小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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第47R オトナだったらさ。

 

 

「あ、お待たせクロノちゃん。どうしたの?」

『ミラクルさん。今どこですか?』

「え、東京駅。ハートちゃんを見送ったところだよ」

『分かりました。どうか、落ち着いて聞いてください』

 

 

『トレーナーさんが、交通事故に遭いました』

 

 

「――――え?」

 

 

 

 

 

 


 

 

小賢しミラ子の借り物競走

 

最終章

これが私の借り物競走!

 

 


 

 

 

 

「ミラ子」

「なに?」

「こっち、タクシー使おう」

「なんで? 私はウマ娘だよ?」

軽車両(ウマ娘)だから、専用レーン以外じゃ時速30キロしか出せないでしょ」

「…………そう、だったね」

 

 オレンジ色の中央線快速電車。

 こんなに遅いと感じたのは初めてだった。

 

 確かに最高速度はウマ娘よりも早いけれど、駅に止まるから減速するし。

 快速とか名乗ってるくせに実質各駅停車だし。

 

「ミラクルさん!」

 

 そうして最寄り駅からタクシーに乗って、大急ぎで送ってもらって。

 辿り着いた病院のエントランスには、クロノちゃんが待っていて。

 

「クロノちゃん、どうなってるの? 事故ってどういうこと!?」

「落ち着いてください。落ち着いて……」

 

 目元を真っ赤にしたクロノちゃん。

 私はようやく、落ち着いていなかったことに気付いた。

 

「ごめ、取り乱してた」

「取り乱すよ、こんなの」

 

 ロンが吐き捨てるように言ったのを聞いて、ロンも落ち着いていなかったことに気付いた。

 

「あ、ビロンギングスさん。どうして?」

「流れで。それよりトレーナーの怪我は? 意識はあるの?」

「ええと、その……」

 

 言い淀むクロノちゃん。ロンが歯を食いしばる。

 

「戻ってないんだ」

「…………」

 

 沈黙。

 

「……そりゃ、そうだよね」

 

 意識があるんなら、入院したとか言うもんね。

 というかそもそも、急に連絡したりしないよね。

 

 トレーナーさん、こういうの生徒に知られるの嫌がるだろうし。

 

「クロノジェネシスさん。よろしいでしょうか」

 

 と、クロノちゃんを呼ぶ声。

 エントランスの向こうからやってきたのは、病院の看護師さん。

 

「……その、大変申し訳ないのですが。お手を貸していただいても?」

「は、はい! 私に出来ることなら!」

 

 顔をパッと上げたクロノちゃん。

 

「私も! 手伝えることがあるなら!」

「右に同じ」

 

 続いて名乗り出た私とロンに、看護師さんは顔をちょっと明るくしてから、すぐに苦しそうな表情をする。

 

「……その、間もなく面会時刻が終了しますので」

 

 

 付き添いの方に、お引き取りいただきたいのです。

 

 

 

 

「――――ブーケさん」

 

 

 私たちのチームリーダーは、今日も毅然としていた。

 しっかりと前を向いて、真っ直ぐに、目を逸らさないで。

 

 けれどその眼差しの向かう先が変わるだけで、どうしてこんなに。

 こんなに、心細く見えるんだろう。

 

「クロノさんにミラクルさん。それにビロンギングスさん、お久しぶりです」

「ども。……それより、トレーナーさんは」

「お医者さんの話だと、身体の状態は安定しているそうです」

 

 ただ意識を失ったままなので、まだ予断を許さないとのこと。

 つまりそれは、()()()()()を想定しないといけないのと同じ。

 

「えと、こういうのって、どれくらいで目覚めるものなの?」

「……あまり詳しくはありませんが、軽い()()()()()なら2、3時間で」

「そう、なんだ……」

 

 重くなる空気。

 いつ事故が起きたのかは分かんないけれど……たぶん、3時間くらいは経ってるよね。

 

 あぁ、確かにこれは看護師さんも言い出しにくいな。

 

「……でも、誰かがやらなきゃいけない。か」

「ミラクルさん?」

 

 だから私は、一歩前に。

 

「ブーケさん。今日は帰ろう」

「…………」

 

 分かるよ。

 

 心配だよね。苦しいよね。

 

 

『2人は専属契約だったんだって!』

 

 

 ブーケさんは、ずっとトレーナーさんの隣にいたんだもんね。

 だけど、だからこそ。

 

「帰らなきゃ。明日もトレーニングだよ」

「そんなこと」

名義貸し(そんなこと)を、ブーケさんはトレーナーさんと頑張ってきたんじゃないの?」

 

 誰かが名義を貸さなきゃチームは動けない。

 トレーニングコースの確保、ナイター練習の申請と監督――――そういうの全部、トレーナーがいなければ始まらない。

 

「なら、ブーケさんは。トレーナー補のお仕事をしなきゃ。帰って眠って、明日しっかりやらなくちゃ」

「…………」

「私は、今日レースだったから明日休養日でしょ? だからトレーナーさんのことは私が看てるからさ、ね?」

 

 それがきっと、トレーナーさんがブーケさんに「期待してること」だから、なんて。

 そんなことは言わないけれど。嘘になっちゃうから言えないけれど。

 

 

『トレーナー補は、あくまで俺の仕事を代行できるだけだ』

『もちろん。私だってひとしきりのお勉強はしていますから……』

『……ブーケにはもっと、自分の興味分野の勉強をして欲しいんだがな』

 

 

 でも絶対、こんなところで無理して欲しいなんて思ってないだろうから。

 

 

「……わかり、ました」

「ブーケさん。一緒に帰りましょう、よかったら、私の部屋でゆっくりしていってください、ラヴちゃんも快く迎えてくれるはずですから……――――」

 

 そうして、流れるようにブーケさんを連れて行くクロノちゃん。

 残されたのは私とロン、それと看護師さん。

 

「んじゃ、帰ろっか」

「いいの? ブーケさんに看てるって言ったのに」

「いやだって。面会時間が終わるんなら、帰るしかないじゃん?」

 

 私がそういうと、ちょっと驚いたような表情のロン。

 

「ミラ子……しぶとくなったね」

 

 うん。そうだね。

 しぶといというか。

 ずる賢しくなったというか。

 

「あくどくなった、かな。誰かさんに似て」

 

 

 


 

 

 

 結論から言うと。

 

 トレーナーさんはあっさり意識を取り戻した。

 私たちが帰った後、割とすぐに意識が回復したらしい。

 

「「「よ”か”っ”た”ぁ”~!”」」」

 

「こら寄るな触るな病人を労れ離れなさい。そしてきみたちトレーニングはどうした」

 

「いやいや、フツーに考えてそんなことしてる場合じゃないですよね?」

「(ミラクルさんの言ってること、昨日と真逆ですね……)」

 

 クロノちゃんのジトッとした視線を感じつつ、私はチームのみんなに囲まれたトレーナーさんを眺める。

 トレーナーさんは互い違いにお見舞いの言葉をかけてくるチームメイトを追い払いつつ、なんだかんだで全員と言葉を交わしてから一言。

 

「今日は初日だから病院も多めに見てくれるだろうが、迷惑だからこんな大人数で押しかけるのはやめるように」

 

 そもそも、どのくらい入院が長引くかも分からないしなと言うトレーナーさん。

 なんでも話によると、怪我の経過によってはかなり長期の入院になる可能性もあるらしい。

 

「とりあえずスポットでトレーナーの手配はするから、しばらくはブーケの元で頑張ってくれ。ブーケ、しばらく苦労をかける」

「いえ。いつものことですから」

「…………すまん」

 

 そしていつもなら聞き流すブーケさんの小言を、珍しく受け止めるトレーナーさん。

 まあ、そうだよね。サブトレもいないチーム〈クエーサー〉で、トレーナー補のブーケさんは唯一トレーナーさんの代理が出来る人。トレーナーさんが入院することになれば、その負担が大きくなるのは当然だ。

 

「ほら、帰った帰った」

 

 シッシと追い払う仕草をみせるトレーナーさんに、バラバラと帰って行くチームのみんな。

 そしてみんなが学園に戻れば、ブーケさんはトレーナー補としてみんなの監督役をしなくちゃいけなくなる。

 

「(まかせて、ブーケさん)」

 

 そう念じながら頷くと、ブーケさんは私に一瞬視線を合わせて(アイコンタクトして)から病室を出て行く。

 

「ヒシミラクル学生……なぜ、ここにいる?」

 

 それで、小さな足音たちがすっかり聞こえなくなってから。

 トレーナーさんは吐き出すように言った。

 

「そりゃ。今日は休養日ですから」

「確かに、トレーニングに行かない理由はそうだ。ではここに残る理由は?」

「トレーナーさん独りじゃさみしいでしょうし?」

 

 そんなことはないが……と納得いかない顔をするトレーナーさん。

 けれど私が大真面目なのを見てか、ため息をひとつ。

 

「ブーケに頼まれたか」

「んまあ、そんなとこですかね」

 

 でもそうじゃなくても、私は残ったと思う。

 なんとなくだけれど。やっぱり、トレーナーさんのおかげで今の私があるんだし?

 

「私だって、心配したんですからね」

 

 というか、本当に交通事故ってなにさ。

 

「トレーナーさんが名義を貸せなくなったら、何人のウマ娘がレースに出られなくなるか分かってます? 責任感じてくださいよ」

「さっきも言っただろ。スポットで頼めるトレーナーはいるし、前々から何人かに話はつけてある」

「そうじゃなくて」

「ヒシミラクル学生の言うことは分かるぞ。俺に恩義を感じていたり、慕ってくれているウマ娘がチームにいる」

 

 だから純粋に、ただ心から心配している。

 どうして事故なんかに巻き込まれたのって思ってる。

 

「けれどな、ヒシミラクル学生」

 

 それを全部言い当てて、トレーナーさんは真っ直ぐ私を見る。

 

「トゥインクル・シリーズは興業だ、チームはウマ娘の夢を叶える場所だ」

 

 その場所が、()()()()()()()()()()()()で成り立たないようにしてはいけないんだ。

 

「ブーケ、取り乱してたんだろ」

「知ったようなことを言いますね」

「知ってるからな」

「…………」

 

 きっと嘘ではないのだろう。

 だってトレーナーさんの事故現場に、ブーケさんは居合わていたから。

 

「取り乱してたのなら、俺が免許証に貼り付けておいた『あのメモ』はきみかクロノジェネシス学生が受け取ったな?」

「それは、クロノちゃんが受け取ってましたよ」

 

 きっと、それは今回みたいな万が一の事故への備えなんだろう。

 

「チーム部屋の資料、他トレーナーへの引き継ぎ資料の保管場所のメモですよね」

「クロノジェネシス学生、話したのか」

「あの、トレーナーさん」

 

 クロノちゃんに、黙ってる選択肢があったと思います?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そりゃそうだろう。チーム〈クエーサー〉は名義貸しだ。それはつまり、名義を貸す必要がなければ(スカウトされたのなら)それに越したことはないということだ」

「じゃあなんで、ブーケさんの分まであるんです?」

「逆に聞くが、なぜブーケの分だけ用意しないんだ?」

 

 トレーナーさんは、表情一つ変えずに言う。

 

「……分かるよ、分かりますよ」

 

 それがトレーナーさんだもんね。

 名義貸しチーム〈クエーサー〉だもんね。

 

「でも。こんな時までそんなこと、言わないでくださいよ」

「ヒシミラクル学生」

「っ」

 

 ヒシミラクル()()

 

 たぶんそれは、トレーナーさんなりの線の引き方なんだろう。

 名義貸しをする上で、きっと必要なことなのだろう。

 

「トレーナーさんって、いっつもそうですよね」

 

 課金さえすればスゴいトレーニング考えてくれるのに。

 レースに勝ったら一緒に喜んでくれるのに。

 

「トレーナーさんにとって、ウマ娘(わたしたち)は『生徒』か『選手』でしかないんですか?」

「それはそうだろう。競走師(トレーナー)は職業だ。競走ウマ娘を育て、レースに勝たせるのが役割だ」

「ブーケさんにも、そういうこと言うんですか?」

「なんでブーケの話になる? 関係ないだろ」

「ありますよ」

 

 トレーナーさんが唯一、生徒や選手のカテゴリー以外で扱うウマ娘。

 チーム〈クエーサー〉のトレーナー補。〈クエーサー〉チーフトレーナーである金本直樹トレーナーの――――最初で最後の契約(専属)ウマ娘。

 

「私、ていうか私たち。もう知ってますから」

 

 トレーナーさんとブーケさんの間になにがあったか。

 どうしてトレーナーさんが名義貸しを始めたのか。

 

「ブーケに聞いたのか」

「はい」

「そうか。俺のせいだな」

「ホントですよ」

 

 トレーナーさんのせいで。

 トレーナーさんがいたから。

 

 私たちは全員、ここまで来た。

 

 

「私たちをこんなにしてくれた責任、とってもらいますから」

 

 面食らうトレーナーさん。

 

 よ、よかった。

 さすがにこれで「月謝はもらってるが」とか平然と言われたら呆れちゃうところだったよ。

「2人とも、入って!」

 

 そして、扉の向こうへ呼びかければ。

 アイちゃんとクロノちゃんがやってくる。

 

「聞いていたのか、アーモンドアイ学生に、クロノジェネシス学生」

 

 それからトレーナーさんは、私にもの言いたげな視線をぶつけてくる。

 

「私、トレーナーさんのせいで結構ずる賢くなっちゃいました」

「トレセンに堂々と進学を持ち込む辺り、最初から手堅い(かけ事をしない)タイプとは思っていたが」

「でも。手堅いっていうか、小賢しいくらいで済んでた私を。ずる賢くしちゃったのはあなただと思いません?」

「それは思わないな」

 

 にべもない返事。アイちゃんが代わりに前に出る。

 

「トレーナー。あなた、私に諦めるなって言ったわよね」

「そんなことを言った覚えはないな。アーモンドアイ学生」

「でも! 私にはそういう意味に聞こえたわ!」

「それは認識の相違というより拡大解釈だろ」

 

 アイちゃん撃沈。クロノちゃんが前に。

 

「トレーナーさん! 私に最終直線まで目を背けるなって言ってくれましたよね!」

「それは……言ったな。ワンダリングシップの樺太国際競走(サハリンインターナショナルS)でのシンガリ一気。きみは3角で諦め顔だった」

「あの時の応援券、記念に取ってるんです」

200円(最低金額)の方だろ? それにきみの買い目(メイン)は三連単1人軸で……」

「そっ、そんなこと言ってると『違法な方の名義貸し』(私の代わりに投票券買ってるの)バラしますよ!!!」

「えっクロノちゃん急に自爆攻撃!?」

クロノジェネシス(わたし)のキャリアがどうなってもいいんですか!?」

「あっ人質はクロノちゃんなんだ……!?」

 

 まあ、そんな感じで。

 やいのやいのと詰め寄るけれど、やっぱり決定打には欠ける訳で。

 

「……トレーナーさんは、勝たせるべきウマ娘がいるじゃないですか」

 

 結局最後は、正攻法。

 だって、こんなのないよ。

 

『誰かがやらなくちゃいけないんです』

『ブーケには、自分の興味分野を学んで欲しい』

『私のトレーナーさん』

『苦労をかける』

『いつものことですから』

 

 トレーナーさんもブーケさんも、優しいつもりなのかもだけれどさ。

 結局ふたりとも、すれ違ったまま。

 

「諦めちゃダメよ! トレーナー!」

「そうですよ。最終直線まで結果は分からない!」

「ブーケさんは、まだ『走りたい』って思ってるんですよ!」

 

 

「きみたちは、花瓶に花を差したことはあるか?」

 

 

 トレーナーさんが、口を開く。

 

「花は繊細だ。茎を切られ、根との接続を絶たれた花は特にな」

 

 その例え話には、心当たりがあった。

 

『チームは花瓶です。どんな花を生けるかで、見た目も、匂いも変わります』

 

 ブーケさんの話。

 チーム〈クエーサー〉の話。

 

 たしか、誰にも見られなくて。それでも咲きたいと願う花が集まる。

 そんなチームが〈クエーサー〉なんだって、ブーケさんは言ってたっけ。

 

「茎には水が詰まっていて、その水を吸い上げることで花は生きている。もしも花瓶から出してしまえば……水を失い、花は枯れる」

 

 なら、トレーナーさんの「例え話」は分かりやすくなる。

 それはきっと、花瓶(クエーサー)から動けなくなってしまったブーケさんの話。

 

 もしかしたら、もうブーケさんは走りたくないかもしれないという話。

 それでも行き先がないから、このチームにいるだけなんじゃないかという話。

 

「俺は、」

「トレーナーさん」

 

 だから、私はトレーナーさんに被せて言葉を乗せる。

 

「ブーケさんに、そうだと聞いたんですか」

「いや」

「ふ~ん。聞けなかったんですね?」

「ヒシミラクル学生。安易な挑発は学生の特権だが、大人はそういう挑発には乗らないモノだぞ」

「知りませんよ、そんなの」

 

 トレーナーさんは、それでも大人だ。

 昨日、ブーケさんから話を聞いた限りでは、きっとトレーナーさんもブーケさんのことでいっぱい努力しているはず。それで、ブーケさんが勝てない――――努力が報われない現実に向き合っているはず。

 

 それでも、大人だから。

 なんでもないように振る舞える。

 

 それはきっと、スゴいことなんだと思う。

 トレーナーさんは頭がよくて、私よりずっと賢くて……お金のことばっかり考えているけれど。それも理由あってのことで。

 

「勝たせる、って言ってくださいよ。トレーナーなんだから」

「俺は目標に沿った手段を提供する。勝利を約束するのは仕事の範囲外だな」

「逃げないでください。かっこ悪いですよ」

「あいにく、格好つけるためにトレーナーやってるわけではないんでね」

 

 もう今日はお開きにしようとトレーナーさんが手を振る。

 その姿は、どんなG1レースでも平然と「こうすれば勝ち負けできる」と言ってのけるトレーナーさんとは、大違い。

 

 だから、私は言っておきたい。

 トレーナーさんはきっと、大事なことから逃げているから。

 

 

「かっこつけてよ、大人なんだから」

 

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