そうして、あっという間に1ヶ月が経過した。
やー、時が経つのって早いですね。まあ特になにもなかっただけなんだけれど。
「んで、どうする?」
「どうしよう」
「どうしようかねぇ」
そして無料お試しキャンペーンも今日で終わり。
つまりここから先は有料、私らみたいな学生にとってはバイトしても手が出ない金額の月謝が発生する。
……まあ、私はもう親にお願いしたけど。
お小遣い月3000円にされちゃったけれど。
「というかさ、ミラ子は決めてるでしょ? ロンも」
「んー、まあねぇ」
「それはねぇ~」
お試し期間で、なにかが変わった訳じゃない。
なにかが掴めたわけでも、模擬レースの結果がよくなったとか、スカウトされたなんてこともない。
でも、なんていうか。ひとつだけ分かったことがある。
「私らさ、このまま立ち止まるのだけはダメだよ」
それは今までは気づきもしなかったこと。トレーナーという監督者が付いて分かったこと。
「スカウトされた子たちは、私たちよりずっと先に進んでる」
そもそもスカウトされるだけの才能があって。
トレーナーのもとで、自分だけのメニューを組んで貰って、めいいっぱいまで練習して。
「んじゃ、はじめちゃいます?」
「ね」
「ん」
この道が正解かは分からないけれど。
進まないと、遠ざかるだけだから。
チーム部屋のドアをノックする。そして間髪入れずに開く。
「……クロノジェネシス学生。今回のレースの……なんだお前らか」
「ふ、ふう。びっくりさせないでくださいよぉ……あ、当たった。よし」
慌ててホワイトボード前に移動したトレーナーさんと、パッドを覗き込むクロノジェネシスちゃん。
ちなみにホワイトボードはがっつりレース予想。うんうん。レース予想をするのは普通のチームがすることだよね。
で? そこに書いてある点数はなんですか?
私は、一応2人を見ておく。
「……やっぱ帰る?」
「「…………」」
「あら。みなさんご機嫌よう」
「「「!」」」
ぬるっと背後に現れたのはカレンブーケドールさん。
うわスゴい良い笑顔。過去イチの笑顔。
「みなさんが本加入を選んでくれて、うれしいです♪」
「「「…………」」」
えっ、これ逃げられない感じ?
トレーナーさんに視線をやると、彼は肩を竦める。
「なんども言うが、俺はきみたちの自由意志を尊重するぞ」
「嬉しいなぁ♪」
わーお。
前門のギャンブル、後門のブーケさんじゃん。
というかメチャクチャ笑顔で手を合わせるじゃん。いただきますのポーズだったりします、それ?
「戻りましたーって、あれ?」
いつも通りナイター練をして、疲れを感じたところで引き上げて。
そうして着替えるために部屋に戻ってくると、なぜかハートちゃんとロンの姿。
「先に帰ってたんじゃないの……って、なにたべてんの!?」
そこにはゴールド・サンダースおじさんのチキンフライが!!!
「
「え~~~! ずるいずるいずるいよぉ~! というかほぼ全部食べちゃってるじゃん!」
トレーナーさんもヒドくないですか! こんなの遅くまで頑張った子が損するシステムじゃないですか!
「待たれよクルーテオ卿」
「いやだれだよ!」
「お待たせしましたー、ウーマーイーツなの!!」
「きみの分もちゃんと注文してある」
「やった! トレーナーさん大好き!」
「てのひらクルーテオ卿じゃん」
うるさいな、私はチキンをぱくつく……前に手は洗っておこうかな。
「ちゃんと着替えもしろー」
えー?
まあ汚いし、汗で気持ち悪いからやりますけれど。
「はい注目。ヒシミラクルは食べたままでいいから聞いてくれ」
私が学生服に着替えてチキンを食べはじめると、トレーナーさんはパンパンと手を叩いた。
「今日は晴れてメンバーが増えたということで、こうして祝いの席を設けさせて頂きました」
「破産回避記念パーティですね♪」
ブーケさんその圧力本当にやめてね?
「違うぞ。ウチの収支は常に黒字だ」
「あはっ、
なんだろう、このブーケさん目が笑ってない。
まあそりゃ、
「はい本題に戻すぞ」
あっ逃げた。
「今日は、新しく入ってくれた3人に目標を決めてもらいます」
おー目標。目標ね。
なんかチームっぽくなってきたね。
「それじゃ、目標が決まったヒトから挙手。目標を言ってもらって、俺が『その心は?』と聞いたら理由を答えてください」
大喜利かな?
「はい!」
「クロノジェネシス早かった」
いやあなた新規メンバーじゃないよね?
「私の目標は、まずは4場制覇ですっ」
「その心は?」
「レースの歴史が紡がれる場所に『私』を刻むため……最終的にはURA加盟10場全制覇を目指したいですね」
ほーん。なんかスゴそう。
ていうか10場であってるんだっけ? さすがに4場(東京・京都・中山・阪神)は言えるけれど、他のレース場は小テスト前の一夜漬けくらいでパッと覚えて忘れたなぁ……。
「あと、出来れば裁決委員が審議を出したり、決勝審判委員の皆さんが写真をみながらあーでもないこーでもないと議論する様子を見たいですね」
ふーん。私は軟骨をコリコリしながら心の中で相づち。
おいしいんだよね、これ。
「さて。今のでみんなも分かってくれたと思うが……」
トレーナーさんが指を立てる。
「彼女が言ってくれた目標――――主要4レース場を制覇する――――というのはあくまで
ふむ?
「はい。私がレースに出るのは、この偉大なレースの歴史の一部として『
「つまり、4場を制覇するだけではダメってことですか?」
ハートちゃんが口を挟むと、トレーナーは逆だなと言った。
「決勝線のセンサに映れば、その記録は保存されてレース史の一部にはなれる。だから、
「あぁ~、勝つ必要はないわけですねぇ」
ロンが納得したように言う。
あれ? これって納得していいのかな?
クロノジェネシスちゃんは多分、4場それぞれの大きなレースを勝つ的な意味で言ってるような気がするんだけれど。
トレーナーは頷いた。
「そう。つまりクロノジェネシス学生の教訓は明白だ。彼女の『目標』と『目的』が一致していないんだな」
そうしてトレーナーさんは、ホワイトボードに「目標」と「目的」とマーカーで書く。
「まずさっきの『目標』では『目的』を達成できるか怪しい。例えば、あるウマ娘がURAの全レース場で勝ったとしよう」
で、そのレースが全部オープン特別だったら?
オープン特別でしか勝ったことのないそのウマ娘は歴史に名を残すようなウマ娘になれると思うか?
――――ありえない。
だってオープン特別なんて殆ど毎週やってるレースだし。たくさんの子が勝っている。
「さらにこの『目標』を達成できなくても『目的』を達成する場合がある」
例えば、今年の凱旋門賞ウマ娘はURA主催のレースで0戦0勝だが、彼女は歴史に名を残さないのか?
――――ありえない。
凱旋門賞で勝てば間違いなく歴史に残るし、そもそもその子がURAのレースに出たことがないのは海外のウマ娘だからだ。
「このように、基本的に『目標』と『目的』には大きな
そう言いながらトレーナーさんは「目標」と「目的」の間にギザギザを描いていく。あれがどうやら
「そして、この
描かれる橋……というか、一本の線。
それを、トレーナーさんは――――――すぐにクリーナーで消してしまう。
「だが、このチーム〈クエーサー〉はあくまで名義貸しチーム。そんな丁寧なことはしない」
……うへ、そういう話かこれ。
私は骨を舐め舐め(もちろんバレないように手で隠している)しながら舌を出す。
「俺は基本的にきみらの言う『目標』を達成するための手段は提供するが、それがきみたちの『目的』を達成することに繋がるかまではフォローしない。というか人手ないので無理!」
そのためにはサブトレが必要になるなとトレーナーさん。
そこでカレンブーケドールさんが横から満面の笑みで一言。
「ちなみにサブトレさんを雇うと月謝が2倍になります♪」
に、2倍!? ぎゃ~!
そんなことされたらお小遣いが月3円くらいになっちゃうよ!
「という訳で、だ。きみたちはトゥインクル・シリーズに出走する目的と、そこに至るための目標の両方を決める必要がある。このチームの名義と
はいはい、話が分かってきましたよ。
要は世話しないから自分でやれってことね。というか、それはこの1ヶ月でもそうだったよね。
メニューも基本自分で組んだし、トレーナーさんはコースとかを確保するだけだったし。
なら話は簡単だ。私はすっくと手を挙げた。
「お、ヒシミラクル」
「私の『目標』は条件戦を突破することです」
「
もちろん、それは決まっている。
「はい。帝都農工大学に競走ウマ娘枠で入学します!」
ふふん。どうだ、この私の完璧な目標と目的、そして未来へのプランは!
「うーん。ヒシミラクル学生は……」
そしてトレーナーさんはホワイトボードを回転させる。
がーん! なんで?!
「理由を聞きたいかな? ヒシミラクル学生」
「そりゃ聞きたいですよ! だって、ちゃんと目標と目的は繋がってるし!」
「ふむふむ……では」
トレーナーは手を出す。
「理由を聞くには追加料金がかかります!」
「えー!!!???」
冗談でしょ?!
「冗談だ」
よ、よかったぁ……。
急にお金にがめつくなったのかと思ったぁ……。
「今回は、な?」
「え!?」
じゃあ次回以降はお金取るってこと!?
「ヒシミラクル学生。俺は言ったぞ?」
橋をかけることは『出来ない』と。
「あ~……」
確かに、こうやって目標と目的が一致しているかどうか毎回採点してくれるなら、それはもう専属トレーナーと変わらないわけで。
そして名義を貸すことが主目的のこのチームに、そんな人手はないわけで。
「そもそもだヒシミラクル学生。大学に入ってどうするんだ?」
え?
そりゃ、そんなの決まっているよね。
「いい企業に入ります」
「どんな企業だ?」
「えーと……サデーとか日高ですかね?」
「ふむふむ。デジタルコンテンツの
「おぉ~いいですねぇ~!」
夢が広がる。そう、大学はそれだけ意味のある場所!
「うむうむ。そんなヒシミラクル学生は……」
トレーナーさんがホワイトボードに手をかけて、くるりと回す。
「えーっ?! なんで!?」
というかなんで一周ぐるっとさせたのさ!
まさかホワイトボードで遊びたかっただけ?!
「きっと、そうですよ」
「ブーケさんは心を読まないで!!!」
私はトレーナーさんを見る。教えてくれるんですよね光線を発射!
「いいだろう。今回は教えてやる」
トレーナーさんはそこで、一言。
「仕事に競走成績って関係あると思うか?」
「……えっと」
それは……あれ? 関係あるよね?
「ここでパッとメジロマックイーンみたいな
「う……た、確かにトゥインクルの成績がOLとかの仕事に関係している気がしない……」
というか絶対関係ないよね?
ドラマとかでも社内で走ってるヒトはみんな変人扱いだったし……。
あれ? あれ?
「そういうことだ。ヒシミラクル学生の『目的』は『大学に入る』で終わっている。だから、そこから先に繋がらない」
ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく未来の完璧なプラン。
そ、そんな……。
「そういうことだ」
思わず頭を抱える私に、トレーナーさんは言う。
「名義を借りることはできる。だがそれは、名義を借りただけでしかない」
う、うぅ……それは確かにそうだけれど……。
「後のことは全部自分で決めなきゃいけない。それが……」
「話は聞かせてもらったわ!」
「えっ誰?」
突然飛び込んできたウマ娘。鹿毛に青空のインナー、編み込まれた後ろ髪がふわりと宙に浮く。
呆気にとられる私の前を通り過ぎる、ブラックホールみたいな瞳の星。
「つまり、目的と手段がハッキリしていて。それを全部自分でこなせるウマ娘ならいいのよね! だったらトレーナー!」
私に名義を、貸しなさい!!!