Silent Shields/日本国召喚×アベンジャーズ   作:匡近

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4.接触①

2015年2月25日午前8時14分 海上保安庁 銚子海上保安部

 

 

関東沖は冬特有の澄んだ空気に包まれ、波は穏やかに広がっていた。銚子海上保安部の通信室に座る当直の職員は、監視を続けている。漁船の通信、気象通報。全てが日常の一部だった。

 

その時、コンソールに波形が走る。

 

「……おい、これ見ろ」

 

同僚が呼びかけ、イヤホンを差し替える。波長は非常通信とも軍用暗号とも一致しない。だが、明瞭な日本語の音声が突然流れ込んできた。

 

『こちら"S.H.I.E.L.D."。日本国、応答願います。繰り返す――』

 

室内の空気が一瞬にして張り詰める。混信ではない、はっきりとした呼びかけ。明確に日本という国家を対象にしたものだった。

 

緊張の中、職員たちは自動的にマニュアルを思い出す。[不審電波・不審船舶に関する即時通報要領]だ。

班長が声を張り上げる。

 

「録音継続!本部回線、開け!防衛省、外務省へも直送!」

 

次の瞬間、さらに長い声明が流れてきた。

 

『こちらは「S.H.I.E.L.D.(Strategic Homeland Intervention, Enforcement and Logistics Division)」と呼ばれる国際治安維持組織……』

 

「国際治安維持組織?」

 

「なんだそれは……NATOか?」

 

職員たちは顔を見合わせる。声は落ち着いており、流暢な日本語で発信している位置と高度、"日本国の主権を尊重する"、"武力による威圧は行わない"と繰り返した。さらには"超人の存在"、"並行世界からの転移"という、理解を超える単語までもが続いた。

 

最後にこう結ばれる。

 

『…日本側の返答を待ち、以後は送信を控える。——S.H.I.E.L.D.代表、ニコラス・J・フューリー』

 

やや間をおいてほぼ同じ内容の声明が繰り返されるが、こちらは英語話者が話す日本語のような抑揚があった。計二回の声明が終わり、通信は途絶えた。通信室に耳鳴りのような沈黙が残る。

 

「……繋げ。全部、官邸にだ」

 

班長の低い声に、職員は必死にキーボードを叩いた。銚子から東京へ、異様な通信記録が一気に送られていく。

 

ヘリキャリアに乗艦するS.H.I.E.L.D.技術班が日本近海で使用されている周波数帯を広域スキャン。解析した海保専用周波数の暗号化パターンや変調方式を逆算し、房総半島沖東方約32km、200m上空のドローンは指向性アンテナで銚子海上保安部の受信機に直接送信。

これにより一般の漁船や民間ラジオでは全く受信されず、海上保安庁 銚子海上保安部だけが"S.H.I.E.L.D.からの呼びかけ"を捉えることに成功した。

 

 

東京・霞が関 海上保安庁

 

 

銚子海上保安部で受信された不可解な通信は、すぐさま暗号化され、東京・霞が関の海上保安庁長官官房へ送信された。

 

「緊急案件、直ちに長官に――」

 

当直の職員の声はわずかに震えていた。イヤホンから流れる『S.H.I.E.L.D.』という名と『並行世界からの転移』の言葉に指先がわずかに震え、肩を揺らす。通常の不審船情報や漂流漁船の報告とはあまりにも次元が違っていた。

 

「総理秘書官へ直送だ」

 

通常なら複数の省庁を経由する情報も今回は例外的措置として最短ルートを通じ、官邸の最高レベルに直結された。

 

 

首相官邸 ― 総理秘書官執務室

 

 

秘書官は耳にイヤホンを差し、送られてきた音声を再生していた。低く、抑揚を抑えた声が官邸の静かな一室に響く。

 

『こちらは「S.H.I.E.L.D.」と呼ばれる国際治安維持…』

 

秘書官はすぐさま受話器を取る。

 

「内閣官房副長官に至急回線。内容は緊急案件。――はい、至急です」

 

わずか数分後、副長官が登庁中の自室で音声を確認する。再生が終わると同時に、彼は額に指を当て深く息を吐いた。

 

「非常識な内容だが、手口に虚偽の臭いはない……。各省に待機指示。国家安全保障局(NSS)も招集、総理への報告準備を即座に整えろ」

 

 

防衛省 ― 統合幕僚監部(市ヶ谷・地下指揮所)

 

 

内閣官房副長官からの“緊急国際案件”通報が、統合幕僚監部地下指揮所に届いた。フロアの照明がわずかに落ち、壁面の状況表示盤には陸海空の共通作戦図が展開される。端末の起動音が重なるが声は一貫して静かだ。

 

「対領空侵犯措置、準備。識別未確認目標1、房総沖32キロ、高度200メートル、速度なし」

 

空自担当オペレーターが報告する。LEDが青白く点滅し、クリック音が静かなフロアに響く。

 

「JADGEにトラック付与、番号1239。IFF応答なし、電磁放射は最小。航空総隊へ共有」

 

海自担当も端末を操作し続ける。

 

「海面状況更新。第3管区、巡視船『みずほ』出港。横須賀より護衛艦『きりしま』、公海上へ向け行動開始。リンク整合良好」

 

統幕運用部の幕僚が指示を短く発する。

 

「対処は『不明機確認』の範囲内。挑発行為の回避を最優先。空は早期警戒1、要撃2。海は監視強化、射撃管制はセーフティ維持」

 

「了解」

 

通信士は官邸側回線の受話器を肩に挟み、メモに要点を書き付ける。無意識に肺が酸素を求めている事を感じながら確認を続けた

 

「官邸より総理秘書官室。副長官へ逐次報告継続要請。3分ごと更新で受け」

 

空自防空オペレーターがスクリーンを拡大する。高度200メートル、沿岸レーダーの地表反射に埋もれやすいレベルだ。対処手順は既に全員の頭に入っている。

 

「E-767、浜松より上昇。所要30分見込み。百里の要撃2機、スタンバイから上げる。航法は東進、関東沖上空にCAP設定。無線はガード、セカンダリは対海保・海自共通」

 

「航跡安定、旋回なし。誘導照射なし。脅威兆候、現時点で軽微」

 

海自担当が続ける。

 

「『きりしま』、リンク起動、対空・対水上監視最大感度。海保『みずほ』は接近時に広報用文言準備、周波数分離で民間波から遮断。一般開示リスク、最小」

 

統幕運用部の幕僚が官邸用要旨をまとめる。

 

「要旨:1、目標は白色小型航空機状、速度なし。2、武装兆候なし。3、我が方は監視・識別に徹し、威圧回避。4、国際法上、公海上。接触は通信のみ――以上」

 

横一列の席で、別のオペレーターが打鍵する。

 

「百里塔台より。要撃2機、スクランブル承認。機種はF-4EJ、離陸5分内見込み」

 

「受け。警戒空域を設定、官邸にも反映」

 

状況表示盤には、2つの青い三角が現れ、緩やかに東へ動く予定軌跡が引かれる。その上には浜松発E-767の航跡予定線が重なる。3本の線は、房総半島沖32キロ、高度200メートルに収束していた。

 

運用部長が最終確認を行う。

 

「繰り返す。交戦規定は通常。ロック、照射、威嚇飛行は行わない。無線はまず海保経由、空からは最少限の確認のみ。画像取得は優先、公開は不可」

 

「了解」

 

画面の端で官邸・危機管理センターとの回線インジケーターが緑に変わる。統幕のブリーファーが立ち上がり、端的に状況を説明する。

 

「以上、現時点。当該目標は敵対の意思なし。我が方は識別・監視を継続、必要最小限の行動に限定」

 

やがて別席から声が届く。

 

「百里1番機、滑走開始。2番機、続行。浜松E-767、エンジンアップ、プッシュ許可待ち」

 

壁面の青い三角が、今度は実際に動き始めた。統幕の誰もが心拍の微かな上昇を自覚しながらも、冷静を装い、指示通りの行動を続ける。

 

 

航空自衛隊 ― 百里基地(茨城県)

 

 

スクランブル命令を受けた百里基地アラートハンガー。F-4EJ要撃機2機が次々にエンジン始動、J79ターボジェットの咆哮が格納庫を震わせた。胸の奥まで響く低音に、整備員たちは耳栓越しに合図を交わし、素早く車輪止めを外す。

 

「燃料満載、兵装確認完了」

 

「1番機、計器良好」

 

「2番機、同じく」

 

パイロットは計器を一つひとつ指差確認し、酸素マスク越しに短く返答する。

 

管制塔から落ち着いた声が入る。

 

「百里1、百里2。スクランブル承認。ランウェイ03から離陸。方位120、上昇制限FL200。房総沖、不明機確認。対象は東方32キロ、高度200メートルを浮遊中」

 

「1番、了解」

 

「2番、了解」

 

赤信号が消え、進入灯が緑に切り替わる。

1番機がスロットルを押し込み、機体が振動で唸る。滑走路を疾走し、速度計が200ノットを超える。操縦桿を引き、灰色の機体が地面を離れた。轟音が霞ヶ浦上空へ響き渡る。

 

続く2番機もリフトオフ。2機は上昇角を保ちながら旋回し、編隊を組んで南東へ針路を取る。冬の冷たい大気を切り裂き、房総沖へ向けて一直線に進んでいった。

 

 

海上自衛隊 ― 横須賀基地

 

 

横須賀の桟橋で、こんごう型護衛艦『きりしま』が慌ただしく準備を整えていた。艦橋には緊急出港命令が響き渡り、乗員たちは訓練で培った手順に沿って動く。

 

「総員、出港部署につけ!」

 

号令が艦内を駆け抜ける。

 

甲板員たちが次々と配置につき、艦首と艦尾で係留索が解かれていく。タグボートが黒煙を吐きながら艦体を押し出し、排水量約9,500トンの巨体はゆっくりと東京湾の出口へ進み始めた。

 

艦橋で航海長が操舵席に声を投げる。

 

「針路140、速力15ノット。東京湾を出次第、房総沖東方へ直行」

 

「140、15ノット、了解」

 

操舵員は即座に復唱し、舵を切る。

 

CIC(戦闘情報センター)では既に複数のオペレーターが端末に向かい目標情報を確認していた。

 

「目標確認。房総沖32キロ、高度200メートル。不明飛行物体、速度なし。航空自衛隊F-4編隊が接近中」

 

「リンク16回線、正常。E-767および空自要撃機と情報共有中」

 

スクリーンにはF-4EJ編隊の航跡が青線で重なり、やがて目標に近づくのが示されていた。艦長・一佐は画面から目を離さずに命令する。

 

「全兵装、監視モード。射撃管制レーダーはスタンバイに留めろ。挑発するな」

 

「了解。射撃管制レーダー、スタンバイ」

 

艦橋の窓越しに、タグボートが離れていく姿が見えた。巨大なSPY-1Dレーダーが太陽を受けて鈍く光り、『きりしま』は東京湾を抜け、冬の太平洋へと船首を向けた。

 

 

2015年2月25日午前9時20分 房総沖東方約30km

 

 

百里を発ったF-4EJ要撃機2機は、編隊を組んで高度8,000mから目標へと降下していた。キャノピーの外、冬の青い海が急速に近づき、操縦桿にわずかな震動が伝わる。HUDに映る点は徐々に明瞭になり、やがて水平線上で白く光沢を放つ楕円体の姿を肉眼でも確認できる距離に迫った。

 

「……あれが目標か」

 

前席の三等空佐が声を落とす。後席のWSOがすぐに応じる。

 

「目標確認。記録カメラ回し、データリンク送信中」

 

僚機のパイロットも同時に無線を入れた。

 

「イーグル・フォー、視認。異常兆候なし。距離500、保持する」

 

白い物体は直径1メートル、高さ50センチ。推進器も翼もなく、風に流されることもなく、静止している。表面は硬質な殻のようでありながら、生物的な有機曲線を思わせる。

 

「本部、こちらイーグル・スリー。目標を確認。無人機らしいが、推進方式不明。やや光沢のある白い楕円体、未知の型式」

 

その時、物体中央部に緑色の光点が灯り表面が鏡のように角度を変え、太陽光を反射し始めた。パイロットの目に規則的なフラッシュが飛び込む。

 

「……モールスだ」

 

僚機が声を上げる。

反射光は点と線を組み合わせ、一定の規則性を持って明滅していた。訓練で覚えたモールス符号を頭の中で追う。

 

『・・ --- -・-』

 

「……O、K……?」

 

背筋に冷たいものが走る。未知の物体が、明確に人類の通信方法で「敵意はない」と伝えようとしていた。さらに反射は続く。今度はよりゆっくりと、明瞭な符号で。

 

『-・-・ ・- ・-・・』

 

「C、A、L…… CALL……」

 

「イーグル・スリーより報告。目標は光信号で通信を試みている。内容は『OK』、『CALL』。こちらにコンタクトを求めている模様」

 

『了解。挑発行為は厳禁。監視継続、射撃管制は解除するな』

 

本部の返信後、編隊は一定距離を保って楕円体を観察し続ける。太陽の下、海面上で光を瞬かせながら「我々は敵ではない」と告げる未知の存在。操縦桿を握る三等空佐は未知との遭遇に心拍がわずかに乱れているのを感じながらも、冷静にHUDを見続けた。

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