大浴場は至福の時間。
古事記にもそう書いてある。知らんけど。
「ふぃ~~~……」
あーさいこー。
あとは岩盤浴と漫画があれば最高なんだけれどなぁ……。
ハートちゃんとアイちゃんがメイクデビューで勝って。
私とロンは続く未勝利戦で負けて。
そんなこんなで、夏合宿も後半戦の終わり。
「いろんなことやったなぁ~」
ああ、でも正直遠泳トレーニングの記憶に半分くらい埋め尽くされてるんだよなぁ。
トレーニングの効率がいいっていうからやってみたけれど、いやさすがに死ねる。もう二度とやりたくないね。
「ま、いいか。あとは帰るだけだし……」
それに帰る途中で、バーベキュー大会やるし!
「むふふ……ラムラムビーフ、チキンにポーク~」
「ミラクルさん?」
うおっと。誰もいないと思ったのに。
振り返れば、湯気に隠れた線の細いウマ娘。ロングの芦毛はまとめてぐりんと巻かれている。
「クロノちゃん」
「もう明日の話ですか?」
「あはは……まーね」
「てっきりミラクルさんは『わんこそば派』かと思ってましたけれど」
そう言いながら湯船に浸かって隣に座るクロノちゃん。肌しっろいなぁ……。
「わんこそばも悪くはないんだけれどさ。やっぱ競走になっちゃうじゃん?」
「確かに、アイさんとか絶対いちばん多く食べようとしますよね」
「そうそう、ぶっちゃけ大食いだったら私、勝っちゃう自信あるからねぇ~」
昨日のミーティングでトレーナーさんはあるアンケートを採った。
それは最終日のレクリエーションにおけるお昼ご飯をどうするか。選択肢は「わんこそば」と「バーベキュー」。
「……でもさ、あれって多分。もうひとつの質問がメインだよね?」
私がそういえば、クロノちゃんは少し考える風。
「辛口コースか、甘口コースかのお話ですね?」
「うん」
そう、そのアンケート用紙には、もうひとつの質問が。
あなたがレースで叶えたい将来像に対して、トレーナー資格取得者から直接指導!
時間は10分。コースをお選び下さい!
「詐欺っぽいのなんとかならないのかな?」
「ふふっ、分かります」
それからクロノちゃんは、湯船に首元まで沈む。
まるで、周りから隠れるように。
「多分、聞きたくないって方もいらっしゃると思うんです」
「だよね」
私たちのチーム〈クエーサー〉は名義貸しチーム。
トレーナーさんは1人だけ、そのトレーナーさんも、基本的には私たちにトレーニング指導をしてくれることはない。
「気付いてましたか? 途中で何人か離脱されている方がいることに」
「……うん」
そして私もクロノちゃんも、その理由には心当たりがある。
――――クラシック期未勝利戦。
「夏が終わればクラシック期の未勝利戦はおしまい。それでもレースに出るなら、1勝クラスに出るしかない」
それは強制的に格上挑戦をさせられることを意味している。
一度も勝ったことのないウマ娘が、一度は勝ったことのあるウマ娘と戦う。
「実際のところさ、格上挑戦で未勝利脱出ってあるの?」
「未勝利戦で2着を取ったことがある選手であれば、十分に狙えますよ」
ですが、大半の方は1勝クラスには出ずに地方へ移られますねとクロノちゃん。
なんと未勝利のまま終わった6割のウマ娘が地方トレセンへ転校していくのだとか。
「ですが、地方で勝てば中央に戻ってこられます。勝利という成功体験を経て、その後も活躍する選手だっています」
「うーん。転校かぁ……」
あんまりいい話じゃないんだよねぇ。
やっぱり
「ま、来年になっても勝ててなかったら、そこで辛口コース選んで聞いてみよ」
あ、ちなみに今年は甘口コースです。
だって勝てないぞ~って言われたら傷つくし。
知ってることと言われることは全然ダメージが違いますからね。
そうして迎えたレクリエーション。
青空の下、やってきたのはクソでか財閥が作ったというクソでか農場!
『すべては、荒野に一本の木を植えることから始まった』
「なんか歴史番組みたいな語りだねぇ」
「あっみてみて、ここ、さっき電車降りたところじゃない?」
「えっあそこからここまで全部牧場なの? デカすぎじゃん」
よくある校外学習みたいな資料室を見学して。
「うひょ~のびるのびるぅ」
「ていうかコレ結構、おもっ……」
「ミラ子やらんの?」
「私は完成品だけ食べられればいっかなーって」
「おい」
乳搾りとかバター作り体験とか、なんかいかにもーな体験をして。
「……ここがあの有名な詩人が『気取った本部』と書いた庁舎で……」
「毒舌だねー」
「ていうかここらの建物全部ボロくない? 建て替えないのかな?」
なんか歴史的な建物だとかいう場所を見学して。
そしてようやく、お待ちかねのバーベキュー!
「ヒシミラクル、ちょっといいか?」
……えっ、このタイミングで呼び出し!?
「
「しれっと他人の分の肉までとるんじゃない」
「けちー」
「俺の席にあるヤツ焼いて食べて良いから」
「わぁい」
で、周りから少し離れた場所に陣取っているトレーナーさん(のお肉)とご対面。
「さて。ヒシミラクルは『甘口コース』だったな」
ロースターに並べられたお肉の向こうで、トレーナーさんは真剣な面持ち。
あ、しまったご飯を席において来ちゃった……まあいいか。
「では、現状のヒシミラクルについての分析から」
私はツバを飲み込む。
……別にお肉を見てるワケじゃないよ? ただ、焦げちゃったら困るってだけで……。
「俺としては食生活の乱れを気にしてたんだが、ジュニア期ならこのくらいは許容範囲だろう」
わ、うれしい。私はお肉をパクり。
うむ、美味である。
「それの上で、このレース結果を見て欲しい」
トレーナーさんはタブレット端末をロースターの隣に置く。
「ヒシミラクルは現在3戦0勝。メイクデビュー東京1600は9着、続く函館ジュニア未勝利1800は6着。それで……先週の札幌ジュニア未勝利1200は9着」
うんうん。もちろん知ってますよ。
ていうか私の競走成績、低すぎ……?
「なんかアレですね。改めて言われるとへこみますねぇ~」
「まあこれは、単純に距離適正の問題だろうな」
むむ、距離適正とな?
「ヒシミラクルは典型的な
「はあ、すていやーですか」
「……座学聞いてるか?」
いえ全く。
だってレース関連の授業、なんか現実味なくて眠くなっちゃうんだもん。
「簡単に説明するからあとで教本読み直せよ? ステイヤーは持久力のある選手のこと。持久力があるから長い距離は得意だが、反面瞬発力がなく短距離は走れない」
「ああー。だから1200でまた最下位になっちゃったんですね」
函館も札幌も走りにくいなーとは思ってたんだけれど、前回の1200は特にみんなに置いていかれちゃったんだよね。
で、トレーナーさんによるとそれは距離適正が関係していると。ふむふむ。
「じゃあ私の距離適正って何メートルなんです?」
「わからない」
えっ。
「いやいやいや……そこはこう、トレーナー有資格者がズバーンと言い当ててくれるんじゃないんですか?」
「無理無理、そんなの専属トレーナーでも無理だよ」
そういうもんかぁー。
「まあステイヤーなのは間違いないから、とにかく距離を伸ばしていくんだな」
「じゃあ2000メートルとか?」
私がそういえば、トレーナーさんは頷く。
「ちなみに、ジュニア期のレースだと2000が最長だぞ」
「へえ……」
「だからもし、ヒシミラクルが生粋のステイヤー……それこそライスシャワー選手のような競走ウマ娘だった場合、レースの距離が延長されるクラシック期までは待つのが良いかもしれない」
「うーーーん……」
クラシック期まで、待つ。
確かに、それはひとつの選択肢なのかも。でも……。
「トレーナーさん、
「いいぞ。辛口で言って欲しいんだな」
「私の課題ってなんですか?」
その言葉に、トレーナーは一言。
「レースにおける主体性のなさ」
「……」
「ヒシミラクルの走りは……というか多くの競走ウマ娘がそうなりがちなんだが、基本的に周りに併せる走り方だ」
周りがスタートしたから走り出す。
周りがスパートをかけたから自分もフルスロットルで走る。
「その走り方で、バ群から抜けられると思うか?」
あー、うん。分かるよ。それはメチャクチャ分かる。
いやでも、レースってそういうもんじゃないの?
だって直線までぐぅ~っと堪えて、最終直線で解放! よーいドン!!
「それで届いたか? 函館の直線は短いぞ?」
「中山みたいに言わないでくださいよぉ……ん? 逆に東京とかなら長いからいける?」
「そうだ。だから
結果は散々だったな。トレーナーさんはそう言って肉をひとつまみ。
それ私が育てた肉なんですけどぉ!
「まあそういうわけで、俺から示せる今後の方針は2つだ」
「え方針教えてくれるんですか?」
「
トレーナーさんは2本の指を立てる。
「ひとつ、クラシック期まで待って、2000越えの未勝利戦に出走する」
「ふたつ、東京などヒシミラクルに有利と思われるレース場に的を絞って出走する」
「うーん……」
これどっちを選んでも、初勝利は大分遠のくよねこれ……だって東京開催しばらくないし。
「新潟という手もある」
「ああ~……」
そうか。確かに新潟も直線距離そこそこあるか。
「ちなみに、このまま未勝利戦に出まくるのはどうです?」
というか、これが元々の私のプラン。
早めにデビューして、未勝利戦に出まくって、マグレ勝ちをゲット!
「1勝したいだけならそれでもいいが、ヒシミラクルの目標はオープン昇格だろう。それなら、次に繋がる勝ち方をした方がいいぞ」
「あー……」
言われてみればそれもそう。距離適正がないのにマグレで短距離で勝ったとして、1勝クラスで私を待ち受けているのは「
「うむむ……うーん」
「まあ、すぐに結論を出す必要はないぞ」
「あ、いえ。決まりました。とりあえず場所は考えずに2000メートルの未勝利に出ます」
「現時点での最長レースにのみ出るってことだな」
分かった。とトレーナーさん。
……なんか、トレーナーさんとトレーナーらしい話をするのって、今日が初めてかも。
「なんだ? ニヤニヤして」
「いや~、トレーナーさんって、やっぱりトレーナーさんなんだなって」
「それはそうだろ」
「まぁ? そうなんですけれどね?」
それでも、2000メートル以上なら勝てるって言ってくれた気がして。
私はちょっと、ちょっぴりですけど。嬉しかったのです。
「ちなみに面談の残り時間はまだあるけれど、聞いておきたいことは?」
「あっ、えっとですね――――……」
ところ変わって、広大な農場の一角。
アーモンドアイはターフを踏みしめていた。
そこは直線バ場。ゆうに1000メートルを越える、下手すればトレセン学園よりも立派な施設。
そして当然、ここは農場主の土地。いくら中央トレセンといえど、自由に使える場所ではない。
――――それが単なる、トレセン学園に籍を置くだけの学生ならば。
「私をここに招待してくれたのは、あなたね?」
アーモンドアイの視線の先には、1人のウマ娘。
レース地の勝負服を纏った、日本レース界の伝説。
「……私たちの愛し子よ。あなたは、どこまで往きたいのですか?」
アーモンドアイの返す言葉は、決まっている。
誰に聞かれても変わらない。揺るがない。
たとえ目の前にいるのが――――この国で最初の、クラシック三冠ウマ娘であっても。
「世界の、頂点よ」