「施行規則127条に基づいて走行妨害申し立てを行う」
「トレーナーさん?」
クロノがハッと振り返るも、トレーナーは既に鞄からバインダーを取り出していた。
その手に握られたペンが、慣れた手つきで文字列を刻む。
「阪神11Rにおける競走、スタート直後の直線において③ヒシミラクルは④スティルインラブから走行妨害を受けたのでこれを申し立てる――――」
「と、トレーナーさん!?」
呪文のように言葉を並べていくトレーナーにクロノジェネシスは困惑するしかない。
走行妨害?
申し立て?
どうして?
「ヒシミラクルの『アレ』は出遅れじゃない――――」
「えっ、じゃあ一体……?」
『③ヒシミラクル遅れたか。一番人気③ヒシミラクル、⑫タップダンスシチー遅れてのスタートとなりましたG1大阪杯。
実況はヒシミラクルが出遅れたことを伝えている。
そして確かに、ヒシミラクルのスタートは明らかに遅れた。
つんのめった、とかバランスを崩したと言ってもいいレベルで。
「クロノジェネシス学生。
「え、と……いわゆる過集中のことですよね。アスリートに限らず、普段のパフォーマンスを大きく越える――――」
「
トレーナーの言葉に、一瞬言葉を詰まらせるクロノジェネシス。
それもそのはず、彼女は先に『それ』を口にしようとして、プロフェッショナルであるトレーナーとの会話においては不適切であろうと飲み込んだのだから。
「…………あくまで、都市伝説のようなものですが」
歴史を作る。誰もが認めるような「歴史」を作るウマ娘が持つという。
選ばれしウマ娘だけが持つ、特別なモノ――――それがレースにおける
「って、まさか!」
スティルインラブは、メジロラモーヌ以来のトリプルティアラウマ娘。
誰もが認める「歴史」を作るウマ娘。
「そうだ。
「そんな。いえ、でも。それが走行妨害にあたるとは」
「そのとおり」
そんなもの証明できるワケがないし、走行妨害の申し立てをしたところで却下されるのがオチ。
それでもトレーナーは、申し立て文書を書き立てる。
「ヒシミラクルが妙なことを言っていたからな。念のため注意はしていたが……よりにもよって本人に直撃か」
「いえ、でも……」
「でも?」
言い淀むクロノジェネシスは、やがてトレーナーを強い瞳で見つめる。
「それでも。歴史を作るウマ娘だからこそ、
そのウマ娘には「勝つ理由」がある――――クロノジェネシスが追い求める「ジェネシスファクター」を持っているということ。
「
「……そうだな」
トレーナーはターフを視る。
出遅れを取り返そうとしているのか、焦りを滲ませたヒシミラクルが駆けていく。
「クロノジェネシス学生の言うことは正しい」
正しいが。
「
『2枠3番ヒシミラクル。クエーサー、前走プラス1キロ』
3回目のG1で、初めてスタンドを見た。
勝たなきゃ。それしか考えていなかった菊花賞じゃない。
周りに気圧されて、右も左も分からなかった有マ記念でもない。
――――天皇賞の前にG1を叩きに使う。
目標は、あくまで天皇賞(春)。
だから今日。大阪杯は、あくまで練習。
G1を使った、G1の練習。
「……うん。おっけー、やることは分かってる」
周りを見る。
タップちゃんにユニちゃん。ロブロイさん。
みんな私のことを、G1ウマ娘として
去年の今頃は、どーにかこーにか未勝利脱出ってくらいだった私が。
いつの間にかG1を2つも勝っちゃって、逆に追われる側になっている。
ヒシミラクルが勝ちそうだなーなんて言われて思われて、マークされる。
うっ……ちょっと考えたら緊張してきた…………。
『三寒四温を乗り越えて、そろりと春が芽吹き始めました阪神レース場。大阪杯芝2000で争われます。さてゲートイン始まっております二番人気④スティルインラブすんなり入り⑥ヨイハルスコルピオン、つづいて……』
ファンファーレはもう鳴り終わった。
ウォーミングアップを終えて、偶数奇数とゲートに収まっていくウマ娘たち。
そのうちのひとり――――スティルインラブさんと、目が合う。
というよりも、隣の4番に入っていた彼女が私を視ている。
私を見ていないような、流し目。
『スティルインラブを止めて欲しいんだ。きみに』
「……結局、なんだったんだろ。あれ」
取材に来た記者さんが言ってることは、正直よく分からなかった。
ていうか多分、あの記者さんもよく分かってないんだと思う。
でも多分、なにか納得いかない。間違ってるよな~みたいな気持ちがあって、それを口にしたように思うんだけれど……なんだろう。なんなんだろう?
スティルインラブさんは普通のウマ娘だと思う。
つまりトレセン学園にいる、普通に強くて、G1を勝つウマ娘。
でもそれなら、記者さんが「止めて欲しい」なんて言うはずもなくて。
いちおう、トレーナーさんにも相談はしたけれど。心当たりはないって言ってたし。
分からないって、怖い。
まあでもうん。考えてもしょうがないし。
『アドマイヤグルーヴ、最後に⑬ネオユニヴァースゲート前で止まります。はいらないか……入ります』
だから今日は、練習練習。
G1でマークされるってどんな感じなのか。
そしてマークされても、自分の
まずはそれだけ、しっかりやってみよう。
『ゲートイ
ン
完
了。
大
阪杯
ス
タ
ー
ト
で
「え?」
ふわり。
ゲートが開いた瞬間? それとも一歩踏み出した時?
そんなわけないって、五感の全部が訴えてくる。
「え、あっ。へっ!?」
足が、手が、尻尾が空を切る。
どう考えたって、あり得ないことが起きている。
「うわ、わわわ!」
だってそうよね?
地面がいきなりなくなるなんて、あり得ないよね?
「わぁ~~ッ!」
なのに、これは現実だって――――なんでか分かる。
え、マジ? じゃあ私、突然こんな空中? に放り出されて落ちてるの??
「おいおいおい! こりゃあ本ッ当に
「えっ誰???」
突然聞こえる声。そっちの方を向けばゆるふわウェーヴなウマ娘。
「えタップちゃん?」
「よお! 有マぶりだな!」
空中でもなんのその、右手をサッと挙げて挨拶してくるのはタップちゃん。タップダンスシチー。
「えっあっうん。そうかもだけれど、これってどういうこと?!」
「分からないのか?」
風で前髪を揺らしながら、首を傾げてみせるタップちゃん。
「アタシたちはクジラの胃袋に迷い混んじまったってワケさ!」
「ええ……? どういうこと?!」
というか今はレース中のハズ。
レース中に空に飛び出してクジラのお腹に迷い込む???
「そのまんまの意味だぜ、つまりアタシたちは、この中でも自由なのさ!」
「はいぃ???」
えっやば。全然意味分かんない。
「ていうか! 自由だったらなんで落っこちてるの!?」
「お! 乗ってきたなミラクル! まさにフリーフォールってわけだ!」
ふりーふぉーる……あ、
いやなんで冷静に英単語の意味を思い出してるんだ私。
「と、とりあえず助けて!」
「助けるもなにも、落ちるのを止めればいいんじゃないか?」
「は?」
いやどうやってよ。
「考えてみろよ、ミラクル。アタシたちは大阪杯を走っている最中、なのにいきなり、空の上に打ち上げられたりすると思うか?」
「いやそれは……へぶしッ!!」
ちょっと納得……した瞬間に全身に衝撃!?
ジェットコースターみたいな浮遊感がなくなって、硬くて冷たい床の感触。
視界が横になって、90度傾いたタップちゃんが手を差し伸べてくる。
「おいおい。オーバーリアクションすぎるんじゃないか?」
「い、いやいや。そりゃ落っこちてたんだから地面にぶつかったら痛いのは当たり前……」
あれ? 痛くない?
ていうか、落ちててクッションも何もないのに生きてるっておかしくない?
「え、あれ? これどういうこと?」
「こういうことだぜ、ミラクル」
そう言いながらタップちゃんの手を借りて起き上がると、そこは一面の庭園。
地面にはレンガが敷き詰められ、均等な大きさに切り揃えられた植物が並んでいる。
「ここは……?」
「ようこそ宝島へ、ってワケさ」
「宝塚じゃなくて?」
「おっと、
「いやぁ~それほどでも」
……うん?
いまの別に褒められたワケじゃないかな。
「そんなことより! ここどこなの?」
「さぁ?」
「しらんのかいッ!」
その割にはずいぶんと余裕そうなタップちゃん。
「そりゃそうだ。アタシは
「ここへ?」
「そうとも。ここはレースの狭間――――選ばれしウマ娘だけが辿り着けるってウワサのな」
「選ばれし……私って選ばれたの?」
その言葉に、肩を竦めてみせるタップちゃん。
「G1を2勝のミラクルが選ばれてないってのは、さすがに神様のイタズラが過ぎるってものさ」
「ええ……? よく分かんないけれど、選んでくれてありがとう?」
「アタシに言われても困る」
「あ~、そりゃそうだ」
といっても、誰が選んでくれたかも分からないのだけれど。
謎の庭園をキョロキョロ見回すと……うーん。
「なんか、どっかで見たような気がするんだけれどな~」
「そうだなぁ……こういう様式は『整形式庭園』とか呼ばれたりする。欧州ではオーソドックなスタイルだから、どこかで見たことはあるんじゃないか?」
「ほお~」
でも私、海外はハワイしか行ったことないんだけれどな。
…………いや、ついこないだ行ったじゃん!*1
あー、うーん。確かにこういう庭あったね。ファインちゃんに招かれた豪邸? てか城? みたいなところで。
うんうん。こうやってレンガで作った植栽の台に、まさにこんな感じでお花が咲いてるんだよね。西洋風藤棚? っていう言い方が正しいのかは分かんないけれど、いい感じの雰囲気が出ているアーチに植物が絡みついているのもあって……。
「うーん。けっこういい感じなんだけれど、なんか空気が淀んでるっていうか……」
「そりゃあミラクル、アレだよ」
「うん?」
タップちゃんの示す先には――――ムラサキ色になった空。
「え。なにあれ、気付かんかった……」
「そりゃそうさ、誰も疑わないから空の色は『空色』と呼ばれるんだぜ?」
そういうレベルの話じゃないような気がするんですがそれは。
なんというか、本当にちゃんとしっかり禍々しい感じ出てない?
なんていうか、アニメとかだったらラスボスが住んでる感じのさ。
「……きて、しまったのですね」
声が聞こえた。
聞き覚えのある、憂いを帯びた声。
コツ、コツ、と。
ヒールが敷かれたレンガを打つ。
「ヒシミラクルさん。お待ちしておりました」
「おいおい、アタシもいるぜ?」
ムッとした調子で返すタップちゃん。
一方の相手は――――スティルインラブさんは会釈のようなお辞儀をするだけ。
「……ええ、存じております」
「た、タップちゃんタップちゃん。え、これなに?」
「分からないのかミラクル? アタシたちをココへ呼んだ
「ちょ! モンスターってさすがに失礼なんじゃ……!?」
そう言いつつも、考えてしまう。
向こうはコッチのことを「ごちそう」と言った。
その栗毛の下にある2つの眼はなんか赤く光ってる。
空の紫色は、彼女から迸っている感じすらするし。
……そもそものここへ
「ワタシ、あなたのことを見誤っていたの」
「えーと……」
「アナタからは何も感じなかった」
「なにも?」
「ソウよ。ウマ娘が持っている……もっているハズの原初の血」
「なにそれ、知らん……」
原初の血?
それはあれかな、三女神様が全部のウマ娘の祖となったみたいな話かな。
ちなアレは別に全部のウマ娘のお母さんってワケでもないらしいけれどね。ウマチューブで観ただけだから本当かは分からないケド。
「ウマ娘は走るために生まれてきた――――アンタの言う『原初の血』ってのは、それかい?」
タップちゃんが横から割り込み。スティルインラブさんはついと横目を流す。
「オブラートに包むのナラ。そうね」
「んじゃ、オブラートに包まない言い方があるってワケだ」
「ちょちょちょ! タップちゃんタップちゃん!!」
「なんだよミラクル。こっから面白いってのに」
「いやいやいや……! 面白いってなに!? 面白がってる場合?!」
そんな挑発するような言い方しなくてもいいじゃん!
勝ちたい、勝ちたい勝ちたい勝ちたいかちたいカチたいカチタイ勝ちたいカチタイカチタイカチタイカチタイカチタイ………………――――
「デモ、あなたはそうじゃなかった。ヒシミラクル」
「え、えぇ……?」
いや、私だって勝ちたいとは思ってますよ?
ていうか、
でも私だって、普通にトレーニングしてるし。ちゃんとお菓子やマンガをガマンして、やるぞーって追い込んでるし!
……でも。
――――勝ったのがスゴいって、思えなくて。
――――ヒシミラクルという名前の誰かが勝った感じ。
――――オープン昇格後のことは、あとで考えます!
「知りタイ。あなたの強さを。だから」
(イナイレ新作、いうほど超次元サッカーじゃないてマジすか?)