「……はっ!?」
目の前には、芝。
そして左右には金属製のゲート。
もちろん、扉は開いている。
「やっ、ば!!!」
『③ヒシミラクル遅れたか。一番人気③ヒシミラクル、⑫タップダンスシチー遅れてのスタートとなりましたG1大阪杯』
完全に出遅れた。
やばい、やばい。てかさっきの何?!
間違いなく私へんな場所にいたよね?
なんか整形式庭園? とかいう場所にいたよね?
で? そこで何があった? なぜかタップちゃんがいて、それからスティルインラブさんがやってきて……。
『喰ラワセテ?』
…………でも、スティルインラブさんは私を食べたりなんてしてない。
普通に走って、私よりも先にいるだけ。
『スティルインラブを止めて欲しいんだ。きみに』
あれは、なんだったんだろう。
記者さんが私に言ったのは、なんだったんだろう。
その答えはきっと――――さっきのあの場所に、ある。
「(いや!)」
無視無視! いったん無視!
いま私がやるべき事はレースを走ること!
トレーナーさんの言うとおり、この
……てか、中距離レースで出遅れとか、やっばいなぁコレ。
あ~~~もう終わった
『
大きく前に出たジェンガちゃん。去年の宝塚で逃げを披露したローザスちゃんで霞みがちだけれど、
でもあくまで、その評価は同期の中で。つまりクラシック級の中での話とは言っていたけれど……。
『続く①イッツアスモール2番人気④スティルインラブ⑥ヨイハルスコルピオ、後ろに3番人気の⑤ゼンノロブロイ外に⑬ネオユニヴァース。ホームストレッチから第1コーナーへ向かっていく……』
さーて、どうするかな。
とりあえず⑩ジェンガちゃんのことは考えない。だって考えても仕方ない……ていうか。
「(私は結局、差し脚質だから逃げとかに介入できんのよね)」
それは後方待機の弱点。
ペースメーカーとなる逃げウマ娘やその逃げウマ娘に牽制できるポジションとなる先行とは違い、差し集団はバ群の後方でチャンスを待つ戦術だ。
逃げ先行よりも全体を俯瞰しやすく、追込ほど先頭までの距離が開きにくい……そういう、レース勘やトップスピードを磨き切れていなくてもどうにかなる、どうにかするためのポジション。
……そして悲しいかな。私のトップスピードはあんまり速くない。
だから私に出来ることは、まわりをよーくみてチャンスを見つけて、早いうちにスパートを仕掛けて好位を奪う。
つまり何がいいたいかって――――差しと先行の良いとこ取り!
「(最初は『差し』でまわりをみて~、途中からは『先行』でレースを支配!)」
って、トレーナーさんは言ってたけれど。
そんなに上手くいくもんかなぁ……。
ま、タダでさえ出遅れてるのにいつも通り走ったら絶対に負けちゃうし。
お金払って
『……最後方に控えました⑦インターナショナル不気味だ。先頭は第2コーナーを回りまして未だにキングオブジェンガ。後ろにヨイハルスコルピオその横にアドマイヤグルーヴ前に出た。外側大きく動きましてネオユニヴァース内にサーベルオレ、スティルインラブ。1番人気ヒシミラクルはここにいます』
僅かに下げたスティルインラブさんが私の外側に。
だから。たぶん。
「(くる……!)」
今度は構えていたから驚かなかった。
だから落っこちることも、地面に激突することもない。
身構えている時には死神は来ないってのはホントだね。
「あれ、タップちゃんは?」
スタート直後に
ところがそこに、さっきはいたはずのタップちゃんはいない。
「先ほどは、失礼いたしました。ミラクルさん」
――――そして向こうに、スティルインラブさん。
「あ~、別に失礼って感じでもないけれど」
タップちゃんがいないのは、なんでかな。
さっきはタップちゃんが来たがってたから?
それとも、目の前の彼女は私にしか興味がない?
「ええと、とりあえずレースに帰ってもいいです?」
いや多分言っても仕方ないんだろうけれど、いちおうね?
私はレースに戻りたいんですよ~ってのは言っておかないとね。
「フフ、本当に面白イワネ。アナタ」
「いや~それほどでも……」
いや~いまのゼッタイ普通の「面白い」って意味じゃないよねぇ。
じゃあどういう意味なの? っていうと分かんないけれど。
コツコツ、とヒールの音が響く。
紅を基調として、白と水色を差し色にした勝負服の彼女が、今は真っ赤に見える。
「ネェ、教エテ?」
「えっと。なにを?」
「分カラナイノ?」
「え? そりゃ分からないですけど……」
え。いや分かんないよね? だって何も説明されてないし。
アレか。言われなくても考えろってヤツ?
『知りタイ。あなたの強さを』
「……あの、スティルさん。私、本当に強いんですかね?」
「?」
首を傾げるスティルさん。
こてん、と音が聞こえそうな軽やかさ。
「ソレを知リタイから。喰ラワセテ?」
こてん、ってやっても言ってることがカワイくない!!!
「いやちょ! ストップストップ!」
慌てて両手で遮ると、スティルさんはストップ。
あっ、止まってくれるんだ……優しいね。
「こんなところに呼んでもらって申し訳ないんですけれど。私ってばどこにでもいるウマ娘なんですよ」
そりゃオープンウマ娘にはなれたし。G1も勝ったし。
そして今回はなんかG1の舞台で1番人気になっちゃうし。
たぶんもう「普通」は名乗れないんだろうなーって、そんな気はするけれど。
「それでも。やっぱ私は私なんで」
別に強いウマ娘ではないし。ホントはトレーニングサボりたいって思うこともあるし。
でも。
ううん、だからこそ。
普通だったから、私は努力を重ねるしかなかった。
ナイター時間までやって、休日も欠かさず走って。
休むときも動画視て、本読んで、イメトレして。
「だから、ごめんなさい。食べても多分、スティルさんの役には立たないです」
だからその。食べないで欲しいな~って思うんですけれど……。
「アナタ、やっぱりツマラナイわね」
「あ~~~分かりますよ?」
私みたいなのに時間を使ったら、スティルさんの時間がもったいないっていうか? みたいな感じですよね?
「ソウネ。時間の無駄ダッタわ」
「でしょでしょ? だからその、帰してもらえるとですね……」
「
あー……。
これは説得失敗かな。
「ヤッパリ、食べてみないと分カラナイワ。それじゃ……」
うーーーん。こういう時は……。
「……頂キマス♪」
逃げるッ!!!
「ギャン!?」
ところが駆けだした瞬間に倒れる身体! レンガにぶつかる視界!
「えっなにこれ!?」
引っ張られたのは脚。絡みついた……というか巻き付いた謎の植物。
こんなのってアリ!?
「あばばば、ホントにやめましょ! 食べないでくださーい!!!」
思わず顔を覆って目をつむる。
うう、なんでこんなことに……!
……。
…………。
「………………あれ?」
そっと目を開ける。
目の前にあったのは、一面の青。
「貴女たちは、間違ってる……!」
「アラ。可愛イ娘がやって来たワネ?」
「……え?」
なんか、目の前でスティルさんと別のウマ娘が取っ組みあいしてるんですけれど……。
「貴女たちは完成しているのに! どうして外に答えを求めるの!?」
「完成? 冗談ヤメテ、あの人はこんな私ジャ満足シナイワ! 決シテ!」
「え、は? はい……?」
えっと……あの…………ちょっと割と理解が追いつかないんですけれども……。
「ミラクルさん! こっちです!」
と次の瞬間引っ張られる身体。巻き付いていた植物はあっさり緩んで解ける。
ズリズリと引きずられてスティルさんから距離を取ったところで、ぐいっと持ち上げられて起き上がらされる。
……あっと、助かった?
た、たすかった!
「ありがと~!」
思わずぎゅーとしちゃうよ!
てかスゴい抱き心地だね!
「わぷっ……無事でなによりです。ヒシミラクルさん」
私の感謝ハグが終わると、大きなメガネをかけたウマ娘がホッとしたような顔つきで言う。
このウマ娘は⑤ゼンノロブロイちゃん。
「いやぁ助けてくれて本ッ当にありがとね! てかいつからいたの?」
「つい先ほど……アルヴさんがいなければ私もここへは来られなかったでしょうが……」
えーと、じゃあアルヴさんってのにもお礼を言わないとね。
で、アルヴさんってのは……アドマイヤグルーヴさんのことか!
トレーナーさんの分析ではムラが大きくて
「満足!? ふざけないでッ! 貴女は……貴女の願いはこんなことじゃないはず!」
「イイエ。コレが私タチの
そしてそのアルヴさんはスティルさんと絶賛取っ組み合い中……。
『願い』とか『ミチ』とか、なんの話をしてるのか分かんないけれど……
「と、とりあえず喧嘩はよくないから。その、レース中なんだし走らない?」
「「キッ!!!」」
「ヒィン……」
に、睨まれちゃった……。
「ミラクルさん。止めるのは難しいかと……」
「え、ええ……じゃあどうするの?」
「それは……」
言葉を濁すロブロイちゃん。
「いいじゃない! 貴女は愛をいっぱいもらって!! もう満足しなさい!!!」
「知った口を聞かないでください! あの人のコト、知ラナイくせに!」
もうなんの言い争いをしているのかもよく分からない2人。
うむむ……これは……。
「うん。私には解決できない!」
「ミラクルさん?」
「というわけでロブロイちゃん、あとお願い!」
「ミラクルさん???」
やっぱり逃げよう!
庭園の端っこに向けてダッシュ!
「あっ、待チナサイ!」
「貴女こそ待ちなさい!!」
「ミラクルさーん!!!」
「『ヒシミラクル』は『SAMO*1』をするね」
うっわみんな追いかけてこないでよ!!!
でも追いつかれたら今度こそ食べられちゃいそうだし……とにかく逃げろ!!!
「――――……はっ!」
目の前に、青い芝!
「ぐぬぬぬぬ!!!」
ああもう!! 本当になんなのアレ!
スタート時よりもずっとスピードついてるから転けたらどうしてくれるのさ!!!
『さあここから最終直線! ヒシミラクル伸びないか先頭代わってスティルインラブ。外からアドマイヤ内に――――……』
ああもう!
本当に最ッ悪!
なんかワケ分かんないモノ見せられるし、そうでなくても周囲が全員私のことマークしててヤバいし!
……てか冷静に考えると「選ばれしウマ娘」ってなに? あの庭園は本当になに!? トレーナーさんあんなの教えてくれなかったよね!?
「スゥ――――……」
――――おちつけ、おちつけクー。
そりゃトレーナーさんだって全部知ってるワケじゃない。
あの人はあくまで名義貸しで、お金を払った分だけ指導してくれる人で。
『ほいこれ。初勝利祝いな』
『2勝クラス昇格のお祝いだよ、お祝い』
『3勝目おめでとう』
……トレーナーさんも、私に勝って欲しいのかな。
私は悪いけれど、スティルさんみたいに「なにをしてでも勝つ」みたいな感じじゃないけれど。
うーん。まあそりゃ、勝てるなら勝つけれどさ。
でももう最終直線。先頭に飛び出したスティルさんまでは2バ身。
さすがにトップスピードに乗った彼女には追いつけない。
追い抜くなんて、もってのほか。
「(まあ、でも。それは手を抜く理由にはならないよね)」
普通だったから、私は努力を重ねるしかなかった。
ナイター時間までやって、休日も欠かさず走って。
休むときも動画視て、本読んで、イメトレして。
ここで手を抜いたら、私は私を否定することになる。
だから。
勝ちたい理由なんてないけれど。
負けたくないとか、そういうのはないけれど。
「はぁあああああっ!」
『いやヒシミラクルだ。ヒシミラクルもうひと伸び! しかしスティルインラブ突き放す! 三位争いはアドマイヤグルーヴにゼンノロブロイ』
中距離レースなんだからさ。
もうひと絞り、いけるでしょ。わたし!
「―――――ッ!」
『差すかヒシミラクル。残すかスティルインラブ! だがスティルインラブだ――――!』
あとちょっとで、その背中に、
おいつ――――……。
「――――ヒシミラクル、大丈夫か?」
ターフに棒立ちになった私をどう思ったのか。
トレーナーさんが顔を覗き込んできた。
右耳と左耳、それぞれで指を鳴らして。それから脚に触って何かを確認している。
「あー……ええと、結局レースはどうなりましたか?」
「審議中だ」
「シンギチュウ? そんなウマ娘走ってましたっけ……?」
「審議だよ審議。俺がスティルインラブの走行妨害を申し立てた」
「え?」
その言葉の意味が分からず、思わず掲示板。
電光掲示板の文字は4ー3ー5ー13ー11……つまり④のスティルさんが1着で③の私は2着であることを示しているけれど。赤い確定ランプが点くべき場所には「審」の文字。
「スタート直後、ヒシミラクルは体勢を崩しただろ?」
「え、あ。それは」
「それに最終直線手前、スティルインラブが真横につけたタイミングで走りにくかったんじゃないのか?」
「それは」
説明しようとして、言葉が出ない。
だって、アレをどうやったらトレーナーさんに理解してもらえるか。分からない。
「えっと……」
なにかを探して、泳いだ眼の先にスティルさん。
ターフにスッと立った彼女のもとに、彼女の専属トレーナーが駆け寄ってくる。
「スティル」
「トレーナーさん」
「今日も素晴らしい走りだった、よ……」
「トレーナーさん」
ふらりとバランスを崩したトレーナーを抱きかかえるスティルさん。
トレーナーは倒れなかったけれど、勢い余ったサングラスがターフに落ちる。
「……見てられない」
「トレーナーさん?」
それを見たトレーナーさんが歩み寄っていく。
思わず一緒に来てくれていたクロノちゃんに目を合わせるけれど、クロノちゃんは首を横に振るだけ。
「サングラス。落ちましたよ」
「……ああ、これはどうも」
「酷い目をしている」
「…………そうかな、ぼくはそうは思わないけれど」
そう力なく返してサングラスを受け取るスティルさんのトレーナー。
その目は、気のせいかな。真っ赤に見えた。
あの庭園での、スティルさんみたいに。
「ま、なんだ。恨むなら俺を恨め」
それでトレーナーさんは、スティルさんとそのトレーナーを見て変なことを言った。
「ウマ娘の敗北は、常に
『――――お待たせいたしました』
『阪神開催第11レースの審議についてお知らせいたします』
『第1位に入線した4番スティルインラブは、発走後まもなく、また最後の直線コースで3番ヒシミラクルの走行を妨害したため、第2着に降着とし――――』
以下おまけ
無自覚煽りヒシミラクル~記者会見編~
記者「サンキュースポーツの鈴木です。ヒシミラクルさん、大阪杯とっちゃいましたね!」
ミラ子「い、いやぁ。ありがとうございます……でも、」
カンペ『降着に触れるな!』
ミラ子「(いやトレーナーさん無理難題!)」
ミラ子「なんかこぅ……困っちゃったなっていうか」
記者「ほう?」
ミラ子「だって、ここ勝っちゃったら春三冠取るしかなくなっちゃいますよね」
記者「と、いいますとぉ~?」
ミラ子「だって私。世間じゃステイヤーって言われてるじゃないですか?」
乙名史「す……素晴らしいです!!! あっ、月刊トゥインクルの乙名史です! シニア春三冠で一番短い距離の大阪杯を制したということは同じ阪神レース場で距離延長の宝塚記念はもちろん! 最長G1の天皇賞春なんて獲ったも同然ということですね!!!」
ミラ子「えぇっ!? いやいや、そこまでは言ってないですよ~~~」
トレ「言ってるだろ」