Silent Shields/日本国召喚×アベンジャーズ   作:匡近

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3.転移③

ヘリキャリア艦橋‐転移から3分後

 

 

艦橋の静かな緊張を破るように、自動扉が開いた。現れたのは一人の男。目元から頭頂部へと伸びる黒い紋様。機能性に乏しい白い布地を纏っていたが、その姿には不思議な威圧感があった。だが、スタッフたちは彼を凝視することも無用に警戒することもなかった。数名がチラと一瞥し、すぐに視線を元に戻す。S.H.I.E.L.D.(シールド)の職員にとって異星人はもはや珍しい存在ではない。

 

ヒルは組んだ腕をそのままに無言で男を見る。その視線に応えるように男は口を開いた。

 

「この船の指揮を執ってるのはアンタか?」

 

「今はね、私は副司令官。司令官は別にいる」

 

「ゴアだ」

 

わずかに顎を引いて名乗ると自然に右手を差し出した。ヒルは一瞬だけ迷いを見せたがその手を取る。

 

「…マリア・ヒル」

 

お互いに無言のままに一瞬、手の感触が語るものに意識する。まるで鉄と合成樹脂の記憶が染みついたかのような戦いの痕跡。銃を何年も握り続けた手―中指の側面の硬さ、人差し指と親指の間、荒れた掌の皮膚は長く銃器を扱ってきたことを物語る。

男の手は分厚く、力強いのに皮膚の下の筋肉の沈み込むような柔らかさにヒルは手の感触にわずかに目を細めた。

 

「戦士だな」

 

「貴方もね。なにか用?」

 

「この船の周囲を探ったら……西に、デカい陸地があった」

 

ゴアは一度ディスプレイから目を逸らし、またヒルを見る。

 

「見たことのある形だ。でも……名前が出てこない」

 

「……地球の地図が見たいのね」

 

「あぁ」

 

唐突な要求に一瞬言葉を失ったが身近にあったコンソールを操作し、艦橋後部中央の丸型ディスプレイテーブルに世界地図を表示させる。

 

「これが地球の世界地図。見覚えがあるなら何か描いてもらえる?」

 

ゴアは一歩前へ出てディスプレイを見下ろす。伸ばした右手の袖口から影が真っ直ぐ伸びて黒い粘体が湧くように現れ、アメーバのようにテーブルの上を這う。やがて粘体は安定し、形作る。

 

「こういう形の陸がある。島の西側が丸く切れてるが多分、まだ続いてる」

 

「…まさか……」

 

現れた陸地の形にヒルは目を丸くする。それは日本列島の北海道から東北、関東、そして中部地方の一部を合わせた輪郭と酷似していた。

 

「……日本の北海道から首都の辺り。確かに一致してるわ、この島かなり大きい?」

 

「そんな名前だったか。島にしてはデカいな」

 

「どれくらいの感覚?」

 

両手で抱えられる程の黒い列島の横に2ミリほどの小さな蟻が現れ、トテトテと歩き始める。

 

「コイツがこの船」

 

ヒルは小さく息を吐きながらディスプレイを見つめた。

 

「あなたの能力で把握できたのはどの範囲?」

 

「この船を中心に半径で2000キロくらい。ざっくりだが」

 

「その範囲で、他に何かあった?人工物とか生物とか」

 

「日本の陸地の南に島があった。小さいのが千切れた線みたいに並んでる。大体この辺りか」

 

ゴアが指差すと黒い粘体が受動して小さく纏まる。それを見たヒルは軽く頷くと頭の中でおそらく東京都に属する小笠原諸島だろうと推測していると、彼女の通信機に信号が入る。人差し指で端末に軽く触れ、抑揚のない声で応じた。

 

「ちょうど、その"例の客人"は目の前にいます─…」

 

フューリーにゴアから得られた情報を報告する。周囲の誰もが無言でその内容を察するように手を止めることなく淡々と業務を続ける。短い沈黙ののち、重い溜息と共にニック・フューリーの低い声が返って来る。

 

「……わかった。色々と確認が先だが…ヒル、作業中以外の超人ども全員を集めろ。それと外交の準備も進めておけ。面倒事だが向こうに話す気があるなら応じるまでだ」

 

「了解」

 

テーブルの上に蠢く黒いアメーバと、それに比べてあまりにも小さな“蟻”――この空間において、未知と既知の境界線は確かに揺らいでいた。

 

 

ヘリキャリア/第三会議室 ― 転移から約30分後

 

 

灰色の壁に簡素な円卓。会議室に設けられたホログラム端末にはスタークの映像ウィンドウが表示され、その隣にはキャプテン・マーベルの名前の上に音声波形が浮かんでいた。その他の面々は椅子に腰かけるか、壁にもたれていた。

 

「フューリーは俺たちをどうする気なんだろうな」

 

「解散、拘束、追放もあり得るな。まぁ君らみたいな軍属以外の扱いには困ってはいるだろう」

 

タイプIの海軍作業服(NWU)を着たローディの呟きにローブを着た男が口角を上げながら応える。

 

「この船自体の所属が怪しいからな。シールドの所属でもなければ掲げる旗も無い。今じゃ対外的には身分証すら意味を為さないし」

 

『なら海賊船か』

 

ホログラムに投影されたスタークの電子音交じり声が軽く響き、滑稽な響きに誰かが鼻で笑う。

 

「飛んでるから空賊じゃね?」

 

「良くて難民船。最悪の場合は武装勢力かテロ組織予備軍だ」

 

ローディが現実的な線を突く。組んでいる腕の筋肉に力が入っている事がわかる。

 

『空賊ね。ゴーグル付きのアビエイターキャップでもかぶる?眼帯はフューリーが四半世紀は独占してるし』

 

キャロルの声がスピーカーから混じると会議室の自動扉が開き、フューリーが入室する。

 

「ひとり足りないな、クロスはどうした。小さくなってるのか?」

 

「部屋から出たくないらしいです。長官」

 

諦めたような報告に眉を寄せ、コンソールを操作すると通信が開かれ薄暗い部屋の中に人の姿が映し出される。黒と黄色のイエロージャケット・ス-ツを身にまとった男が画面に映る。

 

「クロス。聞こえてるか」

 

『…出たくないって言ったろうが……ふざけるなよフューリー。私は安全が保障されるまで此処を動かんぞ』

 

「原因は調査中だ。だが君が何をしてもしなくても二週間で食料が尽きる。もう直ぐ外気と海水のサンプルが届く。幸い、空気中に有害物質は確認されてないが手が足りないんだ。技術部の連中と協力して分析くらいしろ」

 

平坦な声で返されクロスは言葉に詰まり、一瞬だけ目を逸らして短く頷いた。

 

『……わかった、わかった。やってやるよクソったれが…』

 

会議室には小さなため息と、同乗交じりの小さな笑いがこぼれ、フューリーが一呼吸おいて卓に両手をつける。

 

「スターク。仮定の話だが例のガントレットを使えば、同じ現象は起こせるか?」

 

『ヘリキャリアぐらいなら宇宙のどこにでも飛ばせるだろうな。でも別の宇宙ってなるとかなり微妙だ、代償もデカいのにわざわざこんなまどろっこしい真似するか?タイタン級の出力で攻撃されたら僕らはとうに塵だぞ』

 

「そうか。ゴア、君の意見も聞きたい。神の天敵なんだろ」

 

フューリーは頷き、視線を横に向ける。壁にもたれていた男――ゴアに目をやる。視線が集まる中、閉じっぱなしだった口が開いた。

 

「どうだろうな。こういう不意打ちの類なら避けたり出来るはずなんがな…」

 

「なら今回のコレは副次効果的なみたいなものか、或いは神やら魔法とは関係無しか」

 

「"副次効果"ってなんだ?」

 

疑問符をつくるゴアにローディが口を開く。

 

「メインじゃない効果。例えば誰かが別の目的で何かやった結果、俺たちが巻き込まれたってことだ。もしくは事故とか」

 

「そうか。ならあの日本って国の転移に巻き添えを食らったかもな。もう少し探るか」

 

喋りながら壁から身体を起こすと、ゴアの皮膚が白い色に変化していく。そのまま床に腕を伸ばそうとすると1秒前に彼をフォローした男とホログラム姿の男がその言動に面を食らう。

 

「待て待て!勝手に動くな」『マジか。おい止まれ』

 

ローディが立ち上がって制止していると再び自動扉が開き、ヒルが入って来る。

 

「なに?もう揉め事?」

 

「…なんだ俺が見つけたのに」

 

ローディが立ち上がり制止すると後を追うようにフューリーの苛立ちの声が混じる。

 

「あぁ君が、勝手な、行動を、した。おかげでな」

 

「は?緊急事態って言ってただろ?」

 

その返答にフューリーは額に手を当て目を伏せ、怒りを抑えるように深く息を吐いた。見かねたヒルがゴアに向き直る。

 

「ちょっといい?ゴアさん」

 

「ゴアでいい」

 

「そう。ならゴア、緊急事態に対処してくれたのは本当にありがたかった。でも此処は未知の世界で、あなたの能力を感知する敵がいるかもしれない。感知されたら、私たちが危険になる。だからもし戦闘やあなたの命の危機以外で力を使う時は、私かフューリーに一声かけて」

 

わずかな沈黙の後、ゴアは口を開く。

 

「…わかった。努力しよう」

 

意外なほど素直な返答に部屋の中の全員が胸をなでおろす。

 

『なぁ、ちょっと聞いていいか?』

 

スタークが手を挙げる。

 

『お前って剣一本でアスガルドに攻め込んだって?』

 

「ああ」

 

『ソー2人と戦って殺しかけたって聞いたが』

 

「ああ」

 

『その後アスガルドの監獄にぶち込まれてた?』

 

「その通りだ」

 

『……なんで僕はコイツと同船してるんだ?』

 

スタークのホログラム越しの呆けた表情が空気の緩みをもたらす。だが、フューリーの重い一言で静かに引き締められる。

 

「……君たちは民間の協力者だ。アベンジャーズと呼ばれていても、S.H.I.E.L.D.にも国連にも属していない。法的には軍人でも政府職員でもない」

 

卓上に両手をつき背筋を伸ばして立ち、会議室をゆっくりと見渡す。沈黙を区切るように一呼吸をおく。その眼は部屋に佇む者たち一人一人を捉えて離さない。

 

「だがこの状況じゃ、私は命令できる立場ではない。だから協力するか、降りるかは、自分で決めてくれ」

 

しんと静まり返る会議室。誰もすぐには答えずに数人が目くばせをし、やがて一人が口を開く。

 

「俺は残る。まだ任務中だし、地球には帰りたい」

 

軍人としての矜持を言葉にしてから、彼は背筋を伸ばす。

 

「左に同じく」

 

椅子の背もたれから体を浮かし、ローディよりもやや若い声色でまた一人応じる。

 

「状況次第だな。私一人ならどうとでもなるが、非戦闘員の安全が取れるまでは残ると約束しよう」

 

彼の視線が卓を挟んで反対側のゴアに向く。

 

「"神殺し"殿はどうする?」

 

「残る。他に行く場所もないしな」

 

フューリーは黙って頷くと、スタークが手を挙げる。

 

『協力してもいいけどドローン用にヘリキャリアのスパコンを使わせて欲しい』

 

「考えておく。機密情報へのアクセス権限は簡単には渡せん」

 

『チッ』

 

舌打ちと同時にスタークがそっぽを向く。

 

『私は言うまでもないでしょう?』

 

最後にキャロルの明るい声音がスピーカーから返るとフューリーは黙ったまま頷く。

 

「では全員、残留と最低限の協力意思ありと記録する」

 

室内には緊張が戻ったようでいて安堵が混じる。それぞれが決意と思惑を胸に、未知の世界への覚悟を固めた瞬間だった。そのままダンバースが続ける。

 

『こちらダンバース。大気圏外から日本列島らしき陸地を確認、報告通りの位置ね。その更に西側に大陸がある、南側にも。そっちはサイズは目算で西側の三分の一くらい』

 

「大陸が二つか…ご苦労だった、もう戻っていい」

 

フューリーは顎に手をやる。衛星も宇宙通信もない環境では、こうした人力の偵察が貴重だったが同時に大きなリスクも孕んでいた。この世界で国際法や価値観が通用する保証はないが領空侵犯や大気圏外を飛行する個人の存在は重大な軍事的挑発と捉えられる恐れがある。

 

『了解。それでこれからどうするつもり?』

 

「既にヘリキャリアはその地点に向けて航行中だ。接触を前提に翻訳者を含めた外交チームを編成中だ。状況が許すなら交渉の道を模索したい」

 

『……あ~…フューリー。翻訳者はいらないかも』

 

珍しく怪訝な顔をしたスタークが言葉をこぼす。

 

「どういう意味だ?」

 

『先行させたドローン経由で日本から発信されてると思われるラジオの電波をキャッチしたは良いんだが……どうも英語を喋ってるみたいなんだ』

 

「英語?」

 

フューリーは短く相槌を打つ。だが青白いホロライブに投影された表情は緩まない。

彼の次の言葉がさらに異質な内容を運んできた。

 

『……で、不可解なのはその中に混じってる多分、企業名かなんかだな。そっちは明らかに日本語音で聴こえてくる。でもF.R.I.D.A.Y.(フライデー)は拾った言語を全部"日本語"として処理してるんだ』

 

冗談を言っている気配はない。

 

「お前には英語で聞こえたが、AIはそれを日本語だと認識したのか」

 

『ああ。性能はガタ落ちしてるがフライデーは原語認識レベルで聞いてるから、これは言語の構造を解析した結果らしい。技術的には"元は日本語"らしいって』

 

その報告に、部屋の空気が微かに変わる。無意識に情報を一つの意味に押し込めようとする沈黙。それを断ち切るように、ヒルが口を開いた。

 

「あなた体調に変化はない?幻聴や頭痛とか」

 

『ああ……そういう線もあるか。別に何も。睡眠不足くらいか』

 

「……わかった。記録した音声ファイルは隔離した状態で管理しろ。1時間、何も起きなければ艦内の主要端末で共有可能にして構わん」

 

『へぇ、そこまで気を遣ってくれるとは』

 

スタークは椅子の背にもたれる。通信の波形はまだ安定していたが表情の裏にはわずかな警戒が滲んでいた。

 

「……よし、スタークとヒル、あとゴアを除いて解散していい。必要があればまた呼ぶ」

 

椅子が軋む音とともに無言のまま数人が席を立つ。誰もがこの「異常」が始まったばかりであることを理解していた。

 

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