「――――というワケで、今からブーケさんを勝たせます!」
「突然だ」「突然ね」「突然だね~!」「突然だ……」
えーと。みんな同じ反応なんだけれども一応順番にクロノちゃん、ラヴズさん、ファインちゃんにロンね。
あとはアイちゃん。こっちは突然っていうより当然ねって顔してる。
「とりあえずブーケさんの直近戦績、クロノちゃん!」
「はい。競走ウマ娘カレンブーケドール、所属はチーム〈クエーサー〉で現在はドリームトロフィーリーグをメインに活動中。直近5戦は全て掲示板入りです」
「……つまり、それなりに強いウマ娘だと思うのだけれど……?」
タブレットに現れた直近戦績と得意コースに脚質分析の書かれたクロノちゃん
「ですが、勝ちきれない。確実に
「そんな呪いがあるの!?」
目を輝かせたファインちゃんに、アッイエ……としどろもどろになるクロノちゃん。
うんうん、分かるよ。私もはちみーのセミプロとしてファインちゃんを指導した経験があるからよく分かる。
「それで? ミラクル、勝たせるっていうからには秘策があるのよね」
「え、ないけど」
ぽかん、と口をちょっと開くアイちゃん。
え、私そんなに変なこといったかな。
「だって秘策もなにも。ブーケさんって普通に強くない?」
ブーケさんが私たちと比べて何か足りない
「けれど、重賞で勝てたことがないのは事実……なのよね?」
確かめるように、ブーケさんの戦績を上から下までスクロールしながらラヴズさん。
その戦績一覧の、ある一点を見ていたクロノちゃんがポツリと呟く。
そのある一点とは、ブーケさんが出たレースの勝ちウマ。
「『最弱世代』の逆バージョン、かもしれませんね」
「最弱世代? なにその悪口」
覇王世代とか黄金世代とか、トゥインクル・シリーズにおいてはよく使われる○○世代という言葉だけれど……最弱なんて悪口でしかない世代名に顔を引きつらせた私。
一方のクロノちゃんはどこか楽しそうに語ってくれる。
「あの『英雄』と呼ばれたウマ娘が三冠を取ったとき、彼女が無敗で三冠まで獲れたのは同期に実力者がいなかったからに違いない、と言われたんです。実際、展開次第では全く震わないことの多い追込脚質で無敗、それも三冠というのは、普通に考えれば有力なライバルがいなかったと考えるのが妥当ですからね」
「そ、それは三冠に失礼というか……負けた同期の皆さんにも失礼なのでは……?」
とはいえ、レースは結果が全てなわけで……その『英雄』がクラシック期の有マ記念で
「もちろん。シニア期以降になれば『英雄』が単に抜きん出て強かっただけという話になりましたよ。同期の皆さんも大活躍しましたし」
「そ、それはよかった……」
でもなんか話が脱線してるよねと言えば、クロノちゃんは路線修正。
「ええと、そうでしたすみません。私が言いたかったのはですね、ブーケさんはその逆、最強世代にデビューしてしまったんじゃないかってことです」
「最強世代? なんだか強そうな呼び名だね!」
強そうというか
まあ、強いというか文字通り
「とりあえずまとめると、ブーケさんが勝てなかったのには周りのウマ娘の強さも関係あるって話だよね」
「そういうことになります。レースに『たられば』を持ち込むのはマナー違反ではあるのですが……」
「そうなの?」
「ええ、特に『誰々がいなければ推しが勝てたのに!』という発言などは、勝者に対する敬意を欠いたものですから」
歴史には敬意を払わなければなりませんとクロノちゃん。
「歴史、かあ」
きっと、それは小さな積み重ねなんだと思う。
そして、私が名義貸しチームに入ることもなかった。
そのままスカウトされずに過ごして、普通に受験勉強して……帝農工とか外語大は無理だろうから、近所の
――――それで、どうなるんだろう?
「ミラクルさん?」
「……あっと、ごめんごめん。今はブーケさんの話だよね」
今は
どうやってブーケさんと、トレーナーさんを勝たせるかって話が優先だ。
「さっきも言ったけどさ。私はブーケさんが走ったら勝てると思うんだよね」
だって強いし。余裕じゃない?
もしもブーケさんが最強世代を走っていたのなら、つまり今もう一回走れば勝てるだろうって話だし。
「ねぇミラクル、水を差すようで悪いけれど」
おっと。アイちゃんの表情が真剣だ。
そりゃそうだよね、
「勝つだけじゃ意味ないと思うわ」
「え、なんで? 走って勝てばいいんじゃないの?」
首を傾げた私に、アイちゃんはため息。
「…………まさかとは思うけれど『オープン特別とかで勝てばいい』なんて考えてないわよね?」
「いやいやいや、それはさすがに考えてないですよぉやだなあ」
ブーケさんは重賞を取ったことがないわけだし、さすがに重賞でしょ?
「「「「……」」」」
え、私なんか言っちゃいました?
「ええと……ミラクルさんらしい、といいましょうか」
苦笑いのクロノちゃん。
「うーん。もちろん重賞で勝つのも大事なんだけれど……」
とラヴズさん。
「2人の悩みを解決してあげるには、なるべく大舞台の方がいいんじゃないかな?」
とファインちゃん。
そうですねと応じるのはクロノちゃん。
「ある種の『格』といいますか、平たく言うと国際グレード上位に入るレースで勝つことが大事だと思います。トレーナーさんもブーケさんも、周囲からの評価を気にされますから……」
いや格っていうけれど、それはつまりG1レースに出ろってことで。
そして直近のG1レースと言えば――――。
「――――有マ記念」
そう言い切るのは、アイちゃん。
で、ですよね……。
「い、いや。さすがに有マで勝てばOK! ブーケさんなら勝てる! とは言えないよ?!」
強いとは言ったけれどさ!
ブーケさんに足りない
むしろレース技術という意味では経験を積んでいる分だけブーケさんの方が有利とかも言ったけれどさ!
「さすがに有マは、無理だって!」
「ミラクルは有マ勝ったじゃない」
「あれは気付いたら勝ってただけだからね!? 奇跡だよあんなの!」
その奇跡をもう一回? 私がやっても出来る気しないのに、ブーケさんにやってもらうのは無理だよそんなの!
首をブンブン、手をフルフルで全力拒否する私に、アイちゃんはずいっと前に出る。
「これはあくまで私の感覚よ? アーモンドアイの感覚であって、カレンブーケドールに当てはまるかは分からないけれど……」
そう前置きしてから、アイちゃんの真っ直ぐな瞳が私を見る。
「私は、G2で勝っても満足しないわ。だってG2の上にはG1が、『格上』があるってことじゃない」
「よ、世の中には『足るを知る』という言葉もあるんだよ、アイちゃん……」
「それをG1以外の重賞を勝ったことのないミラクルに言われても困るわね?」
「べ、別に好きでG1しか勝っていないワケじゃ……」
「私も好きでG1に負けたワケじゃないわ」
「えっと、それは……」
肩を竦めるアイちゃんに、苦しい返事しかできない私。
いや確かに、事実としてはそうなんですけれども。
「で、でもどうなのかな。ドリームトロフィーウマ娘がいきなりトゥインクル・シリーズに復帰して有マ記念に勝てるのかな?」
とりあえず困ったときのクロノちゃん。
ということで視線で話を振ると、クロノちゃんは手元のタブレットを操作する。
「復帰という話でしたら、事例がないことはありません。例えば、よく復帰したり引退したりしているシンボリルドルフ選手ですとか」
「会長さんなにやってるの……?」
なんでも、後輩ウマ娘たちが力をつける度に力試しと言わんばかりにトゥインクルにおりてくるらしい。怖いよなんかのラスボスなの?
「ただ勝てるか? と問われると難しいですね。ああ、そういえばサクラチヨノオー選手と
「ちょっとごめんね? ドリームトロフィーって
思い出話が長くなりそうと察したラヴズさんがとっさに割り込む。クロノちゃんは我に返ったのか、ちょっと恥ずかしそうに路線修正。
「え、えっと。分かりやすく言うと民営のレースショーですね。国の補助がなく賞金は少なめ、入場チケットも高額となります。民営ですのでもちろん勝ちウマ投票券もありません」
「投票券の情報いらなくない???」
「けれど出走者はスターウマ娘で固められていますし、ウイニングライヴは全出走者にスポットライトがあたるように楽曲が調整されています。つまり、遊びにいけば絶対に推しのライヴが見られるというお得仕様なんです!」
確定でSSRが当たるガチャチケットと言えば分かりやすいですかねとクロノちゃん。
その例えは分かりやすいけれど……なんか現金な話だね……。
「そっか。現金な話だから、ブーケさんはドリームトロフィーにしたのかな」
「ミラクルさん?」
ポツリと溢れた私の独り言を、ファインちゃんは聞き流さない。
「いや、うーんと。これは私が思ったことなんだけれど。ブーケさんはトレーナーさんを支えたかったのかなって」
だってほら、レースでもらえる賞金って基本的にウマ娘のものじゃん?
トレーナーにも分配金はあるっぽいけれど、話を聞く限りそんなに大きな額じゃないっぽいし。
それで思い返して見ると。
『ドリームトロフィーにはスポンサーがつきますから』
『私は
『トレーナーさんの人件費を確実に反映できるイベントに来てくださって本当に嬉しいです♪』
『保険料で破産ですし』
『トレーナーさんに私の賞金を注ぎ込めますし』
『逃がさないですから……離さない……』
ブーケさんはしょっちゅうトレーナーさんに自分のお金を使って欲しがってたっていうか、チームの経営にガッツリお金を注ぎ込みがってたっていうか……。
「ドリームトロフィーなら、チームを合法的に支えられる」
あくまで民営のレースショー、
いや別に自分の賞金をどう使おうが違法ではないんだろうけれど。
やっぱりトレーナーさんは人のお金を受け取る人じゃないだろうし。
「2人にとってのドリームトロフィーって、すっごく都合がよかったのかなって」
ブーケさんはトレーナーさんにチームを運営させることができて。
トレーナーさんはブーケさんに走り続けてもらうことができて。
そうだよね。
ずっとそんな関係が続くんなら、それもありなのかも。
『ヒシミラクル学生の言うことは分かるぞ。俺に恩義を感じていたり、慕ってくれているウマ娘がチームにいる』
でも。チームがある以上。ウマ娘はやってくる。
名義貸しチームであっても、どんなにトレーナーがお金のことしか考えてない拝金主義者ぶっていても。
それでも、ウマ娘は走りたいからやってくる。
名義を借りてでも、自分だけで走れると信じるからこそ。もしくは、私みたいにワンチャンあるかもって。
『チームは花瓶です。どんな花を生けるかで、見た目も、匂いも変わります』
『トゥインクル・シリーズは興業だ、チームはウマ娘の夢を叶える場所だ』
きっとそうして、チーム〈クエーサー〉は夢の集まる場所になった。
『逆に聞くが、なぜブーケの分だけ用意しないんだ?』
『きみたちは、花瓶に花を差したことはあるか?』
『花は繊細だ。茎を切られ、根との接続を絶たれた花は特にな』
そして、きっと。
そんな
「トレーナーさん。私たちが勝ってどんな気分だったのかな」
もしもそれで、ちょっとでもブーケさんのことを考えてるなら。
「なんかそれって、フツーに私たちに失礼だよね」
……べつにね?
怒ってるって感じでもないんよ。
けれどさ。なんか、ここで怒らないのは違う気がする。
「ねえみんな。貸して欲しいものがあるんだ」
でも怒っただけじゃ、トレーナーさんもブーケさんも大人の対応するだろうから。
そうやって、苦しいのをなかったことに、痛かったのを痛くないふりするだろうから。
「レースの
資料を取り出すクロノちゃん。
「有マ記念は人気投票で選ばれないと出走できないものね、今度は炎上じゃなくてちゃんとした
やれやれと言った感じのラヴズちゃん。
「私は併走くらいしか出来ないわよ?」
やる気満々のアイちゃん。
「なにか、私に出来ることがあるんだね?」
ファインちゃん。
……うん。ごめんね。クーはやっぱり悪い子です。
「ごめん。ファインちゃんだけは、最初から練習場の確保をお願いするために呼びました」
「いいよ。だって私は、ミラクルさんのファン1号だからね!」
うっ……ロイヤルスマイルが私に突き刺さる……!
てかファン1号ってそういう意味でいいのかな。確かにサイン色紙を書かせてもらったのはファインちゃんが初めてだけれども。
「でもね、みんなに貸して欲しいのは違うんだ」
本当は、ブーケさんをトゥインクルに復帰させて、勝たせるにはどーしようって考えてた。 多分そこで、練習場の確保とかトレーニングメニューとか、みんなの協力が必要になるだろうなーって思って皆を呼んだ。
でも、話を整理して、分かったよ。
これは多分、ブーケさんを勝たせなきゃいけないんだ。
――――最強のウマ娘が集まる、最高の舞台で。
「ラヴズさん。今年の有マ記念、出走予定はありますか?」
「え? うーん、その予定はないけれど……」
「じゃあ。ちょっとだけ手伝って」
そのために、私は私にできることをする。
「アイちゃん。今年こそは勝ちにいくよね?」
「当然よ」
「クロノちゃん。クロノちゃんが集めてくれたデータ、貸してくれない?」
「もちろん……え、データですか?」
「うん。データだけ」
だってクロノちゃんは、今の最強でしょ?
「い、いえ。最強なんてことは……あるかもしれませんが……」
否定しようとして自分の戦績を思い出したのか、顔を赤くするクロノちゃん。
そうだよ。もうクロノちゃんは最強なんだから。
「最強なんだから、倒さなきゃ。ブーケさんがブーケさんの力で」
「ブーケさんの力……? って、まさか」
そうだよ。
トレーナーさんは、今回使い物にならないから。
だったら代わりに、誰かがやらなくちゃ。
「ねえ。ヒシミラクルさん」
ファインちゃんが、私のことをじっと見ている。
さっきまでの楽しんでいるような、ワクワクした感じはどこにもない。
「その決断は、たぶん貴女にとって、大きなモノになるんじゃないかしら」
「あー……うん」
そうだよ。
そうだけれど。
「私は、前に進もうと思う」
多分コレは、いつか決めないといけないこと。
これからどうするか、レースが終わったら、どうするか。
選択肢はきっと無数にあって。
けれど選べるものは限られていて。
「……まあ。ホントのところは? ちょっとまだ迷ってるんだけれどさ」
でも、いつでも引き返せるって。
失敗したらやり直せばいいって。
多分、私の知ってる大人は、みんなそう言うと思うから。
だからちょっと、かっこ付けてみようかなって。