けている」
トレーナーさんの眼が、今日いちばんに真剣なものになる。
「これは、そういう相手と戦う上では武器にはならない」
そりゃそうだ。
こんな紙ぺら1枚で、私の何かが変わるわけじゃない。
「それでもないよりはマシと信じて。これをヒシミラクル、きみに託す」
これは、きっと期待だ。
「トレーナーさん」
「勝てとは言わない」
「言わんのかいッ!」
ガクッと肩を落とす私に、トレーナーさんは一言。
「ヒシミラクル。このレースの目標は?」
「目的は?」
だから、私は。
私の言葉で――――私の、決意を。
そうして、私は面談室を後にする。
「ミラ子先輩! いよいよですね!」
「ダンツちゃん……うん。がんばる、頑張ってみるよ」
そしたら、ダンツちゃんが。
「ミラクルさん。いよいよ重賞戦線ですね、応援します!」
「クロノちゃん……うん。ありがとう!」
そして、クロノちゃんが。
「神戸新聞杯1.375マイル! いってみよーっ!」
「グランちゃん……なんて???」
なぜか、グランちゃんが。
とにかくみんなが、私を応援するために集まってくれていて。
うーん。これは、これは負けられない。
まさにヒシミラクルの負けられない戦いって感じですな~!
「うっし! 燃えてきた! トレーニングするぞ~!」
夕日に向かって!
レース漫画のワンシーンみたいに走り出した私に、クロノちゃんが一言。
「ところで、ミラクルさん。菊花賞はG1ですけれど……」
勝負服は、用意されているんですか?
「あ”っ」
「…………もしもし、お母さん?」
「あのね、あのねちょっとお願いがあってね…………」