途切れたフィルムの、その先へ   作:サイテーション

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長すぎるので分割しようとも思いましたが、だいたい会話劇でサクッと読めるかなとも思ったのでそのままにしています、出来れば1話で1日以上という原作スタイルで行きたいので(Film12は流石に分割してたけど)。というわけで、お時間のある時にどうぞ。

年内の更新はこれで最後です。よいお年を。

そして、来年はいよいよ『ワルプルギスの廻天』公開ですね。流石にそろそろ日付が出ないと心配ですが、とりあえず2月ということで、それまでには1話か2話くらいは投稿したいです。映画公開後に更新が無くなったら察してください。



Film. Director's cut 1 Day. 7

今日は学校もお休みで、朝からレコンパンスの手伝いです! さぁ、頑張るぞー!

 

「いらっしゃいませー……」

 

「まばゆちゃん、大丈夫? あんまり元気がないみたいだけど、何かあった?」

 

「え! い、いやー咲笑さん、そんなこと全然ないですよー! まさか、期待してた映画が微妙に面白くなくて落ち込んでるなんて、あるわけないじゃないですかー!」

 

「そう……でも、あんまり考えこんじゃダメよ。何でも相談してね」

 

……お、思いっきりスルーされました。私、そんなにウソつくの下手ですか?

 

とまあ、私が落ち込んでいるのは本当で。気を紛らわすためにもいつものように店番をしていますが、やっぱり気が付くと彼女のことを考えてしまっています。

 

(暁美さん……)

 

まあ、当たり前と言えば当たり前の話なんですけど、ほかの魔法少女も含めてみんなが影響を受けているのに、私だけ時間停止の影響を受けない。そんなの、なにか特別な因縁があるに決まってますよね。

 

というか、なんで今まで気づかなかったんだろうって感じですけど、私がループに巻き込まれていると認識したのは今回から。でも、前回の一か月で巻き込まれる切っ掛けとなるような出来事はなかった。なら、巻き込まれるようになったのはもっと前からで、その期間の記憶を忘れているだけ、と考えた方が自然です。

 

となると、私も実は時間をずっと繰り返していて、しかも暁美さんとはかなりの親交があった、ということになります。だって、姿を見て泣くくらいですからね。私、自慢じゃないですけど、これまでいわゆる『泣ける映画』も数多くみてきて、涙腺鍛えてますから。なんか、だんだん「これどう展開して泣かせに来るんだろう」みたいな見方にシフトしていって、いざそういう展開が来ても感心したり突っ込んだりとか、そういう楽しみ方になっちゃってますね、最近は。

 

まあ、それはどうでも良いとして、とにかく、その私が号泣するくらいですから、少なくともただの知り合いってわけじゃないでしょう。なら、長いループの中で向こうも私が一緒にループをしていると知っていたはずです。で、多分一緒にループを抜け出すために協力していた。

 

だって、冷静に考えたら、私の存在って滅茶苦茶都合がいいじゃないですか! ループについてきてくれて、しかもこんな性格ですから敵対してきたりもしない。きっと、ループを抜け出すため、とか丸め込まれて、馬車馬のようにこき使われていたに決まってます! しかも、悲しいことにボッチの私なんかはそれでも「こんなカッコいい人と一緒に居れるなんて~」とか舞い上がっちゃって、喜んで協力してたんでしょうね! 手に取るように分かります! だって、私のことですから!

 

悲しい……自分で言っててすごく納得してしまう自分が……!

 

でも、そうすると、おおよその謎が解けます。

 

だって、前回の周回から今に至るまで、私は彼女からの接触を全く受けていない。そして、私は前回からしかループを認識していない。となると、答えは一つ。

 

──私は前回のループの始めに自分と彼女の記憶を消した。

 

なぜ、私がそんなことをしたのか。それは不明です。ただ、このことが意味するのは、私が彼女と一緒にループを脱出することを諦めたということ。彼女の記憶を消し、自分の記憶も消し、私たちの交流は完全になかったことになった。それでも、暁美さんはまだ戦い続けていて、だから私は泣いてしまった。彼女を置き去りにして、一人逃げ出した罪悪感で。

 

ここまでが、私が昨日屋上で泣きながら考え出した答えです。まあ、そのせいで工場見学のこと完全に忘れてて、先生から電話かかってきちゃったんですけど。しかも戻った時に泣き跡があったせいで、咲笑さんまで話が行っちゃって、昨日はもう大変でした。あ、さっき心配されたのも、もしかしてそのせい……?

 

それはさておき、この推理、自分でもかなり自信があるんですが、問題が一つ。

 

そう、結局、これまでと状況が変わってない……!

 

だって、この推理が正しかったとして、じゃあどうしましょう。暁美さんに正直に言ってみますか?「私たちは昔仲間で、でもかつての私が貴女と私の記憶を消したから今は覚えていないだけなんです! だから、もう一度協力してループを終わらせましょう!」、とか。……まあ、百パー信じられませんし、たとえ記憶消去の能力を見せるなりして信じてもらったとしても、じゃあよりを戻しましょう、とはならないですよね。だって、また記憶を消して逃げだされる可能性があるわけですから。しかも、そうされたとしても気が付くことができない。私だったらそんな前科者、とても信用できません。かといって、そういったあらましを隠して近づいたとしても、やっぱり信用を勝ち取れるとは思えない。

 

ただ、協力の目がないわけでもないというのが難しいところで。彼女が何を目的に戦っているかはわかりませんが、少なくとも何度も時間を繰り返すくらいには、相当困難な目標なんでしょう。そして、失敗し続けている。なら、私みたいなのでもいないよりはマシということで、協力させてくれるかもしれません。むこうも、一度はくらったとはいえ、記憶消去への対応策があるかもですし、そうなればある程度のリスクを許容しても私を使役するという判断を彼女が下す可能性も……なんか言い方が怪しいな。確かに彼女はそういうのも似合うクール系美少女でしたが、私にそういう趣味があるわけでは決してありませんので。……だめだ、自分で言い訳しておいてなおさら怪しくなってる。

 

ともかく、まあ、彼女に協力することの一番にメリットは、やっぱり私が心情的に大分楽になるって点ですよね。キュゥべえに再開してからずっと感じているこのモヤモヤが、彼女と再び協力することで晴れるかもしれない。それに、彼女との交流の中で、さらに記憶を取り戻す可能性もなくはありません。

 

じゃあ……どうしよう。

 

「はぁ~……」

 

あ、お手伝い中だというのに、大きなため息をついてしまいました。

 

いや、ホントにどうしたらいいんでしょうか。せめて、誰かに相談できれば……キュゥべえ? ……うーん、なんか、身も蓋もないド正論しか返ってこなさそうですね。「なら、直接本人に確認してみるのはどうだい?」とか。それが出来たらボッチ陰キャなんてとっくに卒業してますっての!

 

 

その後、咲笑さんに「今日は早めに上がっていいわよ」なんて気を使われてしまい。宙ぶらりんの私はあてどもなく街をさまようのでした。

 

なんか、するべきことは分かってるのに、何もできないもどかしさというか。全てのカギを暁美さんが握っていて、現状を打破するには彼女に近づくしかないのは分かり切っているのに、そのための手段も覚悟もないから何もできない。それでまたモヤモヤだけが積もっていく。

 

あ~、それもこれも、全部前の私のせいです! 後先考えずに記憶を消して、残った私のことをなんっにも考えてない! 流石に、いくら私とはいえ、それなりに深刻な事情があったんだと思いたいですけど、それでもこっちはホントーに、いい迷惑です! もし目の前にいたら、大声で罵ってやりたい! 自分だから絶対無理ですけど!

 

……いや、いけるか?

 

物陰でコソっと変身して、そのまま近くのビルの屋上へ。ここなら、誰にも気づかれないはず。

 

やっちゃいますか?……やっちゃいましょう! いざ、あの太陽に向かって、そして私自身に向かって!

 

「私の、バカぁああああああああ!!」

 

……ふう、やっちゃいました! いやー、思いっきり叫ぶっていいもんですね! 映画だとよくあるシーンですが、実際やってみるとなるほどというか。本当に、心がすっきりした気がします。 これは、ちょっとハマっちゃいそうかも。

 

さあ、ちょっとモヤモヤが晴れたところで帰りますか! あ、映画でも借りに行きましょう、ジャンルは……。

 

「ふふっ。なんだか青春」

 

そう、青春映画! 部活に恋に勉強に、今しかない一瞬を謳歌する学生たちの人間関係! 私も、陽キャのコミュニケーションを学ぶ時が来たようですね……!

 

……って、あれ。なんだかつい最近こんなことがあったような。

 

ギギギっと後ろを振り返ると、モデルみたいに綺麗な女性の方がニコニコしながら立っていました。

 

「ぎにゃぁあああああああ!」

 

うわああああ、恥ずかしぃいい!

 

「お久しぶりね。驚かせてごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったのだけど、大声で叫ぶものだからつい。ところで、記憶は取り戻せたかしら?」

 

「えっ?……あっ!」

 

そうだ、この声と口調、どこかで聞き覚えがあります。というか、なにより私の記憶喪失を知っている人なんて一人しかいない!

 

「……えっと、おりこ、さん?」

 

「覚えていてくれて光栄だわ。そういえば、結局自己紹介をしていなかったわね。私は美国織莉子。あなたの名前も、聞いていいかしら」

 

「愛生、まばゆです。えっと、その節は、どうもありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

美国織莉子さん。つい先日、私を使い魔から助けてくれた人。まだ一週間も経っていないのに、なんだか遠い昔のことみたいです。

 

「あれから、キュゥべえに話は聞けた?」

 

「あ、その、はい。大丈夫です」

 

「そう。でも、いきなり魔法少女なんて言われて、戸惑ったでしょう? 受け入れることはできた?」

 

「えー……っと、まあ、はい。多分」

 

「なるほど。ということは、今悩んでいるのは別の理由、というわけね。ねぇ、良かったら、貴方の悩み、聞かせてくれないかしら? 私も魔法少女として、ある程度事情は理解しているつもりだし、人に話して解決することもあると思うの。もちろん、迷惑じゃ無ければだけど」

 

「迷惑だなんてそんな。こちらこそ……」

 

あれ。なんか……都合が良過ぎませんか?

 

私はさっきまで、誰かに相談したいって思ってて、そこに魔法少女の美国さんが現れて、相談に乗ると言ってきた。待ってください、彼女はそもそも、なんでこんなところに居るんでしょう。ビルの屋上なんて、用事がなければ通り掛かるわけがない。彼女は最初から私と話すつもりだった。どうして? というか、なんで私がここにいると──。

 

「実は私、ちょうどあなたがここにいるのが視えたの。それで、前からあなたのことが気がかりだったから、話しかけさせてもらったわ」

 

「え!? ……あ、そうだったんですね」

 

美国さんは私の心を読んだかのように応えてきました。なるほど、そういうことですか……って、いや、『ここにいるのが見えた』ってなんですか! ビルの屋上ですよ! 地面からじゃ見えるはずがない!

 

「説明がたりなかったわね。私はインキュベーター、キュゥべえとの契約で、未来視の能力を得た。その能力で、あなたがビルの屋上で叫んでいるビジョンをたまたま視た、という意味よ。恥ずかしながら、私にもコントロールが効いていなくて、こうやって意図しない未来が良く視えてしまうの。ただ、今回に限っては幸運だったわ。おかげで、貴女に会うことが出来たから」

 

「なるほど、未来視……未来視!?」

 

未来視って、未来を予知したってことですよね!? 私のお母さんと一緒!? そんなのアリですか!? 魔法少女だから!? なら、お母さんも魔法少女だった!?

 

「そうね。その辺りも含めて、一度お話しましょうか。 紅茶でも飲みながら、ね」

 

「あ、はい」

 

そうして、突然のカミングアウトに動揺していた私は、つい頷いてしまったのでした……。トホホ……。

 

 

「……いや、だからって美国さんのお家に来るとは聞いてませんよ!」

 

「ごめんなさい、ご迷惑だったかしら。せっかくお話しできるのだから、ぜひ家でおもてなしを、と思ったのだけど……」

 

「あ、いえいえそんな、ちょっと驚いただけで、はい」

 

「良かったわ! じゃあ、早速お茶を淹れてくるから、少し待っていて! ケーキも持ってくるわね!」

 

「あ!……お気遣いなく、っていっちゃった……」

 

そういって、美国さんは部屋の奥へと消えていきました。中庭のテラスに通された私は、追いかけるか迷った挙句に、ちょこんと座って待つことにしました。……だって、断るのも失礼になりそうですし……。誰か、正解を教えてくれー!

 

……もちろん、誰も答えてくれません。というか、やけに静かですね、ここ。そりゃ、お話をするにはピッタリでしょうけど、こんだけ静かなとこに一人はちょっと怖くなるというか……。

 

別のことを考えましょう! いやー、まさか、この短期間で2回も他人の家に御呼ばれすることになるとは。魔法少女って、そういうの抵抗ない人が多いんでしょうか。いや、逆に年頃の女の子はみんなこうで、私が気にし過ぎという説も……?

 

なんか、こういうところでコミュ力の差ってはっきりするなって思います。それこそ、美国さんがもし知らない人の家に御呼ばれしたとして、こんなオロオロしている姿は一ミリも想像できませんし。すごい毅然とした態度で、優雅に佇んでいそうです。

 

……美国さん、何者なんでしょうか。今のところ分かっていることとしては、貴族みたいに気品あふれる女性で、未来視の魔法が使える魔法少女、そして私の命の恩人だということ。後は……そうですね、多分優しい人、だと思います。相談に乗ってくれるって言ってましたし、少なくとも、呉さんみたいに襲ってきたりしませんでしたし。……いや、ハードル低すぎ。

 

ただ、一応警戒はしておいた方が良いでしょうね。ちょっとシミュレーションしてみましょう。例えば、厄介なお願いをされる想定で……。

 

『私の代わりに魔女を倒してきて』

『いやいや、いくら美国さんの頼みでもそれは無理ですって』

『あら、貴女が今生きているのは誰のおかげ?』

『……やらせていただきます』

 

……ダメだ、このカード出されたら何も答えられない! 目の前にいるんじゃ逃げることもできないし! あれ、もしかして詰んでる……? け、警戒! 一応警戒しましょう!

 

「お待たせしてしまってごめんなさい。退屈だったでしょう」

 

「い、いえいえいえ! そんな! 美国さんのお家にお邪魔している立場ですから! どうぞ、お気遣いなく……」

 

あー! もう戻ってきちゃった! ていうか今さらになってビビり始めるの何なんですか!?

私、危機感低すぎ……!?

 

オロオロしている私をしり目に、紅茶とケーキを並べていく美国さん。とても優雅で様になっています。私も一応接客とかしているはずなんですけどね……。

 

「そんなに緊張しなくていいんじゃないかしら。私たち、中学生同士じゃない」

 

「あ、いえ、そういうわけで……え!? 美国さん中学生なんですか!?」

 

「そうよ。中学三年生」

 

「お、同い年……」

 

そう言われて、まじまじと彼女を見つめます。微笑みながら上品に紅茶を嗜む姿、そしてその気品あふれるオーラ。いったい、どういう人生歩んだらこうなれるんでしょうか。少なくとも、私の14年の人生には一片たりともそんな要素はありませんでしたけど……。ハッ! まさか、彼女も時間を操れる!?

 

「だから、呼び方も織莉子のままでいいわ。私も、まばゆさんと呼んで良いかしら」

 

「あの、そうですね、私は好きに呼んでもらって全然いいんですけど、私から呼ぶのはちょっと畏れ多いというか」

 

「……そうね、ごめんなさい。ついはしゃいでしまって、無理を言ってしまったわね……」

 

「あー! いや、別にそういう意味では! 謹んで、織莉子さんと呼ばせていただきます!」

 

「良かった。ありがとう、まばゆさん」

 

くそう、やっぱり演技ですか!

 

悔しいので、私は織莉子さんからいったん目線を外し、ケーキを貪ります。まあ? これでもケーキ屋さんで働く、もといお手伝いをしてますから? それなりにケーキの味にはうるさいかもですが? さてさて、お味のほどは……ちくしょう、美味しい! なんか……高級な味がする! いや、語彙力!

 

あと、紅茶とすごく合う! やっぱり、そういう組み合わせとかも気にして銘柄とか選んでるんでしょうね。あ、もちろん、レコンパンスのケーキより美味しいとか、そういうことではありませんけどね!

 

とまあ、私は心の中で咲笑さんに言い訳しつつ、ペロリとケーキを平らげてしましました。そうして、ようやく視線をあげると、こちらをニコニコと眺めている織莉子さん。

 

「気に入っていただけて何よりだわ。もっと甘いケーキがいいとか言われたらどうしようかと」

 

「いやいやいや、流石に出されたお菓子に文句は言いませんよ! あ、いや、別に文句をいいたいわけではなく! はい、すごく美味しかったです!」

 

「ふふっ、大丈夫、分かってるわ」

 

……絶対同い年じゃない! 何ですかこの貫禄! 人生2週目ですか!

 

「さて、じゃあ、そろそろ本題に移っていいかしら」

 

「はい! ……って、その、何の話でしたっけ?」

 

「それは勿論、まばゆさん、貴女の悩みについて。思わず叫びたくなるくらいのね」

 

……そういえば、そんな話でした。でも、話すといっても、どこから、何を話せばいいのか。

 

そもそも、結局私の悩みって何なんでしょう。記憶がないこと? ループに巻き込まれているかもしれないこと? 時間が勝手に止まること? それとも、暁美さんの記憶を消したかもしれないこと? 

 

うーん、どれも悩みといえば悩みですし、全部関係してるから一つだけかいつまんで話すとかも難しそうです。

 

そうやって、黙って考え込んでいると、見かねた織莉子さんが助け舟を出してくれました。

 

「やっぱり、話したくない?」

 

「あ、いえ、そんな、誰かに相談したいなとは思っていたんですけど、ただ、ややこしい話なのでどうやって話せばいいものかと」

 

「なら、こちらから質問して、それに答えていくという形式ならどうかしら。それなら、話し方を考える必要はないし、自然と悩みを整理することもできるわ」

 

「……そうですね。それでお願いします」

 

そう答えると、織莉子さんは一度紅茶に口をつけてから、まっすぐこちらを見つめて質問を始めました。

 

「なら、まずは最初から。以前、貴女と会った時には記憶がない状態だったけど、それはどうなったの?」

 

「それは、まずあの後キュゥべえと話して、魔法少女について色々聞き出して、で、そのあとは特に何もなしですね。記憶は忘れたままです。あ、でも記憶を消した犯人がほかならぬ自分っぽいというのは分かりましたよ」

 

「それは、魔法ということ?」

 

「はい。私が、自分の魔法で自分の記憶を消したみたいです。で、そういう魔法が使えるようになった原因も目星はつきました。まあ、肝心の、自分の記憶を消した理由はまだ不明ですけど」

 

「そうなのね。……それで、魔法少女としての宿命を背負わされたことに対してはどう思っているの?」

 

「あー、意外かもしれませんが、それは割と大丈夫みたいです。なんというか、記憶を消す前もそれは知ってたみたいで、改めて知った時も驚きはなかったというか。まあ、魔女にならないように定期的に魔女を倒さなきゃいけないのは大変ですけど、魔力の消費を抑えればしばらくは大丈夫そうですしね」

 

こう答えると、ここまで淀みなく質問を続けていた織莉子さんが、少し固まりました。あれ、なんかまずいこといっちゃった……?

 

「……驚いたわ。キュゥべえはそこまでちゃんと話したのね」

 

「は、はい。記憶の確認ということで。まあこちらも頑張って聞き出しまして、だいたいのことは喋ってもらいました。文字通り、死活問題なので」

 

「賢明ね。でも、一つ忠告。それは軽々しく口にすべきではないわ。その事実を知らない魔法少女にとっては、言葉だけでも絶望を招くものなのだから」

 

「あっ……」

 

確かにその通りです。なんとなく、織莉子さんなら何でも知ってそうな気がして、いや、実際に知ってたみたいですけど、何の気なしに口に出てしまったというか……。反省反省……でも、あれ?

 

「あ、あの……」

 

「何かしら」

 

「織莉子さんは、どこでその、魔法少女が魔女になるって知ったんですか? やっぱり、キュゥべえから聞き出したとかですか?」

 

つい気になって質問してみると、織莉子さんは表情を変えずに「視たのよ」と一言。視た?

 

「さっきも言った通り、私の魔法は未来視。だから視えたの、ある魔法少女が最悪の魔女になるのが。そうして知った。もちろん、その後キュゥべえにもちゃんと確認したけれど」

 

「あ、そういうことだったんですね。道理で……ん? 最悪の魔女?」

 

なんだか気になるワードが出てきました。最悪の魔女? 魔女ってだけでも最悪な存在なのに、一体どんな魔女なんでしょう。世界を滅ぼすとか?……まさかですね。 

 

「そうね。私の話もいいけど、今はまばゆさんの悩みについてでしょう? ひとまず、話を先に進めていいかしら」

 

「あ、はい」

 

って、危ない危ない、新しい悩みの種が増えるところでした。そう、今私が悩んでいるのはもっと別のことです。

 

「ありがとう……たしか、そう、魔法少女の運命について悩んでいるわけではない、ということだったわね。なら、貴女の悩みは、失った記憶そのものについて、かしら」

 

「多分、そうです。いつのまにか魔法少女になってたこともそうですけど、やっぱり、記憶がない間にきっといろんなことが起きていて、それが今の私にどう影響してくるのか分からない。でも、どうやったら記憶を取り戻せるかもわからないし、そもそもそうすべきなのかすら分からない。だから、結局何にもできなくて、頭の中がずっとグルグルしているまま。それが、一番の悩みですかね」

 

自分でも驚くほど、言葉がするする出てきました。そう、私の悩みの根幹は、きっと自分が何をしたらいいか分からないこと。魔法少女とか時間遡行とか暁美さんとか、ここ数日でいろんなことが起こりすぎて、もう頭の中は完全にパンク状態です。そして、多分私をこんな状況に追いやった犯人が他ならぬ昔の自分自身というのも、気持ちのやり場がない原因というか、不安になる原因というか。だって、私ですから!? ちゃんとあとに残される自分について考えて行動したか、正直、めちゃくちゃ怪しい……!

 

なんて考えていると、しばらく黙っていた織莉子さんが、口を開きました。

 

「そうね、やっぱり過去のあなたが何をしたのか、何が目的で自分の記憶を消したのか、それが分からない以上軽々しく断定はできないけれど……」

 

「けれど?」

 

「建設的なのは、いったん保留にしておくことかしらね」

 

「え?」

 

思わず、聞き返してしまいました。なんか、織莉子さんならこう、もっとスパっとした答えをくれるものかと。

 

「だって、記憶を消したのはあなた自身なのでしょう? なら、普通に考えれば、それは覚えていては不都合な記憶。知らないほうがいいことだと、他でもないあなた自身が判断した記憶よ。であれば、それに従うべきでしょう?」

 

「それは、そうかもしれませんが……」

 

「加えて言えば、私たちが魔法少女であるという点も考慮すべきね。もしもそれが絶望的な真実であった場合、文字通り命取りになってしまうのだから」

 

「あ……」

 

そうか、そうでした。私たち魔法少女は、絶望すれば魔女になってしまう。私が自分の記憶を消したのも、それを防ぐため? その後のことなんて考える余裕もなかったから、今こうして私は放り出だされてしまっている?

 

じゃあ、暁美さんの記憶を消したのも、彼女の魔女化を回避するため? ループの途中に何か不都合な真実があって、このままだと共倒れになるから、私が自分と暁美さんの記憶を消した? でも、その結果暁美さんは一人でループを続けることになっていて、それで彼女は目的を達成できるの? いや、そもそも記憶を消しただけでどうにかなることなのでしょうか……?

 

「ほら、また悩んでる。気になるのは分かるけれど、そうやって過去の記憶について延々と悩んでしまうよりも、むしろ未来に目を向けるべきではないかしら。その記憶が絶望をもたらすパンドラの箱かもしれないのなら、なおさらね。忘れたほうが良い記憶なんて、珍しいものじゃないでしょう?」

 

『あなたが、もしも何かを忘れてしまっていたとしても、それは忘れたほうがいいことなのよ』

 

ふと、咲笑さんの言葉が脳裏に浮かびました。そうだ、それで結局私はそれで納得して、記憶が消えたことにもきっと意味があるって……。

 

「……でも、それって、なんか、ズルくないですかね」

 

「え?」

 

あ、やば、思わず口に出ちゃった。……まあ、いいか。せっかくのお悩み相談ですし、もう全部ぶちまけちゃいましょう。

 

「だって、そんなの逃げじゃないですか。私だけ都合の悪い記憶は全部忘れて、のんきに映画を見て過ごしてる。まだあの人はずっと戦い続けてるのに! そりゃ、つらい記憶もあったかも知れませんけど、自分だけじゃなく、他人の記憶も好き勝手にいじっておいて、その事実さえつい最近まで忘れてたんですよ! そんなの、許されるわけがない……!」

 

そこまで言い切ってから、少しぽかんとした表情の織莉子さんを見て我に返りました。これ……前にも咲江さんにやらかした奴ですね、陰キャが喋り慣れてないから声のボリューム調節下手っていう。うわ、私の学習能力低すぎ……!

 

ですが、そこは流石織莉子さんというか、すぐに表情を戻して、紅茶を一杯。そして、落ち着いた口調で語りかけてきました。

 

「……そう。だからあなたは、そんな自分が許せなくて、何か行動することで自分を肯定したい。けれど、記憶がない故にそのための指針がなくて動けない。記憶を失った事実そのものではなく、『なぜ消したのか』という理由の不在と、それを自分が実行したという罪悪感が、今のまばゆさんを突き動かしているのね」

 

「あ、はい。多分、そういうことだと思います」

 

なんか、声に説得力がありすぎて、そうじゃなくても納得しちゃいそうですね。いや、今の場合は多分その通りなんだと思いますけど。

 

「そうね。……ズル、確かにそうかもしれない。真実からの逃避、でも、それってそんなに悪いことかしら?」

 

「え?」

 

「まばゆさん、貴女は自分が魔法少女であることをどう捉えている?  私たちは、常に絶望と隣り合わせ。心が折れれば、それはすなわち死……いいえ、それ以上の破滅を意味する、というのはさっきも言った通りね。貴女はまだ魔法少女であることを思い出したばかりだから、実感が薄いのかもしれないけれど」

 

「まあ、それはそうかもですが……」

 

だって、魔女の姿すらまだ見たことないですしね!

 

「普通の人間なら、辛い記憶を乗り越えて成長することも美徳でしょう。でも、私たちにはその『乗り越える過程』で生じる負荷さえも命取りになりかねない。ソウルジェムが濁りきってしまえば、成長も未来もないのだから」

 

「それは……」

 

「だから、気に病まなくていい、とは中々思い辛いでしょうね。なら、一つ聞かせてもらうわ。まばゆさん、もし自分の記憶を消さなければ魔女になっていたとして、それでも貴女は記憶を消すべきではなかったと、そう思っているのかしら」

 

突然質問されて、私は……何も答えることができませんでした。だって、そりゃそうですよ。私だって、別にしにたいわけじゃない。でも、だからって納得できないから、こうして悩んでいるわけでして……。

 

「ごめんなさい、酷い質問だったわね。けれど、そういうことよ。少なくとも、今貴女は生きていて、こうして思い悩むことができている。貴女は記憶を消したことの悪い面ばかりに気を取られているけれど、そうした利点にも目を向けるべきではないかしら。何より、外ならぬ貴女自身の決断なのだから」

 

「つまり、自分を信じろと、そういうことですか?」

 

「ええ。きっとかつての貴女も、今と同じような葛藤を抱いて、それでも自分の記憶を消した。そこにそれだけの理由があったから。そう、自分を信じてあげることはできないかしら?」

 

そして、織莉子さんはじっと私を見つめて、言いました。

 

「──少なくとも、私は貴女を信じるわ」

 

「……うぇっ!?」

 

!?!?!?

 

「ここまで話して感じたわ。まばゆさん、貴女は思慮深く、慎重で、結果を考えながら行動することが出来る人間よ。そして、十分に道徳心も身に着けている。きっとご両親の教育が良かったのね。その貴女が自分の記憶を消すという自殺にも等しい行為を選んだのだから、そこには何か深い理由があった。これは、希望的観測ではなく当然の推論よ」

 

「い、イヤイヤイヤイヤ、それは流石に買いかぶりすぎです! 私、テストはいっつも赤点ギリギリですし、授業とかもサボりまくってるんですよ! そんな、織莉子さんに信じてもらえるような人間じゃないですって!」

 

「それは……分かっているのなら改めたほうが良いとは思うけれど」

 

「ゴメンナサイ!」

 

「でも、私が言っているのはそういうことではないわ。キュゥべえからきちんと魔法少女の真実を聞き出す慎重さ。現在与えられた情報から過去を推察する思慮深さ。そして記憶消去の能力の危険性を認識し恐れることのできる倫理観。ほら、この短い会話だけでも伝わる貴女の能力を私は評価したの。どう、少しは自分を信じる気になった?」

 

「ど、どうって……そりゃ……」

 

そう真剣な顔で言われては、私も返す言葉がありません。

 

ですが、織莉子さんはなおも沈黙。レスポンス……なし! え、何この空気! 私が何か言うしかない感じですか!? 

 

「あー! 分かりました、分かりましたよ! いいでしょう、私が記憶を消したのにはやむにやまれぬ事情があった! そういうことにすればいいんでしょう! だ、だとしても、だとしてもですよ? じゃあ、結局私はどうすればいいんですか!? これまで誰の記憶を消したかさえ忘れて、のほほんと過ごしてりゃ良いってことですか!?」

 

「──ひとつ、提案があるわ」

 

私の破れかぶれの言葉に、織莉子さんは待ってましたとばかりに、指をぴんと立てました。

 

「まばゆさん。貴女は記憶を消す前の自分が誰かの記憶を消してしまった可能性を恐れているのね。そして、その償い方も分からないから迷っている。それなら、全人類に対して利益をもたらせば、自動的に償いが出来ることにならないかしら?」

 

「は、はぁ? ぜ、全人類ですか? いやいや、そんなの無理に決まって──」

 

「──『最悪の魔女』」

 

「え?」

 

それは、先ほど織莉子さんがしれっと放った言葉。

 

「さっき、私が最悪の魔女の誕生を予知したと言ったでしょう。それはそれは、恐ろしい光景だったわ。巨大な魔女が誕生し、その結果が瞬く間に地球上を覆いつくし、全ての命を吸い上げていく……どんな魔法少女だって、あれには叶わないでしょうね。全人類、いや、地球上の生命そのものが終焉を迎えることになるわ」

 

「……じょ、冗談ですよね」

 

「残念ながら、それが私の予知した光景よ。何もしなければ、遠からずその未来がやってくることになる」

 

織莉子さんが私をからかっている……いや、流石にその可能性は低い。だって、織莉子さんはその未来から魔法少女の真実を知ったと言っていた。なら、少なくとも魔法少女が魔女になる瞬間を予知したという事実は本当のはず。いや、でも、えええええ!?

 

「その未来を視て、もちろん私はそれを回避する方法を模索したわ。そして、一人の少女にたどり着いた。その少女の名前は鹿目まどか、未来で最悪の魔女に至る魔法少女であり、現在は見滝原中学校に通うごく普通の中学2年生。要は、彼女を魔法少女にさえしなければいい」

 

「な、なるほど……って、えええ!? うちの中学校ですか!?」

 

世界狭すぎ! というか、なんでごく身近にそんな危険人物が居ちゃってるんですか!?

その子いったい何者!?

 

「そう、あなたと同じ学校に通う少女よ。さて、ここからが本題なのだけれど、貴女には一つやってもらいたいことがあるの」

 

思わず、ごくりと喉を鳴らしました。ま、まさか……監禁とか!?

 

「私が調べられたのはそこまで。彼女がどんな願いをキュゥべえに願って魔法少女になるのか、それは分からない。だから、同じ学校に通う貴女が、それを探ってほしいの。そして、もし鹿目まどかが契約してしまいそうな時は……」

 

「と、時は……!?」

 

「彼女から、その記憶を消してほしい。自らの願いや魔法少女に関する記憶をね。そして、出来ればキュゥべえの記憶も。タイミングはこちらでその未来を予知し次第、連絡する。もちろん魔力を使うだろうからグリーフシードは提供させてもらうわ。金銭や人手が必要なら、それも出来る限り手配しましょう。さて、どうかしら?」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 考えてみます」

 

「もちろん。どうぞ」

 

いきなりとんでもない話を振られてしまいました。世界滅亡、まったくピンときません。しかも、一人の女の子が原因って、一昔前のアニメ映画じゃないんですから。

 

……でも、織莉子さん、完全に本気ですよね。流石に、これで嘘ってことはないでしょう。私を騙す意味がないですし、そんな無駄なことをする人じゃなさそうです。じゃあ、本当に世界滅ぶんですか!?

 

いや、待て待て待て。今はそこの真偽より、織莉子さんからの依頼についてです。一つと言いつつなんだか色々言われましたけど、要はその、鹿目まどかさんを魔法少女にさせなければいいと。そのために彼女の願いを探り、願いそうになったらその記憶を消すことで阻止する、ついでにキュゥべえの記憶も消す。いやぁ、厳しくないですか。

 

まず、願いを探るってのがボッチ陰キャの私には無理です。面識ない後輩に話しかけるなんて、あ、待てよ、話しかける必要はないのか。幸い、私の魔法なら遠目からでも何喋ってるかわかるし、透明化してコッソリ後をつけながら、会話を盗み聞きすれば……完全にストーカーじゃないですか! い、いや、でも世界の危機ですし、セーフ……?

 

でも、願いのタイミングで記憶を消すのも、まあ、いけなくはない……か? その時思い浮かべている記憶しか消せないって制限も、願いについて考えてる時なら問題ないでしょうし。なら、あれ……意外と不可能ではない?

 

え、じゃあ何か断る理由……倫理的問題、自分の望みで願いをかなえようとしてるのを妨害するのはどうなんだ、とか? いや、でもその結果世界滅亡するならこちらとしても黙って見過ごすわけにはいかないですし、記憶を勝手にいじる罪悪感は……そりゃあるでしょうけど、魔女になるのを防いであげるって点では相手方にもメリットはあるわけで……あ、これさっきまで話してた記憶消去についての議論とおんなじじゃん! そうせざるを得ない理由があるなら記憶消去もやむなしっていう!

 

「ま、まさか、織莉子さん……最初から私にこの話をするつもりで……!?」

 

恐る恐る私が尋ねると、彼女は「あら、気付いた?」などと悪びれもせず微笑んで……ほら、やっぱり!

 

「でも、勘違いしないで頂戴。貴女に声をかけたのは偶然よ。私がこの話を貴女に持ちかけようと思ったのは、貴女の能力と知識を聞いてから。それで、貴女がこれからどうすればいいか迷っているようだから、丁度いいと思って提案させてもらったわ」

 

「え、じゃあ過去について保留にしようっていうのも、私を誘導するためですか!?」

 

「それは違う、といっても説得力はないでしょうね。ただ、私の本心ではあるわ。貴女の過去に何があったにせよ、それを咎める人もいないわけでしょう? ありもしない可能性に怯えて精神を消耗させるよりも、未来に目を向けるべきだと思ったのよ」

 

ん、ん~……まあ、一理ある。けど、なんか誤魔化されている気もする……!

 

「それに、これなら貴女の能力を正しく使うことが出来ると思ったから」

 

「え?」

 

「貴女は自分の能力についてあまり良く思っていないようだけれど、その記憶消去の力は、正しいことに使えば素晴らしい魔法よ。例えば、トラウマに苦しむ人を救う、とかね。きっと、最初に貴女がその能力を願ったのも、そういう誰かを助けるためだったのでしょう?」

 

そう言われて、お母さんのことを思い出します。お母さんは、確かに最期、幸せそうでした。それは、前のお母さんに戻ってほしいという私のエゴで、人の記憶を勝手に歪める最低の行為だったとしても、否定することの出来ない事実です。

 

「そう、ですね。きっと、そうだったと思います。覚えてないので確証はないですけど」

 

「貴女の魔法は、誰かを救うために手に入れた、とても優しい魔法よ。だからこそ、その願いを叶えた貴女は、その魔法を否定してはいけない。それは、貴女の希望そのものなのだから。そして、今度はその魔法で、世界中の人を救うの」

 

「それで、鹿目さんが自分の希望を叶えることを妨害するとしてもですか」

 

「ええ。彼女の希望は、すぐに絶望へと変化し、彼女は魔女になってしまう。ならば、その希望は最初から叶えられるべきではないということだわ。少なくとも、インキュベーターによってではなく」

 

ちょっと意地悪な質問をしたつもりでしたが、あっさりと返されてしまいました。うーん、まあまだちょこちょこ反論はできそうですが、この分だと結果は見えてますね。そもそも、口で織莉子さんに勝てるわけがないと。でも、う~~ん……。

 

「なんか、私、すごい丸めこまれてる気がします」

 

「そうね。丸め込もうとしてる」

 

「認めた!」

 

「まあ、そんなに真剣に考える必要はないわ。彼女が契約しそうになるのは恐らくまだ先の話だし、それまでは学校で少し気にかけるくらいでいてくれればいいの。後は……はい、これ」

 

そういって、彼女が取り出したのは黒く光る宝石のような物体、グリーフシード!?

 

「引き受けてもらえるなら、前払いとしてこれを提供するわ。貴女、魔女退治はあまりしていないといっていたし、あって困るものではないでしょう?」

 

も、モノで釣りに来た!

 

……まあ、実際ここで頷いてもそんな、それこそキュゥべえとの契約みたいな説明してないデメリットがある感じではないですよね……? やることはそんな大したことじゃなさそうですし、何より世界を救うためって大義名分もありますし。そうです、世界が滅んだら私もモチロン死んじゃうわけで、とても有意義なのは確かで、あと魔女退治はしばらく予定がないからグリーフシードを頂けるのはとても有難いというか……見事に釣られちゃってるじゃないですか私!

 

いや、でも、断る理由が見つからない! 

 

「じゃ、じゃあ、分かりました。その役目、謹んで引き受けさせていただきます。でも、普段はホントにちょっと気にかけるくらいですよ! 良いんですか!?」

 

「ええ、あまり派手に動いてキュゥべえの目を引くのも困るから。それとなく見守るくらいで丁度いいの。ありがとう、引き受けてくれて。とても嬉しいわ。さあ、契約の証よ」

 

そういって、こちらにグリーフシードを乗せた手を真っすぐ差し出してくる織莉子さん。

 

「ど、どうもです。じゃあ、遠慮なく──」

 

*pause*

 

「ん?」

 

手が織莉子さんに触れようか、というところで違和感に気づきました。彼女の手は微動だにしないし、視線も動かない。周りを見渡せば、時計の針が止まっているのが確認できました。つまり、時間停止ですね。

 

このタイミングで!?

 

いや、そりゃ暁美さんはこちらのタイミングなんか全く考えてはいないでしょうけど、どうしよう、とても困ります。何がつらいって、ずっとこの手を伸ばした姿勢をキープしないと行けないのがつらい! 

 

……いっそ、このまま織莉子さんに触っちゃうのもありかも? 乗り掛かった舟というか、すでに色々話した後ですし、ループとか時間停止について相談するのも全然問題ないというか、何で相談してないんだってくらいですし。そういえば、キュゥべえ相手にもおんなじことしてましたね。しかも、結局話してないままです。

 

まあ、問題があるとすれば暁美さんのプライバシーくらい? それも、名前さえ出さなければ時間停止の魔法を使う魔法少女がいる、くらいで……でも織莉子さんならその情報だけで暁美さん特定出来ちゃいそう、未来視も使えることですし……。

 

もしここで織莉子さんに相談することで、暁美さんに何か不利益が被るとしたら、それはちょっと、ダメですよね……。いや、でもそれってどんなシチュエーションなんでしょう。織莉子さんの目的は世界滅亡の阻止で、そのために鹿目さんの魔女化を止めようとしていて、それで暁美さんと対立するとしたら、暁美さんは逆に世界滅亡を望んでいる? ……ないわー、それならさっさと鹿目さんとキュゥべえを引き合わせて契約させているはずですし。

 

じゃあ、その心配はないということ? それなら、やっぱり相談しても大丈夫かも。暁美さんの目的も、織莉子さんと同じ世界滅亡の阻止かもしれませんし。というか、実際そうなんじゃないですか? いかにもループものの目標って感じがします。だったら、協力してもらった方が、効率良く出来るんじゃ……。

 

でも、それならもう暁美さんからの接触があってもいいはずでは? いや、織莉子さんが私に話していないだけという可能性もあります。ただ、その場合、織莉子さんは私に話していない方法で、暁美さんと世界滅亡回避を目指していることになる、だって、私に協力してもらおうと思いついたのは、本人の言葉が正しければついさっきらしいですから。

 

そうだ、織莉子さんが世界の滅亡を知ったのはもっと前の話。だから、何かしらの手段を既に講じていないとおかしいんだ。私への依頼はあくまでも予備、本命の作戦が既にあるはずです。

 

*resume*

 

でも、それって一体……?

 

「まばゆさん? 何か気になることでも?」

 

「え?……あっ!」

 

呼びかけられて、いつの間にか時間が動き出していたことに気付きました。ということは、私は手を伸ばしたまま硬直していたわけで、うわ、大丈夫かな、不審がられたかもですね。いや、今なら契約に迷っているだけで誤魔化せる!

 

「あ、え〜っと、一つ、一つ聞いてもいいですか。もし私が失敗したときに、織莉子さんはどうするつもりなんです? つまり、鹿目さんが魔法少女に契約してしまった時のことです」

 

とっさに尋ねてから、少し後悔しました。だって、そこから魔女化を防ぐ方法なんて一つしかない。

 

「そうね、その時は……諦めるしかないわね。グリーフシードをありったけ持って行って浄化に努めるくらいしかないけど、恐らく間に合わないでしょうね。予知の中では契約後一瞬で魔女になってしまったから。だから、それまでに頑張るしかないわ」

 

幸い、恐れていた答えは返ってきませんでした。でも、まだ一抹の不安は残ったままで、ただ、これ以上質問もし辛くて、結局、私はおずおずとグリーフシードを受け取ったのでした。

 

「契約成立ね。よろしく、まばゆさん」

 

「は、はい……」

 

……まあ、結局は私が頑張ればいいだけですね! やるぞー! おぉー! 

 


 

サイドストーリー #3

Day. 7

 

そうして、グリーフシードを受け取ったまばゆが去った後、

 

「キリカ、遅いわね。何かあったのかしら……」

 

美国織莉子は独り紅茶を啜っていた。

 

考えるのは愛生まばゆのこと。今回彼女に接触した理由は、キリカという駒を手に入れたことで、グリーフシードの問題に目途がついたこと。もし、彼女が特異な能力を持つなら、駒として加えても良いと判断した。

 

実際、その目論見は当たっていた。彼女はインキュベーターにさえ通じる記憶消去の魔法を持ち、魔法少女の真実を知っても動じないメンタルも持ち合わせていた。とはいえ、人並の良識を兼ね備えていることは、駒としては難点ではあるが。その点、キリカの良心のなさは有用だった。

 

なので、彼女の存在は保険にすることにした。契約を防ぐため、というよりは殺すまでの時間を稼ぐための存在として。インキュベーターから記憶を消したところで鹿目まどかを見つければ再び契約を持ちかけるだろう。そして、鹿目まどかから願いを取り除いたとしても、いずれは言いくるめられてしまうかもしれない。結局、記憶消去は一時しのぎにすぎないのだ。世界を救うには、やはり彼女を殺してしまうしかない。

 

そして、恐らくは彼女もその事実に気付いているだろう。だが、あえてそれを口にしなかった。そう聞かされても、自分にはどうすることもできないから。なるほど、確かに思慮深く、慎重だ。臭い物に蓋をする、一般的な倫理観の持ち主でもある。

 

もちろん、彼女の能力を利用して、もっと過激な方法をとることも考えた。例えば、鹿目まどかから呼吸の仕方についての記憶を奪うとか。ただ、彼女に接して、無理やり強引な手段を強いるよりは、ある程度自由に動いてもらうほうが良いと判断した。

 

彼女は自己肯定感が低く、それゆえに利他的な欲求が強い。逆に、他者を傷つけることに怯えている。いや、他者から拒絶されることにか。ともかく、そんな彼女に対して、あえて耳障りのいい言葉だけを並べ、言外に「お前が失敗した場合、より強硬な手段を取ることになる」という意図を含ませた。察しの良い彼女は気付いただろう。そして、そうさせないようにと、より努力するはずだ。

 

何せ、天秤の片側に乗っているのは鹿目まどかの、そして全人類の命だ。自分が失敗すればそれが失われるというプレッシャーは、次第に彼女の中のハードルを下げていくだろう。そうなれば、思慮深い彼女は、勝手により過激な手法を模索し始める。後は、彼女と連絡を取り合う中で手綱を引きつつ誘導すれば良い。

 

気がかりなのは一点、恐らく彼女は過去に他の魔法少女の記憶を消している。彼女が言っていた、ずっと戦い続けているらしい『あの人』のことだ。それ自体はどうでもいいが、問題は何故それに気付くことができたかということ。自分の記憶を消しているのだから、相手の記憶も消していないと片手落ちだろう。つまり、向こうから接触があって気付いたわけではない。では、どうやって?

 

そういえば、彼女についてはもう一つ違和感があった。彼女が契約の対価にグリーフシードを受け取ろうとした際、不自然な硬直を見せた。逡巡しているだけかとも思ったが、良く思い返せば、彼女の手が一瞬ブレたようにも見えた。それが何を意味するのか、あの瞬間に何か魔法を使った、つまり、こちらの記憶に干渉したという可能性は、なくもないがそうする理由がない。ただ、それ以外にこの現象を説明する理由は考えにくい。見間違いとするのが収まりはいいが、妙に引っかかる。

 

結論としては、彼女にはまだ何か秘密があるということだ。特に、彼女のかつての仲間と目される魔法少女──恐らく近隣にいるはず──について。ただ、現時点ではこれを無理やり暴き立てる必要もないだろう。こうして協力を申し出てくれた以上は、積極的にこちらを害する意図はないと考えていい。少なくとも、彼女にとってその少女はこちらと相対する存在ではないというわけだ。ならば、今後ゆっくりと聞き出していけば良い。

 

ここで、織莉子は思考を止め、一旦仮眠をとることにした。キリカはきっと魔女退治が思いのほか興に乗っているのだろう。それなら、その調子でグリーフシードを集めてくれればいい。

 

「何だか、とても静かな夜ね。それとも、最近急に騒がしくなったから、そう思うのかしら」

 

ベッド傍の小窓から星を眺めつつ、もう少しだけまばゆについて考えた。もし、彼女が完全に鹿目まどかの契約を防ぐことに成功したなら? それは万に一つの可能性、だが、この時の織莉子は、それならそれで良いと、本気で考えた。織莉子の目的は世界を救うこと、鹿目まどかを殺すことではない。もし、犠牲を出さずに救世をなすことができるのなら、勿論その方が良いに決まっている。

 

結果的に言えば、ここが分水嶺だった。

 

織莉子がベッドで眠りにつくと時を同じくして、呉キリカは行方晶および浅古小巻を殺害した。

 




■魔法少女、自宅に人を招きがち
親がいない子だとファミレスやカラオケより集まりやすいんでしょうね。そして、まばゆも例外ではない。

■インキュベーター
そういえば、ほむらはどこでこの呼称を知ったのか。scene 0だと多分無かったような……? 織莉子は、多分本人に確認したんでしょう。

■『織莉子さん』呼び
キリカのせいで名前で呼ばれるのがしっくりくるようになったとか、親密さをアピールするために小巻の自己紹介を参考にしたとか、苗字の印象を薄くしたかったとか、多分そんな感じ。

■『優しい魔法』
忘れることは優しいことで、覚えていることは残酷なこと。これは、本編でもscene0でも大体共通してますね。

■『呼吸の仕方についての記憶を奪う』
ヤバみが深い魔法の使い方。でも多分出来ないので安心。

■キリカ
ここからヤバみが深くなる


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