Silent Shields/日本国召喚×アベンジャーズ 作:匡近
2015年2月25日 午前9時30分 首相官邸地下 危機管理センター
"『こちらは「S.H.I.E.L.D.(Strategic Homeland Intervention, Enforcement and Logistics Division)」と呼ばれる国際治安維持組織です。
現在、我々はこの地球と非常によく似た環境に転移しており、房総半島の東方約32km、公海上空・高度200m付近にある無人通信装置を用いて貴国への接触を行っています。
我々は民間人および主権国家に対し一切の敵意を持たず、武力による威圧・接近も行いません。
通信は貴国の国際法および日本国法の認識に則り、領空および領海に接触しない範囲で行っています。
しかしながら、本世界における基準において意図せず何らかの不法または不快な手段とみなされる可能性がある場合には、深く謝意を表明いたします。
当組織は地球由来の存在であり、並行世界または多次元宇宙的事象に巻き込まれた可能性が極めて高い状況です。貴国がこの現象を既に経験されている可能性があると判断し、慎重な外交的接触を模索すべく事前に通信試験を行っております。
貴国の政府高官、または情報当局関係者におかれましては、可能であれば非軍事的・外交的な初期対話の機会を持ちたく存じます。
本通信が受信され、かつ技術的安全性が確認された場合、当方は貴国の返答を受け取り次第、それ以降の通信を保留し、指示を待機いたします。
—— S.H.I.E.L.D.代表
ニコラス・J・フューリー』"
厚い防音扉の奥で、白い蛍光灯が天井から冷たく光を落としている。部屋の正面には横長の大型スクリーンが設置され、今まさに一通のメッセージが映し出されていた。
「原音声のデータを解析しました。確かに英語です。しかし我々の耳には自然な日本語として聞こえています」
言葉を切った瞬間、場にいた全員が思い浮かべた。クワ・トイネ公国、クイラ王国との交渉で経験した、自動で相互翻訳される現象。転移以来、日本が翻弄された異世界の法則の一端だ。もはや奇跡ではなく日常の延長線として受け止めるしかない。
さらに分析官が補足する。
「加えて重要な点があります。仮称S.H.I.E.L.D.は初通信の際、初めに海上保安庁が運用している銚子海上保安部の専用周波数帯を解析しています」
ざわめきが広がる中、分析官は淡々と続ける。
「その周波数は平時には漁船・民間通信に混ざらないよう秘匿的に暗号化されています。しかし彼らは、その暗号化パターンと変調方式を逆算したと思われます」
「つまり……民間人へ漏洩することを防いだと?」
「その通りです」
外務審議官の問いに分析官は答える。
「実際に最初に信号を拾ったのは銚子海上保安部の受信局であり、通常の商業無線や報道機関へのリークや通報等は今のところ確認されていません。周波数の選定と指向性送信が極めて精密に制御されていた証拠です」
会議室が静まり返る。
「……彼らが我々の暗号規格や周波数運用を把握していたということか…」
「完全に同一ではなくとも、互換性を持たせてきたのは確かです。我々はそのおかげでゼロからプロトコルを構築する必要すらありませんでした」
外務大臣は深く息を吐き、強張った顔を浮かべる。
「なるほど……偶然にしては、できすぎているな」
「やっとクワ・トイネとの条約がまとまったと思った矢先にこれですか。魔法だけでなく、今度は我々を理解している組織まで現れるとは」
NSS局長が机に手を置き、沈着な声で場を収める。
「好意的に解釈するならば、彼らが我々を信頼させるために意図的に配慮した、とも考えられる。しかしこちらの通信基盤を把握している。という事実は監視と情報優位を意味します。どちらに転ぶかは我々の対応次第です」
「彼らは意図して合わせてきた。信頼の証か、あるいは力の誇示か。どちらにしても、軽率に動けば日本の主権そのものに直結する」
総理が静かに頷いた。
「空からか、海からかは知らんが……休む暇もないな」
外務大臣が愚痴を漏らし、NSS局長は淡々と記録を見やった。報告を担当するのは、海自護衛艦『こんごう』からの現場連絡班だ。スクリーンに映し出された写真には、白い楕円体の小型飛行物体が収められていた。
「観測によると、直径およそ一メートル。接合部は黒。底部に推進器らしき構造があります。兵装と思しき突起は確認されていません」
NSSの分析官が手を挙げ、結論を述べた。
「少なくとも現時点で攻撃能力を示す兆候はありません。ただし、推進方式が不明なので引き続き注意が必要です」
防衛大臣が椅子に背を預け、鼻を鳴らした。
「やはり我々には理解できない技術を使っているな」
次に議題は、S.H.I.E.L.D.の通信文に記された『超人』について移る。
「大前提として、我々のいた世界には超人は実在しませんでした。魔法やクワ・トイネ公国のワイバーンであれば、対抗手段を研究しつつあります。しかし"超人"となると評価基準が存在しません」
総理が腕を組み、視線を落とす。
「魔法以上に情報不足か」
情報官が言葉を重ねた。
「はい。今回の無人機もそうですが、あれ程の技術を持つ者の言う"超人"が国家転覆すら可能な力を持つなら、我々にとっては最大級の戦略的脅威です」
会議室に沈黙が落ち、事態の重さを物語る。やがて総理が口を開いた。
「しかし通信自体は平和的で一貫している。国土ごと転移した後とはいえ"多次元宇宙的事象"などという事が国民に知れれば、パニックは避けられないだろう」
外務大臣が頷く。
「当面は"未確認の国際組織から平和的通信を受領"とだけ発表するのが妥当でしょう」
総理は書類を指で叩き、最終判断を示した。
「では、新たに特別委員会を設置する。ここで一括して情報を集約し対応を検討する」
異界からの通信は、平和の名を帯びて届いた。だがその裏に潜む不確実性が、確実に日本を揺さぶり始めていた。
霞が関 外務省
国家安全保障会議の決定を受けて霞が関の各省庁は慌ただしく動き出していた。外務省は速やかに外交儀礼と国際法的整合性を担保した返信文案をまとめ、防衛省は技術的安全性の検証を重ねる。
もっとも、通信が解読可能であったことは喜ばしい一方で、相手の技術力を思い知らされる材料でもあった。S.H.I.E.L.D.という組織の姿勢自体が外交的メッセージであり、同時に"それ以上の技術力を秘匿している"との示唆でもあるからだ。
やがて、外務省が起草した返信案が固まりCIROが暗号化した上で自衛隊に送られる。
2015年2月25日 午後1時40分 防衛省庁舎 地下通信室
統幕の通信士官が淡々と手順を確認し、護衛艦『こんごう』へと送信指令を下した。
「暗号化完了。送信準備よし」
「では送信開始」
短い指示とともに、メッセージは電波に乗り大海原の上を飛ぶ白い楕円体へと向かった。
『こちらは日本国政府・防衛当局です。通信を受領しました。我が国は主権国家として国際法を尊重し、貴組織が平和的意図を持つと確認しました。初回接触のため、当面は無人機による通信を継続してください。
会談については、非軍事的かつ限定的条件下での実施を検討します。会談の場は公海上、我が国の護衛艦を用いた中立的環境を提案し、詳細については追って調整します。
—— 日本国政府・国家安全保障会議代表』
送信完了の報告が上がると同時に、艦橋には重苦しい沈黙が落ちた。これで相手がどう反応するかによって、次の展開は決まる。誰もが口を開かず、通信機器のモニターに視線を注いだ。
2015年2月25日 午後1時45分 護衛艦『こんごう』艦橋
艦外を飛行するドローンの正面、緑色の光が点滅し、メッセージが返ってきた。
『日本国政府の応答を確認。こちらS.H.I.E.L.D.です、以降は無人機経由で通信を限定的に継続します』
張り詰めていた空気が弛緩し、艦橋内に安堵の吐息が漏れる。
数日後
護衛艦『ひゅうが』は普段の喧噪が消え失せていた。
格納庫の奥。仮設の会議机と椅子が整然と並べられ、その中央には日本と国連旗が掲げられている。即席の舞台装置にすぎないはずなのに、漂う空気には異様な重みがあった。
照明は白く、鉄骨むき出しの天井には仮設の通信アンテナが組み込まれている。外部から搬入された暗号化通信装置がケーブルに繋がれ、試験音が無機質に鳴り響いた。
「これで、最低限の外交儀礼は整ったな」
防衛省の高官が呟く声に、側にいた外務省の職員は小さくうなずいた。
格納庫周辺の区画はすべて制限区域とされ、通行する乗員の動線は徹底的に管理されている。警備要員は防弾チョッキの上に制服を羽織り、まるで通常勤務のように装っているが、その視線の鋭さは通常の訓練時とはまるで違っていた。
外周には『こんごう』、『むらさめ』が展開し、艦隊防空と海面監視を担う。さらに上空ではP-1哨戒機が旋回し、海中には『そうりゅう型潜水艦』が潜んでいた。目に見えぬ三重の警戒網が『ひゅうが』を包み込む。
誰一人として"ただの訓練"とは信じていないが、それでも名目上は"統合訓練および装備展示"として処理された。
内閣情報調査室の職員は艦内で小声を交わした。
「訓練名目で押し通せば、報道は"異世界での演習"で済みます。ですが長期期間となると…」
「わかっている。初会談さえ秘匿できれば、次は外交プロセスの領分だ」
声を潜めながらも、彼らの目には硬い緊張の色が宿っていた。
会場選定の決定は苦渋の産物だった。首相官邸や霞ヶ関の会議室は情報流出の危険が高すぎる。米軍横田基地や座間キャンプといった在日米軍施設も候補には上がったが「この世界に米軍は存在しない」という前提がそれを封じた。
結果、海上自衛隊の誇る『ひゅうが』が選ばれた。護衛艦ならば国内法の管理下に置け、警戒も自前で完結できる。大使は深呼吸を一つし、格納庫の中央に置かれた長机に視線を落とした。
そこに座るのは、S.H.I.E.L.D.代表団。
「彼らが何を求め、何を隠すのか。我々は一挙手一投足を見極めねばならない」