小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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閑話11 3回阪神4日目11R(2)

 

 

「きみの強みはなんだ?」

「全てよ」

 

 ――――と、言えたのなら良かったのだけれども。

 敢えて前置きした彼女は、いつも通りの仕草で髪をかき上げる。

 

「私の強みは、弱みを残さないこと」

 

 昔から、何か()()()()()()()()()()を許せなかった。

 誰だって最初から全部出来るわけじゃない。それはつまり、全部いつかは、出来るようになるってことの裏返しだと信じて疑わなかった。

 

 

『すごい! はじめてなのにどうして出来たの!?』

『え? なんでって……なんとなくやりかた分かるよね?』

 

 

 直感と要領の良さで全てを解決してしまう――――そんな『天才』がいるなんて、考えもしなかった。

 考えもしなかったから、いつかは必ず、努力でその差を埋められると信じた。

 だって、()()()()――――頑張れば必ず、結果はついてきたから。

 

「でも、それが私の弱みだったのね」

 

 それでも。頑張っても。正しい努力をしてもなお。

 結果がついてこないのであれば。

 

 だからこそ、安田記念に敗れたアーモンドアイはハッキリ言った。

 もしかすると、それは遅きに失したのかもしれないが。

 

「トレーナー。宝塚記念の()()()を教えてちょうだい」

 

 ここからは、()()()()鍛えるわ。

 

 

 


 

 

 

 逃げウマ娘には3種類ある。

 

 ひとつは、戦術としての逃げ――――小柄な体格により、バ群内の競り合いには勝機を見いだせず、かといって追込で追い抜くほどの末脚を持たないウマ娘が選ぶ。セーフティーリードの確保を目的とした逃げ。

 

 ひとつは、気性としての逃げ――――本人には逃げているつもりがなくとも、気付いたら集団の先頭に立っている。エンジンが強すぎるとも、ブレーキが効かないとも呼べる結果論としての逃げ。

 

 

「(前の2人は、きっと戦術と気性の逃げ)」

 

 その違いは、一緒に走ってみなければ分からないものだ。

 先頭をいくユアダークビジョンは気性としての逃げだろう。前に行きたいという気持ちがとにかく強い。荒れたバ場も気にせず前をしっかり確保した。

 そしてキングオブジェンガは、戦術としての逃げ。先頭をユアダークビジョンに譲ることで風よけ(スリップストリーム)を手に入れた。

 

「(なら、きっと分かってくれるわよね?)」

 

 戦術としての逃げを選ぶなら、その戦術は距離の防壁(セーフティーリード)を確保しなければ成り立たない。

 ゆえにアーモンドアイは()()()、それを待つ。

 

 ゴール前の直線から第1コーナーへ。

 右へと大きく回っていくコーナーは、加速と慣性(遠心力)の戦いだ。身体が時速60キロ以上で()()()()()()()行こうとする中、2本の脚による加速だけでコーナーに沿うように身体を制御していかなくてはならない。

 

「フッ――――」

 

 呼吸を変える。それをトリガーにして、身体の動きを変える。

 直線で効率よく速度を生み出す(身体を前に運ぶ)姿勢から、コーナーを曲がりきるための動きへと瞬間で転換(シフト)する。

 

 蹄鉄は全て接地、身体の重心は低く、地面に落とすように。

 その結果として生み出される二足歩行の生物としてあり得ないほど傾いた姿勢を、下半身全ての関節を利用して吸収する。

 

「!」

 

 後ろを確認したキングオブジェンガ。

 彼女の眼に動揺が走るのが手に取るように分かる。

 

「(ええ、その通り。私は()()あなたを追い抜くわよ?)」

『ここで③アーモンドアイ大きく前へ掛かったか』

 

 そして戦術としての逃げを維持するために、キングオブジェンガは加速を強いられる。

 丁寧なコーナリングで先頭のユアダークビジョンとラチの僅かな空間を突き、一気に前へと飛び出る。

 

『⑫キングオブジェンガ付き合う最内を突いてここで先頭交代。これはペースが速いか』

 

 好位を失してバ群に沈むくらいなら、中距離を頼んで(スタミナ消費の少なさを頼りに)破滅逃げのペースに甘んじるべきとキングオブジェンガは判断した。

 

 

 ――――破滅逃げ。

 

 

 それは気性としての逃げウマ娘によく起こる事故のようなもの。

 

 序盤からハイペースで飛ばしてしまい、スタミナも何もかも失って最後に逆噴射(大きく失速)してしまう逃げ。

 つまり戦術として逃げを選んだキングオブジェンガにとっては負けが確定する一手。

 

 ……――――とはいえ、その破滅とはあくまで結果論。

 

 この瞬間のハイペースが必ずしも破滅に繋がるとは限らない。

 案外ギリギリでスタミナが保ったり、破滅ペースに他のウマ娘が引っ張られる(つきあう)ことでレース自体が崩壊、最後には先頭にいた逃げウマが残るかもしれない。

 

 

 分の悪い賭けだ。

 そして、賭けになる程度には成算のある選択だ。

 

 

 つまりキングオブジェンガは、アーモンドアイの仕掛けた破滅逃げペースの加速を受けて立つ以外の選択肢を奪われた。

 

 そして、言うまでもないことであるが。

 この場合の破滅逃げとはあくまで――――

 

 

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()、である。

 

 

 

 

4F(ここ)までラップ維持。ハマったな」

 

 ストップウォッチに表示されたタイムを見て、チーム〈クエーサー〉のチーフである金本トレーナーは小さく呟く。

 

「トレーナーさん?」

「いや。アーモンドアイはつくづく優秀だと、改めてな」

贔屓(ひいき)ですか?」

「そうじゃない。このレースにはチームが誇る3本の矢(たくさん課金してくれるウマ娘)が全員出てるんだ。全員に等しく勝ち方を教えるさ」

 

 

 そして、そんな拝金主義トレーナーがアーモンドアイに授けた戦術こそ。

 気性の逃げ、戦術の逃げに続くもうひとつ。

 

 3つ目の逃げ脚質――――ラップ走法である。

 

 

「アイさんが逃げ……あまり、想像がつきません」

「まあ、ラップ走法は厳密には逃げじゃないからな」

 

 身体に染み込ませたラップタイム。1F(200M)あたりのタイムを均等に刻み、己の最高効率での走りを常に維持する。それがラップ走法。

 いうなればタイムアタック型。競り合いも駆け引きもない、己の最高タイムにのみ向き合う走り。

 

「ヒシミラクルという圧倒的な強者が存在する以上、この宝塚記念は『いかにヒシミラクルに勝つか』というゲームにしかならない」

 

 アーモンドアイは、今のヒシミラクルに単純な能力値で勝つことはない。

 これは金本トレーナーとアーモンドアイの共通見解(認めざるを得ない現実)であり、能力差(これ)をひっくり返すことが勝利条件となる。

 

「なら、アーモンドアイはもう盤面で勝つしかない」

 

 つまりレース全体の流れを支配する。

 流れをなるべくヒシミラクルの逆風になるように調整し、かつ自分はその逆風を利用できるようにするしかない。

 

「……すごい。アイさん、そんなことができるなんて」

「いや、彼女は賭けただけだぞ」

「え?」

「コーナーでも速度を緩めず、淡々とラップを刻む。もしも前の逃げウマを抜く必要があれば外回りの不利も受ける――――そして、()()()()()()バ群全体がハイペースに呑まれる」

 

 誰もアーモンドアイに付き合わなければ、そこで終わり。

 単純な能力値で(普通に走って)ヒシミラクルに負ける。

 

 つまり、アーモンドアイがとにかく得意な展開(ペース)に持ち込むこと。

 そして今のところ、アーモンドアイだけがラップ走法で(好きなように)走れている。

 

「キングオブジェンガがアーモンドアイに付き合って前に出たことで、アーモンドアイは逃げウマの風除け(スリップストリーム)を手に入れた。そして消耗させられたキングオブジェンガには何処かで限界がくる」

 

 それが3コーナーなら好都合、向こう正面でも対応可能。

 

「なら」

「だが。もしもキングオブジェンガが4コーナーまで耐えれば」

 

 その瞬間、アーモンドアイは檻に閉じ込められる。

 垂れてくるキングオブジェンガと、そこら中で仕掛けに入ったウマ娘たちに囲まれる。

 

「つまり、まだ彼女の賭けは終わっていない」

『最後方にスローナガシノ先頭からおよそ20バ身。向こう正面を進んでおります間もなく3角手前の上り坂に差し掛かる。先頭はいまだ変わらず――――』

「…………さて」

 

 そんな金本トレーナーの横顔をみて。

 カレンブーケドールは思い出さずにはいられない。

 

 

 


 

 

 

「いやはや、めでたい。大変めでたいグランプリですね」

 

 チーム〈クエーサー〉のチーム部屋。

 ホワイトボードには「G1宝塚記念」の文字と阪神レース場のコースレイアウト。

 

「なんと弊チームから初めての3人登録です。前回比+50%ですね」

「50パー……? あ、前の有マは私とアイちゃんで、今度はクロノちゃんも増えたから」

その通り(Exactly)

 

 む、という顔をしたヒシミラクル。脇から意味を教えてあげるクロノジェネシス。

 平常運転のチーム〈クエーサー〉の面々に、金本トレーナーはホワイトボードを叩く。

 

「さて。今回のG1レース。(わたくし)金本チーフは大いなる利益相反に直面しております。みなさんもうお分かりですね」

「え? 別に前回と同じじゃ……」

「ヒシミラクル学生。名義貸しと課金プランは提供するサービス内容が異なるのだよ。分かるかな?」

「ん? ん~……あぁ~」

 

 名義貸しとは、ウマ娘をレースに出すこと。

 トレーナーは、ウマ娘をレースに勝たせる。

 

「その通り。有マ(まえ)はヒシミラクル学生もアーモンドアイ学生も名義貸しだったから良かったが、今回は3人とも課金プラン。俺はトレーナーとしての責務を果たすことを強いられているんだ」

 

 その責務を前にしても、金本トレーナーはあくまで自然体。

 それがどうしたとばかりに、言葉を紡いでいく。

 

「(本当に、強いひと)」

 

 ヒシミラクルのシニア春三冠がかかっている。

 アーモンドアイの頂点への自信が揺らいでいる。

 クロノジェネシスは己の全てをぶつける覚悟だ。

 

 それを全部背負って、平然と彼は言ってのける。

 

「当たり前だが、全員に勝つチャンスがある」

「そして俺は、対価に対するサービスを……つまり全員に『勝ち筋』を与える用意がある」

「そしてそれは、俺が()()()()()()()()()()()()与える『勝ち筋』だ」

 

 だから――――。

 

 

 


 

 

 

「トレーナーさん」

「ブーケ?」

「誰が勝っても、喜んでくださいね」

「喜ばないよ」

 

 私のトレーナーは、名義貸しトレーナー。

 だからこそ彼は、ハッキリ言ってのける。

 

 

「トレーナーの存在価値は、競走ウマ娘を勝たせるためにあるんだ」

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