「ふー。ようやく落ち着いたかな?」
ようやくというか、やっと落ち着いてきた神社の境内。
明けましてどころか
お賽銭いれてー、えっと礼して拝して? なんか二回ずつだったよね。
とりあえずいい感じに年初の挨拶。今年もよろしくお願いしますっと。
「(……あ、でも何をお祈りしよっかな)」
なんかこう、神頼み! って感じのこともないしなぁ。
てか、菊花賞の抽選でぶっちゃけ運気使い果たしちゃったというか、なんというか。
「でも年明けたからリセットされるのかな? うーん……」
あ!
「かみさまかみさま、どーかいい感じの目標がみつかりますように!」
そう。私ヒシミラクル――――いまだに目標レースを決めていないのです!
「はい。えー今日のトレーニングは芝のCコースとウッドチップDを使ってください。あと天気予報では夕方から夜にかけて雨が降るらしいので、ナイター練習は状況により中止となります」
そして、今日も今日とて普通にトレーニングの日々。
チームメンバーが思い思いのアップを終えたところでトレーナーさんによるミーティング。
まあ私はまだアップ中なんだけれど、とりあえず大事なお知らせとかもあるんで聞いときます。
「で、なにか質問あるか? ……よしないな。では解散」
「「「よろしくおねがいしまーす」」」
それで散って、いつもどおりアップの続きをやって。
「ミラクル! 今日も勝負よ!!」
「おっけぃ負けないよ~」
それで、いつもどおり勝負を挑んできたアイちゃんと一本勝負。
運良く私が勝ったら三本勝負、五本勝負と続いていくんだけれど……。
「今日は私の勝ちね!」
「うーん。負けましたねぇ~」
まあ何回も勝てるわけじゃありません。
でもアイちゃん、ここんところずっと勝負を挑んでくるんだよね。
「当然でしょ! 次こそミラクルに勝つんだから!」
「いやいや。いま勝ったじゃん? てか全体的にアイちゃんの方が勝率高いよ?」
「でもミラクルが勝つこともあるわ! つまりそういうこと!」
「どういうことなの……?」
まあ、アイちゃんの走りからは色々学べるし、損はないんだけれど……。
うーん。でもなぁ…………。
「(学んで、どうしようかな)」
だって。次のレース決まってないし。
レースが決まってないのに、トレーニングやっても仕方ないし。
次走、次走ねえ……。
「アイちゃんは、次どこのレースにいくの?」
「ドバイよ」
「ふーんドバイ…………ドバイ!?!?」
ドバイって、あの石油の!?
お風呂に札束ドバァーイってやるやつ!?
「札束……? よく分からないけれど、とにかくドバイよ!」
「なんかスゴいレースがあるんだ?」
話を聞いていくと、なるほどなんか春先に色んなレースが集まるイベントがあるらしい。サッカーワールドカップみたいな名前のやつで、なんだかすごいのだとか。
「でもどうしてドバイ?」
別に愛英とかと違ってレースの本場みたいなイメージもないけれど。
「
「
なんというか、さすがだなぁというか。
「ミラクルもくる?」
「え? いやいやいや……」
急に海外遠征とか、誘われても困るんですけれど……。
「それに、期末テストとも時期被るから。私はいいや」
「そう? わかったわ」
それじゃあねと自分のトレーニングに移っていくアイちゃん。
さすがのストイックさというか、出国が近づいてきてるから気持ちがレースに向かっていっているんだろうなぁ……。
で、一方の私はまだまだ次走は
さすがにそろそろ、決めないとマズいよね。
『トレーナーさんとよく話し合って、決めるんだぞ』
いや分かるよ? お父さんの言うことがもっともだって。
でもさ、ウチのトレーナーさんは名義貸しで、たくさんのウマ娘を抱えてて、忙しくて……。
じゃあ、チームメンバーとかに聞く?
たとえばクロノちゃんとか。
「クロノジェネシスの弱点は……――――」
「……はい。では次はこのように……」
いやいや。桜花賞まで3ヶ月切ってるから追い込みモードだよね。
いまはトレーニングに全力集中! って感じで、11億円チャンネルも活動ひかえめにしてるって言ってたし……。
……まあ控えめとか言いつつ、フツーに毎週投稿されてるけれど……。
「どうかされましたか?」
「あ。ブーケさん」
と、脚を止めてる私のことが気になったのかブーケさんがやってくる。
「無理しないでくださいね。まだ一年は始まったばっかりですから」
「はい、それはもちろん。まあいつもどおり、ゆっくりやってこうっていうか」
「じぃー……」
えっなんですかその擬音?
というかその視線はなんですか??
「いや、その。別になんでもないですよ?」
「ミラクルさん」
ブーケさんが一歩前に。もう一歩前に。
私の隣、耳元にそっと手を添えてささやく。
「
「…………い、いやぁ」
返す言葉もありませんというか……。
一歩下がった私に、胸からスッとナニかを取り出すブーケさん。
「私も、いちおうトレーナー補ですから」
それはトレーナー補の証明証。
いわゆるトレーナー見習い……2年の実務経験でトレーナーライセンス試験が受けられる制度の対象者であることを示すモノ。
「頼ってみては、くれませんか?」
「えっ、と……」
いや、なんていうかさ。
別に不調な訳ではないし。
「でも。ミラクルさん、ここ最近ずっと塞いでいるようにみえます」
なにか悩みがあるんじゃないですかとブーケさんが畳み掛けてくる。
悩み……いやまあ、ずっと考えていることはあるけれど。
「悩みってほどのものじゃないんで、ほんと。大丈夫ですから」
「なら、悩みじゃなくていいです。話を聞かせてください」
「えっ……なんかやけに食い下がりますね?」
「はい。実は現役ウマ娘とのカウンセリングをやりたくて」
はい?
カウンセリングを
「
「あ、あぁ……そういうことなら」
半ば言いくるめられる形ではあったけれど。
うん、やっぱ誰かに聞いて欲しいっていうのはあったよ。
だってさ、有マ記念ってすごいレースじゃん。
それを勝つって、すごいコトじゃん。
でもさ。
「勝ったのがスゴいって、思えなくて」
さすがにコースの中でやると危ないので、ちょっとだけ場所を変えて。
トレーニングコースを見下ろせるスタンド席みたいになっている階段で、ブーケさんの隣に座った私は気持ちを並べていく。
「みんな褒めてくれるのは当然なんです」
「でも、なんていうんだろ」
「自分だけが置いて行かれている感じ」
ヒシミラクルっていう名前だけ、名札だけが前へ、前へと進んでいって。
肝心の自分が全く追いついていかないっていうか。
「レースの結果をみても」
「『あーそうだったんだぁ』っていうか」
「他人事みたいな?」
菊花賞の時は、そうじゃなかった。
私は、勝ちたかった。
絶対に勝つって、決めてたから。
「有マ記念、勝つつもりも、勝てる気もしてなかったんで」
ただ、なんで勝っちゃったんだろうって。
ホント、いまでも信じられないくらい。
「ごめんなさい。勝った側の言うことじゃないですよね」
「どうして?」
「え?」
思わず顔を上げた私に、ブーケさんがもう一度聞いてくる。
「どうして、勝った側が言ってはいけないのでしょうか」
「え、や……だって、レースって勝つためにやるもんじゃないですか。それを勝った実感がないって、よくないですよね」
「そうでしょうか」
「そうでしょ?」
え、そうだよね?
だってURAの競走ルールにサボったらダメだよ的なこと書いてあったよね?
「でも。一生懸命走っても、勝てない子だっています。それは、悪いことでしょうか」
「……いや、それは」
悪いことだなんて、あり得ない。
だって私は、勝てない側だから。
そんな私は、もう、いないけど。
「ヒシミラクルさんは、ずっと走り続けて。それでここまで来たんです」
「……」
「私は、トレーナーさんと一緒に、それをずっと見ていました」
「それは、まぁ。はい、ありがとうございます?」
「だから。その分だけ、胸を張ってください」
胸を張る、かぁ。
「私、本当にすごいんですかね」
「分かりません」
「え」
……そ、そこは。
ウソでも「スゴい!」って言ってよブーケさん!
「いいえ、分かりません。だって私は――――」
――――
その時のブーケさんの目つきは、表情は、出で立ちは。
どこまでも真っ直ぐで。風に吹かれて飛んでしまいそうで。
「名脇役。そう呼ばれることを恥じたことはありません――――周りを引き立てるお花があることを、私は知っていますから」
それでも。ブーケさんは勝てなかった。
競走ウマ娘カレンブーケドールの勝ち鞍に、重賞レースの名前はない。
「だからミラクルさん。私には分からないけれど胸を張って?」
あなたの分かる範囲で。あなたの手の届く範囲で。
少なくとも自分の分は背負って欲しいとブーケさんが言う。
「少なくともあなたは、私のトレーナーさんをG1トレーナーにしてくれたウマ娘」
「……アイちゃんがいるじゃないですか」
「『アーモンドアイ学生には、ほとんど何もしてない』があの人の口癖なの」
「うわそれは……そうかもだけど……」
なんだろう。確かにアイちゃんと同期なのも良くないのかもね。
だってアイちゃん、バンバン勝っちゃうし、たくさんG1獲ってるし。
そうだよなぁ。
だって私、G1勝てるなんて思ってなかったもん。
思ってなかったから、いざG1勝っちゃったら置いてかれちゃって。
あ、そうじゃん。
だって目標シート、私が提出した目標シートには。
【目標】
条件戦を突破して、オープンウマ娘になる。
【その心は?】
大学進学(競走ウマ娘枠 受験資格)のため。
【いつまでに達成?】
シニア1年目3月
※一般受験に切り替えるため
【競走名】 ヒシミラクル
トレーナーさんへ
オープン昇格後のことは、あとで考えます!
「……ブーケさん。ありがとうございます」
「いえ。私もちょっと、感情的になってしまいました」
「あー、しれっと『私のトレーナー』とか言ってましたもんね」
「あら? そんなこと言っていましたっけ?」
「いや言って……」
「言っていましたっけ?」
「……ないかもしれないデス、ハイ」
「よかった♪」
よくないよ!
……でもまあ。そうだね。
「私。G1で勝つこと目標にしてなかったから。だから今さらだけど、勝った後のことを考えていこうと思います」
「次のレースは、どうするのですか?」
「んー……それは、まだ。決めてないけれど」
正直、ここで終わりにしちゃってもいい感じはするけれど。
別にそれで、悪いってことはないんだけれど。
でもまあ、やっぱり。私は私に期待して、
「そこはプロに聞いちゃおうかなって。トレーナーさんなら、お金を払えば教えてくれそうだし……そのための名義貸しでしょ?」
そう言えばブーケさん、ちょっと寂しそうな顔。
あ、ブーケさんトレーナー補じゃん。確かにトレーナーの卵を前に
「ブーケさんなら、私みたいな……つまり菊花賞と有マ記念を勝ったウマ娘の次走ってどうするんです?」
「そうですね。一概には言えませんが……」
「ミラクル! ドバイワールドカップデーよ!」
「うわでた」
てか急に来ないでよ!
「聞こえたの! ミラクルが次走で悩んでいるって!! ならとにかく強いウマ娘と走るのがいいわ!!!」
「いや地獄耳ィ……てか、私は次走で悩んでるワケじゃないんですけれど?」
「そうなのね! なら、なにに悩んでいるの?」
「え、そりゃまあ。G1ウマ娘になった自分をどう受け入れよっかなぁ的な……」
「???」
盛大に首を傾げるアイちゃん。
そりゃまあ、想像するのは常に
「私もこうみえて、結構悩んだりしてるんだよって話」
「よく分からないわ! でも、さっきよりは悩んでなさそうね!」
「あはは……うん。まー、おかげさまで」
とんでもないコトが起きそうな。
もしくは起きなさそうな。
そんな雰囲気で……私のシニア1年目、はじまります!