小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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閑話10 3回阪神4日目11R(1)

 

 宝塚記念は第4コーナー向こう、コースから外れる形で作られたゲートポケットからスタートする。

 

 スタンド前の直線を通り第1コーナー、おにぎり型のコースをぐるりとまわってゴールイン。阪神レース場の持ち味を余すことなく味わえる、お手本のようなコース設定。

 

 

「宝塚記念。逃げウマ娘が残るか否かは最初の直線、それも1ハロン(200M)が勝負だ」

「どうした急に」

 

 第4コーナー沿いの芝生エリア、一般客があつまる一角で2人の男性が話している。

 

「阪神レース場は3コーナーから4コーナーにかけての大回りなレイアウトにより、外に持ち出しての早め仕掛けが通用するようになっている。しかも最終直線は上り坂、先行勢の失速も誘いやすく逆転劇が起きやすい」

「ああ、阪神が外枠有利と言われる所以(ゆえん)だな」

「そして逃げウマ娘にとってそんな差し追込有利の環境はプレッシャー。ましてや今日の1番人気は差し寄りロングスパートのヒシミラクル」

「最内の経済コースを取っても、最後の最後で追い越される展開が容易に想像できる訳か」

 

 2人の指摘の通り、今日の宝塚記念は逃げウマ娘にとってかなり厳しい環境だ。

 2200という距離は全力疾走を維持するにはあまりに長くなりすぎ、ロングスパートを仕掛けやすい大回りなコーナーは中盤から仕掛けられる可能性(チャンス)を秘めている。

 まして今日の有力ウマ娘はヒシミラクル――――最初から全力疾走と揶揄されるほどのロングスパートとそれでバテない基礎能力を積み上げたウマ娘。

 

「逃げウマ娘が最初の1ハロン(200M)先頭(ハナ)を取るのは前提。その優位をどう運用して勝利を呼び込むかが鍵になる。相手はもちろん、ヒシミラクルのロングスパート」

「そのロングスパートを凌ぎきるほどのセーフティリードを確保できるか、最終直線で()()()()()ほどのウマ娘でなければ……」

 

 2人の頭に駆け抜けるのはあのスピードのその先へ(走ることしか興味のない)ウマ娘。もちろんそれほどのウマ娘であるからこそ、彼女は数多の優駿を振り切って宝塚記念を勝ったわけだが……。

 今日の逃げウマ娘は、果たしてそれほどか。

 

「逃げ脚質は④と⑫だったか?」

「ああ。だが④ユアダークビジョンは内枠で⑫キングオブジェンガは逃げ専門という訳でもない。彼女は基本的に単独(ポツン)逃げ出来なければ好位追走戦術に切り替えがちだ」

「実質的に④の独走、しかし④はラップタイム逃げをするタイプの逃げウマ娘ではない。序盤飛ばしての()()()()か?」

「いや。今日は⑩ヒシミラクルの存在感がデカすぎる。そこに⑤シンボリクリスエスがマークし始めたら、誰も逃げウマなんて()()()()()

 

 

 ペースメーカーにも例えられ、実際多くのレースでペースコントロールを担うことがある逃げウマ娘――――その存在感は、あくまで「先頭を走っている=ゴールにもっとも近い」という共通幻想に根拠を置いている。

 

 差される未来が見えているウマ娘を、最初から気にかけるウマ娘なんていない。

 

 

「――――なら、誰がペースを作るんだ?」

 

 

 

 


 

 

 

 息を吸い込む。

 

 肺の中を吹き抜ける風。

 

 肌を焼くような真夏の日差し。

 

 ターフから立ちのぼる土の匂い。

 

 

「(むふ、むふふふふ……デュフフフ……↑)」

 

 

 ②アグネスデジタルは、その完璧な表情筋コントロールでゲートの中に収まっていた。

 なかなか体調が安定せず、学園内で卒倒してはドクターストップと解禁を繰り返して辿り着いた復帰戦。トレーナーは彼女の不安定さに頭を悩ませ、レースへの意気込みを喪ってしまったのかと心配する始末であったが――――無論そんなことはない。

 

「(芦毛(ヒシミラクル)芦毛(クロノジェネシス)の最強決定戦! しかもそれはデビューの頃から共に歩んだチームメイト……! こんなの、こんなの逃せるわけがないじゃあないですか!!!)」

 

 故にこそ立たねばならない。

 スタンドや生中継では見られない絶景を、自らの眼に収めるためにこそ。

 

 

「偶数番ゲートインねがいしまーす」

 

 

 係員の誘導に従ってゲートへと脚を踏み入れる。

 

 既に奇数番はゲートイン済。金網の向こうに隣のウマ娘のシルエット。

 

「(お隣のアーモンドアイさんも、どうやら相当に気合いの入っているご様子……!)」

 

 そしてG1戦線に顔を出すウマ娘の全てを把握しているアグネスデジタルにとって、仄かに香る洗髪剤整髪剤の比率で相手を見分けることなど容易。

 

「(これがあのチーム〈クエーサー〉。私のトレーナーさんの誘いを断ったヒシミラクルさんが心酔する名トレーナーさんの率いるチーム!)」

 

 それは去年の出来事だ。

 まだ2勝クラスの条件ウマ娘に過ぎなかったヒシミラクルを、アグネスデジタルの所属するチームのトレーナーはスカウトした。

 その時、ひとまずはお試しでとトレーニングやってきたヒシミラクルは、こう言った。

 

 

『トレーナーさんは、私が菊花賞で勝てると思うんです?』

 

 

 あの時、トレーナーさんは勝てると即答した。

 そしてそれは、事実だった。

 

 けれど彼女は、その後にまずは3勝クラスに上がりたいと言った。

 神戸新聞杯への格上挑戦をするにしても、まずは目の前のレースを堅実に勝ちたいと。

 

 そしてそのために彼女が考えるトレーニングは、凄まじい量。

 テクニックなんて欠片もない、とにかく全身を満遍なく鍛え上げて()()()()()()()()()トレーニング法。

 

 

「(勝てるか、と問われたのなら。正直自信はありません)」

 

 

 全ウマ娘、ゲートイン完了。

 

 

「(……ですが、勝つつもりで挑まねば。それこそ無作法というもの)」

 

 

 耳に残るノイズ音。

 ゲート解放直前の、通電を示すそれ。

 

「(いまッ)」

 

 ゲートが開く。

 金網で遮られていた視界が開ける。

 

 夏の阪神レース場。青々と茂るターフの向こうに青空。浮かぶ白い雲がコントラスト。

 夏至を通り過ぎたばかりの西日本の空は――――メインレースの時間でも眩しいばかり。

 

『全ウマ娘揃ってのスタート、さぁ先頭(ハナ)を取るか④ユアダークビジョン前へグングン、③アーモンドアイ追いすがるか外から⑫キングオブジェンガ内へ進んでいく』

 

 2個隣から飛び出した④ユアダークビジョン、それを追う③アーモンドアイ。①ノイジータコスも加速を緩めない格好で、②アグネスデジタルの周囲は全員が先行の構えとなった。

 

「(……ですが、皆さんのご興味はきっとアチラのウマ娘ちゃんですよね?)」

 

 去年の夏まで条件戦に埋もれていた芦毛のスーパースター。

 菊花賞に有マ記念、大阪杯天皇賞とG1を連戦連勝中のウマ娘。

 

『1番人気⑩ヒシミラクルは中団に控えました。全ウマ娘一週目の直線を駆け抜けていきますG1宝塚記念』

 

 差し脚質のヒシミラクルはもちろんこんな序盤には仕掛けない。

 そしてもちろん、横一線にスタートを切った他のウマ娘たちも。

 

「ッ」

 

 脚が埋まった。

 一瞬、ほんのノイズ程度。

 

「(~~~っ! 分かってはいましたが、やっぱり梅雨明けの阪神はキッツいですねぇ!)」

 

 梅雨という雨が降りがちな季節に開催が被り、湿った土をウマ娘の蹄鉄が踏みつけることで()()()()()()。同じ西日本の主要レース場である京都と比較しても、阪神レース場のバ場状態は悪化しがちだ。

 その場しのぎの補修では隠しきれなかった穴が、アグネスデジタルの一完歩を僅かに縮める。

 

 これは阪神は内枠が不利と言われる理由のひとつ――――だが。

 

「(ですがっ、それがどうしたものですか!)」

 

 裏を返せばそれは利点でもある。

 不利な内枠には誰も寄せてこない。それはつまり、最初の直線では誰も経済コースに寄せてこないことを意味している。

 

 そして競走施行における斜行(横入りによる進路妨害)の判定基準がおよそ2バ身であることを考えれば――――ここで減速しなかった内枠ウマ娘は、先行を維持しつつ経済コースを使えることが確約されるのだ。

 

『スタンド前、八万人の観客に見守られ17人のウマ娘が走ります。2番人気⑤シンボリクリスエス今日も中団につけますがヒシミラクルはどこ吹く風と内に寄せていく』

 

 それでも、きっとヒシミラクルも完全に内には寄せない。

 第3コーナーあとの広くて緩やかなカーブ。第4コーナーまでの接続地帯で外に飛び出してロングスパートを仕掛けるために、最内には寄れない。

 

「(レースは持つ手札で戦うしかないんです。であるならば、アタシは与えられたこの内枠というカードを使うしかない!)」

 

 経済コース、積み重ねても十数Mの僅かな誤差。

 それでも、数完歩分のリードは取れる。

 

 ならば、最終直線まで()()()()()()程度は造作もない。

 

「(さぁ勝負です、ヒシミラクル)」

 

 アグネスデジタルは全力でその位置取り(ポジション)をキープする。

 ①ノイジータコスに先を譲り、外から寄せてくる⑮マインスイーパマンの圧力を小柄な体躯で受け止めながら。

 

『ここで第1コーナー、先頭から④ユアダークビジョン続いて⑫キングオブジェンガ、その後③アーモンドアイ今日も前めだ。2バ身開いて①ノイジータコスに⑮マインスイーパマン――――』

 

 なにせ、彼女の歩みは約束の地を目指すため。

 ウマ娘の真の素顔(とうとみ)を垣間見れる「約束の地」に至るため。

 その聖地を土足で踏み荒らさないために、彼女は蹄鉄を履いたのだから。

 

 

「(最終直線、そのご尊顔を拝めるのを楽しみにさせて頂きますぞぉ~~~?)」

 

 

 

 

『その後ろ、内に②アグネスデジタル外に⑯タップダンスシチー』

 

 ゆえに、彼女は見失う。

 

『――――ここまで先頭集団。続いて――――』

 

 

 このレースの基準(ペース)が、どこにあるのか。

 

 

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