小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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第37R へ!?え!?は!?

 

 

 

 中山レース場。

 

 スタンドの指定席だけでも万単位の観客を収容できるこの巨大な興業施設には、当然ながら様々な目的の部屋が用意されている。

 

 実況解説がレースを盛り上げる放送室。トゥインクル・シリーズを統括する厚生労働省やウマ娘教育を束ねる文部科学省、もしくはそれよりも偉い人々を受け入れるための貴賓室。

 

 そして、メディアに解放される記者室。

 その隣にある記者会見用の多目的室。

 

 真っ白で大きな部屋の壁にはURAのロゴが並ぶ記者会見パネルが並び。

 その前では空席の長机が今日の主役の到来を今か今かと待ち構えている。

 

 

 

「どうも。乙名史記者」

 

 

 そこで名前を呼ばれた彼女。月刊トゥインクルの乙名史悦子は、意識を声の主にやる。

 

「こんにちは」

 

 会釈。それ以上の含みはないように。

 乙名史悦子が珍しくそんな気を遣うのは、会話の相手がトリプル・ティアラウマ娘――――スティルインラブ陣営の番記者と呼ぶべき人物だから。

 

「お隣、失礼しても?」

「もちろん」

 

 残念でしたね、などとは言わない。

 レースに関わる者として、そのくらいの分別はついている。

 

「ぶっちゃけますとね。私はちょっと安心しています」

「……」

 

 けれど、どうやら彼はそうではないらしい。

 

「トリプル・ティアラを獲って、エリザベス女王杯も獲って、有マをフルコースの食後に出てくるコーヒーのように獲ろうとした」

 

 そんな彼らの傲慢がここで止まってくれたことに、安心しているんです。

 

「もしかしなくても。陣営の提灯記事を書くべき番記者としては、失格ですけれど」

「…………」

 

 乙名史はなにも返さなかった。

 スティルインラブとその専属トレーナー……()()()()()()()()()こそウマ娘とトレーナーにおける至上の関係そのひとつであると思うからこそ、なおさらに。

 

 だからこそ、彼女はひとつだけ質問を投げる。

 

「……トレーナーさんのご様子は、いかがでしたか?」

「スティルインラブさんのことは聞かないので?」

「レースに敗北する。その責任はトレーナーのものですから」

 

 それはトゥインクル・シリーズにおける不文律だ。

 

 レースの勝利による栄光はウマ娘のもの。

 レースの敗北の責任はトレーナーのもの。

 

「申し訳ないですが、こればかりはノーコメントです」

「いえいえ。ありがとうございます」

「なんだろう。ノーコメントから勝手に読み取るの、やめてもらっていいですか?」

 

 とはいえ、それが記者の仕事である。

 取材対象の言葉どおりに記事を書くだけなら、それこそ本人のSNSの書き込みをみればいいのだから。

 

 

「まもなく記者会見開始です。カメラのフラッシュは焚かないようにしてください!」

 

 

 係員が入ってきて、満席どころか立ち見まで出始めている会場へと呼びかける。

 中継を行うテレビスタッフが機材の最終チェックを行い。新聞や雑誌の記者はボイスレコーダーを鞄から取り出したりパソコンのワープロソフトを立ち上げる。

 

 記者会見はレースの直後でライブの前、つまり非常に短い時間で行われる。

 しかしそれだけ、レース直後の濃密な取材が出来る瞬間でもある。

 

 

「(さて。はじめましょう)」

 

 

 乙名史悦子はスポットライトを浴びる取材席へと意識を向ける。

 

 空席のその場所は、いまや「彼女」の指定席。

 十数万の視線を釘付けして、今年の総決算を掴み取ったウマ娘の凱旋を、待ちわびている。

 

「勝利ウマ娘はいられます。みなさん拍手でお出迎えください!」

 

 

 そのウマ娘の名は――――。

 

 

 

ヒシミラクル選手です!

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 へ……?

 

 

 え…………?

 

 

 は………………?

 

 

「エブリスポーツの遠棟です。ヒシミラクル選手、優勝おめでとうございます。今回の――――……」

 

 

 え? いや、ちょいまって?

 

 

「……――――いかがでしょうか?」

 

 

 えごめん。これマジ?

 わたし……勝ったの? 有マ記念を?

 

「あ、えーと……」

 

 やっば。

 なに聞かれているんだっけ。

 

 ていうか、誰が聞いてるんだっけ。

 

トントン

 

 ん……?

 トレーナーさんが机の裏を叩いてる?

 

 あれ、そうだ。

 なんかさっきトレーナーさんにすごく大事なことを言われたような……?

 

 あ!

 

『これから記者会見だ。俺もフォローはするが、質問によっては手助けしにくい……』

『……』

『数学平均割れ、帝農工D判定』

『……』

『うん。これは重傷だな』

 

 ――――違うッ!

 違くないんだけれど違う!

 

 その後だよ、その後!

 なんかメチャクチャ大切なコト言ってたって!

 

『ヒシミラクル、よく聞け』

 

 そうたしか、ガシッと目の前から両腕で掴まれて……。

 …………あれってどう考えてもセクハラだよね……。

 あ~違う違う、逸れないで私の脳みそ~~~。

 

『一つだけ約束しろ』

『はっ、はぃ』

『ヤバくなったら椅子を尻尾で(はた)くんだ』

 

 そうだ。椅子を……だから多分、隣に座ってるトレーナーさんの椅子を叩けってことだよね?

 ……そしたら多分。助けてくれるんだよね。

 

 

 

 や、でもさ。

 できれば、自分でなんとかしたいよ。

 

「えーと。あー、すみません。マイクの音量、これであってますかね?」

 

 とりあえず時間稼ぎに目の前のマイクを撫でてみる。

 それで、ようやく真っ白から回復してきた頭で考える。

 

 なにかを聞いてた。

 いかがでしたか? って聞こえた。

 

 だから多分、なんか良い感じに感想言っとけ!

 

「えーと。びっくりしました。まだ感情が追いついてきてないっていうか……」

「それほどの接戦だったということですね」

「あー……はい。そういう感じ、ですね」

「はい。ありがとうございます」

 

 うん。うん?

 これは答えられた?

 記者さんがニコニコ笑顔で全く感情読めなくて困る……。

 

「続いてそちらの方」

「はい。帝東デイリーの山崎です。ヒシミラクルさんと金本トレーナー、おめでとうございます」

 

 この定型句みたいにおめでとうって言うのなんなんだろうね?

 

「今回、チーム〈クエーサー〉からはアーモンドアイさんも出走していました。日頃から切磋琢磨(せっさたくま)しているチームメイトに勝てた感想を」

 

 あー。これは簡単だね。

 

「今日の有マ記念は、もともとアイちゃん……じゃなくてアーモンドアイ選手からの挑戦に応えた感じです。だから、はい。全力で応えられて良かったなってホッと一息です」

「愛英オークスウマ娘に勝った感想としてはどうでしょうか?」

「あー……そういうのはよく、分かんないですけれど。そういうの抜きでアイちゃん強いんで」

「こら、ヒシミラクル」

 

 と、そこでトレーナーさんがマイクを取る。

 うえっなんかやっちゃいました?

 

「アーモンドアイ1番の勝ち鞍を『そういうの』とはなんだそういうのとは」

 

 みんな困っちゃうだろうとトレーナーさん。

 併せるように会場から笑い声。

 

 ふーん……こういう感じでフォローするんだ?

 

「トレーナーさん。私だってオークスがスゴいことは分かってますよ!」

「そりゃそうだが、バックに愛英がいるお姫様(ファインモーション)殿下を相手にはしたくないぞ俺は」

 

 いやそうかもですけれど……。

 ていうか心配するのアイちゃんじゃなくて愛英(そっち)なんだ。

 

「それでは、金本トレーナーとしてはどうでしょう? 今回のヒシミラクルさんの有マ記念制覇。驚いていますか?」

「驚きはありません。レースは常に誰かが勝つものですから」

 

 うわ。

 ものすっごい中身のない回答……。

 

「それでは、次の方」

 

 司会進行役の職員さんが質問を回す。

 

「月刊トゥインクルの乙名史です。ヒシミラクル選手。菊花賞に続き有マ記念、G1二連勝おめでとうございます」

 

 ……そっか。

 私、G1を二連勝しちゃったんだ。

 

 …………まじ?

 

 ………………あ、やば。なんかぶり返してきた。

 

 あ~~~落ち着け私! 落ち着け!

 

「長距離のG1レースを二連勝。そしてこれまでのレース成績を鑑みれば長距離適性は明らか!」

 

 無! むむむむ無!!!

 無の境地!!!!!!!

 

「となればっ! 次の目標はやはり長距離G1の天皇賞・春でしょうか!?」

 

 

 ――――え。

 

 なんにも決めてないんですけれど。

 

 

「あー。それについては、こちらから」

 

 そう言いながらトレーナーさん。

 

「本人の希望と直近のコンディションをみつつ。高度な柔軟性を保ち臨機応変に」

「金本トレーナーっていつもそうですね……!」

 

 唐突に立ち上がったのは乙名史って名乗った記者さんとは別の人。

 ……えぇなに?

 

「そうやっていつもローテは行き当たりばったり。ウマ娘の希望って言う割に層の薄いレースには絶対出てくる!」

「勝てそうなレースに出ない理由はありませんからね。それと記者さん。お名前と所属を」

 

 うわぁトレーナーさんオトナの対応。

 ていうか層の薄い、つまり対抗バのいないレースに出たりするんだ〈クエーサー〉って。

 まあ勝てば賞金分配あるもんね。お金のことしか考えてないトレーナーさんらしいね。

 

「週刊ムーンライトの藤野です! ウマ娘のことなんだと思ってるんですか?」

「大切な契約相手です。弊チームは常に所属ウマ娘が勝てるレース選択を模索します。もちろん、ウマ娘本人の希望を最優先に」

「じゃあ、ヒシミラクルさんはどう思ってるんですか?」

 

 うっわ。

 ものすんごい面倒くさい質問きちゃった。

 

「ええと……」

 

 うーん。一応確認しとこうかな?

 

「トレーナーさん。これぶっちゃけてOKです?」

「やっちゃえ」

 

 かっる!

 

「というか、俺はその確認を11億円チャンネルの時にして欲しかったんだが?」

「うわここでそれ言います???」

 

 私だって成長するんですよ!

 

「えーと。まず次走はまったく考えてません!」

 

 

ドヨッ……!

 

 

「あれ?」

「あーと補足を。次走は『ノープラン』です」

 

 

ナアンダ……。

 

 

 あ~。

 これ引退宣言と誤解されちゃったか~。

 

 いやめんどくさ!

 記者会見って面倒くさい!!!

 

「はい。藤野さんこれで十分ですね? 乙名史さん続きをどうぞ」

「……ええ。ではヒシミラクル選手に。今後一緒に戦って(はしって)みたい相手はいますか?」

「相手?」

 

 うーん。相手、相手かぁ……。

 ということは、走ったことのない相手がいいよね?

 

 クロノちゃんとは練習で併走したことあるし、ここはやっぱりブーケさんかな?

 


『カレンブーケドールさんと走ってみたいですね』

『つまり、ドリームトロフィーに移籍!?』


 

 あ~。これは誤解を生みますね。

 

「クロノちゃん。クロノジェネシスちゃんと走ってみたいですね」

「同じ〈クエーサー〉のクロノジェネシス選手ですか! やはり注目を?」

「あはい。やっぱり知識量すごいですし。もうなんかやる気もすごいですよ」

 

「ヒシミラクル学生。あんまりチームメイトに飛び火させてやるなよ?」

 

 あれ? やっぱりこれも誤解招いちゃいますかね?

 うーーん。難しい……。

 

「それでは、最後に一言お願いします」

 

 あっ。もうシメの言葉って感じですか?

 

 

「みなさん。応援ありがとうございました」

 

 

 


 

 

 

 記者会見場を後にしたら、その後はすぐにウイニングライブ。

 戻った先の控え室でいそいそとウイニングライブ用の衣装――――さすがに芝コースを走りまくった勝負服でそのまま踊るわけにもいかないので、予備の勝負服でウイニングライブを踊る――――に着替える。

 

 で、着替え終わったら即スタイリストさん呼んで、メークアップしてもらいつつ振り付けの最終確認。

 ……今日はセンター。やっばいな、勝つと思ってなかったらここロクに練習してないんだけど。

 

「ヒシミラクル学生」

 

 と、横から声をかけてくるトレーナーさん。

 

「グランプリウマ娘になった感想は?」

「いえ。ぶっちゃけ実感ないっていうか」

 

 まあ。私ってばズブいんで、もしかしたら後で驚きが押し寄せてくるかもですけれど。

 自分でそう言いつつ、多分それはないだろうなって思う。

 

 だって、もう十分おどろいたっていうか。

 おどろきすぎて、なにも感情が湧いてこないっていうか。

 

「あ、あと記者会見。思ったよりアッサリ終わりましたね」

「まあ。レース直後はあんなもんだよ」

「そんなもんなんですか?」

「レース直後の『生の声』を聞きたいってのが狙いだからな」

 

 ふーん……。

 

「だから、むしろこの後の取材の方が大変だぞ。特にローテな」

「ああ~……」

 

 そうだよね。ノープランって言っちゃってるから多分また聞かれるよね。

 

「……なんか、出走レース用意しておいた方がいいです?」

「いいよ、いいよ。『ノープラン』も十分答えだろ?」

「それは、そうですけれど」

「それに〈クエーサー〉(名義貸しチーム)で次走が未定……つまり次走を決めるほどローテーションを考えてないってのは普通のことだから」

 

 そういうもんですかねぇ。

 

「ヒシミラクルさん。メイク終わりました」

 

 っと。そうこう言ってるうちに準備が終わりましたね。

 

 

「んじゃあ、ライブいってきまーす」

 

 

 控え室の扉を閉めて、ライブ会場の方へと向かう。

 グランプリレースの、ウイニングライブへ向かう。

 

 なんか嘘みたいで。だからかな。

 信じられないくらいに、私の足取りは軽かった。

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