かぽーん。
「ふい~~~」
あ、皆さんどもどもこんにちは。ヒシミラクルです。
わたしは今、ゆこま温泉郷にいまーす…………。
かぽーん。
あ、これは
なんか水をためて、いい感じになったところで倒れてぶつかって音を立てるヤツ。
かぽーん。
いやぁ、いいよねぇ温泉。
ここ最近、ずぅ~~~~っとトレーニング漬けだったからね。
伝説の秘湯? とか言われてる温泉の成分が、疲れた身体にしみこ~む……。
かぽーん。
「うん。うーん……」
なんというか。
宝塚記念だけどさ。
負けちゃったね。
あーあ。
「ヒシミラクル様。お湯加減はいかがでしたか?」
「あ、もーサイコーですね。湯治バンザイってヤツですよ、はい」
そして、いい感じに身体がほぐれた所でお風呂を上がって。
部屋でのんびりしていると、やってきたのは旅館の女将さん。
「それはよかった。このあとお食事をご用意しますので、ごゆるりとおくつろぎください」
「はーい。いろいろありがとうございまーす」
……本当に、いいのかな。
『ヒシミラクル学生。この夏の合宿についてだが』
『あ。はい。もちろん秋のG1シーズンに向けて全力でやる感じですよね?』
『いや。課金組には2泊3日の温泉旅行を提供することになったから』
『え?』
『しっかり身体を休めて、体調を万全にしてから合宿に合流するように』
「んで、渡されたのがコレでしょ?」
平素よりURA平地・障害競走チームクエーサー(日本トレーナー会加盟)をご利用頂きありがとうございます。
さて、課金プラン「松」ご利用の皆さんに朗報です。
なんと今年の競走成績が上振れまくり、弊チームは利益が出ております。チーム分配金だけで利益が出ているということは課金プラン「松」ご利用の皆様もレース賞金でウッハウハと推察いたしますが、このままでは他チームからの引き抜き祭り待ったなしで主力チームメンバー激減の危機となります。
従いまして、ここに大!還元祭を宣言!みなさんを温泉旅行にご招待!
ゆこま温泉で身体を癒やしたら、あのサトノグループに買収されて産まれ変わった日本のハワイで遊び尽くそう!
チームの合宿はその近くでやっているので、みなさんはリフレッシュしてから参加してください。というかこの春は全員ハードワーク過ぎたので完全休養とすること。ぶっちゃけ延長も可です。(休むことも戦いです)
課金装備とコーナーで差をつけろ!
「ハードワーク、かぁ」
あのトレーナーさん(トレーナー1人+トレーナー補1人でチーム数十人の面倒を見ている)に言われるほどかな?
「でもまあ。実際ここ最近、やすんでなかったしなぁ……」
ごろん、と畳に寝転べば畳の香り。
ていうか、畳の素材になってる「い草」の香り。
社会科の授業でやったよね、どこの特産品だっけ?
「…………あー、なんか。だるぅ」
仰向けになる。
あったまった身体から、抜けていく熱が浴衣に跳ね返って戻ってくる。
それで天井のシミが、地図に描かれた等高線みたいになっている。
「……マンガとか、もってくれば良かったかな」
もう、どこまで何を読んだのかも覚えてないけれど。
たぶんきっと、表紙とかみたら思い出すと思うんよね。
「あー……――――」
夢を、みた。
『……トゥインクル・シリーズの賞金には、おおまかに正賞と副賞があります。正賞はレースの主催者がレース文化振興のために出す賞金であり、副賞は協賛企業が……』
春。昼下がりの教室。
午後の授業は、金融リテラシーがどうとかこうとか言ってる先生の授業。
『……ちなみに、未勝利クラスを突破した後に挑むことになる
あー、覚えてるよ。
なんかこの辺までさ、聞いてたんよ。私。
『……この授業の目的は、みなさんが正しい金融リテラシーを身につけ、よりよい競走生活を……』
やっぱ、普通の生活がしたかったから。
ちゃんと勉強して、いい大学入ってさ。
『ふにゃ…………』
目の前の
痛くないように腕を枕にして、そこに沈み込む。
「あーもう、真面目に勉強する気あるの?」
いい大学行くんでしょ。
帝都農工大学、お父さんと同じ大学に入ってさ。
お父さんと同じくらいにデッカい企業に入ってさ。
…………や。
「ねえ。聞いてよ私」
夢の国にいる私をハートちゃんとロンが起こしてくれる。
ハートちゃん、地方で勝てたかな。まだレース、続けてるかな。
ロンは、なんやかんや障害で元気にやってるよね。うちのアグレッサさんも、お前の友人は強いぞーって言ってたし。
「私さ、G1をいっぱい勝ったよ」
あの頃の私は、きっと信じてくれないだろうけれど。
私は、普通のウマ娘になりたくて走っていた。
つまり普通に勝って、そこそこ有名になって。
でもさ。
『トレセン学園の普通は、普通じゃなかった』
すごいウマ娘がたくさんいて。
勝ちたい! って気持ちがたくさんあって。
『だからね、私は変わるんだ』
普通であり続けるために。
走って。
走って。
走って。
『ねぇ』
苦しかったな。
ガマンもした。
『私ね。トゥインクル・シリーズに出るよ』
この三年間。
むちゃくちゃ色んなことがあったよ。
あなたはこれから、それに立ち向かっていくんだ。
『私は、どこまでいけるかな』
「わたし、ここまで来れたよ」
「――――さん、―――ルさん!」
「……むにゃ?」
「ミラクルさん!」
「うわっぷ!?」
目の前に芦毛のウマ娘。垂れ下がった黒の混じる髪の毛が顔にあたってくすぐったい。
「クロノちゃん?」
「ご飯の時間ですよ」
「え、あ。ご飯……?」
あ、そうだ。
温泉宿に来てて、それでえーと……昼寝しちゃったのか。私。
「うわーごめんごめん、完全に寝落ちてたわ」
「いえ、こちらこそ起こしてしまってすみません」
「いやいや。温泉っていったら食事でしょ? むしろ起こしてくれてありがとね」
そう。今日はクロノちゃん、そしてアイちゃんとの相部屋。
なんやかんや宝塚記念で激闘を繰り広げた私たちにとって、この小旅行はちょっとしたお疲れさま会みたいなものなのです!
「ふたりとも、来たわよ!」
「「!」」
いつの間にか部屋の外をうかがっていたアイちゃんが教えてくれて、間もなく部屋に料理が到着。
「うわ、めっちゃ良いニオイ!」
これってアレだよね!
熱々の鉄板の上でじゅわ~~と焼かれた、お肉のニオイ!
「「「いただきまーす!」」」
それから私たちは豪勢な料理でお腹をいっぱいに。
メインのステーキはそれはもう脂がたっぷり乗ってて、女将さんが言うには「これを楽しめるのが若者の特権」なんだとか。
「なんかお父さんもそんなこと言ってたなぁ~」
「そういえば、ミラクルさんのお父さんってなにをされてるんですか?」
「うん? 普通に会社員だよ。ほらあそこの、エアコン作ってるところ。クロノちゃんは?」
「私の父は……――――」
それから、なんでもない話でお腹が落ち着くのをまって。
「夜の露天風呂ってさ、なんか雰囲気あるよね……実は秘湯の幽霊が出たり?」
「ゆ、幽霊……ですか?」
「なーに? クロノちゃん怖いの?」
「い、いえまさか……私が恐れるのはトリガミだけです!」
「なんて?」
「でも私の方がG1を多く勝ってるわ」
「アイちゃん??」
みんなでもう一度お風呂に入ったりして。
それで。
もう寝ようかって流れになって。
「ミラクルさん……まだ起きてますか?」
…………。
まあ、いいたいことあるんだろうなって思ってはいたんよね。
クロノちゃんて、やっぱりなんだかんだで分かりやすいし。
「まー、うん。起きてるよ。お昼寝しちゃったし」
「なら。これは私の寝言です……できたら、アイさんも聞いててください」
うん。アイちゃんも起きてると思うよ。
だって電気消してから10秒も経ってないし。
……いや、ガマンしきれなかったのは分かるんだけれど、もうちょっと間を取ったら?
「先日は、宝塚記念を一緒に走って頂いてありがとうございました」
「アイさんの作戦も、ミラクルさんの粘りも、間近で見たら余計にすごくて」
「そんな二人に挑めることが、とっても楽しくて」
「できたら、ずっと直線が続いていたらいいのに」
「……そんな風に、思ったんです」
でも。レースはゴールするからレースなんだ。
だから必ず、レースに
「まるで私が引退するみたいな物言いね」
アイちゃんが言う。
「私は、
強いね、アイちゃんは。やっぱり。
「ねえミラクル、あなたは?」
…………。
「ねえ、アイちゃん」
いろんな言葉があるんだと思う。
けど、私が伝えたいのはひとつだけ。
「定期試験の追試突破、手伝ってくれたの覚えてる?」
私さ。
嬉しかったんだ。
『さあ始めるわよ! 私との
未勝利ウマ娘だった私がさ、夏合宿いけるように勉強手伝ってくれてさ。
まだ私たち、知り合ったばっかりだったのに。
「ねえクロノちゃん。私が未勝利戦勝ったときのこと覚えてる?」
私さ。
嬉しかったんだ。
クロノちゃんが大事に、大切に育ててきた
それを私の勝利のために、惜しげもなく使ってくれた。
「あの時さ、貸し一つだって言ったの。覚えてる?」
「…………ええ、覚えています」
「レース漫画のさ、背中をみせることで借りを返すっての、やってみたかったんだけどね」
あ~、なんか。悔しいな。
こうもっと、宝塚はサクッと勝ってさ。
クロノちゃんに格好つけたりしたかったんだけれどな。
でもさ。でもね?
私はそんなあなたと、あなた達と。
きっと普通じゃないトレセン学園のトップに立つみんなと。
一緒に走って、悩んで、驚いて、笑って。
そんな日々を過ごせたことが、本当に嬉しいんだ。
私も少しはトレセン学園の「普通」になれたんじゃないかって思うと、嬉しいんだ。
「いいえ。あなたがいたから、私はティアラ2冠を取れました。宝塚記念も」
「そんなことないよ。私がいなくても、クロノちゃんはちゃんと秋華賞までとってトリプル・ティアラだったよ」
「そんなことは……そもそも未来のレース結果は誰にも分かりませんし」
「クロノちゃんメソッドがあるのに?」
「い、いえいえ。そんな。今の私のメソッドは、ミラクルさんのおかげで成り立っていますから」
だからやっぱり、ミラクルさんのおかげなんですとクロノちゃん。
またまた、そういうの謙遜っていうんだよ?
……まあでも、うん。
私のおかげで、って言われるの。
悪い気は、しないかな。
「ねえアイちゃん。それにクロノちゃん」
もしかすると、2人は止めたいのかもしれないけれど。
「私は、レースでやりたいこと。もう達成したから」
だから、もういいかな。
「――――春秋連覇」
「え?」
「天皇賞の、春秋連覇はしないんですか?」
「え……クロノちゃん?」
「そうよ! ジャパンカップ連覇をかけて私と勝負よ!」
「あ、アイちゃん!?」
「有マ記念を取って、あのグラスワンダー選手に並ぶグランプリ三連覇を!」
「クロノチャン!!!??? 宝塚負けてるから連覇ですらないんだけど私?!?!」
「ミラクル! やっぱり私と
「アイチャン!!!!????」
ガバッと起き上がる私。追いかけるように起き上がる二人!
というかなんか二人に
「い、いや。いやいやいや!!」
「ミラクル!」「ミラクルさん!!!」
いや、いやいや。
いやいやいやいやいや…………!!!
「…………ん? これはなんだ、ヒシミラクル学生」
「あーと、いやーその……秋のローテ希望といいますか……」
「天皇賞秋にジャパンカップに有マ、なんかシニア秋3冠のローテなんだが……長距離路線で稼ぐって話はどこへいったんだ?」
「まあその、妥協案といいますか……さすがに凱旋門賞の期待に応えるのは無理だなーと思いまして……」
「妥協案…………???」
なにを言ってるんだお前は、という顔をするトレーナーさん。
いやあの、私も何を言ってるんだろうなとは思ってるんですよこれでも。
「まあ、春シニア3冠も走ったし普通か」
「そうそう、フツー……んなわけないでしょ! もー!!!」
そもそも、春シニア三冠を走る羽目になったのはトレーナーさんのせいですよね?!
全ての元凶はトレーナーさんにあると言っても過言ではないのでは??
「いちおう確認なんだがきみ、今年で引退するんだよな?」
「あっスルーした! ……今年で引退ですよ。そこは変わりません」
「そうか、俺は全然現役続行でも構わないぞ? 月謝の滞納もないし」
「えっ? いや、いやいや……さすがにあの、大学進学するんで別に…………」