小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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閑話06 天皇賞(春)の虚像

 

 

 

 チーム〈クエーサー〉所属。ヒシミラクル。

 

 

 イレーサーの消し後、食べ残しのスルメみたいになった黒いチロチロしたのがところどころに残るホワイトボードの中心に、その名前がデカデカと書き込まれる。

 

「今回の要注意ウマ娘だ」

「はい」

 

 目の前のトレーナーさんは真剣そのもの。そして相変わらず目の下にクマ。

 ……こうやって重賞前になるとすぐ徹夜するクセ、身体に悪いから止めて欲しい。

 

「天皇賞・春は京都レース場の芝3200メートル。そしてヒシミラクルは去年の菊花賞勝者。勝ち筋も経験済みで大本命に押されている」

 

 トレーナーさんが私でも知っていることをつらつらつら……。

 

「それで、どうやってヒシミラクルに勝つかだが!」

 

 パン、と軽くホワイトボードを叩くトレーナー。

 

「もう気合いしかない!」

「ええーーーーッ!?」

「というのは冗談で」

「あ冗談なんだ……」

 

 でも冗談には聞こえないんだよね。

 

「ヒシミラクルの強みで戦わなければ、勝てる」

「ヒシミラクルの強み……スタミナ勝負はするなってこと?」

 

 

 私の名前はヒノカミイエーガー。

 

 競走成績は24戦6勝。中堅のオープンウマ娘。

 これでも連対率は三割越えで、センター入り含めれば五割は越える。

 

 それでも、今年の成績はちょっと……いや結構悪い。

 

 アルゼンチン共和国杯の勝利で締めくくった去年はよかった。

 けれど今年は、既にG2を二回戦ってどちらも掲示板外。

 

「あの二回はどっちも展開が悪かった。君の強みが活かせていなかった」

「…………私の、強み」

「そうだ! 粘り強さだ!」

 

 うん。だよね。

 トレーナーいっつもそれだし。

 

「きみの粘り強さにはヒシミラクルもびっくりするはずだ!」

「……こないだの『月刊クエーサー』では逆にビックリしちゃったけど」

 

 月刊クエーサーとは、いまのトゥインクル・シリーズの台風の目となっているチーム〈クエーサー〉の公式番組。

 チームお抱えのウマチューバー、クロノジェネシスが運営するチャンネル「生涯収支ぷらす11億円」にて配信されており、内容はチーム運営の裏側や直近のレースに出走予定のウマ娘インタビューなど……。

 

「トレーナーも見たよね。先週の朝練特集?」

 

 名義貸しチームに腐らず、精一杯努力するウマ娘たち。

 集合場所でスマホを弄ってる子や、早くから走り込んでいたのか走って合流してくるウマ娘もいたり……。

 

「ああ。みたぞ。だがイエーガーの方が努力してる!」

「そりゃ、当たり前っていうか」

 

 だって私はスカウトされたし。

 その言葉をそっと飲み込んで、私はトレーナーに向き合う。

 

「私、ずっと努力してる」

「知ってるさ」

「でも、ヒシミラクルも努力してる」

「そうだな」

「……正直、怖いよ」

 

 このまま勝てなかったら。

 ヒシミラクルはスカウトされてないって言っていたけれど。

 もしもスカウトされなかっただけで、彼女にも才能があるとしたら?

 

「トレーナー、前に言ってましたよね」

 

 ウマ娘は才能と努力の合計値で勝負するって。

 

「ああ。言ったな。だから才能があるだけでもダメだし、努力だけでもダメだ」

「でも最近、思うんだ。努力は『努力できる才能』に裏打ちされるものだって」

 

 努力することの難しさを、デビューしてからイヤというほど味わっている。

 トレーニングは単に反復すればいいってものじゃない。()()()()()()という姿を決めて、どうズレているのかをトレーナーに評価してもらって……()()()()まで身体に覚えさせる作業。

 

 この努力に耐えられるかどうかは、もう気合いとか根性なんてもんじゃない。

 トレーナーが私の根性をいつも褒めてくれるのは、きっとそういうこと。

 

「もしさ。身体の才能よりずっと、努力できる才能が大きい子がいるとしたら」

 

 その子はきっと、スカウトされないかもしれない。

 トレーニングをしてみないと分からない才能を、見抜くコトなんて誰にも出来ないから。

 

「私は、その子が――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒノカミイエーガー、2着。

 

 

『また、また、また、また! ヒシミラクル! これでG1を四連勝!!!』

 

 

 そして、あっけなく私の才能への挑戦は終わった。

 

 また挑めばいいって、トレーナーは言うのだろう。

 もちろんそれは、本当のこと。

 私をスカウトしたトレーナーは、今もちゃんと私のことを信じてくれてる。

 

 ああ、でも。きっとトレーナーには見えないんだろうな。

 

「ミラクルさん、やりましたね!」

「うん。まあさすがにね? 落とせないっていうか。私は京都のヒシミーですし?」

「いまの記者に聞かれたらまた飛ばし記事書かれるぞ。ヒシミラクル学生」

 

 私がいま、何に壁を感じているか。

 

 この天皇賞(春)に横たわる1着と2着の着差が、どれだけ大きいか。

 

 

 


 

 

 

 そして、レースが終わればウイニングライブ。

 ウマ娘がファンに感謝を伝え、ファンはウマ娘と勝利を共有する。

 

 ターフとラチの外(スタンド)が一体になる。夢のような時間。

 

「いけるか? イエーガー」

「うん。行ってくる」

 

 いくしかないし、なんて言わないよ。

 私はセンターもサブも、バックの振り付けだって完璧に覚えてるし。

 

 だって。それが競走ウマ娘だから。

 レースで手は抜かない。ライブは全力でやりきる。

 

 その程度の努力が出来なきゃ、私たちはターフに立てない。

 

「あっ、イエーガーさん。今日はよろしくです~」

「ええ。よろしくね、ヒシミラクルさん」

 

 私たちは努力する。

 努力してきたから、相手の努力が分かる。

 

 だからターフに立つモノは、いつだって平等でいられる。

 

 それでも。ライブの配置は。

 会場を埋めるペンライトの彩りは。

 

 

『あと十秒で暗転しまーす。配置準備よろしくおねがいしまーす』

 

 

 耳元に引っ掛けた骨伝導式のワイヤレスイヤホンがスタッフの声を伝えてくる。

 舞台袖からじゃ会場の様子は見えないけれど、今は前のライブ(10Rの曲)が終わるところ。

 

 これが終われば、ステージは暗転。

 その僅かな時間に、春シニアG1ライブ曲用の舞台転換、そしてウマ娘(わたしたち)の配置を終えなくちゃいけない。

 

『4、3、、……』

 

 カウント、ゼロ。

 それよりもちょっとだけ早く、身体の重心を滑らせるようにして第一歩。

 

 消えつつあった照明(ライト)が消える。

 代わりに現れる誘導用の蛍光テープ、私は2着のマークが書かれた線を追いかける。

 

「(あ)」

 

 ふと、会場を見る。観客席に目線が向く。

 そこには、星空みたいな色とりどりのペンライト。

 

 それが、ぽつり、ぽつり。

 降り出した雨みたいに、雨が土をまっくろに染めていくみたいに。

 

 

 青と白に――――ヒシミラクルの色に、染まっていく。

 

 そりゃそうだ。

 ヒシミラクルは1番人気。

 推しに推されて、その期待通りに勝ったのだから。

 

 

《♪~~~》

 

 

 そして始まるウイニングライブ。

 センターを構成する3名――――入線順1位から3位――――は2人が引き立て役で1人が主役。バックダンサーよりも注目される引き立て役。

 

 もちろん、私だって真ん中で引き立ててもらったことはあるけれど。

 

「(勝ちたいなぁ)」

 

 次は、次こそは。

 スポットライトを当てられて、自分の色で会場を埋めて。

 

 一瞬でもいい、この場所を。

 

 自分のものにしてみたい。

 

 

フッ

 

 

「えっ」

 

 スポットライトの灯りが消える――――ワンテンポ遅れて、音楽も止まる。

 

 もちろん、聞いていないタイミング。

 

 なにが起こったのか、一瞬分からなかった。

 けれど目の前に広がるペンライトの海を見れば分かる。

 

「(停電だ)」

 

 理由は分からないけれど、とにかく電気が落ちた。

 そして、真っ暗になった。

 

 センターほどじゃないけれどスポットライトを当てられてた私の眼には、呆気にとられたみたいに止まったペンライトの森。

 

 どうしよう。

 

 どうしよう、どうしよう。

 

 心臓の鼓動が聞こえてくる。きっと停電トラブルだ。

 だから、どうしようもできないことも分かっている。

 けれど、どうにもできないことが焦りになっていく。

 

 私の心音が広がるように、会場にもざわめきが広がっていく。

 

「ブーケさん、それちょうだい!」

 

 だから、私はあの時に「彼女」がなにをしようとしているかなんて、考えもしなくて。

 

 

『みんな』

 

 

 ワイヤレスイヤホン。

 電池式だから、停電の影響を受けないそれ。

 

 

『悪いけど、ちょっとつきあってよね』

 

 

 そこから聞こえた――――彼女の声。

 

 なにを……と考えるより早く、気付く。

 

 彼女は、あるべき場所(センター)にいなかった。

 舞台の端。観客の目の前。

 

 それは後から考えたら、きっとチームの仲間から道具(スピーカー)を受け取るためだったのかもしれないけれど。

 

 

 私には、最終直線で見たのよりずっと遠い、背中に見えた。

 

 

『―――………』

 

 

 長く、吐き出すように。

 携帯式電子拡声器(デジタルスピーカー)の、ありふれたノイズを混ぜながら。

 

『わすれぇーたーくなーい瞬かーんがー……』

 

『なんどもぉ、むねをこぉーがすぅー……』

 

 時間を稼ぐために。

 

 曲調を何倍にも引き延ばして。

 

 

『あこがれより、つよいきもちぃ』

 

 

 会場のざわめきを。不安を。

 山も谷も全て()()()()してしまうように。

 

 

『そのゆくえさがしーてたー…………!』

 

 

 

 


 

 でもさ。

 私があなたに負けたと思ったのは、実はそのときじゃないんだ。

 

 その後のさ。

 電気が戻って。上手いタイミングでスタッフさんが照明と音源とテープクラッカー(金色銀色のキラキラしたの)を一斉放出して。

 どうにか最後まで歌い上げた後の。音楽が止まった瞬間。

 

 爆発するような歓声の、一歩手前で。

 

 マイクを切って、切ったからこそ。

 私しか聞いていない、あの言葉。

 


 

 

 

「ふぅー。あっぶなかったぁ……」

 

 

 


 

 負けた。

 負けたよ。

 だって私、私のためにしか走ってなかった。

 

 あの顔。やりきったなんてもんじゃない。

 みんなの期待に応えられた、安堵の表情。

 

 彼女はみんなのために、走っていたんだ。

 そのために、血の滲む努力が出来る子なんだ。

 


 

 

 

 

 だからさ。

 

「ねぇ、ヒシミラクルさん」

「あ、イエーガーさん。いやぁトラブルでビビりましたねぇ~おつかれぇい!」

 

 ハイタッチのポーズを取る彼女には応じないよ。

 応じられないよ。私にその資格はないから。

 

「獲ってよ――――1番(てっぺん)

「へ?」

 

 

 

 私は、努力できる子が。

 

 自分のためだけじゃなく、みんなのために努力出来る子が。

 

 その子がいちばん――――報われて欲しいと思うから。

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