Silent Shields/日本国召喚×アベンジャーズ   作:匡近

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2.転移②

トニー・スタークにとって寝床はインターバルだ。

アフガニスタンの洞窟。埃と砂にまみれたスポンジの上で目覚めたあの日からニューヨークの瓦礫の中、宇宙の果てで酸素残量がゼロに近づく船の固い床。おおよそ最悪の場所から摩天楼の最上階にある最高級マットレス、スイスの山荘に設けた温水床式のベッドまで。戦場とラグジュアリーの間を振り子のように揺れ続けた彼の人生にとって、寝床は常に次の混乱の前触れと平穏の象徴として記憶されている。

 

そして今はリクライニングチェアだ。ふかふかで静音設計、傾斜も角度も最適化された一品が多目的ラボ付き自家用ジェット機に設置されている。昨夜の記憶はぼんやりしていて、起きた瞬間から喉の奥にひっつくような違和感がある。数秒後、寝起き特有の鈍いまぶたの裏でF.R.I.D.A.Y.(フライデー)の声が機内スピーカーから低く流れた。

 

『社長。緊急報告です。通信衛星群との接続がすべて遮断されました。地球とその周辺にある既知のネットワークが完全に沈黙しています』

 

「……おはようの一言くらいあってもいいんじゃないか」

 

彼女の声はいつもよりノイズが目立つ。目元を指先で揉みながら椅子を起こす。

 

『現在、全周波数帯域に異常信号も感知できませんが、船外との通信接続が完全に失われています。それにより私の演算処理能力は0.02%まで低下しています』

 

「げんなりするな……」

 

小さく息をつきキャビネットに手を伸ばして袖の長いインナーシャツを引き抜いた。髪をかき上げて機内のパネルをタッチすると機体の位置情報は空白で塗り潰され、ナビゲーションには"外部との同期失敗"の赤いエラーメッセージが点滅していた。シャツから首を出した時、耳につけた通信端末からフライデーの声が届く。

 

『通信元:ニコラス・J・フューリー。暗号化チャンネル使用中』

 

「目覚めの一発がフューリーか……繋いでくれ」

 

回線を開くとフューリーの聞き慣れた低い声が響いた。

 

『スターク、状況はそっちも同じか』

 

「多分な。衛星通信は全滅、地球の電波は一切反応なし。フライデーの演算能力はネットワークを遮断されたせいでスマートフォン並。なんか良い知らせある?」

 

『こっちも混乱中だ。S.A.B.E.R.(セイバー)宇宙ステーションは沈黙、どうも船ごとどこかに飛ばされたらしい』

 

「時空跳躍か?また神かエイリアンが魔法で宇宙ごとシェイクしたか」

 

機体から降りると眼前の光景に軽く眉を上げた。格納庫として利用されている空間はシールドの航空管制運用部のスタッフが慌ただしく端末を操作し、その間を整備員が工具を抱えて走り抜け、天井には黄色い警告灯が緩やかに回転していた。

 

『分かっているのは気圧と重力は地球とほぼ一致してる事と、この惑星は水平線の曲率が目に見えて緩やかって事ぐらいだ。君の空飛ぶオモチャで外を調べられるか?話は通しておく』

 

「フライデーが準備中。ローディの専用機、あの洗濯機が羽根つけてるやつを借りてる。あれなら演算補助に使える。ドローンの母艦としてはまぁ最低保証ってとこか」

 

慌ただしく走り回るシールドの職員と比べ、かなり落ち着いた様子で歩きながら答えたスタークは通信チャンネルを切り替える。

 

「ローディ?寝てたら悪いんだけどお前の専用機を今からドローンのホテルにするから」

 

『……おいトニー。必要になるかもしれないだろ』

 

「スーツ着て調査する方が危険だし、ステルス性のミサイルが飛んできたらそれこそ僕らの出番じゃないか?」

 

『わかったわかった。もう好きにしろよ』

 

「焼きたてのクッキーも付けて返してやるよ」

 

通信は切られ、高い天井に等間隔で設置されたLEDが格納庫の一角に駐機されたずんぐりとしたフォルムを照らす。ジェームズ・“ローディ”・ローズ専用の機体後部はすでにアクセスコードが入力され、鉄で出来た怪物の口のようなハッチが開かれる。

 

『スターク・プライベートジェット機とローディ大佐の専用機内サーバーとの同期が完了。判明している情報を元に環境シミュレーションを再構成中です』

 

鉄と合成樹脂で出来た固い機内に足を踏み入れ、操作パネルを開いて素早く数値入力を始める。彼の指先の動きに応じて機体内部の照明が切り替わり、青白いホログラムウィンドウが複数表示される。準備中のドローン映像、温度予測、そして断続的なノイズまじりの通信波形が表示された。

 

『自律飛行アルゴリズムは現在進行形で修正中ですが、ネットワークに依存しないローカルAIとしての能力には限界があります。試算ではドローンは同時に4機までが限界です。制御の一部を貴方に委任します。ここは非常に狭いので』

 

「君の"狭い"の基準が気になるよ、フライデー」

 

スタークは微かに笑いながらインターフェースを起動し、AI補助による制御パネルの一部を引き受ける。情報が一斉に流れ込み、彼の視界に重なるように展開されたホログラムが瞬時に更新されていく。

 

「よし…機体姿勢制御アルゴリズムは僕が調整する。周波数フィルタの閾値も引き上げておこう」

 

『出撃準備完了までの予想時間、約5分』

 

フューリーは無言のまま長い通路を歩く。

周囲の鋼鉄製の壁には非常灯が整然と並び、彼のブーツが床に硬質な音を響かせる。目的地はスタークが作業中の艦載機格納庫だ。報告ではドローンの出撃準備が進んでいるという。全体を把握するためにも直接目で見ておきたかった。

 

彼の目にクインジェットが並ぶ。その直後、耳に届いたのは旧知の声だった。

 

『こんにちは、フューリー"長官"』

 

フューリーが顔をしかめると、ちょうど目前のエアロックに設置された外部警告灯が黄色く明滅を始める。気密保持用の外側の自動扉が展開され、青い空を背に姿を見せたのは燃え盛るような光を身に纏ったキャプテン・マーベルことキャロル・ダンバースだった。

 

「キャロ…っダンバース。ハハ相変わらずだな」

 

フューリーの声に驚きは混じっていたが古い友人がまたしてもやらかしたという、2人ならではのやり取りに意図せず笑みが浮かぶ。直後、航空仕官が駆け寄って来た。

 

「すいません長官、キャプテン・ダンバースには外に出ないように止めたんですが……」

 

「いいから自分の仕事に戻れ。なぁダンバース、そこが有害物質だらけの惑星かもしれないって知ってるよな?」

 

軽く手を上げると仕官は任務へ戻っていく。強化ガラス越しにキャロルはくしゃりと笑う。

 

『私が太陽の中に身一つで突っ込めるって知ってるでしょ?この星を宇宙から哨戒するわ、ここじゃ低すぎるから。ていうか昔はもうちょっとフランクじゃなかった?』

 

「あぁ……まぁ…探索でいい、衛星軌道上に人工物があるか調べてくれ。通信衛星、宇宙ステーション、破片でも何でもいい。人の手が入ってる証拠があれば、どこかに文明があるってことだ」

 

『了解。フューリー』

 

キャロルは強く光り輝くとそのまま推進力を得て宇宙空間へと一瞬で飛び去って行った。

 

『やっぱり彼女、イケてるなぁ』

 

「…なんだ言いたいことでもあるのか?」

 

通話先の皮肉が混じった声に視線を投げるようにして言い返すと、すぐに応答が返ってくる。

 

『いやいや、感想だよ。ただの。ほらニック・フューリーがミス・リバティと話してるみたいで』

 

「私にだって友人はいる」

 

フューリーが眉間を揉むように押さえたところで、再び通信チャンネルが開かれる。

 

『こちらダンバース。まずは良い知らせ。少なくともブラックホールは近くに無し。その惑星の重力が低いのは別の理由ね。恒星の位置と光の偏差も測ったけど、近隣に重力特異点は確認されないわ。あと陸地を見つけた。雲でよく見えないけどたぶん大陸ね』

 

「まずは一安心か」

 

『ええ。ただユニバーサル・ニューラル・テレポーテーション・ネットワーク──ジャンプポイントの痕跡も反応もゼロ。率直に言うならここはかなりの辺境か……別の宇宙って可能性も。次元断層を通ったっていうなら説明はつく』

 

「…わかった。引き続き調査を頼む。何かあれば報告してくれ」

 

フューリーは静かに息を吐き出し格納庫の奥、スタークが待つ機体へと再び歩を進める。その歩みには先程よりも幾分か重みが加わる。

 

『つまり僕らは宇宙規模の秘境にいるって?観光案内も通信も無し、土産屋も無し、ジャンプポイントも無し。まったく…とはいえダンバースのおかげで状況は一気に進んだな。ジャンプポイントの欠如って事はバナーとアイツの言ってたサカールって宇宙ゴミ惑星と似てるな。…良し、ドローンの発進準備完了』

 

シャッターの駆動音が格納庫内に低く響きを上げる。エアロックが低く唸る音を立てて開かれると、起動待機状態にあるドローン4機が微かに振動を始める。整然と並ぶ機体の大きさは上から見るとマンホール程の大きさで、形状は白い甲殻類に思わせる。機体の関節部は無機質に黒く、前方下部に剝き出しの銃火器が飛び出していた。スラスターを吹かしながらゆっくりと浮上し、エアロックの内部へと滑り込む。青白いランプが順に緑へと変わり、気密が確保されたことを示す。

 

『観測モード・アクティブ。再帰性反射パネル起動』

 

フライデーが言い終わると同時にエアロックの外壁が開く。機体外部に内蔵された高感度カメラとLiDAR(レーザー光により、物体に当たって跳ね返ってくるまでの時間を計測し、距離や方向を測定する技術)、スペクトルセンサーで取り込んだ情報を元に投影された精密な映像により、背景に溶け込んだドローンたちは外へと舞い上がる。一度上昇してから進路を四方へ分け、それぞれが異なる方角に向けて高度を落としながら飛行していく。

 

『外気成分データ、熱源探査、磁場スキャン開始』

 

「上出来だ」

 

フューリーは小さく頷いたが、ふと何かを思い出したかのように表情を曇らせた。

 

「……クソッ」

 

端末を指先で操作しチャンネルを開く。

 

「ヒル。新アスガルドの例の客人はどうしている?」

 

『ちょうど、その"例の客人"は目の前にいます。残念ながら、あなたの懸念は手遅れです』

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