小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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閑話12 3回阪神4日目11R(3)



 

「とても美しいウマ。これを見た人はみんな彼女のことを気に入るだろう」

 

「加速力、パワー、カリスマ性、バ体から出る魅力、全て非常に良いウマ」

 

「フォルクスワーゲンの車列の中にロールスロイスが混ざっているよう」

 

 

 ジュニア級の最重要戦であるホープフルステークスを出遅れ最後方のレース運びからの最終直線ごぼう抜き、その後アメリカクラシック三冠を制した彼女を皆はそう評します。

 

 それほどの逸材。

 誰の目から見ても明らかな優駿。

 クラシック三冠の最終盤には、三冠を取れなければトレーナーを辞めるとまでの放言が飛び出すほどの期待値。

 

 けれど私は、そんな彼女へのコメントの中でも1番に大切なものを知っています。

 

 

「食欲旺盛で食べて寝てばかり、怠惰なのんびり屋」

 

 

 この言葉は、強いウマ娘の持つべき因子(ファクター)をよく表しているのだと、私は考えます。

 

 まず、食欲旺盛であること。食事をしっかり食べることは身体作りの大前提。

 そして、よく眠ること。睡眠時にしか身体は成長しないのですから、これも前提。

 さらに、怠惰……である必要はないかもしれませんが、のんびり屋であること。

 

 周りに急かされたから動くんじゃない。自分の意思で、自分だけの動機付けで動けること。

 

 それは例えるなら――――親に言われて習い事をするのではなく、自分の意思でやりたいことを見つけ、自分で目標を立てて突き進んでいくこと。

 

 

 だから、私は思わずにはいられない。

 

 

「ミラクルさんは、きっと」

 

 

 あのビッグ・レッドにすら、匹敵する。

 

 

 

「……あ、ごめんなさい。今のはやっぱりナシにしてもらっていいですかね?」

「いいんですか? なんならもっと誇張してもいいですよ?」

 

 真顔でトンデモないことを提案してくる記者に、私はすっかり白くなった髪の毛を触る。

 ――――あの頃、私が追っていた。ミラクルさんみたいな透き通った芦毛。

 

「いいえ。だってミラクルさんは自分の道を選んだの(のんびり屋さん)ですし」

 

 それに私は。歴史(レース)に入れ込むウマ娘として。

 

 

「歴史には、敬意を払わなくてはなりませんから」

 

 

 

 


 

 

 

『――――3角手前の上り坂に差し掛かる。先頭はいまだ変わらず⑫キングオブジェンガ、続く③アーモンドアイ』

 

 近年の飛躍的な技術進歩により、レースは各ウマ娘のラップタイムにスポットを当てられるようになった。

 逆にこれまでのラップタイムとは、先頭のウマ娘のタイムを指すものでしかない。

 

「(よほどの大逃げウマ娘がいなければ入れ替わるのが常の先頭。後からレースを見るのであれば、さして重要なデータとは言えません。ですが……)」

 

 レース中においてのみ、その先頭のペース(ラップタイム)は重要な指標となる。

 

「(レースに参加するウマ娘にとって、とにかく恐ろしいのは逃げウマ娘に逃げ切られること)」

 

 傍目にはどうみても破滅ペースで展開されようと。

 誰もに無視されるような大逃げウマ娘(ポツンとひとり)であろうと。

 

 逃げウマ(それ)を無視することは、決して出来ない。

 

 

 

「(……――――と、そういう心理を、アイさんは突こうとしている)」

 

 

 

 クロノジェネシスは、この時点でアーモンドアイの作戦を完全に読み切っていた。

 いや、正確には――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()を読み切っていた。

 

 これはクロノジェネシスが何か特別な才覚を持ち合わせていたとか、不思議な目覚まし時計(ありえない魔法のような手段)を使って他ウマ娘の作戦を事前に把握していたという話ではない。

 G1レースの特性――――つまりどんなウマ娘でも必ず全力を賭して望むであろうという前提からすれば、そのウマ娘の持つ能力(ポテンシャル)に相応しい作戦を考えるだけで済む。

 

 そういう意味で、アーモンドアイの勝ち筋は今の形(前めのペースメイク)以外にあり得なかった。それだけの話。

 

「(もっとも、世の中にはG1の練習(叩き)にG1を使うウマ娘もいます……なんならそれで、勝ってしまうウマ娘も)」

 

 とはいえ。

 

 それは、特異点と呼ぶべきものだ。

 いわゆる歴史を作るウマ娘――――世代にひとり、現れるか現れないかの存在。

 

 そして幸いにも、クロノジェネシスはその特異点を「織り込み済」だ。

 

「(…………本当のことを言うと、織り込み済というには特異点が多すぎるのですが)」

 

 これまでクロノジェネシスが相対した特異点は、ひとりだった。

 

 桜花賞のグランアレグリア。

 オークスのラヴズオンリーユー。

 

 特異点ひとつに焦点を当て、適切な特殊解を導き出せば勝利をたぐり寄せることは可能だった。

 

 しかし今日。

 阪神レース場のグランプリに、いったいどれほどのウマ娘達が集ったことだろう。

 

 ヒシミラクルにシンボリクリスエス、ネオユニヴァース、ダンツフレーム、アグネスデジタル……列挙するだけでも紙面を埋め尽くすほどの、そうそうたる名ウマ娘たち。

 

 

「(あぁ、そうか)」

 

 

 ならば。きっと「ここ」が特異点なのだ。

 

 ウマ娘が歴史の特異点なのではない。煌びやかな才能と実力を兼ね備えるウマ娘たちが集まるレースが――――その全身全霊がぶつかり合う場所が特異点となる。

 

 

 ――――であるならば、歴史とは。

 

 

 ――――絵巻物(ものがたり)のように1本の線で作られるものではなく。

 

 

「(たくさんの(ウマ)、たくさんの歴史(ドラマ)、それらがぶつかり絡み合い、そうして結い上げられていく……――――)」

 

 

 3コーナー。

 

 アーモンドアイに急かされた先頭の⑫キングオブジェンガはまだ垂れない。沈まない。

 二桁番人気だからと言って、誰が彼女の戦績(キャリア)を笑えるだろう。相手がG1ウマ娘だからといって、どうして今日の勝者が彼女でないと言えるだろう。

 

 この瞬間、もっとも勝利(ゴール)に近いのは先頭(逃げウマ)だというのに。

 

 そして。

 

「(くる)」

 

 彼女がくる。

 定石なら早仕掛けとされるタイミングで。

 あらゆるウマ娘が驚く努力が支える脚で。

 

『さぁここでヒシミラクル外へ持ち出す。つづく⑤シンボリクリスエス完全にマーク追従する対策は万全だ後方集団一気に詰まって初夏の淀に大雪崩れっ、ここから4コーナー先頭は、先頭がアーモンドアイ!』

 

 前路(まえ)が空く。

 ついに限界を迎えたキングオブジェンガが僅かに揺れる。

 よろめいた一完歩。生まれたのはたった2、3メートル、1秒にも満たない隙。

 

「(そこを、あのアイさんが逃すはずがない)」

 

 そこを縫って、アーモンドアイは機械的に身体を捻じ込む。いや捻じ込んだとも言えない、水がほんの少しの穴から漏れるようにスルリと前に入り込む。

 こんなところで脚なんて使わない――――使う余裕なんてないとばかりに。

 

「(そう、これで。これでアイさんは賭けに勝った。生き残る(勝負できる)()()()が生まれた――――ですが)」

 

 

 それだけ。

 

 

 ペースメーカーたる逃げウマ娘(ラピッド)のいないレースにおいて、誰がペースを作るかと言えば1番人気のウマ娘である。

 つまりこのレースにおいては差し脚質のヒシミラクルがペースメーカーであり、その彼女(ヒシミラクル)が1番得意(有利)なペースで展開されることになる。

 

 それを突き崩すべく行われたアーモンドアイのラップ走法による攪乱は、隊列を縦長に引き延ばすに終わった――――少なくとも3コーナー手前でキングオブジェンガが垂れなかった時点で、彼女の賭けは厳密には失敗した。

 

 けれどそれでも、アーモンドアイが自分の実力()()で勝たなくてもいいのであれば。

 まだ、アーモンドアイに勝ちの芽はある。

 

 

「(勝負は、いつでも自分の力だけで決められるものではない――――であるなら、少しでも勝機の転がり込んでくる場所に身を置く)」

 

 そうして初めて、運に身を委ねることが出来る。

 

「(レースは出なくては勝てない。そんな当たり前なことを、ミラクルさんは実戦してきた)」

 

 「私」(クロノジェネシス)が傍観者でなくなったのはいつからだろう。

 学園の閉架書庫にある貴重な資料たちを読み漁るため、地方レースの『銀行』を教える条件で入ったチーム〈クエーサー〉。そこにやってきたスカウトされなかったウマ娘たち。

 気付けば、彼女と一緒に入ってきた友人たちは消えてしまったけれど――――それはレースの残酷な一側面であるけれど――――ヒシミラクルは燦然と、太陽の輝きを目の前で魅せてくれた。

 

 そして、沈まぬ太陽などないように。

 ヒシミラクルという太陽は落陽を迎える。

 本当は、ずっと、ずっと光り輝いていて欲しい。

 私の道標になって、どこまでも未来(さき)へ進んで欲しい。

 

 けれど歴史――――それは止まることのない時の流れ。

 

「(私はそれを、止めようなんて。止められるなんて思ってない)」

 

 だからせめて。

 つもる想いを全てこの走り(あし)に。

 

「(あと――――10完歩)」

 

 

 私のちっぽけな競走戦績(キャリア)では導き出せない特殊解。

 歴史の特異点を乗り越えるために必要な走り(こたえ)は、ここまで続く歴史(みち)が教えてくれた。

 

「(5完歩、4、3、、、!)」

 

 

 そして、ここから先――――

 

 

 

『4コーナー回って最終直線!』

 

 

 

 ――――私の後ろに、道は出来る。

 

 

「(いまっ!)」

 

 

 踏み込んで。気持ち大きく踏み込んで。

 

 阪神レース場の3角は大回り。遠心力がかかりづらく、ロングスパートを仕掛けることも可能なレイアウト。

 けれど誰も仕掛けないのは、その後に4角の急カーブが待っているから。

 

 だから、ヒシミラクルはこのレース場で強く輝く。

 当然のようにロングスパートを仕掛け、4角の急カーブをさらっといなす。

 

 つまりヒシミラクルは、4角で一瞬だけ減速する。

 そして貴女が1番最後に克服した(のこしていた)弱点は――――末脚(加速)鈍さ(遅さ)

 

「(ですので私は、減速しません!)」

 

 減速せず、4角を回る。

 3角で大きく加速した身体を、脚の推進力で()()()()()()

 

 そのために踏み込んで、大きく大きく踏み込んで。

 私の末脚を、この方向転換に捧げる。

 

『ここで弾けるように大外⑦クロノジェネシス!』

 

 

 大外強襲。

 内ラチの経済コースを大きく外れての非合理的な仕掛け。

 

 これが珍しく、合理的な選択であったレースをご存じだろうか。

 

 そう。あのテイエムオペラオー。

 恐ろしいほどに強く、頂点に君臨したウマ娘。

 彼女の余力は底知れず、他ウマ娘の全てを振り絞った追撃をハナ差でかわすことから「ハナ差圧勝」なる言葉を生んでみせたほど。

 

 そんなテイエムオペラオーを差し切ったのが、いまは変態(かつての勇者)アグネスデジタル。

 彼女はテイエムオペラオーの視界の外、最終コーナーで内ラチではなくスタンド側を大きく迂回して走ることで「ハナ差圧勝」を封殺、見事に覇王世代の治世に終止符を打ってみせた。

 

 

「(もちろん、今の私はそのような高尚な戦略ではなく、単に高速度でのコーナリング技術が不足しているが故の苦肉の策ですが……)」

「(アッアッ、その、あのそのですね。不肖デジタルはそのような策略ではなく、なんと申しましょうか至尊の覇王さまの視界に入るのも差し出がましいと申しますか……そういったそのあの不純な動機ですので……といいますか正々堂々挑まない時点で勇者なんて畏れ多い……)」

「(えぇっ!? そ、そうだったのですか……? で、ですが結果として、そうしてデジタルさんは歴史の大きな転換点を生み出したのですから、やはり〈勇者〉の異名に間違いはないと私は思います!)」

「(ヒョ、ヒョエエエ……恐悦至極に存じます……!)」

 

 

 閑話休題(なにはともあれ)

 

 

「(とにかく、これで減速せずに最終直線に挑む!)」

 

 トレーナーさんの渋々といった顔を思い出す。

 たった一歩、たった一回の踏み込みでの方向転換。瞬間的な負荷に脚が耐えられないことはおおいにあり得る。

 事故発生の可能性を考えれば、トレーナーとして良い顔をしないのは当たり前。

 

 

『クロノジェネシス学生。その選択は一生を棒に振りかねない選択だ』

『それでも。勝つために――――勝つために私が取れる唯一の方法なんです』

 

 そう言った私に。私が負ける(勝てない)理由を全部揃えたデータを前にして。

 トレーナーさんは、ため息交じりにだけれど。言ってくれた。

 

『分かった』

『!』

『俺はその戦術にきみが耐えるためのトレーニングを出す。あとはきみが勝て』

 

 

「(だから、勝ちますよ)」

 

 

 今日までの歴史(すべて)を編み上げて。

 

 この瞬間の歴史(すべて)にぶつける。

 

 

「はああぁぁぁ―――――ッ!!!」

 

『さあヒシミラクル、悠々追い上げるヒシミラクル先頭まで5バ身!』

『アーモンドアイ苦しいか粘るッ、ヒシミラクル3バ身だ追うシンボリクリスエスは伸びないか、伸びないそのまま4番手』

『アーモンドアイここまでだ! ヒシミラクル、やはりミラクルかミラクルか!』

『ここでクロノジェネシス、クロノジェネシス迫る! 大外から、沈むアーモンドアイを乗り越えてッ! ヒシミラクルと一騎打ちかもう後がない届くかッ!』

『並んでゴールッ! ヒシミラクルとクロノジェネシス一線!! やはり2冠対決、宝塚記念は2冠ウマ娘の最終決戦ッ!』

『3着は1バ身遅れてアーモンドアイ、2番人気シンボリクリスエスはどうにか4着。1着は僅差ですどっちだ、分からない。はい、写真判定です。判定となります』

『あっとここで、ヒシミラクルがクロノジェネシスに駆け寄る。ハイタッチです、余裕の表情のハイタッチからおおっと!』

 

『ヒシミラクルが、クロノジェネシスの腕を掲げた! どよめく会場、写真判定中ですが、ウマ娘はもう答えを知っているのでしょうか!?』

 

 

『――――1着はクロノジェネシス。クロノジェネシスが宝塚記念を制しました! ただいま確定しました着順は⑦ー⑩ー③となります宝塚記念。クラシック級にてシニアの面々に挑んだ2冠の女王クロノジェネシスがグランプリを制覇です!』

 

 

『もう一度、もう一度ヒシミラクルがクロノジェネシスの腕を掲げる!!』

『前回グランプリ覇者から今日のグランプリウマ娘へ、大きなバトンが手渡されました――――……!』

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