途切れたフィルムの、その先へ   作:サイテーション

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書けば出るという古の教えに従い急遽投稿します



Film. Director's cut 1 Day. 1-3

 

ディレクターズカット版って、あるじゃないですか。公開時に尺の都合とかでカットされたシーンが、再上映とかソフト化の時に追加されるやつのことです。完全版と銘打たれたりもしますよね。

 

ファンにとっては、これまで見られなかった未公開シーンが含まれているわけですから、当然うれしいはず、なのですが。これまたどうしたことか、意外と不評なパターンも多いんですよね。

 

で、そういうファンの口コミを見ると、「前の方がストーリーがすっきりしてた」とか、「未公開シーンのせいでラストのニュアンスが変わってしまった」とか書いてあったりします。要は、シーンの集まりによって映画全体のストーリーやテーマが決まるわけで、そこに別のシーンが挟まるとテーマがぶれてしまうということですね。

 

でも、これって面白くないですか? だって、監督にとっては新しい方が本当に撮りたかった映画なわけで、追加シーンを含めたものが本来のストーリーでありテーマなんです。なのに、ファンは最初の不完全なストーリーの方が良かったという。ファンにとっては最初に提示されたものこそ完全版で、追加シーンはただの蛇足になってしまったんですね。

 

え? なんでいきなりこんな話をしたか、ですか? えーっと、ちょっと恥ずかしいんですけど、笑わないでくださいね。実は私、もし自分の人生が映画だとしたら、って考えることがたまにあって。って、あ! もー! 笑わないって言ったじゃないですか!

 

とにかく! そうして考えた時にですね、今の私って、まさにディレクターズカット版の未公開シーンの部分みたいだな、って思ったんです。映画全体の構成はもうだいたい決まっていて、なくても成立する、なんなら見る人にとっては邪魔に感じるかもしれないシーン。

 

それでも、私の人生という映画の中で、確かに存在した時間。それが、今なんじゃないかって。ごめんなさい、ちょっと恥ずかしいこと言ってますね。

 

「だったら、どうするの?」

 

 

 

 

 

Film. Director's cut 1

Day. 1

 

ジリリリリリ!と、目覚まし時計の音がする。ほんと、毎日毎日、よく飽きませんよね。そんなに私の安眠を邪魔したいんでしょうか。まあ、流石にもうお昼も過ぎてるわけですから起きますけど……。というか、いつ私寝たんでしたっけ。

 

「んー?」

 

ところが、時計を見ると時刻は朝の7時。イヤな予感がしてきました。えーっと、そもそも今日は朝から台風が来たから咲笑さんと一緒に避難して、その後時間が止まってる間に病院に行って、お母さんの話を教えてもらって、何だかいい天気になって。

 

……そこからの記憶がありません。いやいや、流石にそこから家に帰っていつの間にか寝落ちしてた、なんてそんなはずが……。

 

「い、一応日付の確認を……え?」

 

衝撃の事実でした。だって、そのカレンダーに書かれていたのは、今日の日付でも明日の日付でもなく、一か月前の日付だったんですから。

 

Day. 3

 

「あ、あの人、確か……あ。あ〜〜! ……やっぱり」

 

下校の最中、スーツのおじさんの頭に鳥のフンが直撃するのを見て、私はため息をつきました。前に経験した今日に見たのと、そっくりそのままだったからです。

 

「はぁ……」

 

この二日間、単なるデジャブで片付けられないほど、見覚えのあることばかり起きました。朝の人だかり、抜き打ちテスト、レコンパンスのお客さん。全部が全部、以前私が経験した記憶のあることです。

 

ただ、一つだけ前と違うことがありました。時間停止のタイミングです。

 

前の週回ではテストの最中に時間が止まったから、今回はカンニングをさせてもらおうと思ったのに、何故か時間が止まらなかった。止まったのはテストが壊滅して私が机に突っ伏している最中でした。

 

ということは、この現象はただの予知夢ではない、ということです。いや、『ただの予知夢』って表現は変ですけど。

 

そして、時間停止現象との関連もありそう。となると、この現象は時間遡行、タイムリープではないか、というのが私のたどり着いた結論です。同じ時間に関係する現象に巻き込まれているって考えた方が共通点もありますし、それに時間停止のタイミングが変わるってことは、この現象を引き起こしている何かも時間遡行を認識している可能性が高いわけですから。

 

まとめるとこうです。

 

一つ、時間を止めることができる誰かがいる。

 

一つ、その誰かはおそらく繰り返す時間を認識している。

 

一つ、そして私は何故かその両方の現象に巻き込まれている。

 

「いやいやいやいや、流石に無理がある! 特に三番目! やっぱり私の頭が変になっちゃった、って方が百万倍説得力ありますよ!」

 

『そうだね! じゃあ、そんな頭のおかしい私は死ぬしかないよね!』

 

「いえ、それは流石に言い過ぎなような……って、え!?!?」

 

あれ、ココ何処!? 迷った!? いや、いつもの通学路のそばにこんなサイケデリックな空間はない! なんだコレ!

 

「ゆ、夢? 幻覚?」

 

よく見れば、目の前にはサイケな空間だけでなく、なんか良く分からないアーティスティックなオブジェが……うわ、近寄ってきてる! 動く!? キモっ!? いや、そんなこと言ってる場合じゃなくて、コレって……もしかしなくてもピンチなのでは?

 

あ、そうだ、逃げなくちゃ。ようやく我に帰って後ろを振り向くと……ギャーッ! 似たようなオブジェがワラワラと! てか、デカっ! というか、張り付けられてるの人の顔!?まあ、ですよねー、逃がしてくれるわけないですよねー。

 

「な、なるほど……さしずめ今の私はモンスターパニックものに登場する序盤の犠牲者Aってとこですか……ってそんなこと言ってる場合じゃない! 誰か! ヘルプ! 誰かぁあああ!」

 

けれど、そんな願いも虚しく、ゆっくりとにじり寄ってくるオブジェども。

 

「こ、こないで……あっち行って……お、お願いですから……」

 

結局その場から動くこともできず、とうとう囲まれてしまいました。

 

私、もしかして死んじゃうんでしょうか。なんとか現実から逃れようと固く目を瞑ると、瞼に映るのはコレまでの記憶。

 

お母さんと一緒に映画を見た日のこと、未来について尋ねたときのこと、病室で私と咲笑さんを突き放したときのこと、でも死ぬ間際には穏やかだった頃に戻っていたこと、レコンパンスに引き取られたときのこと、1人病院へ飛び出した私を咲笑さんが嵐の中探しにきてくれたときのこと……。 

 

ああ、これが世にいう走馬灯というやつですか。ということは、私、本当に死んじゃうんですね。なんだか諦めがついちゃいました。

 

そうして、頭の中に人生のスタッフロールが流れるのをボーっと眺めていると、(うわ、登場人物少なっ!)

 

「──オラクル・レイ!」

 

突然、力強い声があたりに響き渡りました。

 

そして、聞こえてくる何かが弾けるような音と、甲高い叫び声。

 

「え? な、何事!?」

 

思わず目を開けると、怪物の姿は既になく、目の前にいたのは真っ白な服装に身を包んだ女性の方。

 

「大丈夫?……って、余計なお世話だったかしら」

 

(うわ、美人……)

 

緩くウェーブのかかったブロンドのロングヘアに、ピンと伸びた背筋。その神秘的な装いと相まって、まさにファンタジー映画のヒロインのようでした。彼女の周りに浮いている、水晶玉のような物体も、彼女の神秘性を高めるのに一役買っていて……うん?

 

「なんか浮いてる!?」

 

あ、思わず口に出ちゃった!

 

「あら? 何かって、ああ、これのこと。これは……そうね、確かに、何かしらこれ。水晶玉? ドローン? うーん、あまりしっくりこないわ……」

 

あ、考えこんじゃった。意外と本人も良く分かってないんだなぁ。

 

「じゃなくて! どうやって浮いてるんですか!? しかも自由に動いてるし!」

 

「え? それは……魔法だからに決まっているじゃない」

 

「魔法……魔法!?」

 

そして、彼女は何でもないことの様に言いました。

 

「そうよ、魔法。あなたも魔法少女なら使えるでしょう?」

 

「……はい?」

 

ま、マホウショウジョ? ……って、あの魔法少女ですか? 日曜の朝とかに放送してそうな奴の?

 

「だって、その指輪。あなたのソウルジェムでしょ?」 

 

そう言って、不思議そうに私の手を指差した彼女。いや、確かに指輪は付いてますけど、それとこれとどんな関係が……。

 

そして、指輪を見つめたまま固まってしまった私の姿を見て、彼女はしばらくして何か納得したのか、「なるほど、そういうことだったのね」と呟きました。

 

いや、どういうこと!?

 

「記憶を失くした魔法少女。これって、案外よくあることなのかしら。ねぇ、キュゥべえ」

 

そう、彼女が呼びかけると、突然白い変な生き物が現れました。

 

「いいや。願いの影響で一部の記憶を失う子はいるけれど、魔法少女であることそのものを忘れることは通常ないよ。仮に忘れてもボクがまた伝えるからね」

 

しゃ、喋った……! 魔法少女と、そのメルヘンなマスコット、ということなのでしょうか……。

 

「あら、じゃあどうして?」

 

「そこが大変興味深いところだよ、織莉子! ボクには彼女と契約を交わした記憶がない。ボクも彼女のことを忘れさせられてしまっているんだ! 彼女かその関係者の魔法によってね」

 

よくわかりませんが、私の頭ごしになんだかとんでもない話が繰り広げられている気がします! 

 

「へぇ。そこまでするなんて、よっぽど魔法少女であることを辞めたかった、あるいは辞めさせたかった、ということかしら。でも、そうだとしたらあまりにも不安定ね。現に、こうして再び私たちに遭遇して、また魔法少女の世界に踏み入れることになってしまった」

 

「そうだね。だからそれ以外にも何か動機があったのかもしれない。ありがとう、織莉子。ボクを彼女に引き合わせてくれて。これは検討に値する事例だ」

 

「そうね。私もこの事態を予想していた訳ではないけれど、あなたの役に立てて何よりだわ。あとは、任せていいかしら」

 

「うん。彼女には改めてボクから説明しておくよ」

 

あ、どうやら会話が終わったみたいです。そして、織莉子と呼ばれた彼女は、再び私に声をかけてきました。

 

「とにかく、そういうことなら無事で良かったわ。なんて、あなたにとってはこれからが大変でしょうけど」

 

「え? あ、いえ、はい。えっと、助けて頂いてありがとうございました」

 

私のコミュ障! どもりすぎて案の定微妙な空気になっちゃったし!

 

そうして沈黙がしばらく続いた後、彼女もこの空気に耐えられなかったのか、ためらいがちに話しかけてきました。

 

「ねぇ、ひとつ聞いてもいいかしら」

 

「は、はい! 何でもどうぞ! あ、私に答えられることなら、ですけど!」

 

ちょっと食い気味に返しました。仕方ないでしょ、命の恩人なわけですから! ……誰に向かって言い訳してるんでしょう。自分か。

 

「……いえ、やっぱりやめておくわ。お時間取らせてしまってごめんなさい」

 

「いえいえ、そんな……」

 

「それじゃあ、ごきげんよう」

 

「あ、はい。って、え!?」

 

そんなわけで、結局彼女は質問もせず、いきなり去っていきました。なんというか、全体的に彼女の目から「あのまま死んでた方が幸せだったかもね」みたいな憐れみを感じたのは私の気のせいでしょうか。……気のせいだと信じたいです。

 

「話は終わったかい? それなら、今度はボクから質問させてもらいたいな。キミは、本当に魔法少女としての記憶をなくしているのかい?」

 

あ、そういえばこいつがまだいた! というか、そうだ! 結局この魔法少女の記憶がどうこうみたいな話、まだ全然わかってないじゃないですか!

 

「いや、そもそも魔法少女って何なんですか!? 私は何で、これからどうなるんですか!?」

 

「やれやれ。その様子だと本当みたいだね。それなら、まずはボクが魔法少女について説明しよう。ボクたちの疑問を解決するには、まずキミの前提知識が不足しているみたいだからね」

 

なんか微妙に腹立つ良い方しますねこいつ。見た目はメルヘンのくせに。

 

……なんて、心の声は出さないようにしつつ、「お願いします」と答えました。

 

「分かった。でもその前に、まずは自己紹介から始めよう。ボクの名前はキュゥべえ。願いをかなえる契約を交わして魔法少女になってもらったり、魔法少女をサポートするのが役目さ! キミの名前は?」

 

「愛生、まばゆです。よろしくです、キュゥべえ」

 

「ああ、よろしく、まばゆ」

 

こうして、私は本格的に魔法少女の世界に足を踏み入れることになったのでした。

 

いや、無理やり戻された、というべきでしょうか。

 

*

 

「はあ……魔法少女に魔女、それに魔法ですか。メルヘンチックなようでいて、中身はガチガチにシビアですね」

 

「おや、受け入れるのが速いね。大抵の子はもっと戸惑うんだけど」

 

「そりゃ信じますよ。色々辻褄も合いますし、なんたって、変身しちゃってますからね」

 

そしてキュゥべえと家に帰ってから知識の確認として、魔法少女について根掘り葉掘り聞きだしたわけですが、まあ出るわ出るわ衝撃の真実の数々。ソウルジェムにグリーフシードに魔女、果ては宇宙のエネルギー問題の解決とかいう途方もないキュゥべえの目的まで。超難解なSF映画並みの情報量でした。

 

普通なら到底理解が追い付かないはずなんですが。すんなり受け入れちゃったんですよねー。まあ、体が覚えていた、という奴なのでしょうか。記憶をなくす前の私は少なくともある程度のところまでは知っていたはずですから。

 

そう、記憶喪失。今まで私は「もしかして結構大事なことも忘れちゃってるかも~?」くらいで流してましたけど、そういうレベルじゃなく忘れてました。というか、もし時間が戻らなかったら私あのまま魔力切れで魔女になってたってことですよ!? 流石に自然に忘れて良いことじゃ無さ過ぎます!

 

と、いうことで、ここで登場するのが魔法です。ズバリ、この記憶喪失は記憶消去の魔法のせいではないかと。実際、私だけならともかく、有史以来全ての魔法少女を覚えていると豪語するキュゥべえの記憶もないわけですからね。

 

となると、問題は、それを使ったのが誰か、というところで。第一容疑者にあがったのは、ほかならぬ私自身でした。

 

「誰かがキミの魔法少女に関する記憶を消したとして、少なくともキミと接点のある魔法少女が犯人のはずだ。ただ、ボクの知る限りでこの町周辺にそんな能力の魔法少女はいない。もちろん、自分の存在についても記憶消去で隠蔽している誰かがいる可能性もあるけれど、その前に検証すべきことがある」

 

「あ、そうか。私の能力もまだ分かってないですもんね」

 

「そう。キミの能力が記憶消去で、それを使って自分とボクの記憶を消した、という説が一番シンプルだ。まずはそこから考えていこう」

 

「そうはいっても、どうやって……あ、キュゥべえには魔法少女の能力とかステータスが見れる、とかですか? こう、ステータスオープン! みたいな」

 

「残念ながらそんな機能は備わっていないよ。そうだね、魔法少女の魔法はその願いと関連していることがほとんどだ。キミの能力が記憶消去だとしたら、誰かの記憶を消すことを願ったことで身についた能力の可能性が高い。心当たりはあるかい?」

 

『私に近寄らないで!』

 

「お母さん……」

 

そう言われて、すぐに思い当たったのがお母さんのこと。死の間際、治療の副作用で未来の記憶をなくして、もとの優しい姿に戻ったお母さん。でも、それが本当は私が願ったからだったとしたら?

 

……少なくとも、偶然、ピンポイントに、辛い未来の記憶だけを無くした、と考えるよりは自然な気がします。

 

「確かに、それはキミの願いが作用したのかもしれないね。でも、そこには一つ疑問がある。どうして、病気そのものを直さなかったのか。心当たりはあるかい?」

 

「……そうですね。母は、自分の未来視が絶対のものだと思っていた。だからこそ、辛い未来を視てもそれを受け入れられていたそうです。だから、私が母の病気を治して未来視を否定することは、母の人生そのものを否定することになる。そう考えたからじゃないでしょうか」

 

咄嗟に答えたにしては、驚くほどするすると言葉が出てきました。まるで、体が覚えていたみたいに。じゃあ、正解ってことですか?

 

「なるほど。キミにとって不可解な選択ではない、というわけだね。なら、この仮説に明らかな矛盾はない。後は、検証して確かめるだけだ」

 

「確かめる……って、どうやってですか?」

 

「簡単なことさ! 実際に記憶を消してみればいい。大事なのは、仮説を立ててそれを検証することだからね」

 

というわけで、キュゥべえから提案された実験はこうです。

 

「まばゆ。キミの記憶が消えた原因が外ならぬキミのせいだとしたら、キミの能力は自分自身にも作用するということになる。だから、自分の記憶を消そうと念じてみればいい。何か消したい記憶はないかな」

 

「えーっ! イヤですよそんなの! あっぱらぱーになっちゃうかもしれないじゃないですか!」

 

「いや。これまでのエピソードからキミの能力は特定の記憶だけに作用する、と推測できる。そんな事態は起きないはずだよ。それに、このまま自分の能力を把握しないままでいいのかい?」

 

そう言われると確かにその通りなので、私はしぶしぶ自分の消したい記憶を考えました。

 

「……分かりました。そうですね、じゃあ昨日の小テストの点数の記憶を、ちょっと消してみます」

「なるほど。何点だったんだい?」

「抜き打ちだったせいで43点ですよ! 見事補習にひっかかりました!」

「それは、普段の勉強がたりないせいじゃないのかな?」

「うるさい! とにかく! じゃあ、行きますよ!」

 

記憶を消したいと念じる……突然小テストと言われた記憶、全然わからなかった記憶、返却されて案の定補習に引っかかった記憶……

 

「あ、あれ?」

 

いつの間にか、目の前には真っ暗な空間が広がって、そこを私の記憶がフィルムのコマ送りの様に流れていきました。そして、私の手には金色のハサミ。何をすべきか、直感的に理解できました。

 

「なるほど、こういうことですか。……じゃあ、行きます」

 

そうして、私はハサミでフィルムにカットを入れて──。

 

「──もう一度聞くよ。今日の小テストの点数は何点だったんだい?」

「……何点でしたっけ」

「43点、補習みたいだよ。おめでとう、これで仮説は実証された。ひとまず、記憶を消したのがキミだとはっきりしたわけだ。その動機はともかくとしてね」

 

……何だか複雑な気分です。いや、補習になったことでは無く。

 

前に、というか前回の一か月後に、咲笑さんが言ってくれたこと。忘れた方がいい記憶もある。お母さんは記憶をなくして幸せそうだった。

 

でも、それが人為的に記憶を消されたのだとしたら、話が変わってくるような気がします。私の願いで、私にとって都合の悪い記憶だけを消してしまった。それは、母の人格を都合のいいように歪めることではないでしょうか。

 

もちろん、結果として、母も私も最後だけは幸せな時間を過ごすことが出来た。あのまま死の恐怖に苛まれながら亡くなるよりも、よっぽど良い最期だった。だから、願った理由も、その願いの価値も、良く分かります。もし、私があの頃にタイムスリップして、もう一度キュゥべえに願いを聞かれたとしても、やっぱりこう願うかもしれません。

 

それでも、やっぱり人の記憶を歪めるという行為のおぞましさが、どうしても受け入れ難い。なにより、そうして人の記憶を操作したという記憶そのものを、自分で消してしまった、という事実がイヤです。都合の悪い記憶を全部なかったことにして、幸せな記憶だけ残す。それって、とってもズルじゃないですか?

 

「……まあ、やったの全部私なんですけどね」

 

「? そうだね。キミが消した記憶を元に戻す能力も持っているかは分からないが、過去のキミが何を行ったを知るのはとても重要なことだろう。何しろ、自分の記憶を消すのは人格の否定、自殺に等しい行為だ。そうしてまで成し遂げたかった何かを探ることが、キミの現状を理解するうえで一番の近道だろうね。その逆もしかりだ。キミの現状から過去のキミの思惑を推測することもできるだろう」

 

独り言のつもりだったんですけど、キュゥべえに拾われてしまいました。

 

「……あ、そうですね。まあ、私のことなんでそんな深い思惑とかないと思いますけど。おおかた、単に全部イヤになって逃げだしたかっただけなんじゃないですかね」

 

「そうかもしれない」

 

「ひどい!」

 

「実際に、魔法少女の運命を知って絶望したり、ボクたちを攻撃してくる子も多いからね。自分や周りの記憶を消して運命から逃れようとするのは、悩む必要がなくなるという点ではより合理的と言えるだろうね」

 

「……そうだとして、結局こうやってまた思い出すことになっちゃってますけど」

 

「だから、もう一度記憶を消すという選択肢はある。ボクとしては、魔法少女である以上は魔女を倒してほしいけど強制ではないからね。まばゆ、ここから先はキミの選択次第だ。もちろん、さっき言ったように昔の自分の痕跡を探すのも悪くない選択だと思うよ」

 

そう言われて、私は改めて考えます。

 

もう一回記憶を消す、のは流石にちょっと覚悟が付かないというか、そこまでするほどではない、というか。やっぱり忘れたからって状況が変わるわけでもないですしね。キュゥべえから魔法少女について色々聞きましたけど、別に辛くてもう生きられないってほどの情報ではないって言うか。

 

でも、じゃあこれからどうするかって言われると悩みます。魔法少女として生きていくなら、魔女を倒してグリーフシードをゲットしないといけない。……記憶を消す魔法で? そもそも魔女に効くんですかね? 効かなかったら成すすべもなく殺されるのがオチですよね。

 

それに、前の自分の痕跡っていったって、キュゥべえの記憶まで消すような用意周到さで、簡単に探れるとは思えません。そもそも、私ってぼっちですし、前の私を知っている人って、せいぜい咲笑さんぐらい。で、いつ私が記憶を消したかは分からないけど、咲笑さんからそれについて突っ込まれた記憶はない。ということは、既に唯一の手掛かりもなく、事件は迷宮入り。

 

……え? 詰んでる?

 

「……キュゥべえ。ちなみに、私の魔法って魔女に効くと思いますか?」

 

「さあ。それはキミが試してみるしかないだろうね」

 

「試してる間に死んじゃうかもしれないじゃないですか!?」

 

「方法は考えた方が良いだろうね」

 

「遠回しな肯定!?」

 

「そうだね。例えばチームを組むのは一つの手だろう。キミの能力が魔女に通用するなら大きな戦力だ」

 

「いやいやいや、ムリですよ、ムリ! 私コミュ障ですし! そんな、誰かと組んで戦うなんて、到底できっこないです! 足引っ張って追い出されて終わりですよ!」

 

「それなら、いっそ魔女と戦わない方法もあるね。キミの能力なら、魔法少女たちから記憶を消してグリーフシードを奪うことが可能だろう。ボクとしてはあまりやってほしくないけれどね」

 

「発想がクズ過ぎる! いくら私でもそんなことする訳ないじゃないですか!」

「なら、やはりチームを組むしかない。そうだね、織莉子に声をかけてみたらどうかな。彼女はキミの事情をある程度知っているし、まばゆも一度面識がある分話しやすいんじゃないかな」

 

「あー……まあ、選択肢はそこしかないですよね。うーん、あの人かぁ……」

 

確かにキュゥべえの言う通りなんですけど、ちょっと畏れ多いというか。やっぱり命を助けてもらってて、その上更にお願いごとをするのは、ちょっと、いや、かなり気が引けます。まして、チームを組んでください、なんて。友達すらいない私にはハードルが高すぎです。

 

結局、他に方法もいくつか考えてもらいましたけど、キュゥべえの提案はどれも協力プレイ前提で、ソロプレイヤー(強制)の私では荷が重いものばかり。

 

あれこれと悩んでいるうちに、キュゥべえも付き合いきれなかったのか去っていきました。

 

「はぁ。それにしても今日は疲れました。まさか、命の危機に飽き足らず、魔法少女に、キュゥべえまで。一度に非日常が押し寄せすぎですよ。だいたい、時間停止に時間遡行だけで十分手一杯なのに……」

 

あ。

 

「……完全に、相談するの忘れてた……!」

 

……。

 

「……まあ、今日は疲れましたし、明日考えよ……」

 

こうして、私の長い一日はようやく終わりを迎えたのでした。おやすみなさい。ぐう。

 


 

サイドストーリー #1

Day. 3

 

『ねぇ、一つ聞いても良いかしら』

(いったい、何を訊くつもりだったのかしら。幸せだったか? 愚かしいにも程がある!)

 

自身への怒りが、織莉子の足を自然と速くさせていた。

 

切っ掛けは偶発的な予知の一つ。使い魔に襲われる魔法少女。さぞかし弱いのだろうと思い込み、ほんの少しでもキュゥべえの手を煩わせてくれれば、と助けてみたが、まさか記憶喪失とは。

 

結果としてキュゥべえの関心は引けたのは良かったが、自分も好奇心のままに会話をしてしまったが失敗だった。

 

キョロキョロと視線をさまよわせ、遠慮がちに小さな声で喋る彼女の姿。小動物のような弱弱しさと、彼女がこれから知るだろう過酷な魔法少女の現実が、織莉子の心に憐憫の情を浮かばせた。救世を行うには、そんな時間はないはずなのに。

 

だが、真に織莉子の心を苛立たせているのはその先だ。同情と共に、つい考えてしまったのだ。自分も、彼女の様に記憶を忘れられたらどんなに幸せだろう、と。

 

(忘れたかったのは父のこと? 周囲のこと? それとも、滅びのこと? まったく、救えないわ。一時の安寧に浸ったところで、未来は変えられないというのに)

 

それもこれも、未だ救世に繋がる道筋が見えていないのが原因だ。そう、織莉子は分析する。駒となる魔法少女も見つからず、予知能力はコントロールできないまま。何より鹿目まどかを排除する方法も分からない。動けないまま時間だけが過ぎていく焦燥感が、無意味な逃避願望を生んでしまった。

 

(そう。もう猶予はない。一刻も早く、救世を成し遂げなければ)

 

そのためには、やはりまず手足となる魔法少女を探さなくてはいけない。先ほどの少女は明らかに駄目だ。もし彼女が記憶消去を使えるなら使い道はありそうだが、まず欲しいのは魔女を狩りグリーフシードを集めてくれる存在。魔法少女としての戦い方も忘れているだろう彼女では不適格だ。

 

そうするとやはり予知能力で探すしかないわけだが、そのためには魔力、グリーフシードが要る。限りある魔力を使って自分でも魔女を倒すしかない。となると、使い魔ごときに魔力を浪費している場合ではなかったわけだ。いくらキュゥべえの目を鹿目まどかから逸らすことが出来ても、結局彼女を排除しなければいつか世界は滅びるのだから。

 

(そもそも、今回の行動そのものが無駄だった。救世が進まない焦りから本来の目的を忘れて些細な利益に飛びついてしまったんだわ。もっと合理的にならなくては)

 

そうして、織莉子は自宅へ戻り、再び予知に没頭し始めた。先ほどの少女の姿などもうすっかり頭からなくなってしまっていた。

 

全ては救世のために。それこそが、願いまで使ってたどり着いた、自らの生きる理由なのだから。

 




一応完結までの構想はありますが、ストックも無いので続きはいつになるか分かりません。というか、誰か書いて。
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