小賢しミラ子の借り物競走【完結】   作:帝都造営

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閑話14 普通の少女

 

 

 ミラ子先輩の朝は早い。

 朝起きて、身支度を調えて軽い朝食を食べて。

 さっとロードワークしてからちゃんとした朝食を食べて。

 

 それが私の同室、現役最強といわれるミラ子先輩がこなす努力のルーチンワーク――――だったのだけれど。

 

 

 

「ミラ子せんぱい、朝ですよ」

「むぅ~ん……」

 

 夢の国に半分足を突っ込んだような声を出しながらゴロリとベッドを転がり出て、ほとんど墜落するみたいに床に着地。

 

 廊下の洗面所でざぱざぱと顔を洗って……ああ、またパジャマで顔ふいてる!

 

「もう、ちゃんとタオル使ってください!」

「……ぬあー起きた。おはようダンツちゃん」

「先輩、やっぱり眠れてないんじゃ……」

「いやいや。さすがに眠ってますって。徹夜で解決ってタツミタケシ(相手の弱点を徹底的に研究する監督)じゃないんだから」

「タツ……誰ですかそれ……?」

 

 やっぱりまだ寝ぼけてるんじゃないかと思うことを言いながら、ぬるぬると食堂に降りていく先輩。

 あっという間にご飯を食べ終えると、いつも通りジャージに着替える。

 

「んじゃ、私はチーム棟いくから。また夜にね!」

「気をつけて」

「うん、ダンツちゃんも気をつけてね~」

 

 それで、向かう先はチーム棟。

 もちろん先輩の行き先は、先輩の所属チームである〈クエーサー〉のチーム部屋。

 

「……先輩、大丈夫かなぁ」

 

 ミラ子先輩のトレーナーさんが事故で入院してから、ミラ子先輩は朝のロードワークをやめた。

 多分だけれどお昼のトレーニングも、夜の自主練もしていないと思う。

 

「大丈夫ですよ」

「うひゃあっ!?」

 

 突然後ろに現れた気配に思わず飛び退くと、そこには分厚い本みたいな何かを持った芦毛のウマ娘。

 もちろん不審者ではない。こないだの宝塚記念勝者にしてトリプルティアラウマ娘。ミラ子先輩のチーム〈クエーサー〉が誇る優駿。最優秀ティアラウマ娘受賞は確実と言われている――――クロノジェネシス。

 

「今のミラクルさんは、まさにゾーンに入った状態です。寝食以外の全てをレース分析に捧げて、それでいてコンディションは崩さない……私があの状態に入れば回収率120%は余裕で達成できます」

「回収率?」

「……とにかく最高のパフォーマンスを発揮できるんです!」

「そ、そうなんだ?」

 

 よく分からないけれど、同じチームの彼女が言うならきっとそうなのだろう。

 私の知らないミラ子先輩を、彼女はよく知っているだろうから。

 

「でも。いいのかな、あんまりトレーニングとか、している感じじゃないですよね……?」

「ええ。でもそれでいいと思いますよ」

 

 クロノジェネシスは、ミラ子先輩の消えていった廊下の向こうへと視線を注ぐ。

 

「レースの結果は分からない……けれどミラクルさんは、誰よりもゴールの向こうを見ていますから」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「……はい。月刊トゥインクルの乙名史です」

 

 

 乙名史悦子は己の目を疑った。

 つまり、自分の携帯に表示された発信元の名前に驚いた。

 

『あ、どうも。すみません』

 

 電話の向こうは慣れていなさそうな口調で、けれどハッキリと名乗る。

 

『日本ウマ娘トレーニングセンター学園のヒシミラクルなんですけれどぉ、少しそのぉ。なんていうか相談したいことがありまして……』

 

 ウマ娘と記者が直接連絡をとってはいけないというルールはないが、それでも記者は原則としてトレーナーや学園を通じて取材をするというのが不文律。

 

 もちろん、ルールは原則としてウマ娘有利に整備されている(例・ウマ娘寮はトレーナー禁制だがトレーナー寮にウマ娘は進入可能)のだから、ウマ娘側から連絡を取ることはなにも問題はないのだが――――。

 

「(このタイミングでヒシミラクル選手から連絡、まさか……)」

 

 宝塚記念の直前に彼女のトレーナーである金本師から仄めかされていた引退話。

 そして先日の金本師が遭った交通事故により解散の可能性もあるチーム〈クエーサー〉。

 頭の中で仮説を繋げた乙名史は、極力感情の乱れを表に出さないように言葉を紡ぐ。

 

「ええ。もちろんいいですよ。ぜひ伺わせてください。明日学園で――――」

『あっ、というかですね。いまちょっと、そちらの、えーと編集部まで来てまして』

「はい?」

 

 慌てて応接ブースに通せば、そこには学園制服に身を包んだヒシミラクルと、あともう1人――――。

 

「な、なぜここに……?」

「いえその……ヒシミラクル選手には少々『借り』がありまして……」

 

 同業他社のオフィスということもあり居心地悪そうにしているのは読白グループの若手記者。

 スティルインラブの番記者であり、乙名史とは去年さんざんに()()()()()()をした間柄。

 

「それでですね。記者の皆さんにぜひとも! お願いしたいことがあるんです!」

 

 そしてそんな微妙な空気を完全に無視して話を進めるヒシミラクル。

 

「ブーケさんと、トレーナー……金本トレーナーの特集を組んでもらえませんか!?」

「チーム〈クエーサー〉のチーフトレーナー。金本師の特集ですか、それはなぜ?」

「えっと、なんていうか。これから私が話題にするんで!」

 

 …………。

 

「えっと、伝わってませんかね……?」

「あ、いえ……」

 

 伝わっている。十分に言いたいことは伝わっている。

 つまりヒシミラクルがなんらかの形(おそらくSNSなど)で現在入院中の金本トレーナーと彼の最初の担当ウマ娘であるカレンブーケドールの話題を拡散して、それに乗ずる形で大手メディアにもキャンペーンを張って欲しいということだろう。

 そしてそう考えれば、ここに同業他社である読白の記者がいるのも納得。メディアが2社、それも5大メディアの2つが動けば、他のメディアも流れに遅れるなと特集を出して行くに違いない。

 

「そのようなことをなされる、理由を聞いても良いですか?」

「ブーケさんに、有マで勝って欲しいんです」

 

 でもそのためには、ファン投票で選ばれなきゃいけない。

 

「もちろん。別にファン投票で上位に入っていなくたって獲得賞金が上位のブーケさんは有マに出られると思うんです。でもそれは違うっていうか、そうじゃないよねっていうか」

 

 

 ――――()()()()()()()っていう、証拠が欲しいんです。

 

 

 それは、かつてスカウトされなかったと語っていた、ヒシミラクルらしい言葉。

 (なおG1を複数勝ったウマ娘がそんな発言をするのは(他トレーナーに喧嘩を売る発言をするのは)マズいという金本トレーナーの申し入れにより、この発言は記事からは削除されている)

 

「そのためには、ブーケさんとトレーナーさんを皆に応援して欲しい。入着が見込める安定感とか、穴ウマだからとかじゃなくて――――応援したくなるウマ娘とトレーナーになって欲しいんです」

「そうは言いますが、ヒシミラクルさん。チーム〈クエーサー〉は」

「名義貸しですよね。知ってますよ」

 

 でも、単なる名義貸しなんかじゃないんです。

 

「勝てなくて、勝ちたくて。それで必死に頑張るウマ娘が集まる場所。それがチーム〈クエーサー〉なんです。そんな場所を、トレーナーさんとブーケさんは二人三脚で作ったんです」

 

 だから、それをちゃんと評価して欲しいと。

 ヒシミラクルは真っ直ぐな瞳で言う。

 

「……ですが、ヒシミラクルさん。カレンブーケドール選手はドリームトロフィー所属です。トゥインクルに戻って走るとなりますと……」

「乙名史記者。あなたはお二人の番記者(密着取材)をやってましたね?」

 

 ポン、と机の上に広げられるいくつかの記事のコピー。

 現役時代のカレンブーケドールにまつわる情熱的な文章の書き手は見慣れた名前(乙名史悦子)

 まさか(てめえ、)子供がここまで知っているとは思えない(ヒシミラクルに助言しやがったな)とライバル誌の記者へ目線を飛ばせば、彼は音の出ない口笛で応じる。

 

「チーム〈クエーサー〉の金本(トレーナー)。彼とブーケさんが育てたチーム、その最強の2人(クロノちゃんとアイちゃん)()()()()()()()()であるブーケさんが倒す――――」

 

 

(素晴らしい……!)

 

 

 だからこそ、乙名史は残念がらずにはいられない。

 子供とは思えないほどに整理された筋書きだからこそ、誰かの作為を感じずにはいられない。

 

「ヒシミラクルさん。私はメディアを担うひとりとして、このような物語を放置することはできません」

「ですよね? だったら……」

()()()()()、私は貴女に問わなければならない。この物語の脚本(ストーリー)を書いたのはあなたではありませんね?」

 

 その問いかけに、彼女は頷く。

 

()()()()。だって私、なんにもないですから」

 

 そうして彼女は語り出す。

 自分がなにも持っていないことを。

 

「私はフツーの女子高生です。ファインちゃんみたいに良家の生まれじゃないし、アイちゃんみたいに強い意思もない。クロノちゃんやラヴちゃんみたいに得意分野があるわけでもない――――けれど、だから何にも出来ないってのは違うじゃないですか」

 

 何も持ってないから、借りてくるしかない。

 友達から、仲間から、時にはいつか貸した借りを返してもらって(となりにいる読白の記者を連行してきて)

 

「私の知恵じゃありません。でも別にそれでいいですよね?」

「ヒシミラクルさん、貴女はご自身にかかる期待を理解しているのですか? ファンの皆さんは、有マ記念で走る貴女を観たいのではありませんか?」

「はい。それはもう、とっても」

 

 でも大事なのは、()()()()()()()()なんで。

 見る限り、彼女に引き下がるという選択肢はないらしい。ないからこそ編集部(こんなところ)まで乗り込んできた。

 

「乙名史さん。読白(ウチ)は構いませんよ。元々ヒシミラクル選手の件(が引退する可能性)を最初に金本師から引き出したのはあなた(月刊トゥインクル)ですから」

読白さん(うちに)の立場はそうかもしれませんが……(ヒシミラクル選手引退の引き金を引けと?)

 

 

「乙名史さん」

 

 

 ヒシミラクルが、真っ直ぐに視線を飛ばしてくる。

 

「選手だけじゃなくて、チームを見てもらえませんか」

「確かに、チーム〈クエーサー〉は名義貸しです」

「打算と妥協と、スカウトされないウマ娘しかないチームかもしれません」

 

 でも。

 

「それでも私たちは、ないものを借りて、自分の目的を達成するために走ってきた」

「そんなチームを二人三脚で作り上げた。夢が集まるチームを見て(記事にして)くれませんか」

 

 

 

 


 

 

 

 夜遅くまでチーム部屋の電気がついている。

 あの人はそんな露骨なことをする人ではないから、誰がいるのかは分かっていた。

 

「ミラクルさん?」

「あっ、ブーケさん。お疲れさまです」

 

 机の上に広げられた参考書は、新品の入門書から年季の入った海外論文の対訳ノートまで様々。ホワイトボードには大写しになった中山レース場の詳細図。

 そして真ん中に置かれているのは、最初にチームに加入したウマ娘(競走ウマ娘カレンブーケドール)の引き継ぎ資料。

 

 そこに貼られた付箋紙の数が、彼女の苦戦を物語る。

 

「ココアとホットミルク、どっちがいいですか?」

「わあ、ありがたい。じゃあココアで……こういう時の差し入れって、コーヒーじゃないんです?」

「コーヒー飲んで眠れなくなっちゃったら、寮長さんから小言を言われちゃいますから」

「む。そういうことか~」

 

 少し笑って、一息入れて。

 それから私は、本題に切り込む。

 

「進捗は、いかがですか?」

「う~~~ん……進捗ダメです!」

 

 そうしてあっさりと自分の苦境を認められるのは、きっと彼女の強さ。

 弱さを認めるのが「強さ」になるなんて――――私はもちろん、あの人だって考えもしなかったこと。

 

「とりあえずザッとは作ってみたんですけれども……トレーナー補やってるブーケさんの経験からなんか言えることありません?」

 

 なんていうかもう、他人のトレーニングプランなんて作ったことなさ過ぎてヤバいっていうか~と言いながら、色んなことが書き込まれてグチャグチャになったスケッチブックが差し出される。

 

「いいですけれど……それは、カンニングになりませんか?」

 

 競走師(トレーナー)と競走(ウマ娘)には兼任禁止規定がある。

 それは一言でいえば、競走師(トレーナー)という他人(ブレーキ)に監視させることでウマ娘が文字通りの「限界」(デッドライン)を越えることを防ぐための規程。

 

 つまりこの場合、私のトレーニングメニューを私が添削することは問題になる。

 普段の〈クエーサー〉では、競走ウマ娘(が考案したトレーニング)を私たちが監督(添削)しているから問題にはならないが……。

 

「いいんですって。私は学園大学部所属のブーケさんに助言をもらうだけで、別に競走ウマ娘のカレンブーケドール選手に聞いてるわけじゃないですから」

 

 それに、このくらい形振り構わなきゃクロノちゃんには勝てないですよと彼女は言う。

 

「私はブーケさんを勝たせるって決めたんです。そのために足りないモノは調達し(借りてこ)なきゃ」

「……」

 

 その真剣な目つき。その瞳に棲むモノが、あの人のそれに似ていて。

 

「ミラクルさん。本当にいいんですか?」

 

 だからこそ、あなたにはあの人と同じ風になって欲しくなくて。

 

「いいんです。だって私、このチームでいろんなモノをもらいましたから。その恩返しです」

「あの人は、きっと『月謝をもらってるから大丈夫だ』とか言いますよ?」

 

 それを聞いた彼女は、キョトンとしてから目を三日月に細める。

 

「あは、さすがにそこまで酷くなかったですよ。トレーナーさんは」

 

 それはまるで、私の知らないトレーナーさんを知っているみたいで。

 

「トレーナーさんは、契約したウマ娘に成功して欲しいって思ってるんです」

 

 私から見たあの人は、名義貸しを始めてしまったあの人は。

 成功して欲しいなんて、思っているようには見えなかった。

 義務だから、役割だから、契約だから――――仕事だから。

 いつも苦しんでいて、それを誤魔化そうと笑っている。

 

「私は、トレーナーさんから名義を借りて。たぶん、成功した」

 

 そう。成功。

 私がトレーナーさんに掴んで欲しかった――――私があの人に捧げられなかった成功。

 

「成功したから、やっぱり恩返ししたいんです。お月謝とか分配金じゃなくて、チームに」

「チームに、ですか?」

「はい。だっていつかレース雑誌を見て、自分の古巣(チーム)が『名義貸し』とか呼ばれてたらイヤじゃないですか」

 

 だったら。その印象(イメージ)を払拭するのが恩返しになるかなって。

 

「……それは、なんといいましょうか」

 

 難しい目標だ。

 だって、私は印象(それ)を変えたくて走り続けたのだから。

 

「なんですよね~」

 

 あははと笑いながら机を片付ける彼女。

 机の上に残ったのは「とある競走ウマ娘」のトレーニングプラン。

 

「でも。私は勝てると思いますよ。少なくとも、私の中では上手くいってる」

 

 その言葉は、彼女自身の成功体験に裏打ちされている。

 なにせ彼女は、勝てなかったウマ娘を引き上げたトレーニングメニューを自分で考案している。

 

「この1勝じゃ変わらないかもしれません。けれど私は、この小さな1勝がチームの大きな一歩になるって信じてます」

 

 そうだろうか。

 私はいまでも……今だからこそ、私を疑っている。

 かつて勝ちたいと願った少女の想い(カレンブーケドール)に応えられなかったのは、他ならない私(カレンブーケドール)なのだから。

 

 けれど。

 

 

 ――――勝つしかないよ。

 

 

 そう。これはそういう話。

 

 勝てる見込み、とか。レースの勝ち筋とか。そういう話ではない。

 まず足を踏み出さなければ、駆けなければ、なにも始まらない。

 

 

 ウマ娘(わたしたち)には、走りしかないのだから。

 

 

「……なーんて。説得下手ですみません。ブーケさんが一番良く知ってますよね、そんなこと」

「ええ。いいえ」

 

 だから。私には走る選択肢しかない。

 あなたの隣にいるために、あなたの期待に応えるために――――彼女()返してくれるっていう(貸した覚えのない)借りを、返してもらう(おしつけられる)ために。

 

「押しつけちゃってスミマセン。でも私、ブーケさんに期待してますから」

「……私も、ミラクルさんには期待していましたから」

「それは、月謝を(チームに)払って(入って)くれることを?」

「もちろん」

 

 でも。それだけじゃなくて。

 

 

 あなたを、わたしを――――この小さな箱庭から連れ出してくれる「何か」を。

 

 きっとずっと、私は待って(期待して)いたのだ。

 

 

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