小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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第06R どうせ使わないよね?

 

「それでは――――はじめ」

 

 

 教室の中を紙をめくる音が支配する。

 まずは名前と学籍番号を書き込んで、いったん全部の問題を俯瞰する。

 

 おー……。へー……。

 あっ、この図形ウマカクションの「新宝塚」MVで見たことあるな。

 

 さぁーて。では始めますかねぇ。

 私の実力、とくとご覧あれ!

 

 

 努力、未来、二次関数。

 

 わたしは、やれば、出来る子だ!

 

 微分、積分、二次関数!

 

 わたしはっ! やれば!! 出来る子だ!!!

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「そういえばメイクデビューですっかり忘れてたけれど、そろそろ定期考査(テスト)の点数が分かる頃なんだよな楽しみだなぁー」

 

 トレーナーさんが棒読み(それもかなりの棒読み)で言ったのは、トレーニングのためにチーム部屋へと入った瞬間のことでした。

 

 へ、へぇ~定期テスト。定期テストなんてのがあるんですね。

 

「きょ、今日もトレーニング楽しみだなぁ~~~」

「楽しみだなぁ~~~」

 

 いや、いやいや被せないで下さいよ。

 なんか圧力しか感じないけれど、まあ気のせいですのでスルーです。スルー。

 

「ヒシミラクルさん?」

 

 しかし、回り込まれてしまった!

 更衣室に待っていたのは我らがリーダー、カレンブーケドールさん。

 

「……な、なんでございましょうか」

「うふふ。トレセン学園のヒミツを教えてあげますね?」

 

 

トレセン学園のヒミツ①

実は、定期テストの結果は担当トレーナーに共有される。

 

 

「こ、個人情報……! 個人情報の漏洩! 漏洩ダメゼッタイ!」

「もちろん、詳細な数字までは共有されませんよ? ですけれど……」

 

 トレーニングに重大な支障を及ぼす可能性のある事項は、共有されて然るべきですよね?

 

「…………」

 

 まずい。これは完全にバレている。

 私は更衣室から顔を出す。うわトレーナーさんガッツリこっち見てるよ。

 

「あのぉ~、トレーナーさん?」

「なにかな。ヒシミラクル学生」

「えーと、そのぉ……なにか、言いたいことがあったりするんですよね……?」

「いや別に? 伝えないと()()()()ようなことはないぞ」

 

 いやもうそれ、伝えないと私が困るって意味じゃないですか! 私だけが!

 

「えーと、あの。赤点です……」

「赤本か。今日も受験勉強お疲れさまだな」

「赤点です!!!」

 

 私は学生カバンから返却された解答用紙をぶちまける。

 

「赤点ッ!!! 数学赤点! 英語ギリ回避、物理と世界史平均割りッ!!!」

 

 これで満足ですか!!!

 

「いや満足もなにも。俺が困るようなことはないんだが」

「んも~~~っ! でも明らかに何か言いたいんじゃないですか!」

「言いたいこと? 確かに言いたいことはあるが、言っていいのか?」

「どうぞ!」

「きみ、よくこれで帝都農工受けようと思ったね」

「グハァッ……!!!」

 

 私の胸に、深く深く突き刺さる衝撃。

 お前はいつもそうだ。

 

「うぅ……誰も私を愛さない……」

 

 私は最後の力を振り絞って机の下に潜り込む。

 

「さて、本題に戻ろう。追試に落ちたら落単だな?」

「……落ち込んでいる愛バにかける言葉とか、ないんです?」

「ヒシミラクル学生が月謝を倍払ってくれるなら考えよう」

 

 ちぇ。

 はいはい分かってますよーだ。

 

「いいんですよ。どーせ競走ウマ娘枠使うから数学の成績なんて関係ないですし」

「確かにそうだな」

 

 とはいえ赤点はダメだ、とトレーナーさん。

 

「中等部は義務教育だからテストの点数が悪かろうが卒業できるが、高等部はどうだ?」

「……単位を取らないと卒業できません」

「卒業できないと、どうなる?」

 

 わ、分かってますよぉ。

 トレセン卒業してないのに競走ウマ娘枠で大学進学? 出来るわけがない!

 

「うもぉー! そんなこと分かってますよ!」

 

 でもしょうがないじゃないですか!

 メイクデビュー向けのトレーニングで忙しかったんだもん!

 

「そう、要点はそこだ。ヒシミラクル学生」

「は?」

「トレーニングで忙しい。忙しいから勉強する時間が足りない……テストで点数が取れない」

 

 これは、きみがレースに出ようとする限りずっとつきまとう課題だぞ?

 

「た、確かに……」

 

 正直、デビューすればいうてなんとかなるんじゃ? と思っていた自分もいた。

 けれどこの間のメイクデビューは、私の想像なんか簡単に吹き飛ばしてしまうほどにレベルが高くて。

 

 なんで私がスカウトされなかったのか。

 その理由を、背中で見せつけられた訳で。

 

 きっと才能がない私が勝ち上がるためには、もしかしなくても今まで以上の時間をトレーニングに注ぎ込まなくちゃいけない。

 

 ――――そんな状況で、テスト勉強?

 

「まあ。この課題に関しては俺がどうこういう立場にないから置いておくとして……」

「置いておかないでぇ!? 助けてくださいよぉトレーナーさぁん」

「助けてもいいが……」

 

 すっと差し出される手。

 

「うわ。また追加料金ですか! カネカネカネって、ヒトとして恥ずかしくないんですか!」

「何度でもいうが、人手が足りない。サブトレを雇えればいいんだが……」

 

 そんなことをすればお月謝2倍!

 

「うぅ……じゃあトレーナーさんはなんのために私にこんな話をするんですか……?」

「追試合格か補講で単位取得か、どっちを選ぶのか聞いておこうと思ってな」

 

 あー……そういえば数学の先生、そんなこと言ってたっけ。

 なんか来週の追試で落ちたら、夏休み中の補講に出席してもらうことになるとか。

 

「いや、そりゃ普通に追試を受けるつもりですけれど」

「わかった。健闘を祈る」

「はい。頑張ります」

 

 口ではこう言うけれど、ぶっちゃけやる気でないよねぇ……。

 だって動く謎の点Pだよ? ぐるぐる回るなんちゃら関数だよ?

 こんなの人生でゼッタイ使わないのに……。

 

「ちなみに補講になったら夏合宿いけないからな」

「え」

 

 それマジすか。

 トレーナーさんは不思議そうな顔で私を見る。

 

「受験を考えないなら単位を落としても良いとは思うが、きみは補講を受けてでも単位が欲しいだろ?」

「えっえっ、その、途中で合流したりとかは……?」

「引率が俺しかいないのに、ヒシミラクル学生のために学園に戻ってこいと?」

 

 いやそれは……確かにそうかもしれませんが……。

 

「というわけで、楽しい夏合宿のためにも頑張って追試突破しろよー」

 

 そう言いながらトレーナーさんは夏合宿の案内チラシを渡してくる。

 ど、どうしよ……ハートちゃんやロンと合宿中にやることリスト作ってるのに……。

 

「な、なんとかならないですかトレーナーさん! 私お小遣い月3000円しかないんですけれど、なんとか!」

「カネさえあれば何でも出来ると思ったら大違いだぞ。ヒシミラクル学生」

「普通に諭すのやめてぇ!」

 

 救いはないのですか!?

 

「そこになければ、ない」

「そ、そんなぁ……」

 

 頭を抱える私に、トレーナーさんは一言。

 

「ヒシミラクル学生。きみは本当に()()()()()()確認したのか?」

「え?」

「じゃあ俺は先にコースに出てるから。準備したら来いよ」

 

 

 


 

 

 

 おいっちに、おいっちに。

 いつものストレッチ。ウォーミングアップは十全に。

 

 ……てか、私の勉強時間がどこに奪われてるって、このウォーミングアップだよなぁ。

 集団トレーニング時代からそうではあったけれど、私ってばエンジンかかるの遅いから……。

 

「やっぱ、早めに切り上げた方がいいのかな?」

 

 文武両道、勉学とレースを両立する。

 多分これは、私の目的を達成するために必要なこと。

 

 けれど、その両立は難しい。

 なにせ勉強にもトレーニングにも、途方のない時間がかかるから。

 

「たとえば、ウォーミングアップを10分早く切り上げて、10分勉強する」

 

 10分の勉強で追試に合格できるかといえば、たぶん出来る。

 いうて先生優しいから、小テストと定期試験の問題しか出さないし。そこ反復練習しとけば余裕でいける。

 

「よし。じゃあ今日はこれで準備終わり!」

「あら? 今日のミラクル、ウォーミングアップ終わるの早いわね?」

 

 うおっと。急になんですと振り返ればそこにはキラキラ星のウマ娘。

 アーモンドアイ、アイちゃんは雰囲気っていうか、纏ってるオーラが違う。

 

 やっぱりスカウトを受けるウマ娘っていうのは格が違うなぁ。

 それにしても、私がちょっと早くウォーミングアップを切り上げたのに気付くなんて、アイちゃんよく見てるね。

 

「当然でしょ? だってミラクル、あなたは私のライバルなんだから!」

 

 えっそうなの?

 

「だってあなた、私より早くデビューしたじゃない」

「え?」

「つまりあなたの方が早かった……トレーナーが体験期間中のメイクデビューは許さないとか言うからこうなっちゃったけれど、次からは負けないわ!」

 

 いやあの、そのレースに出なければ負け理論本当に止めません?

 私はレースに出た上に負けてるし、数学も赤点なんですけれど!

 

「いやぁ……まあ、多分アイちゃんの方が早く勝ち上がると思うし、そんなに気にしなくてもいいと思うけれど……」

「そうとも限らないわ。だって、あなたも海外挑戦を目指しているんでしょう?」

 

 はい?

 

 ……。

 

 …………ああ!

 そういうこと?!

 

 アイちゃんはスカウトしてくれたトレーナーが海外挑戦に難色を示したから名義貸しチーム〈クエーサー〉に来た。

 つまり、アイちゃんの認識では他のチームメンバーも「スカウトされたが何らかの理由で断ったウマ娘」ってことになっている!?

 

「いや、私はそういうのじゃ……」

「謙遜しなくてもいいわ。だってあなた、人一倍トレーニングしているじゃない!」

「あーまぁ……そのせいで夏合宿が危機なんですけれどね……」

「???」

 

 

 えーとですね、かくかくうまうま……。

 

 

「ー―――なるほど、事情は分かったわ。つまりトレーニングのしすぎで勉強が疎かになってしまったのね」

「しすぎというか……まあ、そんな感じです」

「でもウォーミングアップを削るのはいただけないわ! ウォーミングアップは全ての基礎! 基礎を疎かにしたら立派な身体は作れない!」

 

 うおお、ド正論。ド正論ですよこりゃ。

 

「いやーまあ、私の場合はゆっくりやり過ぎ? な感じもしますし、多少削るくらいがちょうどいいんじゃないかなぁと……」

「そうなの?」

「そうかも?」

 

 だって友達に「あんまりサボるなよー」とか言われたことあるし。

 別にサボってるわけじゃないけれど。ウォーミングアップの遅さがトレーニング時間の長さに繋がっているのは事実だし。

 

「そうだ!」

「え?」

 

 急に両手でパンと手を叩くアイちゃん。

 

「だったらミラクル、トレーニング時間で勉強すればいいのよ!」

「はぃ???」

「だってウォーミングアップ中なら走ってないから勉強できるわよね?」

「うん???」

 

 んな無茶な。

 

「無理かどうかはやってみてから言うのよっ!」

 

 そう言いながらアイちゃんが取り出したのはちっちゃなアレ。短冊にリングを通して、英単語とか覚えるのに使うヤツ。

 

「えぇ!? そんなの持ち込んでるの?!」

「当然でしょ! ゼッタイ、誰にも負けないんだから!」

 

 ひ、ひえぇぇぇ……。

 鬼だ、鬼がいる!

 

「ちなみに数学の公式集バージョンもあるわ!!」

「うぎゃーーーーッ!!!」

 

 思わず飛び退く。

 いやいやいや、ほんと冗談キツいですってぇ! 今なら上がり3ハロン最速出ちゃいますってぇ!

 

「そうなの? なら好都合ね!」

「いや比喩! 比喩だから!!!」

「さあ始めるわよ! 私との数学追試突破(へいそう)トレーニング!」

 

 

 

 た、たすけてぇ、誰か……!!!

 

 

 

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