Silent Shields/日本国召喚×アベンジャーズ   作:匡近

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7.接触④

日本の代表者1名が書類を揃え、姿勢を正す。

 

「それでは、我が国がこの世界でどのような状況に置かれているかを簡潔にご説明いたします」

 

ヒルは無言で頷く。スタークは椅子の背もたれに軽く体を預けつつ、興味深げに顎に指を添えた。

 

「日本は転移後すでに2つの国家と国交を締結しております。クワ・トイネ公国およびクイラ王国の2ヶ国です」

 

前世界の国際情勢を知るS.H.I.E.L.D.にとって、新たな国家との国交樹立は単なる情報ではなく『既に一定の外交基盤を築いている』という強力な意味を持つ。

 

「まずクワ・トイネ公国ですが、農業生産に優れ、我が国は既に食料輸入の枠組み作りを開始しております。作物は種類やや限られますが、我が国の基準で安全と認められたものから段階的に取引が始まっています」

 

ヒルの眼差しがわずかに動いた。

食料。

それは今まさに彼らS.H.I.E.L.D.が最も必要としている資源である。

 

「次にクイラ王国ですが、こちらは豊富な鉱物資源と石油を有しております。日本は既に石油を含む地下資源の輸入を前提とした協議に入り、鉄鉱石やレアメタルの供給を受ける方向で調整中です」

 

石油、鉄鉱石、希少金属。ヘリキャリアの維持にも装備の補修にも不可欠な資源ばかりだ。

 

「その対価として、我が国は両国へインフラ支援を行う予定です。これは先に挙げた両国の技術水準が我々の地球換算で、およそ14世紀水準である事を事由にしています。道路や港湾整備、衛生・医療の基本インフラなど。双方に利のある協定として締結済みです」

 

資料をめくり、ここから先は慎重に扱うべき情報であると前置きしつつ続けた。

 

「また両国には、我々の世界で言うところの亜人種と呼ばれる人々が一般市民として居住しています。エルフ、ドワーフ、獣人などが確認されておりますが、外見は我々の地球で一般的に描かれるファンタジー作品の姿に極めて近いものでした」

 

静かなざわめきが、S.H.I.E.L.D.側の席の奥で見えない形で走った。ヒルは表情を変えず、瞼だけをひそかに閉じて思考を整える。

スタークは視線を僅かに上へ逸らし、ファンタジー映画の一場面でも思い浮かべたように、短く息を吐いた。

 

「彼らの社会構造は概ね人間と同様で、少なくとも我が国との交流において敵意や排他性は確認されておりません」

 

日本側はあくまで理性的に説明を重ねるが、その内容はS.H.I.E.L.D.側にとって衝撃的だった。それらが国家の普通の市民として存在するなら、それこそ新アスガルドだ。

 

「では、この世界固有と思われる現象を可能な範囲でお伝えいたします」

 

2人の背筋がわずかに伸び、椅子から少し前へ体を乗り出した。

 

「我が国は現在、魔法と呼ばれる超常的な現象を確認しています。これは個人が単独で発現させるもので、原理は未解明ですが、治癒効果を含む事例も確認されています。また、ワイバーンと呼ばれる飛行生物の存在も確認されております。体躯は中型ヘリコプター程度、人を乗せて飛行可能です。クワ・トイネ公国においては軍事運用がされています」

 

S.H.I.E.L.D.側の空気が張り詰めた。

 

ヒルの眉がほんのわずかに動いたが表情は揺れない。だが、スタークだけは内心を隠そうと、口元を片方の手で覆った。両者は内心でワンダ・マキシモフとスティーブン・ストレンジを想起している事をお互いに察していた。

 

(魔法、亜人種族、空飛ぶ生物、技術水準は14世紀。文化交流どころか文明間接触じゃないか。…こりゃまずいかもな……)

 

スタークは心の中でぼやいたが、言葉にはしない。外交の場で冗談めかして軽口を叩くには、状況が重すぎた。

 

異常事態には慣れてはいても流石に国家が魔法を軍事運用していると動揺は大きい。やがて、ヒルがゆっくりと片手を組み替え呼吸を整えるように姿勢を正した。

 

「…非常に貴重な情報をありがとうございます。では、こちらからも現状を共有しておきたい事がございます」

 

声はいつも通り落ち着いており、表情は微動だにしない。だがスタークは横で見てわかった。

彼女はごく僅かに緊張している。

ヒルは視線を日本側へ向けた。

 

「まず、我々S.H.I.E.L.D.として最も差し迫った問題は、物資の維持です」

 

外務省の職員が小さく頷き、聞く姿勢を示す。

 

「現在、我々が運用しているヘリキャリアですが備蓄していた食料品や日用品、医薬品は最低限の配分に切り替えておりますが……いずれにせよ、減っていく事に変わりはありません」

 

彼女は数字を細かく出すことは避けた。枯渇まで『約2週間』という具体的な期限は、日本側に過度な負担を与える可能性があるからだ。

 

「資源や補給については、今後の任務遂行にも関わる重大な問題です」

 

そこで一度、ヒルは言葉を区切った。次が本題であり、同時に最も繊細な部分だった。

 

「ただ我々には、重大な懸念があります。ヘリキャリアの性能は、貴国に誤った印象を与える可能性があり、武力の提示は、国際社会では威圧、あるいは恫喝と捉えられかねません」

 

淡々とした声。しかし、その裏には"絶対に誤解されたくない"という慎重さが滲んでいる。

 

「また、協力関係にある超人の存在も同様です。彼らの力は、友好の証として示すには強すぎます。誤解を生む危険性が高い」

 

言葉自体は控えめだが、その意味は重い。超人の存在を過度に説明することも避け、そのバランスを慎重に保っていた。

 

「なので貴国との協力関係を築くうえで、我々としては不必要な力の提示を避けたいと考えています」

 

日本側の面々は理解を示すように頷いた。

 

「つまり、信頼を得たいが、力を見せれば逆効果になる可能性がある……そういう事でしょうか」

 

「その通りです。だからこそ、十分な認識のすり合わせが必要だと考えております」

 

ヒルは、そこで初めて視線を柔らかくした。

 

「もし、貴国が我々の補給支援に一定の理解を示していただけるのであれば……S.H.I.E.L.D.としては、平和利用可能な技術供与を行う準備があります。もちろん、互いの安全保障に配慮しつつですが」

 

静かな空気が揺れ、日本側の背筋がわずかに伸びる。

 

「ただし、我々の技術の中には、貴国にとって負担となるリスクを伴うものもあります。どの範囲で提供可能かは、相互に協議しながら慎重に決めていきたい」

 

まるで政治家のような言い回しだが、事実だった。下手に提供すれば、技術の管理だけで国力を圧迫する可能性すらある。

 

そこで日本側の席に視線を向け、スタークは姿勢を少し正した。いつもの軽口めいた雰囲気は影を潜め、代わりに公的な席での表情が浮かんでいる。

 

「技術供与につきましては……一方的な押しつけにならない形が望ましいと、私どもも考えています。そこで提案なのですが、技術の一部を、貴国の科学者の方々のご同席のもとで実演するのはいかがでしょうか?全てをお見せするのではなく、双方が納得できる範囲でデータを開示し、透明性を確保することは可能です」

 

彼女の言葉を補い、威圧ではなく誠意を示す形に整えている。スタークは続けた。

 

「我々としても、信頼関係の構築には段階が必要だと理解しています。ですから、まずは相互に評価可能な検証の枠組みから始めるのが最も安全で現実的かと」

 

その声色は落ち着き、外交官のように滑らかだ。だが、その奥には技術者としての自信が揺るぎなく光っていた。

 

「なるほど……透明性を担保しつつ、相互信頼を積み上げる手段としては有効に思えます」

 

日本側の空気が柔らかくなる。

 

「貴国のご負担にならない範囲で、協力が進められればと考えております」

 

広い格納庫に漂う緊張は、言葉にせずとも全員の呼吸を少しだけ浅くする類のものだった。彼らの説明を聞き終えた日本の代表者たちは皆、小さく息を整える。同様の異世界転移、S.H.I.E.L.D.という国際平和維持組織、ヘリキャリア、超人の存在──短時間で飲み込むには情報量が多すぎる。

 

その中から、最も現実的な問題だけを掬い上げて、外務省の職員が口を開いた。

 

「大変貴重なご提案と説明に感謝いたします。ただ、本件は日本国としても即断できる性質のものではありません」

 

声は穏やかだが、言葉選びは繊細で慎重だ。

 

「貴組織への補給支援の是非につきましては、備蓄や物流状況と密接に関わります。また、技術供与に関しては外為法、安全保障輸出管理の観点から極めて重大な判断を要します。それから──」

 

言葉を区切り、ひと呼吸おく。

 

「ヘリキャリアの性能や貴組織の活動内容は、日米地位協定や日本の国内法にも広範な影響を与える可能性があります」

 

ヒルはその全てを予見していたかのように、静かに頷いた。

 

「そうですね。慎重な審議が必要なのは当然です」

 

外務省の職員も深く頷き、正式な言葉を続けた。

 

「よって本件は、国家安全保障会議(NSC)にて取り扱うべき案件です。こちらとしては、政府内での協議を経た上で、改めて回答させていただきます」

 

「…了承いたしました」

 

ヒルの返答は落ち着いている。

この返答は、最も望んでいた形ではないが、最も望ましくない形でもない。

S.H.I.E.L.D.は国家ではない。故に、国家レベルの枠組みの中で扱われることは、むしろ信頼の第一歩でもある。

 

即答できなくとも、交渉の糸口だけは確かにつかんだ。慎重な視線の交換の末、両者はまず「互いを知るための最小限の協力」から始めることで一致を見る。

異なる世界から来た国家と組織が、初めて互いに踏み込むことを許した、小さな一歩だった。

 

合意されたのは

 

・双方の科学・分析部門が、魔法現象と飛行生物〈ワイバーン〉に関する情報を交換すること。

日本が現地で得た観測データと、S.H.I.E.L.D.が地球で扱ってきた超常事例の知識は、互いに不足を補い合える可能性がある。

もっとも、その価値や正確さは、実際にすり合わせてみるまで誰にも分からない。

 

・日本の専門技術者を少数、S.H.I.E.L.D.のヘリキャリアに非軍事区画のみ限定で案内する可能性について、日本側で検討すること。

これは力の誇示ではなく、あくまで透明性の一端を示す措置。

ただ、その判断は日本国内の安全保障手続きに委ねられ、S.H.I.E.L.D.側が口を挟むことはできない。

 

・ヘリキャリアへの補給支援の可否は、日本の国家安全保障会議で審議された上で改めて回答すること。

S.H.I.E.L.D.としては喫緊の課題だが、相手国の制度を尊重する姿勢を示すほかない。

 

形式ばった条文に起こされるわけでもなく、その場で紙に記されるわけでもない。

だが、外交とは往々にしてこうした合意から始まる。

 

ヒルは席を立ち、軽く頭を下げる。

 

「本日は、誠意あるご対応を感謝いたします。フューリー長官にも、全て報告いたします」

 

スタークも丁寧に会釈する。

 

日本側も立ち上がり、深く、礼儀正しく頭を下げた。

 

「本日はありがとうございました。追って正式にご連絡いたします。日本国として、誠実に対応させていただきます」

 

 

ヘリキャリア 会談終了後

 

 

格納庫での会談が終わり、護衛艦『ひゅうが』を後にし一団はヘリキャリアに戻ったと報告が入る。船内にあった緊迫はようやく解き始めた。ヒルとスタークは簡単なブリーフィングを終えるため、セキュリティ・ブロックを抜けて会議室へ入ったようだ。

 

「…ご苦労だったな。もういいぞ」

 

ヘリキャリア内の一室で低く短い労いの声を掛けたのは黒いロングコートに袖を通したニック・フューリーだ。

 

ゴアは肩を落とし、白い外套を払うように首を回した。

 

「毎回これやるのか?戦うよりしんどい」

 

フューリーは視線ひとつ動かさず答えた。

 

「索敵と護衛を同時にやれるのはお前だけだ。日本がその能力を検知できていなかったからな。試すには丁度いい、まぁ護衛に同行できればよかったが」

 

「俺は地球出身じゃない。異世界人で宇宙人ってのはマズいんだろ」

 

あっけらかんと言うゴアに、フューリーは片眉をわずかに上げて彼のほうへ向き直った。

 

「フム……お前次第だが、ひとつ提案がある」

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