Day 8
そんなこんなで、織莉子さんから依頼を請け負ってしまった翌朝。憂鬱になりつつも、家族と公式アカウント以外登録されていなかったメッセージアプリに燦然と輝く織莉子さんの名前を見て、ちょっとやる気を出したりしていたのですが……。
『──速報です。 本日未明、市内の工場付近で2人の遺体が発見されました。 現場に残された所持品などから、遺体の身元は、近隣の中学校に通う中学生、浅古小巻さんと行方晶さんと判明しました。警察によりますと、発見されたご遺体のうち1人は腰から切断された状態で、また、もう1人の遺体には全身に数十か所の裂傷と、頭部を大きな刃物のようなもので貫通された痕跡が確認されたということです。警察は、殺人事件として捜査本部を設置し、現在も周辺で大規模な捜索活動を続けています』
「え?」
咲笑さんとご飯を食べながらTVをぼーっと眺めていると、こんなニュースが飛び込んできました。え、何ですかこのニュース。こんな物騒な事件、確か前回の記憶ではなかったはずです。流石に、こんな大事件を忘れてるってことはないでしょうし。
でも、だったら……歴史が変わった? どうして? ループの中で行動を変えられるのは今のところ暁美さんと私だけのはず。まさか、他にも誰かループに気付いた人間がいる? それとも、暁美さんが……いや、暁美さんの行動が起点になって、バタフライ効果が発生した?
「なんて酷い……痛かったでしょうにね……」
咲笑さんが沈痛な面持ちで呟きます。確かに、『腰から切断』とか、『頭部を貫通』とか、スプラッター映画でしか聞かないようなワードです。というか、そもそもそんなことって相当なパワーがないとできないですよね。それこそ魔法少女、呉さんみたいに巨大な刃物を振り回せる人じゃないと……。
……。
いやいやいやいや。
いくらなんでもそれはない。というか失礼過ぎます。呉さんは八つ当たりで人に襲いかかる通り魔ですけど、流石に一般人を襲ったり、ましてや殺すなんてこと……。
あれ、でも殺された二人が魔法少女の可能性もある?
「……」
いやいやいやいや! まさか、まさかそんなはずないでしょう!
……一応、ですけど、呉さんには絶対関わらないようにしましょう。前からそのつもりでしたけど、ホントに。
「まばゆちゃんも気をつけてね。特に、映画を借りに行った後とか」
「分かってますって。それじゃ、行ってきまーす」
「はーい。あんまり遅くならないようにね~」
あ、そういえば鹿目なんとかさんの調査……まあ、学校ですればいっか。
*
(そーっと、そーっと……)
姿を消して職員室に忍び込むと、狙い通り先生たちは授業に出払っていて、机の上も漁り放題! いやー、我ながら見事な作戦ですね。なんてったって、うちの生徒のことなら、学校の記録を見るのが一番手っ取り早いですから!
「確か、織莉子さんは中学2年生とか言ってたような?」
ということで、2年の先生の机を漁ると……ビンゴ! 鹿目さんの名前がありました。え~っと、成績は中の下、部活は園芸部と手芸部。うーん、家庭的。先生からの一言コメントもありました。『少し引っ込み思案なところがあるが、とても優しい子。ホント、絢子の子どもとは思えない』……鹿目さんのお母さんでしょうか。親しい仲なんですかね。
ただ、うーん。これだけでは何とも言いづらいですね。少なくとも、明らかに性格に問題があるとか、いかにも何か困っていて願いたいことがありそうとか、そういう感じじゃなさそうですけど。でも、こういう子に限って実は深い闇を抱えていて、なんて映画なら良くある話ですし……。まあ、ここは実際に様子を見てみるしかないですかね。
と、いうわけで。早速鹿目さんのクラスにお邪魔してみたのですが……。
「じゃあ、鹿目。この問題の答えを板書しなさい」
「は、はい! え、えーっと、こうですか?」
「うん、残念。確かに、この問題は最初の着想が難しいんだが、こういう時はまず簡単な数字から当てはめてだな──」
うわ、中2でもうこんな難しい問題解かないといけないんですか!? ……ふむふむ、なるほど、確かに、聞いたことあるような公式ではありますが……。
って、今は数学の話ではなく! 可哀そうに、黒板の前でガックシ項垂れてしょんぼりしている女の子こそ、おそらく鹿目まどかさんでしょう。というか、よく見ると見覚えのある顔です。まあ同じ学校ですから別に不思議ではないんですが。でも、他にどこかで……。
「まどか、ドンマイ! いやー、助かった! まどかが犠牲になってくれなきゃ、あたしが当てられてたかもだし!」
「酷いよさやかちゃ~ん……」
「あの、美樹さん? そんなことを言ってしまうと……」
「なんだ、美樹。なら、次の問題はお前が担当だな!」
「うげ」
ドッと、クラスに笑いが広がります。いやー、様式美ですね。どうやら、鹿目さんと、あの明るそうな女の子の美樹さん、それからおっとり系の彼女の3人が仲良しグループといった感じなんでしょうか。ボッチの私にしてみれば、実に羨ましい交友関係ではありますが。
まあ、それはさておき。少なくともクラスで浮いている、という様子はなさそうですね。内心悩んだりはしてるかもですが、それが願いにつながるかというと何とも。先生からの優しい子という評価を当てにするなら、願いで呪いをかけるほど妬んでるとか、そういうことはなさそうです。
むしろ、心配なのは他人のために願いを叶えてしまう可能性がないかってことですかね。うわー、交友関係もちゃんと調べなきゃって……メンドクサイ。
いかんいかん、世界滅亡の危機なんです。やってやろうじゃないですか! 趣味の時間をなるべく削らない範囲で!
……でも、やっぱりこれ、見ているだけだと限界がありそうです。私、別にメンタリストってわけじゃないですし、鹿目さんが心の奥底に抱えている願いなんて分かりっこありません。直接話して聞き出せれば手っ取り早いんですが、私のコミュ力じゃムリですし、せめて話すきっかけがあれば別なんですけど。
って、そう都合良くいくワケないか~!
*
いきました。
「ほ~ら、エイミー、貴女の大好きなカリカリだよ~……美味しいかにゃ~?……ふふっ、可愛い♪」
学校が終わると、鹿目さんは友達と別れ、見覚えのある方向に歩いていきました。というか、レコンパンスへ。そういえば、私お手伝い中に彼女に会ったことありましたね。接客業なのに客の顔も覚えていないなんて……不覚!
ただ、今日の彼女のお目当てはケーキではなく、我らが看板猫ことエイミー。というか、私より懐いてませんか!? 私だって餌あげたりしてるのに! 拒否られてますけど!
まあ、それは良しとしましょう。とにかく、これはまたとないチャンス! 彼女に話しかけて、悩みとかないか、あと変な白い生き物に話しかけれられたりしてないか聞き出せれば、もはや世界は救われたも同然!
……ムリだーっ!
やっぱり、話しかけるのはやめとこうかな。別に、鹿目さんのパーソナリティとか知らなくても、契約の瞬間さえ抑えられればそこで記憶を消して終わる話なわけで。織莉子さんの予知能力でその時と場所を教えてもらえば済む話なんじゃ。
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らなきゃ。またね、エイミー」
「え、あ、ちょ!?」
「え?」
あっ。
おもっきし、目が合ってしまいました。
……先手必勝!
「い、いや~! すみません、中々声を掛けられなくて! ほら、その猫、うちの店の前によく居るじゃないですか、それで私もたまに餌をあげたりしてたんですけど、これがまあ懐いてくれなくて! そしたら、見事に懐かせている人がいるもんだから、ちょっと見物させてもらってたんです~」
怪しすぎる! 私だったら初対面でこんなペラペラ喋り始める奴がいたら、愛想笑い浮かべて一刻も早く逃げることを考えますが、鹿目さんの反応はいかに!?
「あ、あ~! レコンパンスの店員さん! ごめんなさい、気付かなくて! そうですよね、こんなお店のそばで猫と遊んじゃって、あの、ご迷惑でしたか……?」
耐えた!? なら、あ~、もう、やるっきゃない!
「あ、いえいえ! 迷惑だなんてそんな! むしろとっても目の保養というか? 心温まる光景でしたよ~」
「あ、あはは……恥ずかしいです」
「ただ、そうですね~、拝見したところ、心からの笑顔というわけではなかったような。 そもそも、現代人とは色々とストレスを抱えがちなもの。猫に癒されたくなるような何か悩みがおあり、ということでしょうか?」
「あ、確かにそうかも? ……えっと、でも悩みっていうほどじゃ」
マズイ!
「まあまあまあまあ。良ければ、少しお話しませんか? エイミーと遊んでくれたお礼です。ほら、丁度美味しいお菓子屋さんもそこにあることですし?」
必殺、モノで釣る!
「ふふっ、うーん、そう言われると食べたいような。でも、私エイミーのカリカリ買っちゃったばかりで、あんまりお金なくて……」
そう言って、チラッとこちらを見る鹿目さん。えっ、意外とちゃっかりしてる!
「もちろん、サービスしちゃいますよ! ささ、どうぞどうぞ!」
「えへへ、はい。よろしくお願いします」
あ、流れでお店に誘ってしまいました。よく考えなくても、適当に会話を切り上げておけば良かったのでは? い、いや、もうここまできたらやるしかない! 頑張れ私!
*
「お待たせしました。当店自慢のチーズケーキ、そしてラテ・マキアートです」
「わっエイミー! すごい! 流石、お上手ですね!」
「に、にひひ……いやぁ、それほどでもぉ……」
お世辞だと分かってはいても、これだけ純粋な笑顔を向けられてしまうと照れてしまうというか。なんか、人間としての格の違いを思い知らされる気分です。
って、いかんいかん。今の私は悩める少女を導く謎のお姉さん的ポジションなわけで、いわば昨日の織莉子さんと同じ。あんな風に……は無理でも参考にして、無事に彼女から情報を引き出さなくては。
既に咲笑さんへの根回しは完了済み。二つ返事で了承してくれました。というわけで、鹿目さんの前の席にそのまま座り、早速話を切り出します。先手必勝!
「改めまして、愛生まばゆです。貴女と同じく、見滝原中学に通う中学三年生。特に部活には入っていませんが、その代わり放課後はこのようにお店のお手伝いをしています」
「鹿目まどか、中学2年生です……うちの先輩だったんですね。すみません、気付かなくて……」
「いえいえ、お気になさらず。それより、単刀直入にお聞きしますが、ズバリ、鹿目さんの悩みの原因は、その学校にありますね?」
もちろん出まかせですが、私は彼女が数学の問題に答えられず落ち込んでいたことを知っています。それに思い当たってくれれば……!
「え、何でわかるんですか!? すごい! そうなんです、実は私、今日授業で当てられたのに答えられなくて、それでエイミーに慰めてもらってたんです」
……ちょっと思い通り過ぎて怖いくらいです。これは、私の占い師としての血が覚醒したのか、鹿目さんが騙されやすいだけなのか。後者だとしたら……ダメじゃないですか! キュゥべえの悪徳セールスに引っかかっちゃいます!
「私、いっつもこうで。体育の時とかも、さやかちゃん、あ、友達はすごい活躍してるのに、私は足引っ張っちゃうし。別に学校が嫌とかじゃ全然ないんですけど、なんというか、私ってダメダメだなぁって」
「いやいや、そんなの全然大したことありませんよ。目の前の私を見てください、もちろん勉強も運動もできませんし、おまけに友達もいなけりゃ学校もサボる。あなたがダメダメなら私は何だっていうんです? ミジンコか何かですか?」
「……え、えっと」
あ、つい謎のマウントをとってしまった! 見てくださいこの鹿目さんの『うわ、急に陰キャに自虐されちゃった(笑)』みたいな顔! ヤバい、軌道修正しないと!
「……とまあ、なくて七癖、というのはちょっと違うかもしれませんが、自分の良くないところなんてあげてしまえばキリがないものです。月並みですが、大切なのは自分の短所ではなく長所に目を向けることではないでしょうか。そうですね、例えば鹿目さんは素敵な友達をお持ちなようですが、それだって人徳という立派な長所だと思いますよ?」
ちょっと早口になっちゃった。
「人徳、ですか。考えたこともなかったかも……」
「長所というのは人に言われて気付くもの。今度、あなたの素敵な友達に聞いてみるものいいかもですね」
「あはは、それはちょっと恥ずかしいです」
ふう、どうにか丸く収まりましたか。それにしても、この悩みは難しいですね。防ぎようがないというか、性格の問題というか。こんな見ず知らずの人間の言葉で解消されるものでもないでしょうし。キュゥべえに付け込まれるとしたら『特別な力が手に入るよ』『キミも誰かを守ることができるよ』とか、そんな感じ?。
いや、もうこの際聞いてみますか。
「鹿目さん。もしなんでも願いが叶うとしたら、何を願いますか?」
「え?」
「あ、いや、例えばの話です。ちょっとした性格診断、みたいな。ランプの魔人かそれとも悪魔か、とにかくそういう存在が出てきて、願いをなんでもかなえてやるといったら、どうします?」
「えっと、唐突ですね」
「まあまあ。鹿目さんの人柄の話が出たので、それなら実感してもらおうと思ってですね」
「そう言われるとプレッシャーですけど……うーん……」
自分から振っといてアレですが、苦笑いしつつもここで真剣に考えてくれるのが凄いというか、心配になるというか。本当に、素直ないい子ですね……。
「──多分、何にも願わないと思います」
おや? ちょっと意外です。
「ちなみに、その理由は?」
「もちろん、こうなりたいな、とか、こうだったらいいな、とかそういうのはたくさんあります。でも、結局どれもピンとこないというか、もったいなく感じちゃうというか。しかも、願った後にどうなるか分からないじゃないですか。それこそ、悪魔に魂をとられちゃったり。だから、私は怖くて選べないと思います」
「そうですね。確かに、美味しい話には得てして裏があるもの。鹿目さんはしっかり者ですね」
「えへへ……」
いや、ほんとに。騙されやすそうとか思ってすみません。でも、これでちょっと安心ですね。すぐに願いにつられるってことはなさそうですし。
ただ、問題があるとするなら、今後。誰かのために願いを使いたくなったりしてしまわないか、というところですね。
「じゃあ、ちょっと前提を変えてみましょう。鹿目さんの親しい人、例えば家族や友人が重い病に苦しんでいて、もはや医学ではなすすべがない。そんな時に悪魔が現れて囁きます。『助けられるのは君だけだ』って。そしたらどうです。あなたは願いますか?」
うーん、例えが微妙ですかね。流石に、これで助けないって堂々と言い切れる人はいないでしょう。本気じゃなくても、建前として。
「……どうだろ。難しいかもしれません」
ほら~って、え?
「もちろん、願いたくなると思います。でも、そのせいで私が代わりにひどい目にあうかもとかいろいろ考えたら、言葉が出なくなっちゃうと思うんです。きっと、私にはそんな勇気はないですから」
そう、苦笑いしながら話す鹿目さんの表情がとても悲しそうに見えたので、つい励ますようなことを言ってしまいました。
「……ふふ。本当に勇気がない人は、そんなセリフ言えないと思いますけどね。だって、どう思われるか分からないじゃないですか。それなのに、鹿目さんはちゃんと誠実に考えを口にしてくれた。その姿勢こそ、まさに勇気だと私は思います」
「そうかなぁ」
あれ。ということは、本当は勇気があるから、やっぱり願ってしまうということ?
ダメじゃん! 軌道修正!
「……それに、危険に飛び込むのが勇気なら、甘い誘惑に飛びつかず、きちんと考えることもまた勇気です。その悪魔が、映画によくいる悪役みたいに、『死は救済だー!』とか思ってたらどうです、最悪でしょう?」
「それは、確かに」
「だから、大事なのはよく考えることです。……はい! というわけで性格診断終わり!結論、鹿目さんは思慮深く、慎重で、結果を考えながら行動することが出来る人間! 全然ダメダメじゃないです!」
どこかで聞いたセリフを言いつつ、これ以上ぼろが出る前に会話を打ち切る!
「えー、なんだか丸め込もうとしてません?」
「まあまあ。ほら、考え事の後には甘いものでも食べて食べて。そして、出来れば今後とも当店をごひいきに、なんて」
「あっ、そういう作戦だったんですね! もう、すっかり乗せられちゃうところでした」
そう言って、クスクスと笑う鹿目さん。私も、にひひと笑ってこたえておきます。うん、自分で言うのもなんですが、なんとなく良い雰囲気で話せたのではないでしょうか。
まさか、私にこんなアドリブ力があったとは。陰キャを卒業する日も近い……?
*
「今日はありがとうございました! また来ます! 今度は友達と一緒に!」
「はい、またのご来店をお待ちしております」
そんなこんなで鹿目さんをお店の前までお見送り。いやー、無事に会話イベントを乗り切ることができました。本当に、一時はどうなることかと思いましたが、なんとかなるもんですね。
しみじみ考えていると、突然後ろから声が。
「すごい、すごいわまばゆちゃん! 私感動しちゃった! 先輩として学校の後輩のお悩み相談だなんて! そうね、もう中学3年生だものね……本当に、大きくなったわね……」
「うわぁ、咲笑さん!? びっくりした、って、なんで泣いてるんです!?」
「ぐすっ……だって、ホントに感動しちゃって……イヤね、最近ちょっと涙もろくなったかしら……」
「それって「まばゆちゃん?」なんでもないです」
怖っ!
「それにしても、良い子よね。あの子。エイミーのお世話もよくしてくれてるし、挨拶もしっかりしてる。今度来たら、ちょっとサービスしちゃおうかしら」
「ええ、そうですね。本当に、そう思います」
鹿目さんは、本当に良い子でした。彼女は自分のことを何のとりえもなくて、ダメな人間だと思い込んでいましたが、けれど友達を妬むようなことは一言も口にしませんでした。こちらの突拍子のない質問にも素直に答えてくれて、あれが全部演技だったらもう脱帽です。きっと、世界を滅ぼしたいとか生まれてから一度も考えたことなさそう。私なんて、学校に隕石落ちないかなー、とかいっつも考えてるのに!
まあ、なんというか、そんな子が希望を叶えるために魔法少女になって、なのにそれからすぐに魔女になって世界を滅ぼしちゃうというのは、流石に忍びないというか、イヤですね。
やっぱり、鹿目さんをキュゥべえと契約させるわけにはいかない。そう、私は決意を新たにしたのでした。
*
そして、お手伝いも終わり、愛しのマイルーム。
それにしても。いや。ふふふ。
「にひひ……これは、大勝利と言っていいのでは?」
おっと、つい独り言が漏れてしまいました。
何しろ、たった一日で鹿目さんと面識を持つだけでなく、今後もうちの店に来るきっかけまでつくれた。これで、定期的に来てもらいさえすれば、労せずして情報収集できるわけです。例えば、変な白いタヌキを見かけなかったか、とか。
それに、鹿目さんのスタンスについても把握することができました。まあ、実際にキュゥべえに契約を迫られてどうなるかは分かりませんが、少なくとも即答したりすることはないはずです。それなら、その間に記憶を消すことが出来る。契約は阻止され、世界は救われる。
いやはや、万事解決ですね! 最初に世界が滅びるとか言われたときはどうしようかと思いましたが、意外と何とかなりそうで良かった! 流石、未来予知とか記憶消去とか、チート能力が合わされば、大抵のことは大丈夫ってことですね。
さて、後はこの戦果を織莉子さんに報告するだけ、って、何か忘れているような……。
『ええ、あまり派手に動いてキュゥべえの目を引くのも困るから。それとなく見守るくらいで丁度いいの』
あっ。
思いっきり、面識作っちゃいましたね。
……これで、キュゥべえが私に逢いに来たりして、そこでお客さんとして鹿目さんを見つけてしまったら……。
「いやいや、もともと彼女はうちのお客さんですしその可能性は前からあったというか、その確率が多少増えたところで祈るしかないというか……そう! 未来予知! もし接触がありそうなら織莉子さんが予知してくれるわけだから、結局一緒のはずです!」
まあ、幸いにしてキュゥべえは最近めっきり姿を現しません。きっと、こんな魔女も倒さないくせ能力だけ危険な奴なんて会いたくないということでしょう。なら、問題ない、はず、多分、きっと、メイビー。
でも、織莉子さんへの報告には書く必要ないかな。
……と、いうわけで、私はごく短いメッセージを送りました。えーっと、『学校で鹿目まどかを発見。学内での様子は特に異常なし。契約の誘因となりそうな強い願望を抱えている様子はありませんでした』、送信!
「うわっ、もう既読ついた。あ、返信も。『付近に魔法少女の気配はあった?』、ですか」
えっと、いやー、どうでしたっけ。そもそも、魔法少女の気配とか分かるもんなんですかね。まあ、しいて言うなら時間が止まりませんでしたし、暁美さんの気配は感じなかったかなー、ってくらいしょうか。
「『特に感じませんでした』、っと。……嘘はついてませんよね、そもそも私みたいな素人に聞く方が悪いというか……」
今度も既読はすぐ着きましたが、返信はありませんでした。もう要件は終わりということでしょうか。随分そっけないというか、ちょっとくらいねぎらいの言葉があっても良いのでは?
「って、いやいや。別にほめてほしいからやってるわけではなく、あくまでも世界を救うためであって、むしろこういう必要最小限のやり取りというのはプロっぽいというか、喜ぶのは世界が本当に救われてから、みたいな? だからちっともがっかりなんか──」
『今日はありがとう。よくやってくれたわ。これからもお願いね』
「……にひっ」
……おっと、思わず声が漏れてしまいました。もちろん、嬉しかったからではなく急なメッセージにびっくりしたからですが。まあ、それはそれとして、明日からもちょっと頑張ってみようかな、なんて思ってしまった私でした。
……私って単純?
サイドストーリー #4
Day. 8
「オラクル・レイ!」
織莉子の号令により、縦横無尽に飛び交う白球から一斉にレーザーが発射される。そのすべてが魔女を焼きつくし、後に残されたものは小さな黒い宝石、グリーフシードだけだった。
「……ふう。これで、やっと1つ。魔力消費を考えれば、ソウルジェムの維持がせいぜいといったところね。全く、やはり一人で魔女を狩るのは非効率的だわ」
そう織莉子は独りごちる。そもそも、織莉子の目的は世界の救済、魔女退治はあくまでそのためのリソース確保にすぎない。であれば、魔女はより適した魔法少女に任せ、自分は滅びを回避するために魔力を割くことが合理的だ。実際、ここ数日そのシステムは上手く回っていた。では、何故今更彼女が魔女退治をしているのか。
「キリカ……やはり彼女の能力は惜しい……なんとか立ち直ってくれるといいのだけれど」
呉キリカ。今は、織莉子の家で怯えながら布団にくるまっているであろう少女。彼女がそうなってしまった原因は先ほどキュゥべえが教えてくれた。
魔法少女一名および一般人一名の殺害事件。キュゥべえにとっても魔女になる前に魔法少女が殺されることは看過できないらしく、わざわざ警告に現れた。いや、あれは聞き取り調査も兼ねてか。
その話を聞いて、織莉子はすぐにキリカがその犯人だと察した。もともと、初対面の織莉子に八つ当たりと称して戦闘を仕掛けてくるような子だ。大方、命令通り魔女を倒そうとしてその場にいた魔法少女と衝突し、巻き添えで一般人も殺害してしまったのだろう。そして、その罪の重さに気付き、怯えている。さながら、アリョーナだけでなくリザヴェータも殺めてしまったラスコーリニコフのように。
では、彼女に命令を出していた織莉子もまた罪悪感を覚えるかといえば、それは否だった。織莉子には崇高な目的があり、何よりその手段として罪もない一般人を殺害することを既に覚悟している。今更その途上で犠牲が増えようが、それで歩みを止めることはない。現時点で織莉子の関心は、既にキリカの奪った命になく、どうやって彼女を任務に復帰させるかにしかなかった。
その時、織莉子の携帯に通知が届いた。かつての頃ならいざ知らず、今の彼女にメッセージを送る相手などそういない。差出人を見れば、名前は──愛生まばゆ。昨日、織莉子が新しく手に入れた駒だ。
「そう、鹿目まどかをもう調べたのね。『強い願望を抱えている様子はない』、か。控えめな彼女がここまで言い切るということは、会話でも交わしたのかしら。だとすると……妙ね」
織莉子はすぐにメッセージを返した。付近に魔法少女の気配はあったか、と。暫くして『特に感じませんでした』との返信が。これを見て織莉子はさらに疑念を深める。
「鹿目まどかの『守護者』、おそらく魔法少女、彼女は予知の中で鹿目まどかを殺そうとした私を撃ち殺した……そんな彼女が鹿目まどかに近付く魔法少女を見逃した?……いつでも殺せるから、そういうこと?……」
予知夢の中で織莉子を撃ち殺した『守護者』、彼女の目的は不明だが、少なくとも鹿目まどかを守ろうとし、またそのためには躊躇なく殺人を犯すことのできる人間である。ほぼ間違いなく、手段を選ぶ人間ではない。そんな彼女が、鹿目まどかに接触する魔法少女を見過ごすだろうか。もしそうなら、鹿目まどかの殺害は容易なはずだ。
だが、現実として未来は変わっていない。ということは、守護者は鹿目まどかを監視していて、そのうえでまばゆに何もしなかった。まばゆを脅威とみなさなかったか、公衆の面前で事件を起こすことを恐れたか。いずれにせよ、直接的な行動に移らない限りは、静観を保つ方針なのだろう。そしてそれは、もしまばゆが凶行に走ったとしてもいつでも対処出来るという自信の裏返しだ。そんな一瞬の介入を可能に出来る能力を守護者は持っている。それは、果たして──。
そこまで考えて、織莉子はいつの間にか家の前までたどり着いていたことに気付いた。そうだ、守護者は確かに重要な問題だが、まずはキリカを何とかしなければ。今すぐ鹿目まどかが契約してしまうわけではないというなら、今はそれでいいだろう。
織莉子は思考を打ち切ると、まばゆにひとまずお礼のメッセージを送り、それからどうやってキリカを立ち直らせるかに想いを馳せた。
玄関に手をかけたところで、ふと考える。そういえば、まばゆはそもそも魔法少女の気配を感じることができるのだろうか。魔力が行使される感覚、そもそもそれを感じたことがほとんどないであろう彼女は、何をもって魔法少女の気配を感じないと言ったのだろうか。
一瞬立ち止まり、すぐ考えるのをやめた。あったけど分からなかったのか、本当になかったのか、どちらにせよ大したことではない。守護者は彼女に攻撃を加えなかった。重要なのはその一点だけだ。
そして、織莉子は扉を開け、憔悴しきったキリカに対面する。彼女の手に握られた告別式の案内を見て、自身もまたその罪に初めて直面するのだった。
サイドストーリー #5
Day. 8
レコンパンスから出てくるまどかの姿を見て、ほむらはほっと息をついた。これもまた、以前までのループにない、イレギュラーな行動だったからだ。
ほむらはこれまでのループから、効率よくグリーフシードや武器弾薬を集め、また鹿目まどかをキュゥべえの魔の手から守るためのフローチャートを作成している。いまだ発展途上ではあるが、これまでのほむらの血と涙により作り上げられた、たった一つの道しるべである。
しかし、今回のループでは既にそれが通用しなくなってきている。最初の違和感は5日前、魔女を退治し黒猫のエイミーが事故にあう未来を防いだ際だった。
──普段なら現れるはずのキュゥべえの影がなかった。それからも、キュゥべえが鹿目まどかの付近に姿を現すことはなかった。
そして、極めつけは今朝起きた殺人事件。これまでのループではなかったことだ。問題は、今後の予測が全くつかないということ。
バタフライ効果。些細な違いが大きな変化として現れる現象、確か映画にもなっているのだったか。例えば小石を蹴ったとか、そんな行動が起点になっているとすれば、それはもはや確かめようがなく、またどんな因果で変化が起きているのか予測することも不可能だ。
特に、キュゥべえの出現パターンが変わったことは、目下ほむらの頭を悩ませている問題だ。今、姿を見せていないからと言って今後そうとは限らない。だとすれば、監視の目を緩めるわけにはいかず、その分行動が制限される。結果として、ほむらの所持する武器やグリーフシードは前回までのループよりも少なくなってしまった。
それにしても、とほむらは思う。今回は特に肝を冷やした。エイミーと戯れるまどかに接触した少女が、魔法少女だったからだ。最初はキュゥべえに言われてまどかを勧誘しに来たのかと警戒したが、幸い彼女の周りにキュゥべえはいなかった。そのままレコンパンスに連れ込んでいった辺り、強引なセールスだったらしい。
彼女のような魔法少女はほむらの記憶にない。これまでのループでは見滝原の外で活動していたか、それとも今回のループでだけ契約したのか。いずれはその能力について調べたいところだが、今のほむらにそこまでの余裕はなかった。まどかを勧誘しないよう釘を刺しておくべきかとも思ったが、その行動自体がキュゥべえに伝わる危険もある。ひとまず、邪魔をしなければそれでいい。
(……あと2日か……)
そう、あと2日で、ほむらは見滝原中学へ転入し、まどかと接触する。どのみち、これ以降のフローチャートはあまり役に立たない。前回もここで大きく躓いてしまった。その反省を生かそうとは思っているが、既にイレギュラーが発生している状況ではどうなるか。差しあたっては巴マミへの対処、それからこの店にまどかをこれ以上近付けないことか。レコンパンスのケーキを食べられないのは可哀そうだが、仕方がない。機会があれば買ってプレゼントしよう。
(……?)
自らの思考に少しだけ違和感を覚えたほむらだったが、それ以上気に留めることもなくまどかの監視に戻った。とにかく、重要なことはキュゥべえとまどかの接触を防ぐことだ。それさえ防げれば、まどかは放課後にケーキを楽しむ、普通の中学生のままでいられるのだから。
■まどかの部活
100の質問より。ほかにも色々載っていて参考になる。実は氷川きよしファンとか。
■まどかの願い
『みんなを陰から守る特別なヒロインになれる』というオプションなしだとこんな回答になるかな、と。
■アリョーナ、リザヴェータ、ラスコーリニコフ
ドストエフスキー作『罪と罰』より。
■バタフライ効果
カオス理論に対する比喩。「風が吹けば桶屋が儲かる」と同じ意味。重要なのはそれぞれの事象には必ずれっきとした因果関係があること。小石に躓いた少女が、たまたまキュゥべえと出会うことができたように。
なら、この週にイレギュラーが発生したそもそもの原因は?