――――五大新聞のひとつである読白新聞を中核に、劇団経営と映画製作、テレビ局にオンライン動画配信まで幅広く手がける巨大メディア・コングロマリット。さらには球団経営に遊園地と、その裾野は巨大であまりに大きい。
だからこそ、その巨大すぎる船の
「あ、あの歌詞案が通ったのか……? 本当に……?!」
「そうさ。スティルの
「いや、しかし……」
そして一人の記者が納得いかなくとも、通ってしまえば簡単に進んでいくのが企画である。すでに作曲は進行中、レコーディングに演奏者の手配もサクサクと進む。
ヒトの温もりもなく、機械的に。
「え……本当に通ってしまったのですか……?」
そしてもうひとり困惑しているのが、渦中の人物であるはずのスティルインラブ。
いやなんで本人の許可も取ってないんだよとツッコまずにはいられない。
「ちがうちがう。スティルには『こんなのが通るようなら世も末だね』と話して、それでも通るようなら歌おうかと同意して貰ったんだよ」
「お前、それはもう詐欺だろ……」
ワケワカンナイヨー!のポーズを取る記者。
しかしスティルインラブのトレーナーは気にかける素振りもみせない。
「いいんだよ。スティル、ぼくらの向かう先と彼らの『売り物』は一致しているんだ」
「そう、だといいのですが……」
一致している訳がない。記者はそう思った。
これでも、
そのように巨大メディアとたった一人の競走ウマ娘を結びつける彼の立場から言わせれば、今回スティルインラブに舞い込んだ企画の、その向こう見ずさとすれ違いと来たら!
「……いちおう、今日の立場は『読白グループ』だから言わせてもらうが。
「知ってるとも。それで、普段の
記者は口の中で無音の舌打ち。
コイツ、全部分かった上でやってやがるんだよな。
「スティル、おいで」
応接セットの向こう。二人がけのソファに座ったトレーナーが手招き。企画資料に目を通していたスティルインラブがそっと身を寄せる。
「きみは悪くないんだ。悪いのは、きみをそそのかした、ぼく」
「……そうですよ。あなたがこうして、私を甘やかすばかりだから」
「もっとキツい方が好きだものね、きみは」
「そんなこと」
反論しかけたらしいスティルインラブを遮るように手が伸びる。緩やかにウェーブを描く栗毛を撫でるトレーナーに目を細めるウマ娘。
人前でこういうことをするコイツらは本当になんなんだというのが、記者の正直な感想。
「知らないのかい? トレウマ需要ってやつさ。ほら写真をとってくれ。週刊誌の一面にでも飾ったらいい」
「あのー、なんだろうな。週刊誌の
ゆえに記者は報道しない自由を行使する。大手レース紙も知らないフリをする。
そうして業界は、間違いなく史上最強のアーモンドアイに
それはもう、偶然と必然と作為の入り交じった砂糖細工の芸術品。
「だからこそのオリジナル・ソング。現役中にも関わらずのオリジナル曲作成だろう? 普通こういうのは、引退ライブや特別イベントで、ファンと今日までの足跡を辿りながら歌うモノだと思うのだけれどもね」
そしてそこまで業界を理解しながら、それを真正面から平然と2人は踏み潰す。
そりゃそうだ。良識や常識、慎ましやかに生きることを是とするならば、曲の冒頭からそんな文言を入れたりなんてするはずがない。
いわゆる「反語表現」。それが是であるなどあり得ないと真っ向から否定するためにだけ存在する言葉。
「しかし、だからといってあんな歌詞……」
「あの歌詞はうだるような夜の熱が編み出した、スティルの
「トレーナーさん」
「スティル、ぼくをもっと酔わせておくれ。きみの声で、きみの唄で」
「……は、はずかしくて歌えません。こんな、はしたないお歌……」
そうだそうだ。もっと言ってやれ。
記者はそう心の中で思いつつ、違和感。
――――スティルインラブも歌詞に多少は共感しているんじゃないのか?
――――曲を歌唱することになるウマ娘が反対しなかったから、歌詞が通ってしまったんじゃないのか?
「そもそも、この歌詞を書いたのは――――」
「スティル」
コトン、とトレーナーが机になにかを置く。
「きみが欲しいのは、コレだね?」
そこに置かれたのはウマナミンC。市販のエナジードリンク。
息を呑むスティルインラブに、コトンコトンとトレーナーは禍々しいカラーリングの飲料缶を置いていく。レッドキャップにオイコミーエナジー、うみゃうみゃ打破……いずれもカフェイン過剰で消費者庁コラボ待ったなしの商品群。
「え、え……?」
「大丈夫。これを一気飲みして
そう言いながらトレーナーが取り出すのはペア仕様のラブラブ♡ストロー。
「…………そ、それなら」
「さあ。ぼくに身を委ねて。きみがもっと、素晴らしい響きを世界に残せるように」
「トレーナーさん……」
「なんだろう。酔いながらあの歌詞を歌うとか普通に問題だと思うんですけれど」
というか『うまぴょい伝説』の作曲エピソードみたいな話、やめてもらっていいですかねと思う記者。
ちなみに泥酔状態で行ったのは作曲とのことで、どうやら歌詞はシラフの時に書かれたというのが定説である。
「さて。それじゃあそろそろ本題に入りたいのだけれど。どうだろうか?」
一転してトレーナーが真剣な面持ちに。
「……ひとまず、主要な陣営の情報はこの通りだ。確認してくれ」
――――この状況は、異常だ。
…………いや、もう既に相当カオスではあるのだが。それにしても異常なのだ。
本来ならば記者の仕事は競走ウマ娘の状態をチェックし、トレーナーから次走の作戦やローテーションについて聞き出すこと。
断じて他陣営の状況を横流ししていいものではないし、そもそもそういった分析は専門家であるトレーナーがやるべきことだ。
しかしそれでも、この目の前のトレーナーはもはや
彼はもう、スティルインラブの十全な育成を維持する分しかリソースを持っていない。
異常が認められないハズの身体はすっかり痩せ細り、聞けば夜も眠っていない。食事も喉を通らない――――ただし、担当ウマ娘と共に食事をするときだけは例外――――という有様。
「ヒシミラクルは? 彼女の情報が少ないね」
咎める、というほどではない。
違和感の正体を確かめるような、彼の声。
「……クエーサーは、個別のウマ娘の戦術について語るチームじゃないぞ」
「そうか。そういえばそうだったね、忘れていたよ」
まさか、あの有名な名義貸しチームのことも忘れたのか――――?
記者は戦慄する。表情にこそ出さないが……トレーナーになった彼は、いやスティルインラブと出会った彼は、すっかり様変わりした。
それは、単に痩せたとか。サングラスを手放さなくなったとか。
そんな見た目で分かるような、簡単なものではなく。
まるで、人間の根幹……例えるなら、魂のような。そういうものが。
置き換わって、なにか別の物になってしまったかのような。
「――――ふう。じゃあ、ぼくはスティルのトレーニングメニューを考えるから。今日はこれで」
「……仕事だから聞いてはおくが、大阪杯への意気込みは?」
「スティルは勝つ。ぼくの愛バが一番強いんだから、とうぜん……」
そこまで言って、力尽きるように目を閉じた彼が脱力。
「はい。勝利を、あなたに」
それを優しく受け止めるのが、スティルインラブ。
「……あの、どうかされましたか?」
もう取材は終わったのだから、帰ったらいいのにと――――もちろん、性根の優しい彼女がそんな言葉を放つとは思えないが――――言わんばかりの視線を寄越してくるスティルインラブ。
「スティルインラブさん。今のあなたは……」
「?」
良識が大切だと。慎ましくあるべきだと。
それが自らに『課した姿』なのだと謳う彼女が。
全てを喰らい尽くしたいと叫ぶ姿が。
もしも彼女の、本心なのならば。
「今のあなたは、どちら側なんだ?」
競走ウマ娘スティルインラブは――――ただ微笑む。