おっきな木に囲まれた道の先には農学部の本館。
トレセン学園と同じ府中市にある、近いようで初めて足を踏み入れる場所。
「失礼します」
ノックは3回。入室許可を受けたら、扉を開けて、まず一礼。
教室みたいな(というか多分教室なんだろうけれど)部屋の真ん中に、ポツンと椅子がひとつ。
その向かいに、長机に控える3人の面接官さん。
Yシャツとかポロシャツとかのおじさん……もうひとりは女性、しかもウマ娘。
「(ということは、あの人が担任の先生になったりするのかな?)」
うひー、そう考えると緊張してきた~……。
私服で来いって書いてあったから私服で来たけれど、やっぱり制服の方がよかったんじゃないかなぁ…………?
「どうぞ、こちらへ」
「あッ、はい!」
言われて足をさっさと前に。
……大丈夫だよね? 上手く歩けてるよね?
G1とかにも出てなんだかんだ目線には慣れてきたつもりだったけれど、やっぱりファンから浴びるのとは大違い。
こうなんというか、見定めてやるからなー! みたな視線を感じちゃうよね。
で、それで。えーと椅子の隣まできたら挨拶するんだよね。
「えっと、日本ウマ娘トレーニングセンター学園から来ました、ヒシミラクルです。本日はよろしくお願いします」
それでお辞儀。
いち、にーで腰を折って、さんで顔をあげる。
これでいいんだよね? フォーマルな場ではないから
「では、お座りください」
「失礼します」
それから椅子に座る。
今日は帝都農工大学の推薦入試。基本的にトレセンからの推薦入試で落ちるコトってないらしいけれど、私がその
というかこの、向こうは机に守られてるのにこっちは椅子だけノーガードなの、なんだかムズムズする……。
「……」
真ん中のおじさんがペラリと紙をめくった。
「ええと、ヒシミラクルさん」
「はっはい!」
「ああ、そんなに緊張しないで」
「は、はい……」
いや無茶いわないで?
緊張するに決まってるでしょこんなの!
「ヒシミラクルさんって言ったらアレですよね。こないだの天皇賞、現地で観ましたよ」
「あ、それはどうも」
「来週はジャパンカップですね。頑張ってください」
「あー、まあ。はい。ぼちぼちやります」
う、うわあ。やっぱり見てるよねG1だし。
ていうかやっぱり、こういう感じでいろいろ聞いてくるのかぁ……いやでもレースの結果と大学生活は関係ないはずだし、あんまり突っ込んではこないかのな?
「でも正直なところ、珍しいわよね。G1を3つだっけ? そんなに取ってるウマ娘が
あ、やっぱりそうだね。
ウマ娘の面接官がサクッと志望動機に話を移す。
てか自慢っぽくなるから言わないけれど、私の獲ったG1レースの数を思いっきり間違えられてる……ウマ娘でもレースに興味がない人ってやっぱりいるんだね。
「はい。志望動機は、レースの次になにをしようかなって考えた時に、やっぱり良い場所で勉強したいなと思ったからです」
「レースの次、ということは。トゥインクルシリーズは今年度で引退すると?」
「はい。あっ、ごめんなさい、一応ヒミツでお願いします」
「ああ、それはもちろん。そのために個別日程にして、わざわざ私服で来てもらっている訳ですから」
「あっ、そういうことだったんだ……ですね」
「ああ、いいですよ堅苦しくならなくて。今日はざっくばらんに、ヒシミラクルさんの話を聞かせてもらえればと思います」
あ、そういう感じでいいんだ。
まーでも、親しき仲にも礼儀ありっていうしね。さすがにそこら辺はちゃんとやりますよ?
「では、そうですね。ヒシミラクルさんはトレセン学園生ということで。トゥインクル・シリーズでどんなことを学んだかを話していただけますか?」
「……はい」
学んだこと。
あー、うん。色々あったよね。
『っしゃあ! 単勝頂きですよトレーナーさん!』
『さすがはエバヤン! 伝説スティールッッ!!!』
クロノちゃんとトレーナーさんとの出会い。
『私に名義を貸しなさいッ!!』
アイちゃんの乱入。
『じゃあ行こう、アイルランドへ!』
ファインちゃんによる拉致。
『11億円の正体を発表するよ!』
そして、ネットの炎上。
「(――――……って、ちがうちがう!)」
そうじゃないでしょ???
もっとこう、有意義な感じの……つまりこう、なんというか学業の足しになるような感じの話をしないと落とされちゃうよ!?
「トゥインクル・シリーズのデビュー戦。私は最下位でした」
もっと言うと、そもそもスタート地点から最下位。
名前を書けば誰でも入れる名義貸しチーム。
スカウトされないっていうマイナスから、私の競走生活は始まった。
「デビュー前からそうです。学園に入学以来私は連戦連敗。トレーナーにスカウトされることもなく、ぼんやり中等部を修了してしまいました」
けれどそこから。
自分で名義貸しチームの門を叩いたときから、私の競走人生は始まった。
……そういえば、ブーケさんも言っていたっけ。
『誰も目にかけないようなお花を、それでも咲きたいと願うお花を』
チーム〈クエーサー〉の選抜基準は「スカウトをしないこと」。
その代わり、名義貸しでも走りたいと考えるウマ娘は全員受け入れる。
誰かがやらなきゃいけない、ってブーケさんは言っていた。
トレーナーさんは月謝をもらえるから名義を貸すって言い続ける。
そんな風に名義を貸してもらえたから、私は走れた。
「やるからには、勝たなきゃいけない。私はどうやって勝ち上がるかを考えました」
夜遅くまでトレーニングして。
休憩時間も動画とかで勉強して。
……そういえば、
「それでも、私一人じゃ絶対に勝ち上がれなかった」
もし。私がひとりだったら。
きっと数学の追試に引っかかって。
未勝利戦ではかかって暴走した逃げウマ娘に引っ張られて。
いつかは条件戦に上がれたかもしれないけれど、その後は適当なG3重賞くらいをフラフラして。
きっといつまでも、勝てる子と勝てない子の真ん中にいて。
勝ったらミラクル、穴ウマだーとか言われて。
……もしかしたら、
私はずっと、ハートちゃんやロン、勝てない子たちといつも一緒にいて。
みんなと違う場所に行ってしまうなんて考えることもなくて。
『なら! わたしが――――
…………きっと、あの菊花賞にも出なかった。
「だから。私がトゥインクル・シリーズで学んだのは、仲間の大切さです」
言葉にすると、すっごく陳腐で申し訳ないんだけれど。
「切磋琢磨するだけじゃない。一緒に悩んで、アイデアを出し合って、それで時には迷惑かけあって……」
そんな仲間たちがいたから、私はここまで来れた。
「私が学んだのは、そんな仲間の大切さです」
そこからは、まあよくある感じで。
農学部と工学部どっちの志望なのかとか、理由はなぜとか。
トレセン学園は単位制だけれどちゃんと卒業出来るのかとか。
「まあそんな感じで、普通だったね」
「ほーん」
「ふーん」
「ちょいちょい、なんかもうちょいリアクションとかないの?」
私のツッコミに、返事代わりにフラペチーノをすするロン。
一方のハートちゃんは、ロンと違ってリアクションを考えてくれているみたいだけれど……そもそもリアクションって考えるものじゃないよね?
「いや……うーん、だって、ねぇ?」
「いやいやいや、そのコメントに困りますみたいな顔やめてよ」
「私も地方トレセンの転入試験でそんな感じのこと聞かれたし」
「そりゃ推薦入試なんだから似たようなことは聞くだろうけれどさぁ? いやこう、レース以外の近況っていったらそれくらいしかなくない?」
「あ、全然いいですよー紙とペン貸してもらえます?」
あー、やっぱ東京駅で話してると目立っちゃうよねぇ。
まあしょうがないんだろうけれどさ。
「ヒ、シ、ミ、ラ、クルっと。お名前は?」
「るーまー!」
「はいはい。ルーマーちゃんへ……どうぞ、応援よろしくねぇ~」
「アリマキネン、がんばってね!」
「はいはーい」
「プライベートのところ、失礼しました」
「いえいえ。お気になさらず~……でごめん、レース以外の近況って言われると本当にこのくらいしか話題がないんだけれど」
ぶっちゃけトレーニングにレースばっかりだからねと言えば、ハートちゃんとロンはなんとも微妙な表情をした。
「いやホント、ミラ子本当に……普通じゃないわ」
「普通じゃないねぇ」
「いやいやいや……言いたいことは分かるけどさ、少なくともロンには言われたくないよ? だって次は大障害出るんでしょ?」
「私はミラ子と違ってG1とってないから」
「そういう問題じゃないでしょー? 近況とか、レース以外でなんかあるわけ?」
「んま~、そりゃ――――ないけど」
「ほらやっぱり! ハートちゃんもそうでしょ?」
「私は彼氏出来たよ」
「「は???」」
唐突な爆弾発言にハモる私とロンの中央組。
「いや、私の通ってる学園って隣が工業高校でさ。これが意外と出会いあるんだよねぇ~」
「えっえっ聞いてない聞いてない!」
「言ってないし?」
「こりゃ、おどろいちゃったねぇ……」
「でしょでしょ? これが見たかったから言わなかったのよ~~」
「うーわ、性格わる、性格わる~~~!」
「ふふふ~、あ。ぼちぼち新幹線の時間だから帰るわ~」
「うわ! しかも逃げるの!? 追込脚質のクセに!!」
とはいえ新幹線の時間はもうどうしようもないので、私たちはそこで解散。
「じゃね、ミラ子、ロン」
「うん。それじゃ」
「末永く爆発しろ~~?」
新幹線の改札口で、ハートちゃんを見送る流れになったところで。
「ミラ子!」
ハートちゃんが、手を振り上げてサムズアップ。
「有終の美、飾ってよね!」
……ったくもう。
そんな風に
「とーぜん」
応えるしか、ないじゃん。
「♪ぼっくらの世代のリーダーは~」
「「♪ひっしみーひっしみーひっしひっしみー」」
「あばばばば! やめやめて!! ここ人前!!!」
「あはは、じゃーねー!」
それで振り返ったら、それで最後。
ハートちゃんのウマ耳も、人波にもまれて消えていく。
「よかった、元気そうで」
「だね」
ロンの呟きに、私も頷く。
急にハートちゃんがジャパンカップ観戦にくるって言ってきた時は、どんな顔して会えばいいんだろーとか考えてたけれど。なんだかんだ普通に話せてよかったよ。ホント。
「でもまあ、これでミラ子も卒業でしょ? 離ればなれだねぇ」
「あー、ロンはまだ続ける感じ」
「そりゃね。障害はシニア2年目からが本番なところまであるし」
「そんなもんかー」
でも。今なら言えるよ。
「私たち、路線も進路も違うけれど。多分ずっと友達だよね」
「それはミラ子次第じゃない?」
「ええっ? なんでさ!」
「いやだってねぇ、ミラ子が1番普通じゃないし?」
「いやいやいや…………」
「あー、トレセン学園の『普通』って言えばいい?」
「いやいや、てか。トレセン学園に普通なんてなくない?」
「それはそう」
「あは、だよね~」
パーパパパーパパー♪
ドッドドン♪
パパパパー♪ドッドドン♪
パパパパー♪ドッドドン♪
「ん?」
「ミラ子、それ着信じゃない?」
「あごめ、ちょっと出るね」
スマホの着信画面には、クロノちゃん。
人混みだとちょっと聞きにくいので、スピーカーモードから切り替えてイヤフォンを耳にセットする。
「あ、お待たせクロノちゃん。どうしたの?」
『ミラクルさん。今どこですか?』
「え、東京駅。ハートちゃんを見送ったところだよ」
『分かりました。どうか、落ち着いて聞いてください』
小賢しミラ子の借り物競走
あと少しだけ、お付き合いください。