Silent Shields/日本国召喚×アベンジャーズ   作:匡近

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6.接触③

低く唸るエンジン音が艦橋の床をわずかに震わせる。夜間航行中のヘリキャリアは雲海の上を静かに佇んでいた。外の世界は真っ黒だ。海も、星も、どこまでが空でどこからが世界なのか判然としない。

 

司令室の片隅、ニック・フューリーは珍しく椅子にもたれかかっていた。人工光が片眼を鈍く反射し、背後の戦略ホログラムには『ひゅうが』の航跡と会談予定地点の航路が投影されている。

ヒルが無言で近づきタブレットを差し出す。日本政府との通信記録、暗号プロトコルの履歴、そして会談承認の正式電文、全てが整っていた。

 

フューリーは視線を上げずに言った。

 

「報告を」

 

「会談場所は確定。護衛艦『ひゅうが』の艦内格納庫。周辺海域は完全に封鎖されてます。こちらの識別信号は非敵対設定で通過許可済み。歓迎というより"監視下での受け入れ"です」

 

フューリーの口角がかすかに動いた。

 

「少なくとも撃ち落とされない」

 

ヒルはわずかに息を吐き、タブレットを閉じた。

 

「食糧確保が目的なら、難民として申請した方が早かったのでは?平和的支援要請として処理される可能性もあった。あの国なら尚更」

 

遠くで制御タービンが回転数を変える音が響く。ゆっくりと首を回し、片目でヒルを見た。

 

「相手がサンタクロースならそうした。だが、今の相手は我々の知らない日本だ」

 

低く、重みのある声で続ける。

 

「彼らは人道には動く。だが同時に、秩序を乱す者には冷徹だ。俺たちがどれだけ平和的に見えても、彼らの視点では“空から来た正体不明の武装組織”だ。難民を名乗れば、疑念の火種を増やすだけだ」

 

ヒルはしばらく黙っていた。彼女もまた、かつて国連での交渉任務に就いていた経験がある。相手が日本であるという点に、フューリーがなぜ慎重になるのかは理解していた。軍事的理性と社会的倫理が極端に共存する国。

 

「アメリカとの関係性も?」

 

「根が深い。だが俺たちの知る歴史と同じとは限らない」

 

フューリーはタブレットを操作し、映し出された地図を見つめた。

 

「この世界の日本が、どんな戦争を経験し、どんな同盟を築いたのか、それすら分からない。あの技術水準で人工衛星を打ち上げてないのも気になる」

 

ヒルはその言葉を静かに受け止め、視線をスクリーンに戻した。会談場所を示す座標が光点として点滅している。

 

「"それでも行け"でしょう?」

 

「退路は用意しておく」

 

ヒルは短く頷き、背筋を伸ばした。

 

「了解しました。会談チームの最終確認を行います。スタークは相変わらず準備過剰です」

 

「それくらいでちょうどいい」

 

ヒルは静かに微笑み、わずかに肩をすくめた。

 

「わかっています、長官。こちらも無礼はしません」

 

照明が落ち、ヒルの足音が遠ざかる。フューリーは再びモニターを見上げた。暗い海と星の間に浮かぶ護衛艦の航跡が、静かに明滅している。未知の世界での最初の交渉。それは、銃撃戦よりも危険な任務だ。

 

2015年2月28日 午前8時10分 海上自衛隊護衛艦『ひゅうが』

 

朝霧の残る海洋の上を、回転翼面積が210m2に及ぶヘリが低空で接近していた。米海軍仕様の『MH-60Rシーホーク』だ。しかし所属を示すコードは日本のデータベースにも存在せず、管制卓のモニターには登録外IFF信号が点滅していた。

 

艦橋内には、張り詰めた沈黙が流れている。レーダー管制官がヘッドセット越しに報告した。

 

「周波数、符号化方式、応答間隔すべて事前通告のデータと一致しています」

 

幕僚たちの視線が交錯する。誰も声を上げないが、その意味は全員が理解していた。

 

「武装も可能な対潜水艦戦と対水上戦に特化した機体ですか……」

 

「少なくとも、我が国と同等の工業基盤を持っていると考えるべきだな」

 

艦長の低い声に、誰も反論できなかった。

 

やがてヘリは甲板に降り立ち、側面ドアが開く。深い紺色のスーツに身を包んだ数名の男女が降りてくる。黒服でも軍装でもない。彼らの身なりは、まるで政府職員か国際機関の代表団のようだ。その歩みと姿勢には軍人に特有の規律と緊張が滲んでいた。

 

外務省、防衛省、内閣情報調査室(CIRO)らが設けた臨時司令スペースでは、最終確認が行われていた。

映像解析班が映し出す着艦映像に、外務省の職員が短く息を呑む。

 

(……スーツ姿だ)

 

画面の中で、S.H.I.E.L.D.代表団が整然とヘリを降りる。明らかに見慣れたビジネススーツ。やや光沢はあるが、形式としては民間外交団のそれに近い。誘導員が着艦甲板から手信号で案内を始めた。

S.H.I.E.L.D.代表団は整然と列を組み、格納庫へと歩を進める。

 

会談の場となった格納庫は今、白い幕で仕切られていた。

外務省の職員たちは一礼し、形式的な挨拶を行おうとするが、数秒の逡巡が生まれる。

 

目の前の女性が、代表なのか——。そう思った瞬間、自らの思考を恥じた。ジェンダーへの配慮は当然だが、国際的交渉では慎重に扱うべき課題でもある。

 

ヒルはダークグレーのスーツに身を包み、スラックスの裾まで完璧に整えている。装飾もなく、靴も実用的なもの。仮に、この場で緊急事態が起きても即座に対処できる。

 

ならば、この人物は交渉の責任を任されるだけの実力者だ。職員はそう確信し、わずかに息を整えた。

 

形式的な挨拶のあと、職員が慎重に言葉を選びながら質問を投げた。

 

「そちらが選ばれた輸送手段は、日本側でも既知の機体です。我々の見識を意識されたのでしょうか?」

 

ヒルは、視線を正面に保ったまま穏やかに答えた。

 

「はい。安全性を最優先に考えました。我々の世界でも、この機体は長年運用されています。誤解を与える意図はありません」

 

彼女の声には無駄がない。短く、だが芯が通っている。肩の力がわずかに抜けた。

 

「翻訳は問題ないようですね。自然に聞こえています」

 

ヒルも小さく頷く。

 

「こちらも同様です。言葉が自然に伝わるのはありがたいですね」

 

一同に小さな安堵が広がった。言語の壁が消えたことへの安心だけでなく、『対面でも意志疎通が可能である』という確信が共有された瞬間でもあった。

 

格納庫の一角に設けられた臨時会談室には、無機質な蛍光灯の白が冷ややかに落ちていた。鋼鉄の床に設けられた長机の中央には、国旗も軍旗も掲げられていない。互いに主権の線引きを曖昧にするための、外交上の配慮だった。

 

空調が微かに唸り、金属板の鳴る音が沈黙を強調する中、マリア・ヒルは姿勢を正して立ち上がった。

 

「改めまして、我々は国際平和維持組織、S.H.I.E.L.D.です。正式名称は戦略国土調停補強配備局(Strategic Homeland Intervention, Enforcement, and Logistics Division)です。人類に危険を及ぼしうる地球上の物体・物質、或いは超常現象、そして超人的な能力を持った人物についての捜査・研究と、それらの強大な力を得た者への対処を主任務として活動していました」

 

その声は冷静で、抑揚のない軍人特有の調子だった。彼女は同席する代表団を順に紹介する。

 

「私が副長官のマリア・ヒル。そしてこちらは特別技術顧問のトニー・スターク。民間の科学者であり、現在は我々の技術運用を監督しています」

 

スタークは軽く頷くだけで、口を開かない。無駄な言葉を挟めば、政治的な駆け引きにされることを理解しているのだろう。

外務省の代表者は、その名を聞いても表情を変えなかった。おおよそ地球上のどの国でも、彼の名を知らぬ者はいなかったはずだが、今のこの世界ではどうか。

 

ヒルは間を置かず、淡々と続ける。

 

「我々は『ヘリキャリア』と呼ばれる航空空母艦…そうですね。航空能力を搭載したニミッツ級空母艦と言えばわかりやすいでしょうか?それを拠点とし、およそ5,000名の人員を抱えています。西暦2026年の地球から、突発的な現象によってこの世界に転移しました。原因は不明であり、現在も解析を進めています」

 

その言葉に、会場の空気がわずかに揺れた。日本側の代表団が、互いに小さく視線を交わす。彼ら自身も転移者であることを、いずれ打ち明けなければならないと感じ取っていた。

 

「一つ、伺ってもよろしいでしょうか」

 

一人の職員が、卓上に並ぶ資料を指先で整えながら静かに口を開いた。

 

「そちらの……ヘリキャリアとおっしゃいましたか。その航空…艦の性能について、可能な範囲でお聞かせ願えますか?」

 

ヒルは短く頷き、目の前のホログラフ端末に指を滑らせた。投影された青白い光が会場の金属壁に反射する。

そこには、まるで要塞のような巨艦――推定全長430メートル超、垂直離着陸可能な4基の巨大な機構を備えた空母艦の図面が浮かび上がった。

 

「S.H.I.E.L.D.の主力艦『ヘリキャリア』は、準軌道高度までの上昇が可能です。あまり多くは明かせませんが兵装は防衛目的に限定され、主として観測・輸送・救援任務に使用されています」

 

その説明を聞いた瞬間、会場の空気が一段と変わった。

 

外務省の官僚たちは冷静を装いながらも、視線の動きが僅かに硬い。彼らの背後では、防衛省の技術官が走り書きを始めていた。詳細は伏せられてはいたが『準軌道飛行』。つまりあの空母艦が大気圏を超えて100kmまで飛べるらしい。それを『実戦配備済み』と平然と言ってのける女が、いま自分の目の前にいる。

 

ヒルはタブレットを操作し、説明を続ける。モニターに映像を投影され、そこに映し出されたのは、夜のニューヨークの街並み。そして、空に浮かぶ巨大な穴とそこから降下する異形の軍勢だった。

 

「こちらは我々の世界で実際に起きた戦闘記録です。事前に通知した通り、少しショッキングな内容ですが─…2012年、ニューヨークで発生した侵攻の映像です。映っているのは地球外生命体『チタウリ』と呼ばれる軍隊です。この危機の際、我々は超人的能力を有する者たちと協力し、辛うじて撃退に成功しました」

 

外交的観点と宗教的配慮からロキの存在は彼女はあえて口にしなかった。外交の場で彼の存在を一度でも語り『人類は神に試されている』と解釈されたら大問題だ。おそらく知性をもった首謀者の存在を日本側には悟られるだろうが、この場では致し方無い。

 

映像には破壊された街路を駆ける合衆国の兵士たちと、上空で閃光を放つ皮膚に金属が埋め込まれた灰色の体色のチタウリの姿があった。映像を見る限り平均的な地球人よりも体長はかなり高い。金属音と爆発音が、格納庫の鉄壁に反響する。

 

金属で覆われたクジラのような巨大な生物としか呼称しようのない怪物がビルを破壊しながら進む。

 

日常生活の中、アメリカ合衆国最大の都市の制空権を突如として奪われる様子は恐怖でしかない。時折、晴天だというのに雷と雷鳴が轟いているのはなぜだろうか。

 

その音が止むと同時に会場全体が静まる。そんな中、外務省の職員のひとりが資料の余白に小さく鉛筆で線を引く。

"指揮系統:不明"

少なくとも歴史上、統率なき軍隊がここまで組織的な侵攻を行う例は存在しない。つまり、そこには何者かがいた。

 

だが彼女の説明にはその名がない。それに気づいた者も声を上げなかった。外交とは、時に『語られないもの』を読み取る芸術だからだ。

 

2012年。

その年号が日本人である彼らにとって『別の地球の歴史』であるはずなのに、なぜか現実感を伴って胸に突き刺さった。官僚たちは表情を変えないまま、互いに視線を交わす。誰もが心の奥で、同じ問いを抱いた。

 

(地球外の脅威……それを現実に経験した世界が存在するのか?)

 

(その戦争を"勝った"と言っている……?)

 

防衛省局長の眉間に皺が寄る。彼は長年、国家安全保障の現場に身を置いてきた。冷戦構造も、湾岸戦争も知っている。だが、どんな超大国であっても『地球外生命体との全面戦争』など、想定外だ。

それを事実として語る声の落ち着き――それが、むしろ恐ろしかった。

 

(まるで、数年前の災害の報告のようだ……)

 

彼は内心で呟く。恐怖よりも先に理解が追いつかない。

『チタウリ』という言葉は、まるで神話の怪物の名のようで、しかし彼女の発音の一音一音が軍事報告書の用語のように冷たい。

虚構と現実の境界が、一瞬だけ曖昧になる。

 

統幕高官がわずかに椅子を動かし、整然とした声で応じた。

 

「その脅威を退けたと?」

 

「はい」

 

ヒルは即答した。

 

「我々は強化人間(Enhanced persons)…いわゆる超人と呼ばれる、特異な能力を有する個人と共に行動しました。彼らの力なしでは、私も私の地球も存在していなかったでしょう」

 

沈黙。

 

その一言に外交官たちは悟った。彼女の言葉の中には、誇示も自慢もない。

ただの"報告"だ。だからこそ信憑性があった。

 

ひとりの若い外務官が、ふと頭の中で試算を始めていた。

 

(準軌道飛行。超人類。地球外戦争……)

 

脳裏に浮かんだのは、数値ではなく感情だ。

 

(この人たちは……どれだけの脅威をくぐって、今ここにいるんだ?)

 

背筋を伸ばしたまま、彼は自らの手の震えを机の下で抑え込む。相手の言葉を荒唐無稽と断じるのは容易だ。

だが、彼らの姿勢、言葉の重み、そして何よりその冷静さが――虚構ではないことを示していた。

 

外務大臣はただヒルに向き直る。

 

「……なるほど。我々の想像を遥かに超える体験をされたようですね」

 

ヒルは短く頷いた。

 

「だからこそ、再び同じ過ちを繰り返さぬよう、慎重に行動しているのです」

 

彼女の声が静まり、格納庫に再びエンジンの遠い残響が、低く空気を震わせていると日本側の防衛省局長が抑えた声で呟いた。

 

「……この世界の魔法より、よほど脅威だな」

 

外務大臣が眼鏡を外し、静かに答える。

 

「実を申せば、我が国も約2か月前に、西暦2015年の地球から国土ごと転移いたしました。既にこの世界のいくつかの国家と接触し、我々の常識を超える事象が存在することを確認しています」

 

一瞬の間。

ヒルの瞳がわずかに細まった。

 

「……つまり、あなた方もまた、来訪者というわけですね」

 

その言葉に、場の空気が一段と引き締まる。外務省の職員は、頷きながらも穏やかに応じた。

 

「お互い、同じように居場所を失った者同士。ならば、まずは共存の道を探るべきでしょう」

 

ヒルは静かに視線を落とし、短く返した。

 

「それが、我々の望みでもあります」

 

 




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